「はい、皆様こんばんは。今週もこのお時間がやってまいりました。
  『
SWAP』―――これは、普段顔を見るだけで誰でもわかる有名人の方が、ハリウッドでも用いられるメイクにより大変身をして周りを驚かせようという番組です。
  そして皆様、今週はまさに必見。世界的に有名なあのプロスポーツ選手がついに我が番組にゲスト出演をしてくれました!!
  ではどうぞ!!」
 「皆様こんばんは。テニスプレイヤーの不二周助です」







        SWAP ―大変身!―






 ぶふっ―――!!
 テレビにでた恋人の顔に、リョーマは飲みかけていた牛乳を全力で噴き出した。
 一瞬ビンに収まり、さらに強く吐く息により顔へと戻ってくる牛乳(こう書くとひたすらに汚いが)に咳き込むリョーマを、隣に座っていた不二は心配げに介抱してやっていた。
 「ああリョーマ君大丈夫?」
 「大・・・じょぶ、なワケ・・・・・・」
 なおもげほごほえほおほやりその先の台詞の解読不能なリョーマに代わり、さらに隣に座っていた跡部が補足を加えた。片手で頭を抱え、
 「なるほどなあ・・・。こーいう企画に出てたってワケか・・・・・・」
 「そうなんだよ。面白そうだったからね。実際面白かったし」
 「こっちはひたすらはた迷惑だったけどね・・・・・・」
 「まあ、これで跡部の気持ちもリョーマ君の気持ちもわかったからvv」
 ぼすっ! ばすっ!
 にっこり微笑む不二を、両側からクッションが襲う。彼らに一体何があったのか、それはこの番組を見ていけばわかる事だった・・・・・・。










 「不二選手、本日はゲスト出演ありがとうございます!」
 「いえ。お話を頂いた際、とても面白そうだったので参加させていただいただけですから」
 「というと、不二選手には元々変身願望があった、と?」
 「変身願望・・・というほどでもないですけど、やっぱりいつもと違う自分になるって、それだけでワクワクするような気がしません?」
 「ですねえ。私も司会じゃなかったらぜひやってみたいですよ。
  では不二選手は今回誰に?」
 「そうですね・・・。
  今回もそうと言えますけど、僕は普段インタビューを受ける側じゃないですか。する側をやってみたいなと思いました」
 「する側・・・え? リポーターですか?」
 「ええ。そうです」
 「ええ? またなぜ? している側からすればいつか自分もされてみたいな〜って思うものですよ?」
 「それと丁度逆だからでしょうね。いつもされた質問に答えるだけですから。たまには質問をしてみたいなと思って」
 「へ〜。いっそご本人の変身といわず私が代わりたい位です」
 「なんなら代わってみますか?」
 「無理ですね〜。私に『天才』は似合いませんよ。とりあえずまずはラリーが5回は続くようにしないと」
 「やりようによっては続かなくても勝てますよ? 例えば跡部はよくサーブとリターンだけで勝負を決めていますから」
 「あっはっは。ある意味私たちもそれですね。お互い取れなくて。
  ―――では今回は、そんな不二選手の変身物語を追っていきましょう!」







・     ・     ・     ・     ・








 変身、といっても、化粧や服装で誤魔化すだけではない。この番組は文字通り『変身』させるのだ。人によっては年齢や人種まで全く変えたりもするという。
 今回はそこまではやらないが、だからといってあまりに何もやらないのではつまらないしあっさりバレる。
 というわけで、
 プロテニスプレイヤー不二周助
19歳はこの度、
 ―――仕事歴5年のまだまだ新人女性記者
27歳となる事になった。





 「ま〜やっぱ綺麗ねえ」
 「ありがとうございます」
 メーキャップアーティストの言葉に、何と返すか迷った挙句とりあえず礼を言ってみる。
 元々中性的とはいえ男性と女性では何かと違う。全身の型を取り適度に膨らみをつけ、顔は普段と逆に『切れる人』的なイメージにした。普段ほんわかしたものを垂れ流している(
By黄金ペア)自分としては随分変わった事だろう。
 ちなみに今まで説明し損ねていたが、これは日本ではなくイギリスの番組である。そこの女子アナになった時点で、もちろん日本人ではなくイギリス人となるわけだが―――
 鏡を見る。そこにいるのは、腰まで届く金髪の白人女性だった。
 (よく彫りの浅い僕の顔でここまで出来たなあ・・・)
 逆に深いとむしろ大変なのかもしれない。例えばそれこそ跡部のように。
 にっこり笑う。骨格がバレないよう肉付きを少しよくするためシリコンを貼り付けているのだが、見たところどこが境目かは全くわからなかった。ついでに皮膚とカツラの境目も。
 (よし、大丈夫そうだな)
 「じゃあ、誰を騙します?」
 面白そうに聞いてくるスタッフに、
 「そうですね。
  ―――まず1人試させてもらえませんか? 彼で大丈夫だったら本番も大丈夫だと思います」





