その街に跡部が訪れたのに、深い理由はなかった。特にここで何か用事があったわけでもなく、ましてやこの首都にいる近隣諸国1の美貌と謳われる王女を見に来たからでもない。
 跡部がここに来たのは偶然だ。しかしこの偶然が―――



 ―――良いにつけ悪いにつけ、彼の後の人生に大きな影響を与えたのは確かだった。








摩訶不思議価値観判定のススメ







 
 「―――あなた、剣士の方・・・ですか?」
 「違げえ。戦闘専門家[スペシャリスト]だ」
 街にあった適当な食堂で。
 料理を待つ間に横からかけられた言葉に即答し、跡部はそちらも見もせず机へと肘をつきぼんやりしていた。
 「ス・・・、戦闘専門家・・・!?」
 声に驚きが加わる。
 戦闘専門家。剣から魔道からその他諸々、とにかくあらゆる分野において名称通り戦闘に特化した者をそう呼ぶ。人間同士、あるいは他の生き物との争いの絶えないこの世界では殊更貴重な存在である(おかげでどこでも引っ張りだこ。一生食うのに困らないどころかヘタなお偉いさんより遥かに稼げる)。別に資格制ではないため名乗るのは本人の自由だが、意外な事にこれの騙りは少ない。事情を知らない者たちは不思議だろうが、知っていればむしろ当然の判断だ。実力がないのに間違ってでも名乗ってしまえば、普通では解決できない厄介な仕事ばかり回される。その上『最後の切り札』的扱いを受けるため自分のための保険はない。場合によっては一国の軍隊をあっさり退けるほどの相手を倒せなどと依頼されるほどだ。つまり―――逆にたとえ戦闘専門家と言えるほどの実力であろうと自ら名乗る者は皆無に等しい。
 それをわざわざ名乗ったのだ。しかも自慢するでもなく淡々と。
 聞かされた側の目に疑いが篭るのも仕方なかった。見た目明らかに
20歳に到達していない少年が。しかもいかにも強そうだといった身体的特徴はない(座ったままのため判別しにくいが)。言ってしまうが、最初の質問ですらためらいがあったのだ。席の脇にかけていた剣を見て尋ねたが、あれがカッコつけのためのレプリカではないかと5分以上逡巡したというのに。
 そこで止まる声に、ようやく跡部は手から頬を僅かに離し、ちらりとだけそちらを見やった。
 年齢
3050歳。どこにでもいそうな中年男。へりくだってはいるが身なりはいい。このパターンでは誰かの使用人か家来といったところか。
 観察終了。
 「別に信じねーんだったらそれでいい」
 一言で切り捨て、再びふいっと横を向いた。暇そうに厨房の方を眺める。一人になってもう随分経ったが、今だにこういうちょっとした場面での時間の潰し方がわからない。仕方がないので今研究中の生物限定身体分解の術について、発動プロセスの省略法などを考えたりもしていたのだが。
 やや経って、
 「あ、信じます信じます!!」
 男が慌てて首を振るのが気配で伝わる。余程人材に不足しているらしい。とにかく何でもいいから連れて行こうとでもいうつもりか。
 跡部は軽くため息をついて振り返った。なんであろうと、ここで無意味にぼ〜っとしているよりはいいかもしれない。
 「で?」







 連れて来られたのは城だった。観光に興味はないため名前は覚えていないが、とりあえず王城。王と、その一族の住まう城。
 「それで、貴殿が戦闘専門家、と?」
 今度尋ねてきたのは先ほどの家来とは大きく異なる存在―――王本人だった。豪華なつくりの謁見の間。玉座につくその男の隣ではよく似た女が2人。年とその位置から考えて、女王と娘だろう。
 そんな彼らを前に―――
 「ああ」
 跡部は頭を垂れる事もなく、腕を組んだまま平然と答えた。かろうじて入り口で止められたため帯剣はしていないが、この態度ではそんな家来たちの努力を完全無にして余りあるほど失礼極まりない。
 沸き立つ家来らを手の一振りで止め(ちなみにその統制力に、さりげに跡部が感心していたりする)、じっと跡部と向き直った。
 「貴殿の名前は?」
 「跡部」
 下を名乗らないのは見も知らない他人にそちらで呼ばれるのが嫌だからだ。ついでにもうひとつ―――
 ―――一部の相手にはこれだけで通じるからだ。
 「ほう・・・」
 この王には通じたらしい。頷き、その先は尋ねず話を進めていく。
 「貴殿に頼みたいのは私の娘についてだ」
 言いつつ、視線で指し示したのはやはり横にいた若い方。ごてごてに飾りつけた服と化粧を見せびらかし、頬を赤く染めはにかみ笑いで頭を下げてくるそいつを一瞥だけして、跡部は視線を即座に王に戻した。
 目線だけで先を促す。
 「娘は妻に似てこの通りの美貌の持ち主で、親の贔屓目抜きでこの近隣諸国1の美人だと称えられている」
 「ほお」
 それこそ興味0で一応相槌を打つ。見た限り、『美人』と評される理由は位と厚化粧と成金趣味的服装のなせる成果だろう。
 (これならまだ佐伯の方がマシだな)
 自分で思って寒い評価。しかしながら不二では『美人』というカテゴリーには全く当てはまらない。
 「で?」
 最短でぶったぎってさらに先を促す。これ以上親馬鹿発言を聞く気はさらさらない。
 「ああ、そうだった。失礼した。
  その娘が最近妙なものに目をつけられた」
 「・・・・・・あん?」
 「あ、いや、別に変な男に惚れられてるから追っ払ってくれとかそのような意味ではないので悪しからず」
 「・・・・・・。そーか」
 「それがどうも人間ではなく何か巨大な化物で。何分我々にはその手の方面に関する知識が乏しいためそれが何かの特定は出来ないが、それは兵士数人を殺しこう言った。『1週間後、娘を貰い受ける。準備をして待っていろ。もし歯向かうようならば―――従うまで殺し続ける』と・・・。
  しかしながら娘をそのようなところへとはとてもやれない。この様子ではやった途端食い殺すかもしれない。そこで何とかそれを退治出来そうな存在を捜していたのだが・・・・・・」
 「ほお・・・・・・」
 今度の相槌はもう少し意味があった。『歯向かえば誰か殺す』と宣言され、あまつさえそれが出来ると見せ付けられた上であえて娘を助けるために歯向かえる勢力を捜す。その恐ろしいまでの自己中心的思考と、国全てを犠牲にする勢いの『国王』には素直に感心する。
 感心した上で―――
 「いいぜ」
 跡部は軽く即答した。あまりの軽さに聞く側がむしろ内容を把握できないほどで。
 「・・・・・・・・・・・・今、何と?」
 「だから『引き受ける』つってんだろ? ああ、そういや訊いちゃいなかったがその期限日は今日から何日後なんだ?」
 「あ・・・、明日、だが・・・・・・」
 「1日か。まあいい。で、場所は?」
 「この、首都の外れにある岩場だ・・・・・・が、本当にいいのか?」
 「いいって言ってんだろーが。依頼料はそっちで適当に用意しとけ。必要経費については後で言う」
 一方的に宣言し、踵を返す跡部。呆気に取られ、誰も止められない中、
 彼は悠然と王の住まう城を後にした。







