エピローグ
「ちゅーわけで、俺の見たところ不二は別に退行してへんかったわ。少なくとも俺らが会うた時は14歳やったで」
「はあ。つまりンな『なんか』がわかったってワケか」
「せやせや」
あくる日の氷帝部室にて、忍足は「わかったら教えろよ! 『なんか』気になる」と言っていた相棒にわかった『なんか』―――事の顛末兼カラクリを教えていた。
全てを聞いた向日がため息で結論づけた。驚かなかったわけではないが・・・・・・忍足がわざわざ興味を示す事、一筋縄で行くわけはない、という悟りがあったからだ。
「んで・・・・・・
てめえはわかっていながら誰にも言わず、結果殺人だか自殺だか無理心中だかワケわかんねえ理由で4人が死んだ、ってワケか?」
「『心中』っちゅーのはええけどなして頭に『無理』なんちゅー風情ない単語付くんやろなあ?」
こめかみを震わせ何とか言葉を繋げる彼に、悪びれもせず頭を捻る忍足。
「それにお前らかておかし思わなあかんかったんで? 菊丸の事『お兄ちゃん』言うとった不二がなしてお前ら指して『俺の友達か』聞いてくんねん。その時点で矛盾しとるやん。まあお前は身長の低さでそう思われたかて不思議やあらへん―――」
目の前の彼の震えが拳まで伝わったところで言葉を切り、降参とばかりに両手を上げた。
「せやけど誰に言うても不公平[アンフェア]やろ? 俺は中立好きやからなあ」
「どこがだよ。跡部達に荷担しやがったクセして」
「まあええやん。王様に尽くすんはなんも従者だけの役目やないで」
「はあ? 王様? 何の話だよ」
「気にすんなや」
「だから気になるっての」
半眼で突っ込む向日にそれこそいつもの笑み―――ポーカーフェイス的笑顔を見せる。
軽く笑って、忍足は部室の窓から空を見上げた。
「『王国は今日も安泰です』
つまりはそういう事や」
「ワケわかんねえ・・・・・・」
「―――って忍足!! 向日!! 何ほのぼの会話してやがる!!」
無理矢理収めかけられた空気を乱し、宍戸の声が突き刺さる。
2人が見やる先、というか見渡す先では―――
宍戸だけでなく氷帝テニス部員たちが必死にドアやら窓やらを手で押さえていた。
ドンドンドン!!
『開けなさい君達!!』
『今回の事件について何か知っているんじゃないのか!?』
『死んだ4人の少年の共通点はテニスを除けば出身校だけなんだぞ!?』
『君達も彼らの知り合いだったんだろう!?』
外にいる、教師やら警察やらマスコミやらその他諸々の総じてヤジウマども。
彼ら彼女らの罵声を聞きながら―――
―――向日はすっかりきっぱり無視して話を続けた。
「でもなあ、だったらなんで不二の奴わざわざンな事したんだよ」
「疲れたからやない? 人生に」
「どこのオヤジだよその台詞・・・・・・」
「せやけどなあ、実際疲れとったと思うで」
人生14年。短いその中で、不二はどれだけの時を『自分』として生きてきたのだろう。偽りの自分と上辺だけの関係。
今回の『退行』。もしかしたらそれは彼の願望そのものだったのかもしれない。最も幸せだっただろう、あの頃への帰郷。
“何も失わず 何も奪われず”
求めるもの全てを得ていたあの頃。そこには当然のように跡部がいて、佐伯がいて、千石がいた。
物理的な距離がそのまま心の距離になるわけではないけれど、
それでも立場の違いはそれ相応の距離を生み出してしまった。
氷帝の跡部。
六角の佐伯。
山吹の千石。
そして―――青学の不二。
薄れていく、自分達の特別。
それが耐えられなかったのではないだろうか。
不二も―――
―――――――――誰も。
「何にしてもアイツらにしては動くん遅すぎや。不二の方が痺れ切らしてもうたやないか。可愛い子には旅でもさせたかったんかいな。そないな事するから『ふりょう』になるんや。
―――ま、アイツらが雁首揃えて不二に担がれとったサマは見てておもろかったけどな」
「はー。だから侑士、お前何が言いたいんだよ・・・」
「ま、気にするなや」
「だから―――って、もーいい」
「お? 何や岳人。お前にしては諦め早いやん」
「もー何訊いたって答えちゃくんねーだろ?
