「と、いうわけだから。
―――サエ、頑張れv」
「はあ!? 俺か!?」
それでも活躍させたいんだっ!
ここは山の麓の小さな村。最近ドラゴンが暴れて非常に迷惑だからと、旅の剣士と魔道士に討伐依頼を持ちかけた。
さて持ちかけられた剣士と魔道士というか佐伯と不二。きっぱりはっきり不二が山ごとふっ飛ばせば全ては片付くのだが、それをやると麓のこの村までなくなり、半分は前金残り半分は成功報酬と約束された依頼料がもらえなくなる!
そんなこんなで2人は今、(意外とまともに)ドラゴン退治などというファンタジーの王道をやろうとしていた。
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
「で? その、『というわけだから』の説明はそれで終わりか?」
2人で泊まる宿屋にて。買い物中にたまたま村長に遭遇、そのまま依頼を受けてきたという、全てのプロセスを無視した非常に軽いノリの相棒に、佐伯はこめかみをひくつかせながらゆっくりと呻いた。
ドラゴン。詩人の語るおとぎ話[ファンタジー]の王道になるのは伊達ではない。羽根あり牙ありさらには危険な吐息[ブレス]も噴き、姿かたちからして見栄えも良いし、実力もそれに見合ってなかなか高い。これを倒したというと自慢になるからこその話のネタなのだが、つまりは逆に倒せば自慢できる程度には厄介な相手なのだ。
何がどう厄介なのか―――身内(彼らのようにいろいろ退治出来たりする人たち)では知れ渡った公然の秘密なのだが、ドラゴンの実力はピンキリ激しい。いいのに当たれば5歳児でも追っ払える近所のノラ猫レベル、悪いのに当たれば吐息一発街をも滅ぼすといった感じ。どこぞの某ラッキー男(職業:勇者希望)でもない限り、詳しい事情を聞かない状態でケンカをふっかけるのはかなり割の悪い仕事だ(ちなみにそのラッキー男はノラ猫レベルばかりを倒していろんな意味で有名になった)。
頭を抱えたくてたまらない佐伯だが、相棒こと不二は一片たりとも笑顔を揺らがせずに指をピッと立てた。
「そう。だから―――」
ピッと立てて、言う。
「サエが囮になってドラゴンと遭遇、1人で適う程度だったらそのまま倒す。適わないなと思ったら僕が援護。2人でも無理だと思ったら前金持って逃げる。完璧な計画じゃない」
「どこがだよ特にラスト!!」
「だって・・・・・・
どれにしたって損はしないよ。僕は」
「その作戦は俺が損しすぎだろ!? 第一問題で俺の命の保障はされてんのかよ!! 最悪出会い頭でいきなり殺されるだろうが!!」
佐伯がどばんと机を叩き怒鳴りつけた。至極真っ当な理屈なのだが―――なぜかそれを聞く・・・もとい耳を塞いで聞き流す不二は不満げな顔をした。
「サエってばワガママだなあ」
「それは周ちゃんの方!!」
「大丈夫だって。もしそれでサエが死んだとしても依頼料は貰ったんだからそれで葬式挙げるし」
「そういう後ろ向きな案は出さない!!」
「・・・・・・つまり依頼料は治療費に使って欲しい、と?」
「違うだろ!?」
「ほらやっぱサエの方が―――」
「だから―――!!」
以下3時間ほど延々と続けられた堂々巡り。勝敗は精神的に果てた佐伯が首を縦に振ることでついた。
で、山の中。
「マジかよ・・・。情報0味方0でドラゴン退治・・・? あり得ないだろこれはさすがに。自殺志願者だってもうちょっとマシな状況望むだろ・・・?」
『だから、サエの方がフットワーク軽いし山道とかも慣れてるでしょ? それに気配消して歩けるし。僕がいるとむしろ邪魔になるんじゃないかな?