 (兵士数人を殺した・・・か。あそこの兵士レベルじゃそれだけで実力はわかんねえけどな)
 賑やかな城下町にて『準備』をしながら、跡部はさっき得た少ない情報を分析していた。
 さらに、にやりと薄く笑い謎な台詞を続ける。
 (何にしろ丁度よかったぜ。これで実験体が手に入った。まあ、まだ完全には出来ちゃいないが、今日1日ありゃ何とかなんだろ)
 戦闘専門家―――戦闘に特化した者。跡部は外ではわりとそう名乗ることが多いが、実のところ同時に研究肌の人間でもある。ただし研究する内容もまた即座に戦闘に使える攻撃物ばかりのためこの名乗りは完全的外れとも言えないが。
 跡部がこのように名乗るのには理由がある。それが今思ったとおり。このように名乗ると、簡単に『実験体』こと強い相手が手に入るからだ。しかもそれでがぽがぽ研究費用まで手に入るとまさに一石二鳥。
 (それに・・・・・・、いざとなりゃあの女差し出して食わせてる間にでも攻撃すりゃいいか)
 さっきの王の話を聞く限り、ここの王は娘のために全てを犠牲にする自分良ければ全て良しの思考。娘もそれが当然だと思っているようだった。これでもしも少しでも自己犠牲の精神があったならばこちらも少しはためらったかもしれないが、全くないのならば差し出したところでこちらの胸も欠片も痛くも痒くもない。
 「んじゃあ・・・、次はここか・・・・・・」
 と跡部が足を止めたのは―――
 ―――飾られたド派手なドレス類が目に痛い、女性用高級洋服店だった。







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 次の日、同じ街に訪れた千石は・・・・・・
 「お願いします! 私の身代わりになってしまった人を助けてください!!」
 そんな、『近隣諸国1の美人』のお目目うるうる攻撃に、
 「お〜っしまっかせて!!」
 鼻息荒く拳でぐー! などやったのは、
 ――――――わざわざ記すまでもないだろう。







 「とゆーワケで来たはいいけどさあ・・・・・・」
 件の岩場にてボヤく千石。はっきりいってやる気は完全0だった。
 「可愛いコの頼みだったからついついな〜んにも考えずに引き受けちゃったけど、よくよく考えてみたら助けんのあの子じゃないじゃん」
 捕らわれの姫君を助ける―――というと男として何より勇者(希望)として1度ならず2度3度何度でも憧れるもの。しかしながら今回『助ける』のはあくまでその身代わりとやら。
 「これで華麗に助けたのがごっついオヤジとかだったらどうしよ〜。俺泣くかも〜」
 一応茶化した口調だが、この可能性がめちゃくちゃ高い。自分からわざわざ言い出して、挙句そいつが『戦闘専門家』となれば9割9分ごっついオヤジだ。しかも最初に家来が驚いたとおり、必ずしもこれは千石だけの偏見ではない。
 「あ、でもそれで助けたらあの子が誉めてくれるかも。きゃ〜カッコ良いです〜v とか〜〜〜vvvvvv」
 でへへ、と千石の顔が緩む。俄然やる気を出し、
 「お〜し頑張るぞ〜!!」
 千石は『捕らわれのごっついオヤジ(仮定)』を見た。







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 第一感想。
 「うっそぉ・・・・・・」
 岩場に隠れたまま、千石は目にしたあまりの事態に呆然と呟いた。
 岩に突き立てられた鎖に縛られるは、自分と同い年くらいの少女だった。そう。少女。『ごっついオヤジ』ではなく、あれはまぎれもない少女だった。それも―――
 「めちゃくちゃ美人さんじゃん・・・・・・」
 俯いているため顔は前髪に隠れてよく見えないが、白く細長い腕、腰まで届く長い灰白色[アッシュ・グレイ]の髪。目元には可愛らしさを強調するような泣き黒子。
 はっきり言って、先ほど会った『近隣諸国1の美人』などあっさり抜き去っている。
 のだが、
 「う〜ん。でもちょ〜っとあの服と化粧はなあ・・・・・・」
 思わず苦笑する。ごてごての服に、皮膚呼吸が妨げられてるんじゃと心配したくなるほどの厚化粧。『王女=金持ちの娘』というのを忠実に表したといえなくもないのだが・・・・・・、
 「せっかくの美人さんが台無しっしょあれじゃあ・・・・・・」
 なんというか、例えるなら高級レストランで出された料理に勝手にソースをどばどばかけられたような感じ。せっかくの完璧な味付けが、無粋なソースのおかげでぐちゃぐちゃにされている。
 彼女のレベルなら素で既に完璧な味付けだ。服も化粧も普通程度で構わない。それを全く理解していないとは・・・・・・!!!
 「キヨは悲しいよ・・・・・・!!」
 などと握り拳を作り―――
 「よ〜っしそんな君は俺が絶対助けてあげるからね〜〜〜!!!」
 ――――――当初の目的とは全く違う意味で燃え上がっているようだった。







 何かを間違えたままの千石がさっそく助けようと岩場から身を乗り出す―――より早く。
 ぎゅごおおおおおおおお!!!!!!!
 辺りの空気を震わせ、2人の(向こうからしてみれば1人の)前に、奇妙なものが現れた。知らない者が見たら岩が動いたとしか思えなかっただろう。知っている者ですら最初の一瞬はビビる。
 それは―――
 「ロックドラゴン!?」
 岩竜。その名の通り全身を岩で覆われた、胴体の長い蛇状の亜種ドラゴン。体を取り巻く岩は、こけおどしでも目隠し代わりなだけでもなく、それ相応の硬さを誇る。おかげで魔道士でもないと倒すのは一苦労だ。いや、魔道士ですらあれを破るには相当の力量が必要だ。
 「うっわ。場所先考えときゃよかったな〜・・・・・・」
 岩場だという事を想定しておけばその可能性も疑えたかもしれない。
 ドラゴンの中でも倒しにくさでは最高レベル。自分にしては珍しいアンラッキー振りだ。
 「ま、それであの子と出会えたってのを差し引けばむしろラッキー?」
 ふっ、と鼻から息を吐き―――
 千石は軽く唇を舐めた。戦闘態勢の合図。浮かべる笑みが変わる。へらへら笑いから―――『クセ者』の笑みへと。
 「とりあえず、まずは救出優先だね」
 見やる先には件の少女。それも自分のだけではなくもちろんドラゴンのもだ。
 俯いていた顔を上げ、少女は少女でやはりドラゴンを見上げている。怯えているのか口元が震え、鎖で縛られ吊るされた両手を動かしている。
 あまりにも哀れなその様。恐らくおびき寄せる事には成功したが、現れた強大な相手に成す術もないのだろう。いや、
 (そういや何人か訊いてなかったっけ)
 もしかしたらあの子は囮として利用されているのかもしれない。いや絶対そうだ。間違いない。あんな美人さんが戦闘専門家だなんてまさかそんな・・・!!
 そこからの千石の行動は早かった。岩場から飛び出し、1人と1匹の間に割って入る。
 驚く少女。構わず突っ込んでくる岩竜。迫り来る『岩』を前に、千石は腰に下げていた剣を抜き放った。
 大上段から振り下ろす。一見意味のない行為。余程の達人でもない限り剣で岩は切れない。牽制だとしても遠すぎる。が―――
 ざどんっ!
 振り下ろす剣からはじき出された光の刃。岩竜を一撃で屠るほどの威力ではなかったが、当たった顔面の岩を削り、勢いを押し殺す事には成功したようだ。
 「う〜ん。さすがにそろそろ効果落ちてきたかな」
 あまり現れない成果に呟き、千石が剣を見下ろす。この剣は以前共に旅をしていた室町に改良してもらった魔力剣だった。出来た当初は今の攻撃で岩も一撃粉砕出来たのだが、何度も使っている間に威力が落ちてきているようだ。まあだからこそミスっても何とかなるように割と遠くから攻撃を仕掛けたのだが。
 「と。それはともかく」
 振り向いた先にいるのはもちろん無傷の少女。今の一撃にだろうか、口を開いて子どもっぽく驚くのがちょっと可愛いなvv とか思いながらもとりあえず逃げるのが優先。岩と彼女を繋ぐ鎖をまずは断ち切り、肩に担ぎ上げその場から逃げ出した。







