不二vs手塚



 いくら英二やリョーマといえど、手塚には逆らえない。そして何より、単純に気になった。この試合の行方。
 英二が知る限り手塚が
No.1で不二がNo.2だ。だが怪我でリハビリしていた手塚。一方跡部に次いで世界のNo.2にまで上り詰めた不二。『跡部に次いで』の時点でなんとなく結果は予想がつきそうな気もするが、だが実際はどうかわからない。いや跡部も実力を上げたんだからそれ相応に不二の実力も上がったはずだ。
 リョーマが知る限り不二はともかく手塚の実力は未知数。リハビリの話は聞いているし、時折見せる実力の断片は不二と互角か、あるいは上回っているかもしれない。
 その他、今まであからさまにはせずも退屈げだった者々も、2人の試合ならば注目しないわけもなく。ようやくこの辺り一帯もまともな緊迫感が出てきた。
 が、
 「じゃあ、まずは俺と試合して3ゲーム取れたらプロと試合だ」
 「む・・・?」
 「え・・・?」
 邪魔はなぜか上からではなく横から入った。今大会スポンサーの息子にして男子シングルスの優勝者―――というかそもそもこの大会が彼を優勝させるためにあったといっても過言ではないだろう男。それでありながら注目が自分ではなく解説員の不二に集まりいたく不機嫌そうだった。まあ当たり前だが。
 「ズルい! そんなの言ってなかったじゃん!!」
 「何アンタ勝手に乱入してんのよ!!」
 「うっせえ! 俺にすら勝てねえ奴がプロと試合したって時間の無駄だろ!?」
 客席からのブーイング。だがその中でも一角だけは静かだった。
 本来なら最初に騒いでいたであろう一角・・・知り合い一同は。
 「というか、これじゃ手塚が3ゲームハンデをもらったことになるんじゃないか?」
 「うわ。そっちの方がむしろズル?」
 「つまりこの試合の見所は不二が何ゲーム巻き返すかになるな」
 首を傾げる大石ににやにや笑う英二と乾。今ままでのそいつの退屈な試合を見ていれば結果などやるまでもなくわかる。
 男へ向けられる、2対の瞳。片や無表情で、片や笑みで。
 ―――片や無感情で、片や怒りを露にし。
 なのだが、男が不二の『笑み』の意味に気付く筈も無く、彼は一般的な場合と同じく何も思わず見てきた手塚の方に反応してきた。
 「・・・なんだよ、文句あるってか?」
 「質問ですが、3ゲーム取れなかった場合は?」
 その言葉に、不二の目が開かれる。
 冷めた目が―――男ではなく手塚へと送られた。
 「ハッ! そんな事か!
  その時はそうだな。俺がお前の代わりに試合してやるよ。大船に乗ったつもりで安心して負けな。お前みたいなド素人がボロクソに負かされる姿より、俺みたいなのが互角に試合してやる方が見栄えもすんだろ?」
 ブーイングが何倍にも膨れ上がる。
 「バカじゃん、アイツ」
 「うっは〜。あの人不二と互角だとか言い切っちゃってるよ」
 「自分の実力は見れねえといけねーな、いけねーよ」
 その中で―――
 「では、よろしくお願い致します」
 「お? お、おう・・・・・・」
 何の反論もせずどころか馬鹿丁寧に頭を下げてくる手塚に、さすがに男の勢いも削がれた。
 その影で、不二が軽く吹き出す。
 (またわかりにくい嫌がらせだなあ・・・・・・)
 手塚という男の実力と性格を熟知していなければわからない嫌がらせ。自分すらも利用してくる辺り拍手を送りたい。騙されるところだったではないか。
 ―――『では、よろしくお願い致します』
 一見普通なようで、よくよく考えるとおかしい文章。句点の間に何か入れなければこれは成り立たないのだ。しかも入るのは仮定形。
 (例えば、『もしも万が一にも自分が負けるようなそんなありえない事態がそれでも不足の要因により起こってしまった際は』とかね)
 手塚はあまり仮定形の言葉を使用しない。特に自分に関しては。単なる予測に過ぎない仮定形ではなく確定の形で言う。
 言った事は絶対やる。この辺りの信念はそれこそ某帝王と同じ。2人の気が合うのも納得といったところか。
 審判の合図で試合は始まり―――
 ―――そしてあっさり終わった。むしろこんなわざわざ2行に分けるまでも無いほど本当にあっさりと。
 「さて改めて。手塚、よろしく」
 コート外に崩れ落ちる男には目もくれず、不二がネットへと進み出る。一方的過ぎる試合にどう対処すればいいのか困惑気味だった観客らが、待ってましたとばかりに盛り上がった。
 「こちらこそよろしく頼む。
  ところでゲームカウントは0に戻した方がいいか?」
 現在カウントはもちろん3−0。不二と自分の実力を考慮すればハンデなどいらない。
 が、そう思う手塚になぜか不二は笑ってみせた。
 「そのままでいいよ。負けてもイイワケがたつでしょ?」
 「負けるつもりか?」
 今度細まるは手塚の目。逸らす事無くそれを見つめ。
 「とりあえず6−3で?」
 「・・・・・・・・・・・・もういい」
 ハンデ分差し引けば3−3。とりあえずも何もぴったり喰らいつくというつもりか。
 (なるほど。跡部が持て余すワケか・・・・・・)
 世界ランクでは1位と2位、と明確な階級付けがなされてはいるが、跡部が不二とまともに試合出来た経験は少なくとも公式戦ではない。厳密にはデビュー直後1度だけあるのだが、不二の怪我というアクシデントにより無効とされている。まあこのふざけっぷりではそれも納得だ。現に自分も3年間彼と部活をともにしてまともに試合出来た経験は限りなく0に等しいが。
 尤も・・・・・・ふざけているイコール本気ではないとはならないのが不二において最も厄介な点であるが。
 「じゃあ、3−0でいこうか」