そういうことだから、はい、コレ』
山道でボヤきながら―――じゃなくて山道でドラゴンを探しながら、佐伯は剣の柄頭についた小さな宝石を見やった。計画前に不二に渡されたそれ。転移の陣が封じ込められた、簡易移動用宝珠だという。割った瞬間に術が発動、遠くでこちらを見物している不二を召喚出来るとか何とか。
「と言いつつ実際使ったら来ませんでした、っていうのが周ちゃんだしな。まあ、あんまり期待はせずに行こうか」
もちろん不二の魔道士としての実力が低いのではない。むしろその筋では普通の魔道士のランクをあっさり超越、『魔王』とまで言われるほどだ。だがだからこそ―――というと魔道士らに失礼か。とりあえず不二に関して言えば―――『ちょっとしたミス』という白々しいイイワケの元なされるイタズラの数々は、得てして致命的(文字通り)な場面においてばかりその真価を発揮する。
それこそ限りなく後ろ向きな決心の呟きを、聞いていたわけでもましてや理解したわけでもあるまいに。
がさっ・・・・・・。
言葉が終わるなり辺りの草が僅かに揺れた。
自分の立てた音ではない。不二が一応買った通り、佐伯は武器の間合いに入れないと完全無力な剣士として当然の事だが(だと思うのだがどうもそれすら出来ていない輩が多すぎるのはなぜだろう・・・?)隠密行動は得意な方だ。ボヤきと表記されるそれもほとんど口の中の呟きに過ぎない。危険極まりない(かもしれない)ドラゴン相手に、先に気取られるなどという馬鹿はやらかさない程度の自負はある。
ボヤきが止まる。鋭く細めた目で佐伯が音のした方向に神経を集中させた。幼い頃からの修行(という名の苛め)のおかげで、勘含めた六感は全体的に人より発達している。
当たりをつけた方向から、さらにがさごそと音が続く。徐々にながらこちらに向かっているようだ。
(さって、どうしたものか・・・・・・)
草の揺れる範囲と音の大きさからするとさして相手は大きくはないし、速度も遅い。この山に生息するのはドラゴン一体だけではない以上、もしかしたら小さな獣か大きな虫かもしれない。
隠れて様子を窺う。現れるなり切りつける(間違ったら昼食として食べる)。さっそく不二を召喚する―――これは却下。ドラゴンではなかったとしたら以降1週間は笑われ尚且つ文句を言われる。
悩む―――事もなく、佐伯は迷わず音とは逆側の草むらに身を潜めた。何が起こるかわからない以上まず考えるべきなのは己の身の安全だ。隠れた結果、無害かつ無関係なものだったらそのままやり過ごすもよし、それこそ昼食のメインにするもよし。
細い草越しにそちらを見やる。植物の多い森に対応し、こちらも深緑のマントを頭から被っている(でないとまず光り輝く銀髪が非常に目立つ)。これで気配を殺して蹲ればよほど実力に長けた者か、さもなければよほど接近されない限り気付かれる事はない。のだが。
「嘘だろ・・・?」
なぜかいきなり草を掻き分ける音が大きくなった。速度を速めてきたのだ。それは一直線にこちらに向かってくる。
「待て、待て・・・。ちょっと待て・・・!!」
今更逃げようにも、まだまともにあった道を一歩外れてしまった以上動きにくさは先ほどまでの比ではない。歩くのでも辛い感じで、走るのなどまず無理。恥も屈辱も全て掻き捨て不二を呼ぼうかという考えもちらりと浮かぶが、それより早く!
ぴきゅるるるるる〜〜〜〜〜〜!!
「は・・・・・・?」
鳴き声を上げて突っ込んできたものに、佐伯は押し倒されるまま間抜けな声を上げた。大きさは中型犬くらい。かなり太めでおなかが出てる。牙は一応あるが犬歯程度、背中でせわしなくかつ無意味にぱたぱた動く小さな羽根は、あからさまにこの体重を持ち上げられないらしい。一応ドラゴンっぽく二足歩行してはいるが、多分手足を地面に付く前におなかが地面につくからだろう。こうなると最初の『鳴き声』もむしろ『泣き声』だったように感じる。
事態についていけないこちらが突き飛ばされ転んでいる間に、現れた『特徴だけドラゴン』は自分の走ってきた方向を振り向き、警戒するように鱗もなく柔らかそうな毛を逆立てた。
ピキーーー!!!