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 さすがにあの攻撃だけで安全地帯まで逃げきれるほどの時間稼ぎは出来なかった。しかも少女も軽いとはいえ担ぎ上げたまま長距離移動など出来るわけもない。
 近くにあった岩と岩の隙間に飛び込み、千石は肩から少女を下ろした。両手・両足を縛る鎖を断ち切ろうとして―――
 ―――なぜかその前に、襟首を両手で掴まれた。
 「へ・・・?」
 襟首を掴む少女の手。拘束していたはずの鎖が、今更ながらに地に落ちじゃら、と重そうな音を立てる。
 自力で脱出してしまった『少女』は、こちらに顔を詰めこう怒鳴った。
 「馬鹿野郎!! てめぇ何しやがる!!」
 「は・・・・・・・・・・・・?」
 千石の思考が完全にフリーズする。言葉遣いもさる事ながら、その声の低さ(というほど低くもないのだが。せいぜいテノール程度か。しかしながら女性としては明らかに低い)は・・・・・・
 「男・・・・・・?」
 「ああ? 何言ってやがる。他に何に見えんだよ」
 呆れ返る少女―――改め男は、頭に手を伸ばし長い髪のかつらを外した。ショートカット程度の髪。並んでわかる、自分よりも高い身長。ごてごての服も体型を隠すためだったのか。
 よくよく見れば確かに男った。
 男で―――
 「・・・・・・・・・・・・うそぉ」
 千石は、最初と同じ感想を洩らした。信じられるか? 『近隣諸国1の美人』よりもなお美人さんが実は男だったなど!!
 情けない顔をする千石を横目でちらりとだけ見て、その男はごてごての服もまた煩わしげに脱ぎ去った。
 「くっそ・・・。寄って来たところで至近距離から一気にぶち倒す予定だったってのに・・・・・・!」
 脱ぎ去った服―――いかにも高級そうなそれらを足元にばさばさ捨てる男。全て脱ぎ去ればごく普通の厚手の紺のポロシャツと黒い袖なしジャケットにズボン、足元はブーツと、それこそ可もなく不可もない『普通』の格好となった。
 同じ岩場に隠していたらしい、髪とほぼ同じ灰色に黒の縁取りのなされたロングコートを羽織り、地は紺だがやはり似た感じの剣を腰に差す。その姿は誰がどう見ても完璧に男だった。
 が―――
 (うわ・・・・・・)
 わかった上で、改めて千石は感嘆の声を上げた。ヤバい。鼻血を噴きそうだ。
 余計な物を取り除いた彼は、完璧なカッコ良さだった。普段女の子のみを鑑賞の対象にしている千石ですら思わず見惚れるほどの。
 と、鑑賞をして、
 「あ、化粧まだ落としてないよ」
 「ああ。そういやそうだったな」
 千石の指摘に、男がどこから取り出したか真っ白なタオルに指で小さな円陣を描いた。出て来た水で濡れたタオルを顔に当てる。
 (な〜るほどね。『戦闘専門家』か)
 ならば魔道の1つや2つ使ったところで不思議ではない。そういえば思い出す。先ほどドラゴンを前に動かしていた手。鎖を取ろうと藻掻いていたのかと思っていたが、今よくよく考えてみればあの動き方には法則性があった。詳しくはわからなかったが―――恐らく攻撃用の陣を描いていたのだろう。そうとなれば口の震えも怯えではなく呪文だったか。
 などと思う間に拭き終ったらしい男が顔を上げ―――
 「――――――っ!!??」
 3つ目の感想は言えなかった。とても言葉にして表せるものではない。
 先ほど化粧も服も料理に勝手にかけられたソースという例を出したが、訂正。下にあったのがこの顔だとすればソースどころか一瓶丸ごとのコショウだ。
 現れたのは、『絶世の美人さん』だった。切れ長の眉毛に目。高いが目に付くほどではない鼻。柔らかそうな薄く小さな唇。色白で件の泣き黒子除き一切傷などのない肌を、それら彫りは深いがクドクない程度の左右完全対称パーツが彩る。彼に比べればかの『近隣諸国一の美人』など―――これまた訂正。比べることがまず失礼なほどの差がある。
 (な〜〜〜〜〜〜るほどぉ・・・・・・)
 改めて納得。ごてごての衣装に化粧は、彼ではなくあの王女がやったのだろう。理由は嫉妬。当り前だ。『近隣〜』などと名高い少女があっさり、それも男に下されたとなれば(なお余談だがこの推測は見事正解だったりする。跡部は最初まだ動きやすいワンピース風ドレスとかつら・頬紅・口紅しか用意しなかったのだが、その費用を請求しに行ったところ見た女王と王女に思いっきり却下されたのだ。跡部本人も疑問には思いつつもさすがに女装に関してはエキスパートではないため、女性2名かつスポンサーの意見を取り入れるべきだろうと従ったのだが・・・)。
 常々世の可愛い子美人さんを愛で、それらのためなら命も惜しくない千石。これほどの美人さんを前に、もちろんやる事はひとつ。
 「初めまして! 俺千石清純って言います!! 君の名前は!?」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 「・・・・・・はあ?」
 いきなり手を取りナンパし出した千石に、さすがに男が間抜けな声を上げる。
 「なあ・・・・・・」
 「んvv?」
 「てめぇの行動は本っ当ーにそれでいいのか・・・? とりあえず今の状況わかってんのか・・・・・・?」
 「え〜っと・・・・・・」
 言われ・・・・・・よくよく考えてみる。そういえば―――
 「ドラゴンに追われてたんだっけ? 俺らって」
 がああああああああ!!!!!!!
 答えるように、頷くように、あるいは忘れ去られていた事に対して抗議するように。
 響き渡るドラゴンの咆哮に、明後日の方を向いた千石の頬から汗が一筋流れた。
 冷たい空気が流れ・・・・・・
 ぷっと、先に吹き出したのは男の方だった。
 目を手で覆い心底おかしそうに笑い―――それでありながら顔の造形を全く崩さない辺り、さすが絶世の美人さんと千石に感心させ―――、男が口を開いた。
 「俺は跡部だ。跡部景吾」
 「跡部くん、ね」
 確認するように呟き―――
 内心ではかなり驚いた。
 各地を旅する中で、もちろん様々な噂話といったものもよく聞く。『跡部』といえば、生きた伝説として名高い名家だ。
 大陸最北端にある軍事大国・氷帝帝国。跡部家とは、その国を治める王家の一族である。
 この一族にはひとつの特徴―――ひとつの風習がある。即ち・・・
 ――――――軍事国家を治めるのならば、それ相応の実力を身に付けるべし、という風習が。
 そんなワケで跡部家の者は生まれてからずっと『それ相応』の鍛錬を積み、さらに王位を継ぐまでは各国を旅し、政治・社会その他について学ぶのだという。
 それらの成果として、跡部家の者は例外なく戦闘専門家と言えるほどの実力を身につけ、その中でも王位を継ぐ者はたった1人で軍隊1つを壊滅させるほどに強いという。各国で起こる様々な騒ぎ。時折それらが『強い勢力の投入』で不可解なほどに速やかに解決することがある。そのような事が起こった後では必ず囁かれるのだ。「あれは跡部家の者が関与したのだ」と・・・・・・。
 これが生きた伝説となる理由。
 明かされないのだ。王位につくまで誰が一族の者なのか。
 『跡部』という姓自体はそこまで珍しいものでもない。騙りまで含めればそれこそ山ほどいる。実際に王と王妃以外で一族の者だとわかるのは、王を直接見る事のある氷帝の者か、あるいはそれこそ各国の王かといった程度。それらなら一目見ただけで血の繋がりがわかるらしい。顔でなのか、それとも雰囲気でなのかは知らないが。
 だが―――
 (『景吾』ねえ・・・・・・)
 彼は間違いなく跡部一族の者。しかも現王の唯一の子どもで、かつ次期王決定とまで言われる者だ。
 千石がそう確信するのは彼が名乗った名前の方でだった。誰も知らない跡部家の者。即ち―――家名は有名でも名前は知られていないのだ。
 それを正確に名乗ったのだ。しかも他の特徴と合わせても、彼が本物である事を疑う理由はない。
 跡部家―――氷麗の殺戮者。その見目の美しさと圧倒的な力で見た者全ての心を奪う伝説の一族。
 『絶対生きてる間に一度は会ってみたい!!!』
 かつて1度、共に仕事をした自分と同い年程度の少年に、このように力説したことがある。どういう流れでこんな話になったのかはここでは伏せるが、その少年―――さっそくナンパしてあっさり蹴り飛ばしてくれた彼は、
 ―――なぜか自分の力説に噴出したのだった。
 なにさ〜!! と怒る千石に、彼はぱたぱたと手を振りこう言った。
 『止めとけって理想崩れるから。景吾なんてそりゃ顔はいいかもしれないけど性格最悪だぜ? いっつも俺様してるわ人は実験台に使うわ、アイツのおかげで何回殺されかかったか。はっきり言って遭わずに済むならそっちの方が遥かにいいし。もうあの暴動は災害レベルだな。
  ・・・ああ、アイツ以外に会えばいいのか。うん。とりあえず会いたいんだったら素直に氷帝行ってアイツのお父さんとお母さん見てきた方がいいって絶対』
 聞いて―――
 それが法螺ではないと確信した。
 跡部家の騙りが多ければ、当然それ以上に多いのが『跡部一族に会った事がある!!』だ。千石もその手の輩は何人も会った。
 そしてそれらに共通した特徴―――1.会った『跡部』を褒め称える。2.会った自分を自慢する。
 これは当り前だろう。自慢話のためにこのようなでっち上げ話をするのだから。しかもそれを自慢話として成立させるためには、会った『跡部』が如何に凄い存在かをアピールしなければならない。
 だが、
 彼はどちらもしなかった。どころか平然と跡部家の者を扱き下ろした。
 このような伝説まで出来上がる跡部家。自然とファンも多くなる。千石自身がそうであるように。
 しかし彼はそんな千石を前にしてそれだけの発言をしたのだ。聞かれるヤツに聞かれたら、袋叩きどころか殺されたって文句の言えない発言を。
 余程跡部家に対して恨みつらみがあるのか、さもなければ、
 ――――――実際にその『跡部景吾』の性格がそれだけ悪いのか。
 前半案は削除。彼は話をする際跡部のあの字も出していない。しかも話からして現帝王だろう2人の事は普通に言っている。扱き下ろしているのは1人きりだ。個人的な恨みがあるとしたら話は繋がるだろうが、
 ・・・・・・それにしてもその『跡部景吾』―――跡部一族の者を直接知らなければ無理な話。
 何にせよ彼の話は本物であり、跡部家の者は現帝王の夫妻の他にもう1人『跡部景吾』がいる。しかも話の内容からすると現在彼はしきたりに従い旅の途中のようだ。少なくとも氷帝にはいない。
 そして―――
 (そーとーに、期待してオッケー! って感じ?)
 千石が今話をしているこの少年。こちらはこちらで相当の『美人さん』だ。だからこそ最初冗談で「君、もしかして跡部くん・・・なんて言ったりしない?」と声をかけたのだから。そして「あの馬鹿となんて間違えるなよvv」と蹴り飛ばされたという流れを経ていたりしたのだが。
 その彼が言う。「景吾なんてそりゃ顔はいいかもしれないけど」と。彼自身自分の見た目に対してどれだけの自覚があるのかは知らないが―――先ほどから同じく仕事を受けた剣士やら魔道士やらの、熱に浮かされたような視線及びこちらを射殺しそうな眼差しがめちゃくちゃ痛いのだが、それを受けなお平然としあまつさえこちらを引き寄せ耳に囁いてきたりするのは気にしていないからというより全く気付いていないからなような気がしてたまらない―――少なくともそんな彼にすらそれだけの台詞を言わせるほどらしい。
 そんなワケでそれまで共に旅をしていた室町や太一とも別れ、『勇者(本物)になるための旅』から『「跡部景吾」探しの旅』に変更していろいろと彷徨いついに今日。探そうにもアテがそもそもある筈もなくさっそく煮詰まり、結局今まで通りフラフラするしかなかったのだがどうやら無駄ではなかったらしい!
 自分の運の良さに感動する千石だったが・・・
 「つーワケで千石。こうなりゃてめぇも道連れだ。しっかり働けよ俺様のために」
 「・・・・・・・・・・・・」
 何か聞こえてきたような気がしなくもない言葉に笑顔のまま固まる。頭の中に蘇るはかつての彼の言葉。