 といってテスターに選んだのは―――もちろん同じくイギリスに来ていた跡部。ゲストそのものではないにしても、テニス関連以外では絶対メディアに登場しないという彼が映ってくれるだけで番組としては御の字だ。格好の視聴率稼ぎ材料に、スタッフは1も2もなく承諾してくれた。
 さっそく跡部の元へ
Go。ただしいつものノリでいきなり押し入っても相手にされないどころか警察に突き出される。なので今回は日本にいた頃からのお馴染み『月間テニス』イギリス支部へと協力を依頼した。
 『月間テニス』は中学テニスが注目を集める前からちょくちょく取材しており、跡部も主に氷帝を通じての知り合いだ。彼が、そして自分がアメリカでデビューした際、日本国内で最初に自分たちの事を正確かつ詳細に広めたのはここである。普段あまり個人的な取材は受けない彼も、ここからのものとなれば受けないわけにはいかないだろう。今回は雑誌のみではなくさらにインタビューの様子をテレビで流すという設定にしてみた。
 実際、そんなこんなで跡部も了承してきた。本当の記者らしく、取材申し込みの電話から全部自分でしてみる。跡部は全く怪しむ様子はなかった。いつも親しげな一方見下されている感のある自分としては、他人行儀な愛想のよさが少しくすぐったい。
 用意していたホテルの1室―――スイートルームに到着。『取材』まであと1時間。準備するには十分だろう多分と確認しつつ入ると―――なぜか跡部はもういた。
 窓際に立ち、優雅にコーヒーか紅茶辺りを飲んでいる跡部に全員で目を点にする。
 「えっと・・・、約束は1時間後だったような・・・・・・」
 「ああ、前の用事が早く片付いたもので先に来たんですよ。邪魔はしませんので準備をどうぞ」
 「は、はあどうも」
 予想外な感じで快く迎え入れられ、いそいそ入るスタッフ。特に自分たちは何も悪い事はやっていないのだが、普段傍若無人で威張り腐っているという印象の強い跡部を前にした態度としてはこれが普通だ。自分はもちろん跡部の姿を知っているワケだから別に緊張したりなんだったりする必要はないのだが、ここは初対面らしく周りに合わせてみた。
 気まずいまま準備する。これからというか既にだが、この彼を騙すのだ。ネタ晴らしした時どう返されるか。冗談抜きでスタッフ一同は己にかけた保険金の額を増やしてきた。
 もしかしたらもうバレてんじゃないだろうか。後でさんざん文句をつけるために今愛想良くしているんじゃないだろうか。そんな疑心暗鬼にまで陥る。彼の財力と権力を元にすれば自分たちをクビにする事など簡単―――なような気もする!
 そんな不安を掲げ、カメラとマイクのテストをしつつちらちらと窓際へ視線を送る。彼のいた・・・・・・はずのそこへ。
 「あれ・・・?」
 誰もいない。見渡す。やはりいない。
 「おい、まさか・・・」
 「帰っちまった・・・とか・・・・・・」
 サ―――っと青褪めて一同。よくよく考えるとこれはエセ取材だしまだ試しの段階なのだから失敗してもいいのだが、それはそれと割り切れないのが対跡部の欠点である。
 これから自分の局は一切取材をさせてもらえなくなるかも―――!! と不安が絶望になったところで、
 「―――よければどうぞ。部屋乾燥していますので」
 『うおわああああああ!!!!!!』
 盆を手にいきなり現れた跡部に、一斉に悲鳴を上げた。
 首を傾げる跡部。特に気にせず、スタッフ1人1人にカップの乗った皿を手渡した。紅茶の湯気と香りが鼻腔をくすぐる。
 直接相手する記者こと不二のところへも来て、
 「どうぞ。喉渇いてるでしょう? 声少し掠れてますよ? 砂糖も入れておきましたので、疲れも取れるかと」
 「あ、ありがとうございます」
 頭を下げ、一口含む。確かに少し甘め。好みの味だ。
 喉へと流す。少しいがらっぽい。多分ここに来る車の中で、他のスタッフがずっとタバコを吸っていたからだろう。自分でも気付かなかったが。
 (よく気がつくなあ。さすが跡部・・・)
 いつもなら迷惑そうな顔をするのに大違いだ。ちなみにスタッフは素で驚いている。まあそうだろう。まさかあの帝王:跡部がここまでの気配りを見せるとは。
