超人たちの頂上決戦 〜Top of the...〜
青学対城成湘南戦S3、リョーマ対若人は、若人扮する『不二周助』を破ったリョーマに軍配が上がる・・・・・・と誰もが思っていた。
「く・・・!!」
若人が口を苦しそうに歪める。『不二』ならばまずあり得ない動作。この瞬間、彼自身含めて全員が悟った。もう彼は『不二周助』ではないと。
「意外とあっけなかったね」
ネット越しでにやりと笑うリョーマを、完全に『若人弘』に戻った若人がぎっと睨みつけた。そんな視線もいつもの生意気な笑みで見下すリョーマ。
と―――
ふっ・・・・・・。
いきなり若人が力を抜いて鼻で笑った。さすがにリョーマも訝しげな顔をする。
そして、
「へっ。なんだよ。いきなり顔変わったじゃねーか」
「あら何かする合図やろな」
「だね。この程度で潰れるようじゃ、そもそもレギュラーになんてなれないでしょ」
暇だったため見に来ていた向日・忍足・千石が順に呟いた。その脇である者は笑みのまま、ある者は完全に見下した目で、そしてある者は眉間の皺をさらに深くして若人の様子を見やった。
―――ちなみに余談だがこんな彼らがたかだか中学生の大会、それも同じ試合に集中しているのだ。当然周りはたまたま中学テニスの取材に来ていた記者たちやらギャラリーやらでごった返していた。
さて試合の方に目を戻すと。
若人がまたもや手を挙げている。演じる人間の都合上帽子は被っていないが、何をやりたいか、飽きるほどそれを見せられ続けたリョーマ含む回りには既に分かりきっていた。
「チェーンジ!」
『オーバー!!』
ぱちんっ!
6−5とリョーマにリーチのかかった第12ゲーム。この期に及んでも彼はまだ『相手』を変えるというのか。リョーマにはもうほとんど誰も通用しないとわかっただろうに。
が―――
そんな全員の期待を、ある意味では裏切り、またある意味では100%以上の形で若人が答えた。
下ろした両手を軽く広げ、『不二』の時とは違う笑みを浮かべ、
言った。
「俺様の美技に酔いな」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
硬直する見物人。いや、若人親衛隊は嬌声を上げているだろうし、周りのギャラリーらも写真を撮ったりざわめいたりしているのだろう。多分。
そんな事はどうでもいいのだ。周りの事など。
全てを無視して、リョーマの―――もとい青学の応援に来ていた(内1人はあからさまにリョーマのみの)元レギュラーら、そして暇だからと何となく来た(あるいは知り合いに強制的に連れて来られた)者たちは、息すら止めてその様子を見るだけだった。
ただ無言のまま、若人を、そして浮かべていた笑みを引きつらせる『オリジナル』こと跡部を。
凍りついた時が、さらに暫し続き―――
ブッ―――!
耐え切れずに最初に噴出したのは不二だった。斜め下に視線を逸らして、口元を押さえて肩を震わせる。
それを引き金に、今までかろうじて保たれていた静寂が崩れた。
あ〜っはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!!!!!!!
「あ、あ、あ、跡部くんだあああああ!!!!!!」
「う〜わ跡べーかよ!!!!」
「冗談きっつーーー!!! 腹痛て〜〜〜〜!!!」
「こらまたエラいヤツ模倣しおったなあ・・・!!!!」
若人を指差しぶんぶんその手を振る千石。フェンスをがしがし叩いて痙攣するほどに大爆笑する英二と向日。心底―――彼の人生の中でも3本の指に入るであろう勇敢な若者へ心からの尊敬を送る忍足。
「おい・・・・・・・・・・・・」
聴こえてきた半眼でのクレームを頭の外へ締め出す一同。さらに手塚もまた、首ごと明後日の方向を向いて見ざる聞かざるに徹したようだ。
一角でそんなやり取り(?)が行われている中、コートの中では。
「ふ〜ん」
先程の『不二周助』に比べればあまりにも特徴のありすぎるその身振り。周りの爆笑を聞くまでもなく、リョーマもまたそれが誰なのかはわかっていた。
「跡部さん、ねえ・・・・・・」
彼の判断は的確だと思う。不二周助より強いプレーヤー。世界中を捜しても、絶対強いと言い切れるのは恐らく彼1人しかいないであろう。プロの中では。
リョーマがちらりとコートの外へ、かの人物へと視線を走らせた。
明後日の方を向いていた彼も、その視線に気付いたか首を元に戻す。
その時には視線を前へと戻していたリョーマが、軽くツバを摘んで言った。
「俺もやってみよっかな。『プリテンダー戦法』」
「何・・・?」
訝しむ若人の前で、帽子を手首だけで軽く上へ投げ上げ、
「えっと・・・、『ちぇ〜んじおーばー』、だっけ?」
「この・・・・・・」