 『止めとけって理想崩れるから。景吾なんてそりゃ顔はいいかもしれないけど性格最悪だぜ? いっつも俺様してるわ人は実験台に使うわアイツのおかげで何回殺されかかったか。はっきり言って遭わずに済むならそっちの方が遥かにいいし。もうあの暴動は災害レベルだな』




 (確かに・・・・・・・・・・・・)
 がらがらと、何かが自分の中で崩れていく。毒舌美人、いきなり蹴りを入れてきた件の彼がいなければ崩れていたのは『理想』だけでは済まなかったかも知れない。
 崩れた理想は脇に掃いて捨て、諦めの表情で千石は先に促した。とりあえず現状をなんとかするのが先決だろう。
 「でもどうするのさ? ロックドラゴンなんてそう簡単に倒せる代物じゃないっしょ?」
 『跡部』の実力を持ってすればどうなのかはわからないが、とりあえず自分に関してはちょっぴりピ〜ンチ☆ といったところだ。件の剣が通用しないのは痛かった。直接ぶち当てれば効くかもしれないが、それで効かなかった際の保険となるほどのものを現在持っていない。
 (そーいえば、魔具[グッズ]の補充しとこうって思ってたんだっけ)
 あの王女に出会うのがあと
30分遅ければ何か用意出来ていたかもしれないが。
 首を傾げる千石から何をどこまで察したか、
 「直接倒すのはやってやる。陣が完成するまで1分稼げ」
 「ほへ〜。ロックドラゴン1発で仕留める術なんて使えるんだ〜」
 「ゴタクはいい。さっさとやれ」
 「あ、でも俺―――」
 稼げるだけのモノがないんだけど。そう告げる前に。
 「そこにあるモン好きなだけ使っていい」
 跡部が指差したのは脱ぎ捨てた服やらなんやらの塊だった。意味がわからず訝しげに屈み込んでそれらを見やり、
 「ウソッ!?」
 「よし。わかるな。なら適当に選んで使え」
 目を見開いて驚く千石に満足げに頷く跡部。一見わからない会話だが、そこに置かれていたものの正体がわかれば千石の驚きの意味もわかるだろう。
 そこにあったのは魔具の山だった。ごてごての服にじゃらじゃらのアクセサリー。それらが全て。しかも普通の魔具店で取り扱うレベルではない。もしこれだけをまともに買おうと思ったら、家財道具に使用人含めどっかの城丸ごと売り払いでもしない限りまず金が用意できないだろう。
 自分では魔道は使えない千石(勇者といえば魔道は使わないのがお約束なため)。しかしながら魔道の便利さについてはよくわかっているし、そんなポリシーで全く利用しないのも勿体無い、というわけで魔道に関する知識は豊富だ。それこそ並みの魔道士以上に。やろうと思えば一週間も特訓すれば、魔道士としても生計が立てられるだろう。
 そしてその千石から見て、跡部が先ほどからぞんざいに扱っていたこれらの代物は正しく宝の山だった。
 (うっわ〜。室町くんいたら感動してただろーなー・・・)
 いつも冷静沈着な彼だが、さすがにこれを見せられれば感動は無理でも少しは興奮でもするかもしれない。そんな事を思いつつ物色していく。
 ドレス―――は無視して纏っていたストールを広げて紋様を確認、アクセサリー類は日に翳して中の陣を覗き込み。
 大半は攻撃系のもの。なんだか街1つとまではいかないが半分程度焦土に化すほどのものまであるが、そこらは見なかった事にして。
 「あれ?」
 「どうした?」
 「ううん。何でもない。
  んじゃコレもらうね。今日のラッキーカラーだし」
 と、指で摘み上げた小さな宝石に跡部が眉を顰めた。攻撃系のものではない。それは、治癒用の魔石だった。
 「・・・・・・まあいいぜ」
 跡部もまさかそれを選ぶとは思わなかったのだろう。意味を察しかね、数秒ためらってから頷いた。
 「んじゃさっそくドラゴン退治にレッツゴー!!」







