模倣者と不完全者と 〜The Original〜
青学対城成湘南戦。これはそのS3、青学越前リョーマ対城成湘南若人弘の試合中での事。
プリテンダー戦法によりリョーマを追い詰める若人。対してリョーマもまた、元々のレベルの高さとその恐るべき適応能力により、若人の『演じる』プロ相手に互角の試合を行なっていた。
2人が共に3ゲームを取ったところで。
若人が被っていた帽子を(もう何度目になるんだか)ポケットにしまった。
「チェーンジ!」
『オーバー!!』
ぱちんっ! と小気味よく鳴る指の音。そして―――
「―――さあ、そろそろ本気で行こうか」
若人が、笑った。閉じた瞳を、薄く開けて。
「あれって・・・・・・」
最初に『それ』に気付いた英二が、若人を指差し声を上げる。指はそのままに、隣にいた親友を見やった。
今度の若人の動作は今までのものに比べさしたる特徴がない。だが、それこそが逆に『彼』の特徴であるともいえる。
「周助・・・・・・」
今までは誰になろうと鼻で「ふ〜ん」と頷く程度だったリョーマも、さすがに目を見開いて呟いた。若人の模倣した『不二周助』を前に。
「さあ、越前君。『彼』は一体どうやって攻略してくれるのかしら?」
驚くリョーマを、そしてフェンスの外で笑みのまま若人を見ているオリジナル―――不二に目を走らせ、華村がくす、と笑った。プロを相手にしてすら互角以上の試合をするリョーマ。だが、調べた限りでは不二相手には1度も勝った経験がない筈だ。そのプレッシャーは大きい。
(それに・・・・・・模倣されるのが知り合いならどんな気分かしら?)
彼女の推測は正しかったといえた。知っているからこそ余計に与えられたショックも大きかった。実際に対戦をすればする程本人の影がちらつく。違うとわかっているのに、それでも奇妙な錯覚が拭えない。
そんなこんなで、互角の試合は一転、あっさり若人が2ゲームを取り、勝利まであと1ゲームとなっていた。リョーマの応援をしていた1年らも、今はただおろおろとして若人とリョーマ、そして不二を順に見やるだけだった。
若人親衛隊の応援がますます盛り上がる中、審判のチェンジコートを合図に若人とリョーマが動いた。
すれ違う、2人。
口の端を上げ笑う若人に、声が届いた。
「―――まだまだだね」
「何?」
リョーマの言葉に、若人が足を止めて振り向いた。が、そう言った当の本人は若人ではなくフェンスの外を見ていた。
フェンスの外の―――『彼』を。
「アンタこれ見てどう思う?」
「え? 僕の意見?
う〜ん・・・。そうだなあ・・・・・・」
リョーマの突然の質問に、不二が顎に手を当てて悩みこんだ。だが、その顔からすると実のところとっくに答えは出来ていたのだろう。恐らく―――『不二周助』のプレイを見始めてすぐに。
「『模倣[プリテンダー]』という意味ではすごいと思うよ。見てて面白い。『自分』のプレイを生で見れるなんて機会まずないからね。それに僕自身でも気付かなかったところまで忠実に再現されてる。
けど―――」
不二の視線が、リョーマから怪訝な顔をする若人へと移る。
「悪いんだけど、僕は『完成品』じゃないから」
今までの意味不明の笑みとは違う。僅かに自嘲と哀れみの混ざった苦笑に、若人が、さらには華村までもが何かを言おうとした。
―――のだが、生憎とチェンジコートに要する時間がそこまで長いわけはない。その問い掛けは保留のまま、試合が続行される事となった。
・ ・ ・ ・ ・
若人の絶対有利で進められていたはずの試合。ここからなぜか形勢が一気に逆転した。
「出たぁ! ドライブB!!」
「おっしゃ決まった! ジャンピングスマッシュ!!」
「凄い!! リョーマ君がまたゲーム取った!!」
「そんな・・・・・・・・・・・・」
6−5でリョーマのリードとなった展開に、華村が愕然と呟いた。若人のプリテンダーが変わったのではない。リョーマの動きが変わったのだ。先程の不二との会話以降、今まで押され気味だった筈のリョーマが若人の―――いや、『不二』の隙をついた攻撃にで出した。
(おかしい・・・・・・。若人は完璧に模倣しているのに・・・・・・!)