ついでさらにすごい勢いで走ってきた生物が一匹。ウサギに似た外見だが2回り以上大きく、耳も大きい。毛並みは茶色とおなかが白で、しっぽはウサギのように丸くはなく、キツネのように太く長い。全体的に華奢な体型と、後ろ足だけでなく前足も発達しているのは険しい山道に適応した結果か。それは佐伯も知っている生物、この辺りに生息するウサギの亜種ことラビスだった。
ちなみに補足としてラビスの特徴――――――肉食かつ凶暴。
「つまり・・・・・・」
頭を掻いて、佐伯がため息をつく。なんだかもうどうでも良くなった。
つまりこの『ドラゴン(らしい)』は―――
「ウサギもどきに負けて逃げてる最中・・・・・・?」
そんな事実に反発したいか、向き直った『(なんちゃって)ドラゴン』は体勢を整え息を吸い―――
ごおっ―――!!
・・・・・・と音が鳴ったりするともう少し迫力があったかもしれない炎の吐息を吐いた。目の前にある細い草の先っちょが2・3本燃えている。もちろんラビスは完全無傷。
あたふたと左右を見回し全力で焦る『ドラゴン(エセ)』。最早哀しいを通り越して可愛い。
何も見なかった事にして立ち上がりぱたぱたとマントについた草や土を払う佐伯を見つけ、縋り寄ってくる。脚にしがみつきぴきゅ〜〜〜と目をうるうるさせ見上げてくる『ドラゴン(パチモン)』に対し。
「頑張れv」
佐伯は笑顔でアドバイスし、ラビスの元へ蹴り返した。すかさず飛び掛るラビス。可愛い生物を自分で殺すのはさすがに気が引ける(ような気もする)が、他のものに殺されるのなら別に胸も痛まない。これでラビスの食糧[かて]となればむしろ万々歳か。
弱肉強食によって成り立つ食物連鎖を温かい目で見守り―――
ぐぼああああああああ!!!!!!!
ピキュア――――――!!!!
「それってありかよ!!??」
いきなり変身し始めた『それ』に、ラビスともども悲鳴を上げた。
今度こそまともにおとぎ話にでも出てきそうな10m以上の巨体となったドラゴンを見上げ、
「変身すんなら最初っからしろーーーーーーー!!!!!!」
佐伯はそれこそ今度こそ迷わず宝珠を割り砕いた。
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
「やあサエ、首尾はどう?」
「こういう事なんだけど!?」
現れるなりのんびりと手を上げてきた相棒に、佐伯は向こうを指差し怒鳴り返した。向こう―――もちろんドラゴンの暴れる方向を。
そちらでは、今でもドラゴンが木々をなぎ倒し走り回っている。目標は恐らく先ほどまで自分に襲い掛かっていたラビスか。ただし上から見下ろすと木々が邪魔になりむしろ発見し辛い。しかもラビスは上に挙げた特徴が示すとおりこのような山での暮らしに向くよう発達した動物だ。ちんたら変身している間にあっさり逃げ延び、今やその痕跡を見つけることすら不可能。
というわけで。
ギンッ!!
ドラゴンの鋭い眼差しがこちらに向いた。
「あはは。どうやらターゲット変更だね」
「俺が一体何したってんだよ!!」
「何、って・・・・・・」
悲壮げに叫ぶ佐伯を見て、さすがに不二の頬に汗が一筋流れた。先ほどまでの佐伯の行為は、もちろん魔道を用いてずっと見続けていた。助けを求めてきたドラゴンをラビスに蹴り返し、あまつさえ食われかける様を微笑ましく見ていた彼を。
「まあそれはともかく、これで計画通りだね。じゃあサエ、引き続き頑張ってv」
「はあ!? だから『引き続き』って!?