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 カンカン!!
 剣を適当な岩に叩き付けドラゴンの気を引く。正気の沙汰ではないだろう。わざわざ自らを危険に晒すなど。
 「さって、後は跡部くんの腕次第、ってトコかな」
 上がりそうになる鼓動を押さえるように舌で唇を潤し、千石は剣呑な笑みを浮かべた。思うは現在自分の逆側にて空間に指を走らせ呪文を唱え、陣を作り上げようとしている彼。確かにあの状態では攻撃されても防ぎようはないだろう。ある意味最初の女装作戦も頷ける。あれならばいきなり攻撃されるといった事態は防げたわけか。
 こちらを向くドラゴン。口を開け、いきなりドラゴンお約束の吐息[ブレス]を吐き―――
 「うげっ!!」
 吐かれたそれ―――猛スピードでちゅんちゅん飛んでくる小さな石つぶてを、間一髪身を捻ってかわす。
 そろそろと後ろの岩を見れば、
 がらがらがら・・・
 めりこんだ石によるひび割れから、あっさり倒壊していった。石と同じ硬さであろう岩が。
 滝のような勢いで汗が流れる。
 「もしかして〜・・・・・・、当たれば文字通り木っ端微塵ってヤツ?」
 答えを期待した質問ではなかったのだが。
 ぐばあああっ!!
 答えるように再び顎を開くドラゴンに、
 「跡部くんお願いだから早くして〜〜〜〜〜〜!!!!!!」
 千石は思い切り泣き叫んで逃げるしかなかった。







 炎とか風とか、その辺りだったら魔剣で中心を斬れば自然と左右に流れる。が、このような攻撃では防御用の結界を張るか石つぶて1つ1つを落とさない限り防ぐ事はできない。そして結界を張るための魔具は現在なく、1つ1つ叩き落すなど確認するまでもなく不可能だ。
 というわけでばたばた逃げる千石を完全に無視し、跡部は術を唱え続けていた。先日も考えていた身体分解の術。1日しかなかったおかげで(そして変装準備だの何だので忙しかったため)完成形までにはなっていないが、それでもまともにやれば3分かかるところを1分まで縮める事に成功した(と思う。実験はこれからのため保障はしないが)。ただし―――省略した中に、発生した術を相手の元へと転送するという手順も省略したため0距離でしか使えないのが欠点なのだが。
 ―――そう。今回跡部が女装して囮作戦など遂行した理由。時間稼ぎと同時に相手にそれだけ接近されなければならないからだ。喰うにしろ捕らえるにしろ、その立場ならば必ず接触される。その瞬間に攻撃しようと万端の準備をしていたのだ。
 (余計な邪魔な入ったおかげで駄目になっちまったけどな・・・!
  まあいい。その分の尻拭いはアイツがやればいいだけだ)
 過去の失敗に対しいつまでも根には持たず(と言うわりにしっかり根に持っているようだが)、跡部は術完成まで後
10秒のところで左手を上げた。
 パチ―――ン・・・・・・
 鳴らされた指。銃声と悲鳴が交錯していた空間に、それは不思議なほど静かに響き渡った。
 1人と1匹の視線が、自然と跡部の元へと集まる。呪文を唱える口はそのままに、端だけを吊り上げてみせた。
 両方を指差し、その手を返し―――くい、と人差し指を曲げる。単純な挑発。
 ごばあああああっ!!
 あっさり乗った岩竜が、がばんと顎を開きワンパターンで石つぶてを吐き出した。
 「跡部くん!?」
 千石が焦りの声を上げる。当たればただでは済まないのは先ほどから自分も証明している通り。大掛かりな術を展開した今の状態で果たしてどれだけ動けるか。少なくともその片手間に、あの攻撃を防げるだけの防御を行うのはまず無理だろう。そもそもだからこそ自分に時間稼ぎを頼んだのだろうに。
 が、
 (洒落臭せえんだよ!)
 心の中だけで呟き、跡部は柄を逆手に持ち左手1本で抜刀した。
 振り上げつつ手の中で半転させ、順手に直してから軽く振り下ろす。それだけで石は全て弾かれ、そして―――
 すぞんっ!!
 ぐぎゃああああ!!!!!!
 先ほどの千石の攻撃を数倍した一撃が、岩の体により大きな抉れを作り出した。
 「ほへえええ・・・・・・」
 自分の状況も忘れ声を上げる千石。片手の軽い振り、しかも術を準備している合間であれだ。恐らく本気で使ったならば、あの剣だけで充分この岩竜など倒せるであろう。
 が、それでもまだ岩竜は死んではいない。痛みをより大きな怒りへと変え、千石を無視し跡部へ直接向かっていった。
 真っ直ぐにそれを見据え、
 (よし)
 1分経過。ぴったり術完成。
 迫り来る岩竜へと、跡部は今まで術を描いていた右手を翳した。
 「崩壊への謝肉祭[カーニバル]だ! 死のダンスを踊りな!」
 そんな言葉と共に、
 一瞬だけ時が止まる。
 次いで―――
 「――――――っ!!??」
 千石が悲鳴も忘れ驚く。確かに岩竜が踊っている。いや、
 (空間が、踊ってる・・・・・・?)
 そう錯覚したくもなる。だがこれも違う。正確には、岩竜の体を構成する分子1つ1つが踊って―――振動しているのだ。
 振動する分子が作り出す莫大なエネルギー。負荷に耐え切れず結合が外れていく。
 これならばいくら頑丈さを誇る岩竜であろうとひとたまりもあるまい。実際岩竜の体は、技名どおり徐々に崩壊していった。
 「やった・・・・・・!?」
 のたうち回る岩竜を前に小さくガッツポーズをする千石。上げかけた拳が―――止まった。
 ぐばがあああああっ!!
 最後のあがきとばかりに振るった尻尾。それが死角から跡部を襲う。
 「跡部くん!!」
 「っ―――!?」
 千石の呼びかけに、跡部もまた気付く。目を見開き反射的に後ろへと飛び退ろうとして―――
 ―――動きを止めた。
 一瞬のためらい。今ここで避けたとしても、まだ生き残っている部分で次の攻撃を仕掛けてくるだろう。それはもしかしたらこちらに向かってきている千石を攻撃するかもしれない。
 それでは駄目なのだ
 「くっそ・・・!!」
 ためらいの後、その場に残る事を選ぶ。千石はこの術の特性を知らない。千石を攻撃させてはいけない
 「ったく・・・! だからお荷物と一緒にいんのは嫌なんだよ・・・!!」
 剣を構えながら、そう吐き捨てる跡部。その表情は、
 ―――言葉ほど嫌そうではなく、むしろ嬉しそうであった。