模倣することは多々あっても模倣されることは今までなかったのか、それともリョーマのあまりの不完全ぶりが許せないのか、若人があからさまに不快感を露にする。
それは気にせず、リョーマが再び帽子を被り直す。『彼』は帽子は被っていないが、まあ『模倣』というほどのことをするつもりは元々ない。自分は自分なのだから。
「『さあ、油断せずにいこう』」
それでも一応口ぶりだけは真似してみる。若人はともかく、そこらへんで大爆笑してる一同なら誰の『真似』だか一発で分かるだろう。
案の定―――
「うっわ〜!! 今度は手塚くんだよ!!!」
「おっチビ勇気あんな〜」
「ってか何か? 跡部エセ対手塚ぱちモン? どーいう対戦だよコレ」
「それはそれでおもろそうやな」
「う〜ん。まあ確かに」
にっこりと頷き、しめた不二が最後にこれまた『オリジナル』を見上げた。額の皺を1.5割増にして、腕を組みつつ肩を震わせる彼、手塚を。
「何か言いたい事は?」
「・・・・・・・・・・・・別にないが」
不二の質問に、さらに額の皺を増やしそれでも冷静に答える手塚。
さらに不二は逆側を見上げ、尋ねる。
「ちなみに君は?」
「別にねえよ・・・・・・・・・・・・」
ぐったりと疲れた様子で、跡部はため息と共にその質問に答えた・・・。
・ ・ ・ ・ ・
「そんな・・・・・・!」
華村が驚きの声を上げるように、先程まで以上に凄まじい試合が行なわれていた。なにせ2人の『演じる』人物が人物。『跡部』の眼力が弱点を掴めば『手塚』の零式ドロップショットが唸る。
まるでかつての2人の試合をそのまま再現するかのようにデュースが続く中、
「彼は一体・・・・・・?」
呟く華村。その声を聞き、竜崎が首を傾げ、尋ねた。
「―――そういやおたく、中学テニスに干渉し始めたのはいつからだい?」
「え・・・?
2年前から、ですけど・・・・・・」
「なるほどねえ・・・・・・」
ようやく合点がいったと頷く竜崎。彼女同様城成湘南の生徒や周りのギャラリーらは驚いているようだが、竜崎を初めとして6年前の―――『中学テニスの黄金期』と呼ばれたあの頃を知る者にはむしろこの展開は当然のものだった。あの頃の中学テニス界の頂点に、少なくともその地位に限りなく近い場所にいた2人の対戦だ。仮にもそれを模倣[プリテンダー]しようというのだからこの程度やってもらわなければ。
「ならあいつのことを知らんのも無理はないか」
「あいつ・・・・・・『手塚』、と呼ばれる彼のことですか?」
青学の応援に回っている者達の話から、リョーマが『手塚』の模倣をやっているとは予想がついた。そして―――
『手塚』といえば思いつく人物が2人。
「確か跡部君が常日頃からライバル視している彼、ですよね。それに不二君も、ライバル・・・というより『上』の存在として扱っているようですけど・・・・・・」
世界的なプロの中でも現在頂点に立ち、全てを見下す跡部が唯一同等に扱う相手。さらに今日、試合開始前に不二に会った時、彼もまたその名を口にしていた―――尊敬と嫉妬を込めて。
だが―――
「プロの選手、というわけではありませんよね。アマチュアでも彼の名前は聞きませんけど」
前々から気になってはいた。『手塚』とは誰なのか。あの跡部と不二にそこまでの影響を与える人物。世界中を探しても恐らく彼しかいないであろう。
が、彼女の調べる限りでは、現在それに該当する人物はいない。まさか2人が架空の人物を追っているとは思えないのだが・・・・・・。
「そりゃそうだろうねえ。プロになった事はないし、そもそもとっくに引退しとる」
種明かしをするときの優越感と共に、竜崎が顎で後ろを指した。
「ほれ。そこで仏頂面しとるヤツ。あいつが『手塚』だよ」
「え・・・・・・!?」
驚いて振り向く華村。不二と跡部の中間で試合を見ていた張本人が、彼女の視線を感じて軽く頭を下げた。
「不二を押しのけNo.1だったウチの元部長じゃよ。
おたくが知らないのも無理はない。あやつは日本では中学までしか活躍しとらんかったからな。高校のテニス界までは名前は知られとったが、さすがに一般にまでは広がっとらんしな」
「日本では? では今は・・・・・・」
「まあその後アメリカには行ったがな、腕を壊してすぐ引退したよ。その代理で不二がプロデビューしたんじゃ」
「それで・・・・・・」
不二が上として扱う理由は判った。実際に上だったという事か。
だがそれならば随分と惜しいことをしたものだ。あの不二よりも強い選手がプロになることもなく引退していたとは・・・。
「―――手塚。いろいろ言われてるみたいだけど?」
試合を見つつも話を聞いていた不二が、口元に手を当てくすりと笑った。寡黙な本人の代弁とばかりに、中学の頃から彼はこんな感じで周りに噂され続けていた。彼自身は自分が周りに勝手に言われる事に対し、どう思っているのだろう?