俺じゃ無理だって思ったから周ちゃん呼んだんだろ!?」
「そんな事ないよ。ドラゴンの特徴といえば実力ピンキリ。変身前がアレだったんだよ? もしかしたら今も弱いかもしれない」
「今なんか幹ぶっとい木も平気でへし折ってんだけど!? それのどこが弱いんだよ!!」
「でもホラ、吐息吐いてないよ?」
言われ、見る。確かに木々をなぎ倒すだけで燃やしてはいない。
「きっと吐息は実はさっきの実力なんだよ」
「いやさすがにそれはないだろ。あの巨体で燃やせるのが草の先っぽ2・3本って・・・」
「じゃあ自分の住処なくすと困るから燃やさないとか?」
「『じゃあ』とか『とか?』とかすっげー曖昧な台詞がつくのが気になってたまらないんだけど・・・・・・」
「まあ気にしないで」
「全力で気にさせてくれ。問答無用で命に関わるから」
「じゃあサエ。それを見極めるためにも頑張ってv」
「だから―――!!」
なおも迫りかけた佐伯の唇を人差し指で塞ぐ。
「大丈夫だよ。サエなら出来るさ。それに―――いざとなったら僕の加護がついてるから」
顔が触れそうなほどの近くでそっと囁かれた一言。薄い笑みを浮かべる不二の、碧い瞳にじっと見つめられ、
佐伯は一息長くついた。
「わかったよ。じゃあとりあえず俺が行って様子見するから、周ちゃんは作戦考えてて」
「うん。頼りにしてるよ、サエ」
笑顔で頷く不二を木陰に下がらせ、邪魔なマントを脱ぎ去る。全身を包む黒の上下に、同じく黒で銀の縁取りをされた剣及び鞘。剣士にしては鎧の1つも身につけていないが、よくよく見ると両手のリストバンド内に篭手兼暗器として柄のないナイフが仕込まれていたり、ベストが衝撃緩和用の生地で出来ていたり、さらにインナーは防炎・防寒両方に有効だったりと、どちらかというと闇に蠢く間者のような装備である。ここまで来るとむしろ腰から下げた長剣が一番浮いているが、まともな防御より機動性―――逃走を優先させた結果こうなったに過ぎない。
ドラゴンがこちらに腕を伸ばしてくる。マントを囮に、それを引き裂かせている間にそばの木へ。
軽くジャンプし枝を掴み、体を振り上げ枝に着地。即座に隣の木に飛び移る。先ほどまでいた木が一発で倒された。
無残な傷跡とともに僅かに残った根元をちらりと見て。
「単なる力押し。思考回路単純。ま、普通にやれば楽勝か」
佐伯は小さく呟き、さらに隣の木に移る。隣であり、さらに高い木へ。
図体がデカく、力がある。そういったものとの対戦はむしろ苦手だ。そいつの畑で対戦するのは。
「図体がデカいと小回りが利かない。力があると得てして攻撃は直線的になり、さらに次の攻撃までのタイムラグが出る」
長所は同時に弱点だ。相手に有利な条件下で戦う気などさらさらない。
ドラゴンの周りを回るように移動し続け、1周かけてさらに高くへ移動する。これで5m。周りにこれ以上に高い木はない。いやありはするのだが、自分が勢いつけて乗っても折れない枝は。
「そろそろかな?」
口笛を吹くノリで言葉を紡ぐ。魔道士が紡ぐ呪の類ではない。だが相手にとっては似たようなものだろう。
剣を鞘ごと手に取ったところで幾度か目の攻撃。そういえば触れていなかったが、巨体になってすこしは体型もマシになったらしい。伸ばす腕は巨体の半分、5m程度はあった。
今度は特に他の木に移動はしなかった。僅かに上に跳び、ぎりぎりで腕を回避する。
靴の先を掠めるように伸びる腕。ちょこんとそこに乗り、佐伯は手に持っていた鞘の方を投げつけた。目に向かって飛んで行く鞘。さすがにこれは危険だと判断したか、ドラゴンが逆の手で叩き落とす。
叩き落とす手と、反射的に半分閉じられた目が作るブラインド。一瞬だが、それだけあれば十分だった。
腕伝いにガラ空きなドラゴンの顔まで迫った佐伯。前に突き出ている鼻というか口というかに飛び乗り、さらに跳躍。ドラゴンの脳天から真っ二つに―――
がきん!!
