白い牙







〜前座〜




 とあるテニスの大会が日本で行われる事になった。世界各国から訪れる世界プロの選手ら。彼らのために、日本でパーティーが行なわれる事になった。これはそんな日の出来事。



 「頑張ってください」
 「オー! アリガトー!」
 
Chu―――v
 ステージ上にて選手らに渡される花束。外国人の選手らが笑顔の女優―――というよりアイドルと言った方が年齢的にも合うか―――にたどたどしい日本語でお礼を言い、そして頬にキスをした。それを見て、パーティーに参加した女性達、男性達の悲鳴やらなんやらが木霊する。選手のファンにアイドルのファン。彼ら彼女らにしてみれば今の光景はかなりのショックだっただろう。
 そして、その中にはなぜか純然日本人たる千石のファンも含まれていたりする。
 彼らの『お礼』に紛れて自分もまた堂々と花束を渡してくれた少女にキスをした千石。まさしく彼の好み通りの『可愛いコ』への行為に、頬を赤らめ照れる少女の前で唇を親指でなぞり、それをぺろりと舐める。
 「う〜んらっき〜♪ こんな可愛いコとキスしちゃったv いいね。こーいうパーティーって」
 「パーティーだからやる、ってわけでもないんじゃないかな?」
 喜ぶ千石の隣で不二が苦笑した。
 「まーまーいいじゃんv」
 「別に悪いと言う訳じゃないけどね。
  ―――けど千石君ってそういう事いつもしてたっけ?」
 「ああ、ホラ、俺アメリカ帰りだから」
 「アメリカ・・・・・・?」
 首を傾げる不二にそんな説明をする千石。自分を指して笑顔で言う彼に、不二の首がさらに傾いた。
 「外国行ってたの? 君が?」
 「そーだけど?」
 「・・・・・・珍しいね。『慣れない場所行くとラッキーが逃げる』んじゃなかったっけ?」
 別に皮肉や嫌味の類ではない。冗談抜きで、だからこそ千石は世界に十二分以上に通用するテニスプレーヤーでありながら今回のように日本でしか活動しないのだ。彼と対戦したいという者が世界中にいる中、その要求を全て突っぱねているのは(厳密にはその要求を伝えて欲しいと頼んでくる選手らを不二がやんわりと断るのは)そういう理由が下にあったからだったりする。さすがに誰も彼もが千石と対戦するためだけに日本まで来れるというわけではない。
 そんな不二の疑問に―――
 あっさり千石は答えてくれた。
 「この間デパートの福引でアメリカ旅行当たったからv」
 「・・・・・・・・・・・・。
  なるほど。ラッキーの固まりだったワケか・・・」
 簡単に解けた疑問に、こちらもまた笑顔で不二が頷いた。
 なお、不二は期待に頬を赤く染める少女からごく普通に花束を受け取って簡潔に礼を言うだけだった。










