長い長い夢を見ていた。とても楽しい夢だった。

どんな夢だったのだろう。全く覚えていない。でも楽しかった事は覚えてるんだ。

凄く楽しくて。だから―――





現実が、酷く遠く感じた。
















0.遡り



 半年振りの目覚め。最初に見えたのは見慣れない真っ白な天井。
 「周助・・・・・・?」
 自分のそばで花瓶に花を生けていた女性が、天井を見上げる自分に気付いたらしく、顔を覗き込んできた。
 軽いウェーブのかかった茶色い髪。それに覆われた綺麗な顔。
 「姉、さん・・・・・・・・・・・・?」
 遠い意識の中でかろうじて思い出した事をそのまま口に乗せる。
 「起きたの?」
 どうやら正解だったらしい。ふんわりと笑って、おでこを撫でていく。冷たい手に、少しだけ意識が現実に戻ってきたような気がした。
 がちゃり。
 耳の箸で捉えた音。した方へと頭を倒す。
 ドアが開く。そこから入って来たのは、『姉さん』と同じ髪の色をした少年だった。
 (え〜っと・・・・・・・・・・・・)
 ぼんやりした頭が『彼』の正体を覆い隠す。知り合い、のような気もする。顔と名前がかろうじて一致する程度の知り合いか、それとも自分の半身とも言えるほどの知り合いか。
 (じゃない・・・っけ・・・・・・?)
 なんだろう。思い出そうとすればするほどまた意識がどっかに飛んでいく。
 だから―――
 「キミは、誰・・・・・・・・・・・・?」
 思った事を、そのまま言う事にした。










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 物事は人に尋ねると思い出す事がよくあるけれど、実のところ僕もそれだった。口にして、数秒後には思い出していた。『彼』が弟の裕太だった事を。
 だが、その時にはもう周りは大騒ぎになっていた。
 白衣を着た人たちが大勢入って来て―――ようやくここが病院だったと判明。ぼんやりしっぱなしの頭でそういえば僕何やってたんだっけと考えてる間に質問が始まって。
 「君、自分の名前はわかるかな?」
 「周助、です・・・・・・」
 なんでこんな質問されるんだろう。なんか周りでいろいろ話してたと思うけど、聞いてなかった以上その謎が解けるワケがない。
 「周助、私の事はわかるわよね・・・?」
 「姉さんの、事・・・・・・?」
 いまいち質問の意図がわからない。何て答えればいいのか不明なまま、この質問はそれで終わりだったらしい。
 次に進む。
 「じゃあ、この子の事は・・・・・・?」
 指されたのは、さっき入って来た『彼』。
 「えっと、ゆう・・・・・・・・・・・・」
 答えかけて、思う。
 (裕太って・・・・・・確か家出て行かなかったっけ・・・・・・?)
 それがなんでここにいるんだろう?
 (ああ、そっか・・・。家族が病院入ってたら当然・・・・・・・・・・・・)
 なのだろうか? 裕太は僕を嫌っていなかったか? 嫌いな者が病院にいるからといってわざわざ帰ってくるか?
 「う〜ん・・・・・・・・・・・・」
 それに――――――裕太はこんな人を哀れむ目をしていただろうか?
 総じて。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかんない」
 それを聞いて、『彼』の顔が青褪めた。
 (あれ・・・? やっぱ知ってる人だったのかなあ・・・? 思い出せないと悪いなあ・・・・・・)
 「ま、まあすぐに思い出せなくていいのよ。ゆっくり考えれば」
 綺麗な顔を少し引きつらせて姉さんが言う。それでも開いた目の奥で瞳孔を震わせる『彼』に申し訳なくて、出来るだけ早く思い出してあげようと思った。
 「すみません、ではご家族の写真は―――」
 「はい。持って来ました」
 多分お医者さんの言葉に、姉さんが鞄から小さなアルバムを取り出した。さすが写真が趣味の姉さん。気に入ったものを綺麗なアルバムに入れ、大切に保管してる。
 「周助、この子はわかるかしら?」
 「あ、裕太! 可愛い〜v」
 見せてもらったのは小さな頃の写真。テニス大会の時のかな? ラケットを持って大きな目を必死に顰めて真剣そうに見せて。
 そんな事をやっても全然恐そうに見えないけど、それでもやってる本人は真面目だったらしい。
 思い出して、顔が微笑む。
 周りが僕の様子を複雑な顔で見ていたのにも気付かず、さらにめくっていく。
 「やっぱり景もサエも千石君もいた!」
 僕も今でも部屋に飾っている写真。僕と裕太がダブルスで、景とサエと千石君がシングルスで出た大会。それぞれに色の違う盾を持って。景が中心で金の盾を持ってふんぞり返ってて、隣でサエが銀のを持っててそんな景に呆れ返ってて、銅の盾を持った千石君が悔しそうにキ〜〜〜〜〜!! って地団駄踏んでて。そして僕らは一緒に金の盾を持って笑ってた。
 (ああ、そういえば跡部のこと名前で言っちゃったよ・・・・・・)
 中学に上がるとき、「これからは名字で呼べ」と厳重注意されていた。跡部自身がそれを証明するように、今までは『周』だったのに『不二』にして。
 (学校別れたのも残念だったけどさ、コレ結構痛かったんだよ・・・・・・?)
 なんか離れた距離をまざまざと見せられたみたいで。
 暗くなる気持ちを無視してもっと先へと進む。初等部に上がって・・・・・・ますます跡部の俺様モードに磨きがかかって、ひたすら千石君が殴られてて、時々僕も怒られてて、それを見たサエと跡部の争いになって。
 途中からサエの出てくる率が減った。この辺りで引っ越したのだろう。ページをめくるペースを上げる。
 中学になって、学校も別れたから跡部も千石くんもなかなか出てこなくなって、どんどんペースを上げて。
 時々大会の後なんかに打ち上げとかいって集まってたからちょぼちょぼ出てくる。そこで止まって、前と比べる。時間ごとの見た目の成長は如実に現していたけれど、やってる事は全然変わらない。
 (変わらない、か・・・・・・)
 ならまた一緒にいれば戻る事が出来るのだろうか。思うだけ無駄な事をそれでも思い、心の中だけで苦笑する。
 (そういえば、今ってなんか質問されてる最中じゃなかったっけ?)
 ようやく思い出した・・・・・・時にはもう質問は終わりとなっていて。





 ――――――なんでか『退行』と診断された。










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 彼らの持つカルテによると僕は6歳に戻ったらしい。言われると確かにそうなのかもしれない。これを『思い込み』というのかもしれないけど。
 (6歳、かあ・・・・・・)
 それこそなぜかその頃はよく思い出せる。『現在』よりも遥かにずっと。
 再び寝かされたベッドで考える。
 (あの頃は楽しかったなぁ・・・・・・・・・・・・)
 表現しようのない楽しさが込み上げてきて、笑いと涙が零れた。そういえばこの楽しさはさっきまで見ていた夢に通じるものがある。
 6歳のあの頃。何も知らない自分はただ笑っていて、すぐそばには彼らがいた。
 今はもういない彼ら。いや、在[い]はするがあの頃と同じ距離ではない。
 (あの頃は、よかったなぁ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)
 そんな事を考え眠りにつく。
 目覚めた時には―――















 ――――――僕は『6歳』になっていた。







2004.1.17