―――切り裂こうとして、いきなり初っ端で支えた。柔らかそうな体毛の下はどういう構造をしているのか、明らかに硬物同士が触れ合う音とともに、剣が弾き返される。
「ちょっと待てええええええ!!!!!!」
いろいろと不条理な事態に、佐伯はただ叫ぶしかなかった。弾き返され落ちていく体。その頃には立ち直ったドラゴンがこちらを向き顎を開き、
ごおっ―――!!!
今度はまともにそんな音を立て、辺り一面を焼き尽くす炎の吐息を吐いたのだった。
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
だん!!
間一髪、魔力の篭った剣で炎を切り裂き身を守りながら地面に着地。猛烈な足の痺れで暫し行動不能な佐伯に、とてとてと不二が駆け寄ってきた。
「あ、サエおかえり〜」
「『おかえり〜』じゃない!!」
あまりの言い振りに行動不能状態を一瞬で終わらせ、佐伯は不二に詰め寄った。
辺りをびしびしと指差し、
「燃えてるんだけど!? 普通に吐息吐いたんだけど!?」
「だから言ったじゃないか。『じゃあ』とか『とか?』とか」
「で!? 加護は!?」
「あったでしょ?」
掴みかかられ首を傾げる不二。視線の先を追うと、詰め寄る過程で捨てた剣があった。
確かにこの魔力剣は、元々普通の剣だった自分のものに不二が術を施し力を付与したものだ。普通の剣だったら炎を切り裂くことなどまず不可能。だが・・・・・・。
「それは何かな? つまり俺がちゃんと剣で防げてなかったら加護の意味なし、と?」
にこ〜〜〜〜っと笑う佐伯に、
「まあ防げたんだし」
「俺の目見て話しようね、周ちゃんvv」
「・・・・・・。
―――そんな事やってる場合じゃないよ、サエ!!」
「前3.5秒の沈黙の方を俺は重視したいけどね。
確かに今はそれどころじゃないか」
2人で周りを見回す。見事なまでに火の海。もうすぐここにまで到達しそうだ。このままだと焼死か酸欠か、どちらにせよロクな事態は起こりそうにない。
一番簡単な解決策としてドラゴンを見上げる。このまま逃げるにしても消火するにしても、また吐息を吐かれれば元も子もない。ならば最初にこいつをぶち倒すべきだろう。
「で? 周ちゃん、作戦は?」
「出来てるよ。サエのおかげでね」
「あら? バレてた?」
軽く舌を出しながら佐伯がリストバンドを捲くる。本来そこにあるべきのナイフはなかった。
佐伯がさっさと上に上らずわざわざドラゴンの周りを1周回った理由。この世界での魔道は全て陣を元に発生させる。佐伯は動きながら適当な場所にナイフを落とし、円陣を作り上げていたのだ。
「七紡星ね。サエも随分乙な要求してくるね」
「いいじゃん。一発でケリがつく」