 「跡部くん!?」
 逃げようとしない跡部に、千石は声を裏返して叫んだ。彼の不可思議な行為に、疑問の念が沸く。
 (跡部くんはもう術を発動させてない。なのに崩壊は続いてる。ならこの術の発動範囲は・・・・・・そっか!!)
 全てを悟る。
 ―――今度囮になったのは、彼自身だと。
 (跡部くんは接触点から術を発動させた。ならこの術は範囲の設定がなされてない。岩竜限定じゃなくて―――触れたもの全てが術の対象だ・・・!!)
 1分の時間稼ぎの間に跡部も悟ったのだろう。自分には防御の手段がない事を。だからこそ効果が消えるまで、自身のみを攻撃させようとしているのだろう。彼ならば防ぐこともまた出来るだろうから。
 だが・・・・・・
 (本当に出来るの・・・・・・?)
 もたげる、不安。千石の目から見て、この術はかなり高度なものだ。難易度では最上級だと言えるかもしれない。実際以前旅をしていた室町ですら、ここまで高度な術は使えないようだった。
 実際、跡部も最初は避けようとしていた。高度な術を防ぐには高度な防御が必要だ。そう何度も易々使えるものなのか?
 止まっていた、体を動かす。
 走って向かいつつ、持っていた剣を、岩竜ではなく自分の後ろへと振るった。
 そちらへと発動する剣の力。反動で加速する体。
 「お姫様に助けられる勇者ってのも、激ダサって感じっしょ!!」
 吠え、千石は岩竜をすり抜け跡部の元へと到達した。跡部を抱き、勢いそのままに吹っ飛ぶ。岩竜の攻撃が当たったかはわからない。ただ一瞬だけ、優しさに包み込まれたような気がする。
 崩壊音を背にごろごろ転がる中、
 「この馬鹿野郎!!」
 跡部の声だけが、千石の脳へと響き渡った・・・・・・。







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 全てが収まる。千石は身を起こそうとして、それが出来ない事を悟った。最初は自分がどうかなったのかと思ったが。
 「跡部くん!?」
 自分に覆い被さるように倒れていた跡部。どうやら結局自分は彼に庇われたらしい。そして、庇った彼は・・・・・・
 「跡部くん!!」
 千石の悲嘆の声が響く。応える主はいない。
 意識はあるのかないのか、うつ伏せでぐったりと横たわる跡部の背中は―――
 ―――先ほどの岩竜同様、ゆっくりと崩壊を始めていた。
 攻撃を喰らい、千切れた服の下で。
 皮膚が、肉が、骨が、
 少しずつ、塵にもならず消えていく・・・・・・。
 「あ・・・・・・、千、石・・・・・・」
 わずかに目を上げる跡部。泣きそうな千石の顔を―――千石の無事を確認し、
 「俺も・・・大概馬鹿だよな・・・・・・。てめぇなんぞ、放っときゃよかったぜ・・・・・・」
 「跡部くん!?」
 ゆっくりとした呼吸の合間に呟く。体が沸騰するほどに熱い。崩壊している部分に関しては実際沸騰しているようなものだ。
 術で治せればいいのかもしれないが、痛みが集中を阻害する。とても完成するまで意識が持ちそうにない。
 このままでは致命的なところが崩壊する前に痛みでショック死するかもしれない。いずれにせよ放っておけば死は確実だろう。
 (助かる手は・・・・・・)
 肺に穴でも空いたか呼吸もままならず、朦朧とする頭でもう一度千石の姿を捉える。助かる手段は、千石が治癒の術を使う事のみ。
 (千石清純・・・・・・『ラッキー千石』か・・・・・・)
 千石が跡部の事を知っているのと同じように、跡部もまたさほど多くはないながら千石の噂を聞いた事があった。自称勇者希望で世の中舐めきった男。その2つ名の通り運の強さだけで生き残り、成り上がってきたという。
 実際に戦う様を見て、噂があまりアテにならない事はよくわかった。基本の言動に関しては確かにスチャラカさが目立つが、戦闘における判断能力や知識・行動、それらは間違いなく一流だ。こいつの実力を『運』の一言で片付けた奴らは間違いなく二流以下だ。がしかし。
 (んじゃコレは実力かそれとも運か・・・・・・)
 千石が先ほど持って行った魔石。何をどこまで考えたか『ラッキーカラーだから』だなどとホザいていたが、あれが現在、自分が唯一持っていた治癒用の魔具だった。それを使えば自分は助かる―――
 (―――なんてワケに行かねえのは世の中が甘かねえからか、それとも俺の運のなさが足引っ張っちまってるからか)
 治癒用の魔具はあくまで治癒を手助けしてくれるだけだ。治癒には攻撃以上の魔力が必要となる。それを魔具に封じようと思えばそれ相応の大掛かりなものが必要となる上、万が一故障があって魔力の暴発などとなるとその被害は攻撃用魔具の比ではない。当り前だ。誰が治癒用の魔具に何重も安全対策を敷くというのだ。
 なので、大元となる力は使用者が注ぎ込まなければならない。自分がやる分には問題はない。が、
 ―――力の使い方を知らない奴はまず注ぎ込み方を知らない。
 (どうやら術に関しちゃそれなりの知識はあるようだが、やり方までは知んねえだろ。知ってたらまず普通に術使うだろうし、仮に知ってたとしても術者でもねえこいつがどれだけの力持ってるよ・・・・・・)
 希望はあっさり潰え去った。自分もまたこのような事情のため力を注ぎ込むといった行為ももう難しい。
 (ったく・・・。ンなヘンなトコで幕切れかよ俺の人生・・・。
  ・・・・・・ま、『独り』じゃねえんならいっか・・・・・・・・・・・・)
 倒れこんだ振りをして、ぎゅっと抱き締める。確かな感触。伝わる温かさ。どのくらいぶりだろう? 人の温もりを感じるのは。もうそれすらも思い出せないほど長い間接していなかったような気がする。
 閉じかけた瞳、閉じかけた意識が・・・・・・
 一気に覚醒する。
 「ぐ・・・あっ・・・・・・!!」
 「ちょっとごめんね跡部くん!!」
 「てめ・・・! 千石何しやがる・・・・・・!!」
 いきなりの体勢転換。うつ伏せからあお向けにされ、千石に支えられたままのため崩壊部が地面に付く事はなかったが、むやみに動かされたおかげで崩壊の進行が早まった。先ほどからだからこそゆっくり呼吸をし、出来るだけ体を動かさずにいたというのに・・・!!
 恨みがましい目で見上げる跡部に対し、見下ろす千石も彼と同じ意見に辿り着いたらしい。見覚えのある魔石を取り出していた。それで治癒するつもりらしい。
 「それじゃあ・・・・・・」
 どうしようもねえよ。言おうとして、
 言葉が飲み込まれた。
 「なっ・・・・・・!?」
 魔石を口に含んだ千石。そのまま身を屈め、跡部と唇を繋いだ。
 互いの舌の上で石が転がり、そして術が発動する。
 (こいつまさか・・・!!)
 術の発動と同時に、跡部の身を急激な喪失感が襲った。崩壊した体の、ではない。これは・・・
 (俺の力使って術使おうってのか・・・!?)
 ごく稀にこういう事をやる奴がいる。自分自身の力は使わず、自分を仲介に他人の力を借りて好き勝手使う奴。身近な例として、幼馴染みである不二もまたそうであった。こういったものを『カウンター』と言うのだが。
 これをやるには力の代わりに相当の技量が必要となる。当り前の話自分の力を使うよりも遥かに難しいのだ。他人のそれを完全に支配下に置くというのは。最悪自分が乗っ取られる。
 それを準備0で行う千石の技量に舌を巻き、そんな危険行為を今さっき会ったばかりの自分のためにやるこいつを本気で馬鹿だと思う。
 だが―――
 (駄目だ。これじゃ足んねえ・・・・・・)
 自分は先ほどの術で相当に消耗してしまった。普通に自分で自分を治癒するだけの力なら残っている。しかし今は魔具を用い、千石を介して間接的に行っている状態。違うものを入れるごとに力は余計なところで磨耗していく。だから、今も崩壊の緩和は行えているが組織の再生までは間に合っていない。自分が意識を失えばその均衡すら崩れるかもしれない。それほどに危うい状態だ。
 自分を支える千石の体が、がくりと揺れた。やはり力の扱いに慣れていない。無駄が多く、溢れさせた力の反作用でどんどん傷付いていく。
 (マジい・・・。こいつももう限界か・・・!!)
 まるでチキンレースだ。ここで止める指示を出さなければ2人で死へとまっ逆さまとなる。
 「止めろ・・・! 千石・・・・・・!!」
 力の入らない腕で押し返す。それであっさり下がるほどに千石もまた憔悴しきっていた。
 青褪め、疲れた顔で、
 それでも千石は笑っていた。
 「・・・・・・?」
 眉を寄せる跡部を無視し、自分の懐をごそごそ漁る。
 「出来ればあんまやりたくなかったけど、
  ―――ちょ〜っと無茶させるよ、跡部くん」
 そう言い、取り出したのは―――
 「てめそれどうした!!??」
 痛みも忘れ、跡部が身を起こして喰らいつく。その手に握られていたのは1本のペンダントだった。飾りのない革紐に、緻密な銀細工の中心で濃紺の宝玉が輝くペンダント。
 魔力増幅用の魔具にして、それは・・・・・・
 ――――――自分がかつて知り合いに作ってやったものだった。
 やはりさほど魔力が多くないそいつのために、そいつの髪と目の色をモチーフとして作り与えたもの。
 「やっぱり知ってるね
 跡部の過剰反応に何を思ったか頷き、
 「俺にコレと君の情報くれた人が、カウンターの事教えてくれたんだよ。自分は使えないけどこういった事も出来るって。
  それで、その人がやっぱ言ってたよ。
  ―――『もしも本物の「跡部」に会うことがあったら、そいつ今1人でヒマだろうから一緒にいてやってくれ』だって」
 「アイツ・・・・・・」
 呟く跡部の胸元に、その石が当てられる。込み上げる熱いものは果たして増幅した力なのかそれとも・・・・・・
 失くした分よりも遥かに上回る力が溢れる。それだけで相当の過負荷のはずなのに、なぜか不思議と辛くはなかった。むしろ柔らかいベッドに包まれるような心地良さで。
 再び千石と交わすキス。千石を介し、さらに別の存在を同じ事をやっているような、そんな錯覚に陥る。
 傷がみるみる治っていく。一体これは誰のご加護だろう?
 完全に治る。それを合図に、胸の上でぴしりと音を立て魔石が砕けていった。自分の代わりに全てを引き受けたのだろう。
 胸の中で、呟く。
 (ありがとよ、佐伯。でもって・・・
  ――――――あばよ)
 「治、った・・・・・・?」
 千石がきょとんとする。全てを託され、自分へと遣わされた存在。
 身を起こし―――
 跡部は思い切り千石を蹴り倒した。
 どがしぃっ!!
 ごろごろごろ・・・
 なす術もなく、ついでにわけもわからず転がっていく千石。
 「は、はい・・・?」
 ますますきょとんとする彼へと、跡部はびしりと指を突きつけた。
 「てめぇ千石! 今俺様に向かって何しやがった!!」
 「へ!? あ、あの・・・怪我の治療を・・・・・・!!」
 「んで? その治療のために何をしやがった? しかも2回も。ああ?」
 「そ、それはもしかしてキスのことについて―――」
 どげっ!!
 さらに一発。今度は頭を踏みつける。
 「ちょっと待って跡部くん!! 俺は別にやましい意味とかそういうのは一切なくて、ただ君を助けたいその一心で―――!!」
 「なるほどなあ。『俺を助けたい一心で』、なあ・・・・・・」
 「あ、わ、わかってくれた・・・・・・かな?」
 「ところで千石よお。
  ―――俺がそもそもンな怪我したのは、そこに立ち返ってみればてめぇの全っ然!役に立たねえどころか邪魔でしかなかった援護のせいだったような気がするんだけどなあ」
 「ゔ・・・!! そ、それはその〜・・・・・・」
 「千石v」
 「あの、ごめん跡部くん。ひとつ質問させて」
 「冥土の土産か?」
 「いやそういうワケじゃないけど・・・。
  ―――君サエくんと別れたのって実は近親憎悪?」
 「滅殺決定」
 「うぎゃあああああああああああああ!!!!!!!!!!!!」