それより外どうにかしろよ」
相も変わらずうるさい外。この篭城ももうすぐ崩れ落ちるかもしれない。後1分か。それとも2分か。
プレハブでもあるまいに、ガタガタとなかなかヤバめに揺れ出す氷帝テニス部部室。耐え切れずに開いたロッカーからぽろぽろと私物が落ちていく。
『災害』を前に神は珍しく差別を許さなかったらしい。落ちたものの中には彼のものもあって。
汚れなど似合わなさそうでなかなかに使い込まれた氷帝ジャージ。軽い音を立て一緒に落ちた小さな写真立て。
それはまた随分と古い写真だった。
多分それこそ6歳の頃のもの。
テニス大会ででも高成績を残したらしく、それぞれに賞状と盾と、そしてテニスラケットを持った彼らは様々な表情で、
―――みんな同じ気持ちを示していた。
「なんだよそりゃ?」
「『王国』やろ? あいつらの」
「ふーん・・・・・・」
説明を始めて以来、初めてまともに納得の声を上げる向日。苦笑して、忍足は持っていたものを今はなき主のロッカーへと戻した。
恐らく本人がそうしていたように、写真をうつ伏せにして。
「何で伏せんだよ?」
「恥ずかしいからやろ? 跡部が」
「恥ずかしい? アイツが?」
ははははははは!!! そりゃ確かに!!
と向日が大爆笑した。確かに他人に見られれば―――いや、自分で見てもきっと恥ずかしいだろう。あんな風に素で喜ぶ跡部は本当に珍しい。
そしてもちろんそれは千石にも佐伯にも言えること。きっとこの写真をすぐ見れるように飾っていたのは不二1人であろう。
想像し易すぎる事を頭に思い描き、忍足もまた肩を震わせ笑った。
笑って―――それに紛れさせ、呟く。
「王国帰還、おめでとさん」
一言だけのはなむけの言葉。言い終わり、顔を上げたときにはやはりいつもどおりの人を食った笑みしか浮かんでいなかった。
「さ〜っすがお騒がせご一行。ラストまで厄介ごと起こしおる」
「てめーだよ煽りたててんのは・・・・・・」
「忍足ー!! 向日ー!! てめえら2人は俺達全員にケンカ売ってんのか!?」
というわけで、
そんな宍戸の怒声もBGMと化すほど、
王国と言わずどこもかしこも安泰であった。
―――Fin
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
これ、書いてて思ったのはこの事件、もの凄く報道しにくいだろうなあ、という事。変な武器を持って殺しあった少年4人。どこかから持って来たのではなくあらかじめ所持していたからにはそれがレプリカではなく本物だと知っていたはず。だとすると事故の線は薄い。しかも内1人は『退行』により現在6歳児。殺人の意志を持っていたとは思えないがその少年のみ自殺。結局なんだったんだろう? と。
はい。よーやく終わりました。そして今回珍しく初めから順に書かずかなりいろんな場面から書いていたため書き終わった今、文章が繋がっている自信がありません(爆)。
さて王様と従者。何となく彼ら4人のイメージはこんな感じですね。なんだかんだ言ってひたすら不二を可愛がりそうだ。あとは加害者同盟と被害者連盟か。誰がどっちかは言いませんが。
そういえば6歳児不二。その割に口調やら態度やらがそのままなのは実は14歳のままだったから―――ではなく、彼ならその頃からもうそんな感じだったんじゃないかな〜と思ったからです。決して書いてる本人途中で6歳児だった事忘れてたワケではありません。ただし文章のみからではどっちにしろわからないような気もしますが(再び爆)!
ではまとまりのない話にはまとまりのないあとがきを。
そういえばその1。不二が『一人遊び』の最中跡部の事を名字で呼んでいたのは、初等部までは名前で呼んでいたけれど中学で別れてから名字で呼ぶようになったためです。
そしてさらにもうひとつ。“何も失わず 何も奪われず”。跡部様Fanの方ならものっそよく知っているかもですが、跡部様デビューアルバム<破滅への輪舞曲>より『BOY'S CLOUD』中の一節です。この歌はぜひ不二と跡部にハモっていただきたい! 出来れば晴れた日の芝生の上で、寝転び本を読む跡部の髪を、膝枕した状態で不二が撫でる的状況で(絶対無理)!
では今度こそ。発売された20.5巻により氷帝学園に初等部はなく幼稚舎があるという新情報を得ておきながら書き直さない管理人でした。
2003.11.29〜12.4