苦笑する不二にしれっと言う佐伯。円陣の基本は三紡星、四紡星、以下五・六・八・十二とまあこんな程度。実際紙に描いてみればわかることだが、その辺りだと術が安定しやすいのだ(なおこれ以上数を増やす事も理論的には可能だが、複雑すぎて描き難いためまず用いられない)。逆に七紡星というのはどこをどう繋げればいいのかわからず不安定この上ない。不安定で扱いにくく―――だからこそ強力な力が出しやすい。この世の理として安定なものより歪なものの方が力が強いのだ。ただし制御できれば。出来ずに暴走させ、辺りを巻き込み自らも死ぬ魔道士は結構多い。それでありながら佐伯がいともたやすく無茶な要求をしてきたのは、相手が魔王と呼ばれるほどの天才だからに他ならない。
「じゃあ、術が完成するまでの間時間稼ぎお願いね」
「ま、その位ならね」
印を切り、呪文を唱え始める不二。集中するためだがまるで相手に攻撃してくれといわんばかりに瞳を閉じる隙だらけの彼を、もちろんドラゴンが見逃すハズもなく。
再び噴かれる吐息を前に、不二をかばうように前に立ちふさがった佐伯が軽く腕を伸ばした。広げた指なしグローブに描かれた黒い円陣。
先ほど放り投げた鞘が一瞬で召喚される。地面に突き刺さった鞘からは素人目には縁取りにしか見えない紋様(文字による陣)が輝き、2人の周りに防御の結界を張り巡らせた。
あっさり炎が散らされる。吐息は無駄だと悟ったか、ドラゴンが腕を伸ばしてきた。
結界から数歩前に出て、佐伯が剣を振るう。先ほどは硬いことを前提に入れなかったため弾き飛ばされたが、今度はそうはいかない。
黒い剣が灼熱の輝きを帯びる。血よりもなお赫く輝くそれは、一振りで伸ばされた爪を全て斬り落した。
構わず腕を突っ込ませるドラゴン。佐伯が後ろ、結界の中へ跳び退り、
ばん!!
ドラゴンの腕が肘から爆裂四散した。こちらへの衝撃はもちろん結界に遮断される。
痛みと驚きで暴れるドラゴンをのんびりと見上げ、
「まあ、世の中剣士が魔道使っちゃいけない、って決まりもないしな」
佐伯は鼻で笑って呟いた。特に一緒に旅するのが魔王・不二なおかげでけっこー誤解されがちなのだが、佐伯は剣と同時に魔道もかなり扱える。やろうと思えば一人でも旅は出来るほどだ。
上級魔術に関しては不二には遠く及ばないが、剣と簡単な術によるコンビネーション攻撃では不二すら術を使わせずに倒せる。
爪を狙ったのはもちろんフェイク。そちらに気を取られている間に、肘を狙って中継用の宝珠を弾き、結界に戻りつつ術を唱えていたのだ。
そうこうしている間に不二の術が完成。地面の上に光が疾り、ドラゴンを中心に七紡星が出来上がる。
不二が顔を上げる。澄んだ声で呪文を完成―――
「破滅への輪舞曲!! 踊ってもらうよ!!」
「ってちょっとタイム!!!」
どごがごばこずごしゃぁっ――――――!!!!!!