£     £     £     £     £








 さらに同日数時間後。この日はやたらと客の多い日らしく、またしても王城には客人があった。
 「あの! 剣士さん! 魔道士さん!! お願いです! 私の身代わりになってしまった人たちを助けてください!!」
 「こら、よさないか」
 いきなり瞳を輝かせ玉座から立ち上がり詰め寄ってきた若い娘を、王の一声がその場に止めた。
 「でもお父様!!」
 「彼ならば大丈夫だ。間違いなくあの化物を倒し、お前を守ってくれる」
 「でもその化物はもう兵士たちを何人も殺したと!! そんなもの相手にあの方達だけでは心もとないですわ!!」
 「いや心配はいらない・・・・・・・・・・・・『あの方』?」
 「ええ。心配ですから先ほどこちらへ寄られた職業不明の方に、救出をお願いしたのです。とても快く引き受けて下さいました」
 「・・・・・・・・・・・・なぜお前はそうやって物事を余計な方向へと持って行く・・・? いいか? 彼はかの有名な―――」
 「―――あのすみません」
 娘に何かを説こうとした父親を遮り、魔道士の客人の方が手を上げた。
 「出来れば僕らにもわかるようご説明頂けないでしょうか?」
 「ああ。ないがしろにしてしまって済まなかった。
  実は―――」