 一気に和やかになるムード。直接話すとすぐバレそうだったため、テストを理由に不二は話さなかったが、他の手の開いたスタッフは跡部に話しかけていた。跡部もまたインタビューの方に興味を持ってくれたらしくいろいろ聞いている。テレビはともかくテニスはド素人のスタッフ一同。しかし先手を打って本物の月間プロテニス記者を1人連れてきていたため、こちらも難なく終わった。どころかなぜか途中からは不二も加わり、ひょんな事から世界2大トップの生対談などという特ダネを得られた記者は感動のあまりラストに気絶した。
 さて取材が始まった。内容が先ほど3人でしていたものと一部被っているのはご愛嬌として、
 いよいよ話が核心へと迫る。
 「ところで跡部選手。今テニス界は跡部選手ともう1人、不二選手で沸いていますが、跡部選手から見て不二選手はどうですか?」
 「『どう』? つまり?」
 「思う事を何でもどうぞ」
 「何でも・・・ねえ・・・・・・」
 今まで慣れた様子でさらさらと答えていた跡部が止まった。スタッフの間に再び流れる気まずい空気。ここが核心ではあるのだが、もしかしたら取り止めて先に進んだ方がいいのかもしれない。
 そう手で合図しようとするスタッフを無視し、不二は跡部の様子をじっと見ていた。詰まっている・・・のではない。ゆっくりと息を吸っているのだ。
 それだけ吸って言う事となると・・・
 さらに7秒ほどかけて息を吸い、
 跡部はそれを一気に吐き出した。声のトーンが一気に下がる。間違いなくこれが彼の『地』だと、全員確信した。
 「自分勝手で我侭全責任を人に押し付け自分だけ気楽にしてやがるし災厄振りまく事に関しちゃそれこそ『天災』的だしなんでかいつも俺がターゲット扱いになる。恋人が出来てちったあマシになったかと思や頭のネジは半端じゃなく緩んでただの馬鹿になったわ勝手にやってりゃいいっつーのにこれまたこっちに見せびらかす。挙句他人だっつってんのに世間じゃまるで俺とアイツをセット扱いしやがってアイツのやらかした事まで俺が尻拭いするハメになる。総じてひたすらにはた迷惑だ」
 「そ・・・そうですか・・・・・・・・・・・・」
 (僕ってそんな風に見られてたんだ・・・・・・)
 確かに自分の前で跡部はいつもそう言っていた。だがまさか見ず知らずの人の前でまで言うとは・・・!!
 がっくり項垂れる不二。スタッフも呆気に取られる一方、さすがに気の毒そうな眼差しを不二へと送ってきた。
 そんな一同は気付かなかった。跡部がにやりと笑っていた事に。吸った息をまだ全て吐き終えていなかった事に。
 続ける。
 「でもって―――
  ―――演技はやったらど下手だ」
 「え・・・?」
 顔を上げる。と、
 上げたおでこにデコピンを食らった。
 「痛っ!」
 「バーカ。俺が気付いてねえと思ったか? 不二
 「え、っと・・・・・・」
 「何年一緒にいると思ってんだ? ああ?
  お前の事なんざ最初の電話から気付いてたに決まってんだろ?」
 「え・・・? じゃあこの話受けたのって・・・・・・」
 「お前がまたくっだんねーイタズラ考えたのかと思って待ってりゃ、まった大掛かりな事しやがって。話聞きゃ本当の撮影スタッフだと? 後でちゃんと謝っとけよ巻き込んだ事」
 「あいや我々は―――」
 わかってしまった以上は仕方がない。ネタ晴らしをしようとしたスタッフを遮り、
 「じゃあさ跡部、もし僕じゃなくって本当に取材だったら? だったら今の質問何て答えてた?」
 そう、不二が問いかける。早くも踵を返しかけていた跡部が、ぴたりと止まった。
 振り向く。見下ろす跡部。見上げる不二。冗談ではない、真剣な眼差しをじっと見て、
 「聞きたいか?」
 「聞きたい」
 「どうしても?」
 「どうしても」
 「後悔しねえか?」
 「う・・・、ま、まあ・・・」
 「やっぱ止めるか」
 「聞きたい!」
 立ち去りかけた跡部の袖をがっしと掴む。見下ろし見上げ以下繰り返し。
 ふっ、と跡部が笑った。不二の手を振り払いながら、言う。