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 そして、今度こそまともに始まった試合は―――
 「ゲームセット! ゲームカウント6−3! ウォンバイ挑戦者!!」
 他の客からは予想外の、青学メンバーらには当然の、そして手塚にとっては多少驚きの結果となった。
 (強い・・・・・・。わかってはいたつもりだったが・・・・・・)
 単純にカウントを見れば3−3で互角。ただしこの展開になるためには不二が3ゲーム目を先に取らなければならないのだ。
 (もしもハンデなしで1セット行ったとしたらどうなっていたか・・・・・・)
 今まで不二との試合で7−5より詰められた事は無かった。リハビリによる休止期間など言い訳にはならない。
 「―――でも、君もこのまま終わらせるわけじゃないでしょ?」
 「む・・・?」
 まるで今までの考えを聞いていたかのような返答。出された手を握り返しながら、手塚は眉をひそめた。
 あたかも彼に寄りかかるように体を前に倒す不二。前傾しつつ、耳元へと呟く。
 「帝王の降臨は意外と近いかもね。君も彼相手に負けるつもりはないんだろう?」
 「跡部がか・・・? それは―――」
 問う。プロデビュー以来不二とともに日本へ―――『ここ』へは帰ってきていない跡部。リョーマと付き合うようになって帰ってきた不二に引きずられるように一応帰ってくるようにもなったが、それでも付き合うのはせいぜい幼馴染たちか氷帝メンバーか。こちらとは今でも疎遠、の筈だった。
 答えは、もう手も体も離し去りかけていた。
 それでも、振り向いてくる。その顔に浮かべられていた笑みは、挑戦者決め前のそれと同じで。
 「逆誕生日プレゼントかな? そろそろ解放しようと思うんだ。お互い」
 意味のわからない言葉。いや―――
 『解放』
 誰が、誰を?
 捕らわれているのは、捕らえているのは、誰だ?
 不二か? 跡部か? それとも―――自分か?
 笑みの質が、変わる。
 「逃がさないよ今度こそ。君の・・・君たちのところまで、上り詰める。僕も、リョーマ君も。
  今日の勝負はその時までお預けにしてあげるよ」
 楽しそうに笑う不二へと、手塚もまた力強く微笑んでみせた。それが、自分からの誕生日プレゼントだとばかりに堂々と、宣言する。
 「ああ。待っている。お前も、越前も。そして、跡部も。
  今度こそ決着をつけよう」



―――vs手塚戦 Fin











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 さりげに【Wanna Rise!】から矛盾してます手塚(笑)。でも一応イイワケとして、手塚が本当に恐れたのは単純に不二に追われることではなく、他の全てを犠牲にし、己を破滅へと導きそれでも追い求めるある意味狂った不二の愛情でした。見ようによっては、対リョーマ戦前までの裕太が不二に対して持っていたそれをさらに悪化させたものですね。ですが今では不二もリョーマによって改心(大爆笑)し、単純かつ純粋に、手塚に勝ちたいと思っています。
 そしてはい。むやみに会話内にだけは登場した跡部。むしろ現在手塚に捕らわれているのは彼だったり。不二がかつて手塚に持っていたものを愛情とするならば跡部が彼に持つものは『渇望』。かつて不二に、そして現在千石に持っている(らしい。一応このシリーズの
CPはせんべです)愛情とは別に、まるで己の半身を求めるように、跡部は手塚を求めています。なので『帝王の降臨』は手塚の完全復活と共に起こります。さて『帝王の降臨』、さらには『天才の帰郷』。こう書くとこの先の展開読める方多いでしょうね。ただしこのシリーズ、そこで終わりになるはずがむしろこのままではそこからスタートになりそうです。うわ。序章長ッ! いずれにしても早く上げたいものですこんなところで語ってないで!

2004.2.29