 一通り話を聞き終わり、
 2人の客人―――不二と佐伯は、ぼそぼそと耳打ちをしあった。
 「(どう思う?)」
 「(どう・・・って、他にどう解釈すりゃいいんだよ?)」
 「(やっぱ決定だよね)」
 「(そりゃまあな)」
 「(でも、『もう1人』って誰だろう?)」
 「(さあ。
   ・・・・・・そろそろ追いつく頃かな?)」
 「(何?)」
 「(いや何でもないよ? それより―――)」
 会話を半ば無理矢理切り、佐伯は王と娘へと顔を向けた。
 特に娘の方―――噂の『近隣諸国1の美貌の持ち主』を見て思う。
 (千石もご愁傷様。ヤなタイミングで跡部に会ったなあ・・・・・・)
 あの可愛い子大好き野郎ならば間違いなく彼女の拝見が目的だっただろうに。
 (ま、それでより美人に会える辺りさすが『ラッキー千石』。少なくとも損はしてないか)
 ・・・・・・どうやら佐伯の中でのランク付けでも、彼女は相当下だったらしい。
 彼らに向け、失礼にならない程度にぱたぱた手を振る。
 「ああ、それなら心配いりませんよ。むしろ思いっきりこき使ってやってください。それで喜ぶ奴ですから」
 「君らはもしや、彼のことを―――」
 「知りませんよ。ただ日々弱いものをいたぶって小遣い稼ぐのが大好きだとしか」
 「―――おい」
 言葉が、後ろからかけられた声に遮られる。
 周りの制止を振りきり入って来たのは、ずたぼろになった固まりとそれを引きずった男だった。
 「跡部様!!」
 王女がうるうる瞳を潤ませる。慣れてはいるがひたすら寒い光景に半眼を向ける佐伯に、引きずって入って来た方―――跡部もまた、半眼を向けた。
 ぼとりと固まり(見ようによっては人型にも見える)を落とし、
 「久しぶりに会ったと思や何だその言いっぷり」
 「よっ。跡部。久しぶりだな」
 「今更挨拶して誤魔化すんじゃねえ。大体佐伯、てめぇが押し付けてきた野郎のおかげでむやみに大変な目に遭ってんぞ。嫌がらせか?」
 「ああやっぱそのぼろ布っぽいの千石か。とりあえず何かの役には立っただろ?」
 「役に立つ以上の邪魔ばっかされたけどな。初っ端っから。さすがてめぇが見込んだだけあるぜ」
 「ははっ。そんなに誉めるなよ。照れんじゃん」
 「誉めてねえよ!!」
 周りを差し置いて盛り上がる2人。取り残された中ではとりあえず最も情報を持っている不二が、最初に立ち直った。
 佐伯の袖をくいくいと引き、
 「ねえサエ、あの跡部が引きずってる人、サエ知ってるの?」
 「ああ、あれ? 知ってるよ。前に仕事で一度会ったんだ。『跡部に会いたい』なんて酔狂な事言ってたから『止めとけ』って説得しといた。無駄だったみたいだけど」
 「どういう意味だそりゃ!!」
 「ああなるほど。それは変わった人だね」
 「てめぇもか!!」
 ひとしきり怒鳴り散らし、跡部は玉座へと歩み寄っていった。
 「つーワケでとりあえず退治しといたぜ。岩竜だったおかげで、証拠品って言われたところで岩しか持って帰りようがなかったから持って来なかったけどな。まあ代わりにそいつが今まで貯めてた宝―――ってか殺したヤツらが持ってたモンが一部残ってたからそっちでいいか?」
 言いながら、どさりと千石ではなくもう片方の手で引きずっていた固まりを落とす。適当に広がった布から、相当な宝が転がり出てきた。
 「依頼料は先払いで貰ったし、んじゃもう行くぜ」
 「ま、待て!」
 「あん?」
 「貴殿は、いらぬのか? これらの物は本来貴殿のものであろう?」
 王の言葉に跡部は上半身だけ振り返り、
 「いんねー。そういうのは処分が面倒だ。それに―――」
 首から、何かを外す。
 「俺はこれだけありゃ充分だ」
 「それ・・・・・・」
 ぶら下げられたものに、佐伯が小さく呟いた。真ん中の石には無数の亀裂が入ってはいるが、それは間違いなく見覚えのあるものだった。
 かつて自分が跡部から受け取り、そして千石へと託したもの。
 跡部ではなく不二を選んだ自分に持っている資格はないと思ったから。
 だから千石に―――跡部を求めてくれる存在に預けた。
 罪の意識から、なのだろうか。もしかしたらそうかもしれない。受け取れなかった跡部の想いを、別の人間に押し付けた。今にも割れそうな石が、そのまま自分達の関係のように―――跡部の心のように見える。
 「そのようなものでよろしいのか? もっと価値のあるものなどいくらでもあるだろう?」
 王の言葉に、佐伯もまた頷く。そうだ。自分など早く捨てて欲しい。捨てて―――幸せになって、欲しい。
 見ていられなくて、下がっていく佐伯の視線。完全に跡部の姿を消す前に、
 跡部がそれを首にかけ直した。
 「いいんだよ。俺の命を救ったラッキーアイテムなんだから」
 「え・・・・・・?」
 再び上がる視線。中心に映る跡部の顔には、
 眩しい笑みが浮かんでいた。
 不二と共に、別々に歩む事を決めた際の、哀しく優しい眼差しではない。全てを吹っ切った、強く雄雄しい瞳の輝き。そしてそれを支えるのは―――
 「跡部くん!!」
 「うおっ!!」
 突如復活した千石が後ろから跡部に抱きついた。
 「てゆー事は君を助けた俺ってばラッキーパーソン? うわ〜。じゃあ俺も一緒にいていいって事?」
 「よくねえよ!! そもそもてめぇのおかげで死にかけたんだろーが俺は!! 2度と俺の前に姿現すんじゃねえ!!」
 「え〜ちょっとそれ酷いよ〜!! 確かに過程ではそんな事があったかもしれないけど、けど大事なのは過程じゃなくて結果だと思うんだけど?」
 「『過程』じゃねえよ『前提』だ。てめぇがいなけりゃもっと楽に依頼こなしてさっさと帰ってきてたんだよ」
 「そ、それはまあ過去の過ちとして俺達に重要なのは未来を見据えることじゃないかな?」
 「そうだな。未来を見据え俺の人生てめぇがいねえ方が遥かにマシだ。
  ―――っつー事でさっき殺し損ねた分は今ここでまとめて殺すんでいいな?」
 「ぎゃあああああ!!!!!!」
 「待ちやがれ千石――――――!!!!!!」







£     £     £     £     £








 当事者らのいなくなった謁見の間にて、
 「ところで、やはり2人は彼の事を?」
 「そういえばお父様、どういう事ですか? 先ほどもあの方の事を何か言いかけていたみたいですけど・・・」
 「ああ。だから彼は―――」
 「ただの戦闘専門家その1で友人ですよ。少なくとも俺達の中では。
  ではそろそろ失礼します。
  ―――行こうか、周ちゃん」
 「そうだね」
 そして2人も出て行き・・・・・・







 「お父様、結局あの方はどういった方でしたの?」
 「彼は・・・・・・
  ―――大陸最北端にある軍事大国・氷帝帝国を治める王家の一族の者だ。正確には、現王の息子だ」
 「え・・・? じゃあ、王子様でしたの?」
 「そういう事になるな。実際に会ったのは今回が初めてだが、確かにご両親によく似ている。外見も―――内面も。
  しかし―――」
 「しかし?」



 「――――――彼らにとって、それはどうでもいい事のようだ」








 ちなみにこの後、














 2人には首都中で起こる、魔術による謎の連続爆破事件解決に協力して欲しいと依頼が来たが、
 「すみません。命は惜しいので」
 「同じく」
 2人があっさり依頼を断ったのは、
 ―――わざわざ記すまでもないだろう。



―――終わり

 
















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 ―――相当に当初の計画と話の内容変わったなあ・・・。普通にせんべギャグのはずだったのに・・・。
 といった感じでおちゃらけその3、せんべ
verでした・・・・・・? どちらかというとこれは跡虎では・・・? そう。これが虎跡ではないのは―――じゃなく、このシリーズ、毎話CPを変えるという誘惑もありましたがとりあえずCPはせんべ、不二サエで元跡部→サエで固定しようかと。なので不二と跡部の仲が微妙に悪いです。そして後2名メインの登場人物を増やすつもりですが(ちなみに誰を増やすのか、ギャラリーにてあの絵を見た方はわかるかもしれません。ただしそれとはCP大幅に異なりますが)、そうするとさらにCPがごちゃごちゃになりそうですしかもほとんど片想い。とりあえず、次は不二サエっぽい話を何とか・・・!!

2004.6.17〜9.14