 「最高の弟だ」





 「え!? ちょっ・・・!!」
 「じゃあな。ちゃんと片付けて来いよ」
 聞き返そうとした時にはもう跡部はすぐには手の届かない位置にいて。
 は〜っはっはっはと笑いながら出て行く跡部の背中を、ただ全員で見送るしかなかった・・・・・・。







・     ・     ・     ・     ・








 「―――じゃあ最初からバレていたんですか?」
 「ええ。そうみたいですね。尤も―――あまり最初から期待はしていませんでしたが」
 「つまり?」
 「跡部に対して1度でも嘘を突き通せたことってないんですよね。絶対にすぐに見抜かれるんですよ」
 「ああ、跡部選手というと確かに相手の弱点やその辺りを探るのが得意ですしね」
 「あはは。そうですね。後で聞いたんですけど、格好はともかく仕草や口調ですぐにわかったみたいですね」
 「やはりずっと一緒にいると違うんですね〜・・・」
 「みたいですね」
 「で、次が本番ですか? 跡部選手じゃないとすると、一体誰を騙したかったんですか?」
 「もちろん―――」







・     ・     ・     ・     ・








 再び記者として登場。今度は首からカメラなど下げ、直撃インタビューに挑戦。相手はもちろん―――
 「越前君!!」
 「・・・・・・はあ!?」
 「初めまして。私月間プロテニスイギリス支部の記者、フローレン=シュルツよ。フロウって呼んでね。よろしく☆」
 「あのさあ・・・・・・」
 「聞いてるわよ君の活躍は。凄いわね〜まだ中学生なのにそんなに実力があって」
 「・・・・・・何やってるワケ周助」
 「え? 周助? 違うわよ私はフロウ」
 「誰だよ・・・・・・」
 「だから月間プロ―――」
 「それはもう聞いた・・・・・・・・・・・・」
 「というワケで君に直撃インタビュー!
  ずばり、君は今恋人として騒がれてる不二選手についてどう思―――」
 どごっ!
 「・・・・・・えっと」
 「ああ、頭の配線繋がった? 周助」
 「うん、元から繋がってるけど・・・・・・。
  ―――よくわかったね。一応これでも変装してるつもりだったんだけど」
 「見た目の努力は認めるけどさ・・・。
  ――――――だったら中身も変えなよ。全然違ってなかったけど」
 「そうかな? 前回大人びた印象で跡部に一発でバレたから今回は子どもらしくいったんだけど」
 「いや全っ然いつもと変わりないから」
 「おかしいなあ。むしろ一緒にいた人たちに『誰?』って訊かれたんだけど」
 「みなさ〜ん! この人コレでいつもどーりで〜す!!」
 「そう! つまりコレが僕だってわかってくれたのは君1人!!」
 「・・・・・・いっそわからないでいたかった」
 「そんな哲学的にならないでvv
  うん。嬉しいよ僕vv」
 「・・・・・・・・・・・・。はあ?」
 「だってリョーマ君、君はどんな僕だって見抜いてくれるんだよvv つまりこれは君が僕を愛してくれてる証拠!!」
 「絶対違う!!」
 「照れないでvv ねvv ふふ」
 「照れてない!!」
 「さーそんなこんなで心の繋がりを確認した次はもちろん躰の繋がりを―――」
 どごすっ!!







・     ・     ・     ・     ・








 「・・・・・・なるほど〜。それで先程から頭をさすっているんですね?」
 「これもリョーマ君の愛情表現ですからvv」
 「は、はあそうですか・・・・・・。
  でも跡部選手にしろ越前君にしろすぐにバレてしまいましたねえ」
 「それもリョーマ君が僕を愛してくれているから―――vv」
 「はい以上『
SWAP』でした〜! それではまた来週〜!! 皆様ごきげんよう〜!!」












 「・・・・・・・・・・・・この番組、確実に今週で終わりだろ」
 「今ごろ苦情ばんばん来てるだろーね・・・・・・」
 呆然と呟く2名。対照的に、企画をぶち壊しにした当人はむしろ嬉しそうに笑っていた。
 「そんな事ないよ? だってそれどころか『次もまたお願いします』って誘われたもの」
 「マジかよ・・・」
 「よっぽどゲストいないんだね、その番組・・・・・・」
 「あ、それに君たちにもお願い来てたよ。もちろん
OK出しておいたから」
 『断る!!』
 ぼごすっ!! ばどすっ!!
 にっこり微笑む不二を、両側からソファが襲った。この後彼らに一体何が起こるのか、それは何も見ずともわかりきった事だった・・・・・・。














・     ・     ・     ・     ・

 昨日の○見えにて、こういう番組をやっていたのですよ。ぜひとも誰かでやらせたかった!! そんなワケで不二にやらせてみた!! ・・・というノリの話です。
 超久々の『天才〜』編。不二リョメインなのに最近どうも外れ傾向にあった話、戻っているのかどうか微妙なところです。普通のでやってもいいのですが、やはりこういうものは有名人にやらせてなんぼのモンかと。しっかし不二の女性記者姿・・・・・・めったくそにやらせがいのない変身だろうなあ・・・。

2005.3.1