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
はあ・・・。はあ・・・。はあ・・・・・・。
「た、助かった・・・・・・」
不二を抱き込み一歩でも後退。防ぐのは絶対無理だからと伏せた先でとっさに浮かんだ攻撃用の術をぶっ放し。張りっぱなしだった防御の結界に多少中和された上でこちらの攻撃と反発しあい、かろうじて自分達の元へ到達する前に効果は完全に消え去った。
降りかかってきた砂ぼこりを払いつつ身を起こし、術の中心点を見やる。哀れドラゴンは周りの森とともに、跡形もなく消し去られていた。
逆側を見る。自分達を避けた爆発は、遥か後方、50m程度を完全に荒野へと変換させていた。
不二の用いた術は、円陣の中心点に空間をも湾曲させるほどの超重力―――いや、超引力か―――を作り出すという、人間が扱う魔道の類では最高レベルの難易度を誇るものだった。実際佐伯が知る限り、この術を使えるのは不二を除いてあと1名。自分達の幼馴染みで、自分もいた魔道学校において不二と並んで恐れられた化物。テクニックの不二、パワーの彼と恐れられた人物。
「もしかしなくてもさ周ちゃん・・・。その術、跡部に教わった・・・?」
「うん。ハデで面白いからって」
「アイツ・・・。次会った時絶対殺す・・・!!」
拳を震わせ小声で呟く。言ってしまえば円陣内の生物・無生物問わず全ての物質を1点に引き寄せ圧縮、その質量をエネルギーに変換するだけというこの術、何が『ハデ』であり何が『面白い』のか。
当り前だが―――圧縮された空間は元に戻るのだ。それも爆発的というか爆発して。
円陣内の空間が圧縮されたのだから、戻る際の影響はもちろん円陣外に出る。なおその威力は今見たとおり。円陣は直径20m。被害は直径150m程。防ぎきれていなければ、自分達も塵にもならず完全消滅していただろう。
跡部が使う際、彼は絶対安全圏にいたかさもなければ作り上げた円陣にさらに干渉、自分の方向に被害が及ばないようにしていた。なお普通に防御しないのは―――跡部が元々防御系の術が苦手だというのが1つ。そして、跡部ですら防御しきれないというのがもう1つ。
どうやら跡部は不二に教えた際その辺りの説明をしなかったらしい。もしかしたらしたのかもしれないが、ここまで至近距離で使われるとも思わなかったのか。
事ほど左様に、不二の『ちょっとしたミス』は得てして致命的(文字通り)な場面においてばかりその真価を発揮する。
「じゃあ、ドラゴン退治も一件落着って事で村に行こうか」
「・・・・・・・・・・・・そうだな」
ズタボロのこちらを他所に1人無傷で立ち上がった不二が、村の方向に体を向けた。体を向け―――そこで止まる。
「どうした?」
起き上がり、佐伯もまたそちらを向いた。そちら―――元村があった場所で、現在土砂に流され何もなくなりつつある所を。
「えっと・・・・・・」
「爆発そのものは到達しなかったけど、抉れたり吹き飛ばされたりして地盤が緩んだんだろうな」
何も言えない不二に代わり、佐伯がいっそ冷静に説明する。説明して、
不二の肩に手を置いた。
「ドンマイ、周ちゃん。過去はどんなに振り返っても戻っては来ないよ」
「そうだね。依頼料は半分とはいえあらかじめもらっておいたし、じゃあ次行こうか」
「だな」
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
こうして、2人は新たな土地へと旅立った。果たしてその先で彼らが振り掛ける災害はどれほどのものか!?
今はただ、2人が世界を滅ぼす本当の『魔王』とならない事を祈るしかない・・・・・・。
―――Fin・・・にしていいのか?
というわけでアニメにおけるサエの新たな解釈です。2.5枚目的情けなさを見せるならばいっそ3枚目ギャクキャラで頑張ってください! ちなみに実際私にはアニメのあの試合(Jr.選抜合宿の幼馴染み? 対決)もこのような感じに見えます。不二のために1人恥掻く切り込み隊長。本作戦中も身を呈して不二を守ります。まあ励ましたのは逆ですが。
さてこの話、『おちゃらけ〜』のタイトル通り世間を舐めきった流れを見せつつ、なぜか微妙なところで設定がむやみに出来上がりました。実はオリジからレツゴでちょこっとだけ書いているファンタジー話、その他いろいろなものからネタをパクりまくってきた結果です。やっぱ考えてて楽しいなあ剣と魔法のファンタジー。
そしてついに【スチャラカ〜】とセットになりました。理由は『アホ臭すぎるファンタジー』という意味で同じジャンルだから。というわけで(?)、サエ不二(にする筈だった実質不二サエ)に対するはせんべで確定いたしました。さ〜次は名前だけしか出て来れなかった跡部の話で行くぞ〜!!
・・・・・・なお跡部がこの2人と別れた理由・・・・・・彼が一番良識人だったからのような気がしてたまらないデス。おかしいなあ。最初は不二に遊ばれる白サエだったのに・・・・・・。
2004.6.5〜6