〜本番〜




 さて時は変わって再び日本で行なわれる事になったとある大会。前述の通り、パーティーが催されて・・・・・・。



 花束進呈のためステージに上がってきたアイドルやら女優やらまとめて女性達。その中で、今回は少々前回と違う点があった。
 「全く・・・。大体なんで俺がこんなコト・・・・・・」
 花束を大事そうに、それこそ生まれたての赤ん坊を抱くかの如く両手で抱える彼女ら。それについていきながら、一人の少年がぶつくさ文句をぼやいていた。おめかしした彼女らとは対照的に、普通の
Tシャツと長袖の重ね着にスポーツ用ではないがハーフパンツ。頭にはこれまた普通のキャスケット。総じてストリートファッション。文字通りそこらへんの道を歩いていそうな格好。とりあえず手にバラの花を持っている事から何のためにここにいるのかは想像がつくが・・・・・・右手1本で持ち、さらに肩に担ぐその姿は他の女性らとは雲泥の差である。
 「越前君やあらへんか」
 「アイツなんでンなトコいんだよ・・・・・・」
 今回大会に参加する忍足と向日が小声で呟き―――視線を隣に移す。疑問は飛ばしてみたが・・・・・・かの少年の役目など、隣で貰う前から既に花を飛ばしている彼を見れば明白であろう。
 「あv リョーマ君vv」
 にこにこと微笑みながら手を振る不二。そこに向かって少年・リョーマが歩いていった。
 片手に持った花束を、そのまま無言で渡す。
 「こーゆーくだらない用事で呼ぶの止めてくんない?」
 「まあまあ。いいじゃない。ちゃんと『パーティーでは料理食べ放題』って宣伝文句はあってるでしょ?」
 「なかったら絶対来てなかったけどね」
 花束進呈という行為と全く合わない2人の会話。醸し出されるおかしな雰囲気に、さすがに花を渡そうとしていた他の人の手も止まり、2人に注目が集まる。
 その中で―――
 「ありがとう。リョーマ君v」
 嫌がらせのように―――事実その通りなのだが―――利き手では受け取れないよう左側に差し出された花を、リョーマの右手ごと左手で受け取り不二が微笑んだ。
 誰もが見惚れるその笑みで、さらに余った右手をリョーマの頬に滑らせる。
 顎を持ち、上向きにさせた顔に自分もまた近付いていって・・・・・・
 ばふっ。
 「―――っ!」
 「『お礼』ならほっぺたまで、でしょ?」
 リョーマが手首を捻り持っていた花の角度を変えていた。それに突っ込む形となった不二に、冷めた目を送って呟く。
 「・・・・・・・・・・・・」
 左頬を押さえる不二に、さらににやりと笑う。
 「ジゴージトク」
 が・・・・・・
 ぼふっ!
 「ありがとうリョーマ君vv」
 「わっ!」
 花を持ったまま不二に抱きつかれ、今度はリョーマがその花に顔を突っ込むバメになった。
 そして―――
 「って・・・・・・!!」
 一瞬の痛みの次に訪れた、つ〜っと右頬を何かが垂れる感触。顔をしかめてリョーマがそこを指でなぞる。
 手についていたのは、予想通り血だった。
 「今のイタズラはなかなかいいと思ったけど、やるんなら自分には被害が及ばない形でやらなきゃ」
 薄く微笑む不二。その左頬にもまた、血が一筋流れていた。取れていなかった―――いや、取られていなかったバラの刺が引っかかったのだ。
 「なーんだ。バレてたワケ? つまんないの」
 「まあ、『バラの花』っていう時点で怪しいな、とは思ってたしね。こういう陰険かつわかり易い嫌がらせ、相変わらず好きだね、は」
 舞台袖を見やり、不二がくすりと笑った。『滅殺決定』という意味を存分に含ませた笑みで。
 「けど・・・そのわりには引っかかってんじゃん」
 唾をつけた親指で傷口をなぞり、簡易消毒しつつにやりと笑うリョーマ。その頬を見やり、
 「だめだよ。消毒ならちゃんとやらなきゃv」
 持っていた花を、外側―――客側にずらし、その死角で不二がリョーマの頬を舐めた。
 「アンタもね」
 仕返しとばかりにリョーマも不二の頬を舐める。
 2人で小さく―――いかにも何か企んでます的な笑みを浮かべ、
 「リョーマ君、この花くれた人にお礼言っておいてくれないかなあ? 『ありがとう。凄く嬉しいよ』って」
 「別にいいよ」
 耳元に囁く不二に、リョーマが肩を竦め、そして退場していく。
 「不二、大丈夫なん?」
 「ああ、別になんて事ないよ。おかげでいい思い出来たしv
  けど―――」
 忍足の質問に答え、不二が再び頬に指を当てた。微かに湿った感触。
 その指を滑らせ、口元へと持って行く。
 ぺろりと舌を見せずに舐める不二。その顔には、リョーマが相手のときとは明らかに違う笑みが浮かんでいた。
 「それはそれとしてもリョーマ君を傷付けたことは万死に値するよ。
  ―――さ〜って観月、キミはどうして欲しい?」
 「越前君傷つけたんはお前や不二・・・・・・」
 ふふふふふ・・・とそれこそ観月の如く含み笑いをする不二に、忍足が極めて冷めた突っ込みを入れた。





 そして幕の袖では・・・・・・
 「―――だって」
 「おのれ不二周助・・・・・・!!!」
 言われたとおりの言葉をそのまま伝えたリョーマに、観月が幕を掴んで拳を震わせていた・・・・・・。



―――今回の()被害者は観月でしたv








*     *     *     *     *

 5月3日のニュースの芸能関連より。実際外国人の俳優さんが日本の女優にキスしてるシーンがあったので真似してみましたv ただしそれがなんの企画だったか、キスした(もちろんほっぺまで)2人が誰だったのかといった肝心なところを見ていなかったりします。それを引きずって、この話も一体何の大会なのかなど背景は全くやりました(爆)v いいのさ。不二リョの頬の舐め合いをやりたかっただけなんだから。
 しかし観月・・・。誰と絡めても被害者だなあ・・・・・・。そしてタイトル。何となく思いついたものをそのまま付けてみましたが・・・・・・よくよく考えてみたらかなり当たり前の事でしたな。

2003.5.34