「別に構わないが」
「だろうね」
つまり彼にとって大事なのは自分自身であって周りはどうでもいい、という事か。
(それでも僕はその『内側』に入りたかったんだけどね。今でも)
彼を揺さぶれるだけの存在になりたかった。
自分がそうであるように、彼にも自分の一挙動一投足に目をこらし、自分の一言で心臓を撥ね上げ、そして夜もうなされるほどに自分を思い描いてほしい。
―――相手への妄執を全て愛としてくくるならば、かつて自分が彼へ抱いていたものは間違いなく愛情だったのだろう。
(まあそんな事今は別にどうでもいいんだけどね)
『周りはどうでもいい』
実のところこれは不二自身にこそぴったり当てはまる事だったりする―――無自覚ではあるが。
「ついでに手塚は当時部長として関東大会で跡部君と当たったことがあるんじゃよ。
―――凄い試合だったよ。今でもよく憶えとる。結果は手塚の左肩の故障もあって跡部君の勝利となったが、お互い100%以上の自分を出し切った。
部長としての責任、そしてお互いそれだけの力を出し切れる相手との出会い。それらが絡まって、中学テニス界の歴史に名を残す名勝負を見せてくれた」
懐かしむように空を見上げゆっくりと紡ぐ竜崎。その後ろで、手塚と跡部が一瞬だけ目を交わした。
「再現、か・・・・・・」
「どこまで出来るか、楽しみじゃねーか」
交わされた視線がコートへと戻る。2人の言葉もまた、風に乗ってコートへと運ばれていった。
今もまだ激しい試合が繰り広げられているコートへと。
・ ・ ・ ・ ・
そして―――
「ぷっは〜!!!」
「う・・・ウケる・・・・・・!!!」
「わ・・・笑ったらマズい・・・やろ・・・・・・!!!」
「そ、そうだね・・・!! あくまでリョーマ君と―――あと誰だっけ? の試合なんだし・・・・・・!!!!!!」
今度こそ完全に痙攣を起こしてへたり込む英二・向日・忍足・千石。
「まあ、跡部もそんな気にしないで、ね?」
肩を震わせ笑いながらも何とか声をかける不二。
「・・・・・・・・・・・・」
今度こそ完全に明後日の方を向いて他人の振りをする手塚。
さらに、
「まだまだだね」
お決まりの台詞を吐き、リョーマが若人を―――ではなくフェンスの外を見てにやりと笑った。
「てめぇら・・・・・・・・・・・・」
全ての人が一方向を、1人の人間に注目する。試合を終えた2人に、ではない。不二とは違う意味で肩を震わせ、フェンスを掴む手に力を込める彼を。
気まずそうな(おおむね)全員の視線の先で、かの人物、跡部がついにぶち切れた。
「俺が負けたんじゃねーーーーーーー!!!!!!!」
そんな叫びも全て飲み込み、初夏の空は今日もまた綺麗に晴れ渡っていた・・・・・・らしい。
―――End
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
うわ〜。そんなワケでついに来ました手塚対跡部真似っ子対決。これ負けると負けた本人[オリジナル]気まずいだろ〜な〜という考えから生まれましたが・・・・・・よくよく考えるとむしろ周りの方が気まずいですね。
いよいよアニプリでは終わってしまいました城成湘南戦。それでありながらメインの話がまだ全然書けてないという有様。そう! この変に続いたシリーズっぽいのはただ何となく思いついただけのもの、というか既にしっかり宣伝までしちゃってたりするんですけどね。は〜しっかし早くしないと忘れ去られそうですね。頑張ろ。
う〜む。城成湘南。びみょ〜だったなあ。一応いいなと思ったのは梶本とあと言うまでもなく爆笑ユニットでしたけど。
2003.6.8〜15