リョーマが押し始めてから、若人の様子に違和感を感じていた。オリジナルである不二との相異。今までこんな事はなかった。彼の模倣能力は完全だ。
(なら・・・・・・なんで・・・)
自分の作品に対する絶対的自信。それが脆くも崩れていく焦燥感に、形のよい指を思わず噛む。
最初の頃の堂々とした態度はどこへやら。苛つく彼女に、隣のベンチからのんびりとした竜崎の声がかかった。
「おたくやあの少年―――若人君といったかい?―――彼は知らなかったようだが、不二が『天才』と呼ばれる理由は、
・・・・・・多分さっきのあいつの言葉通りだと思うよ」
「え・・・・・・?」
「あいつは未完成品だ。だから進化する。それがわからないようじゃ、どれだけ正確に模倣したところでムダさ。あいつにはなれない」
「なにを・・・・・・」
苛ついた気分のまま、竜崎を見る華村。自然ときつくなる視線から避けるように手をパタパタと軽く払い、竜崎が続ける。
「今の試合を見てるならわかるだろ? リョーマの適応能力は人並み外れて高い。最初は戸惑っていても、僅かな時間、僅かな球数ですぐに学習する。それこそ子ども特有の柔軟性でな。
あいつ相手に同じ攻撃は、そう何度もは通用しないよ」
懐かしそうに目を細め、リョーマを見やる。さすが親子、とでも言うべきか。リョーマのそんな点はかつて自分が教えていた南次郎にそっくりだ。
(まああいつもいつまでたってもガキだったからねえ・・・・・・)
「それと、若人とどう関係が・・・・・・」
「不二の模倣をさせたってことは、おたくも不二とリョーマの事についてはある程度は調べてたんじゃろ?」
「不二君の・・・全勝だ、と・・・・・・」
「そう。確かにあいつはリョーマに全勝している。公式での試合はまだ0だが、非公式では全て、な。それは不二もリョーマも認めてる。不二を相手にしたならリョーマは3ゲーム程度までしか取れない。本物の不二を相手にしたならね」
「本物の・・・・・・?」
「なんでリョーマが勝てないのか。ここまできたならわかるだろう?
リョーマが学習するのと同じく、不二もまた試合の中で進化していくからじゃよ。
そのペースが同じだからリョーマは不二に勝てない」
「―――言いすぎですよ。竜崎先生」
竜崎の解説に、華村ではなく後ろで聞いていた不二がクレームを飛ばした。
「おや? そうかい?」
「『進化』という事に関してならリョーマ君の方が早いですよ。
僕が今のところかろうじて勝っているのは、元々の差がまだあるからに過ぎません。いつ抜かれてもおかしくはないです」
苦笑する不二。この言葉に嘘偽りはない。尤も―――
(そう簡単には抜かせないけどね。リョーマ君・・・・・・)
楽しそうに笑う不二に肩を竦めた竜崎が、再び華村と向き合う。
「不二の言う通り若人君の模倣はたいしたものだ。あれだけ出来れば大抵の相手には有効だろうね。
―――リョーマを除けば」
軽くため息をつき、若人を、そしてリョーマを順に見る。見方によってはこの2人は極めてよく似ている。相手に応じて変化している点に関しては。
相手と同じ立場で模倣するか、それとも相手と逆の立場で学習するかの違いだけで。
「完璧に『不二』を模倣するのならその進化も模倣しなけりゃならない。ある一点においてのあいつを真似したところでそれは『その時点での不二』であって、『不二そのもの』じゃないんだよ。
じゃが―――」
再び見やるは不二。この、恐るべき能力を秘めた『天才』。
「普通の選手では一刻一刻進化し続ける事なんてまず出来ない。それが出来るからこいつは『天才』なんじゃよ。
そしてリョーマもな」
竜崎のその言葉を合図にするかのように、審判の声が響いた。
「ゲームセット! 7−5! ウォンバイ青学越前!!」
コートで帽子を被り、軽く笑みを浮かべてため息をつく若人。リョーマとの試合の中で彼もまた気付いていた。自分が不二にはなりきれていない事に。理由までは判らなかった。だが、何かが違う。それは感じていた。―――華村の『作品』としては失格であろうが。
そしてそれはリョーマも同じく。だがこちらはしっかりと理由がわかっていた。それも、実のところ不二自身が『それ』に気付くのとほとんど同じであろう頃から既に。わかっていながらわざと2ゲーム取らせたのは興味があったからだ。本当に不二の『強さ』は彼特有のものなのか。
(まあ・・・、やるだけムダだったけどね)
フェンス越しに『オリジナル』を見る。
にやりと笑って、言った。
「やっぱオリジナル[アンタ]とやるほうが面白いや」
―――End
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
さて、勝手に対戦若人vsリョーマでした。しかしこのパラレルシリーズものならリョーマはS1でしょうに。まあそこは突っ込まずにv
不二を賞する際、『決して強さの底を見せない』と言う事が多いですが、果たしてこれは本当に底を見せていないのか、それとも『底』が常に変化しているのか。私の中ではどっちもありかなあ、という事で。何となく不二先輩って『不完全』というイメージが強いもので。何でだろう・・・・・・?
さあ、そんなどうでもよさげな事はさておいて。城成湘南編第2弾でした。も〜ほんと城成湘南はおもしろい! ただしネタとして! 話としてはなんか青学がやたらと苦戦しまくっているため見ているこちらとしてはめちゃめちゃイライラしてきますな。なんっか不動峰・ルドルフ・山吹・氷帝・それに立海大付属中といったメインっぽいところ以外に苦戦するのって見ててい〜ら〜つ〜く〜〜〜!!! ああ、しかし原作でも今なんだか苦戦してるっぽい!? コミックス派のためまだほとんどわからないのですが、あああああ・・・、なんだか最近やったらとザコを蹴散らす青学一同が見たくてたまらない・・・・・・。
2003.5.7〜11