Fantagic Factor
           
    −幸せの要因−




Prerude. 突然舞い降りたそれ そう君は誰? <後>



 首をぶんぶんと振って叫ぶ千石。それでありながら抱きすくめる手を決して緩めない辺り彼が本気で叫んでいるのではない事を示していた。
 それを確認して。
 「で? てめぇ何モンだ?」
 跡部が冷めた目で質問する。隣では佐伯もまた細めた瞳で『謎の少年』を見ていた。
 「口、聞けないわけじゃないんだろ?」
 「答えられねえんならさっさと出てけ。自分の事も言えねーヤツ置いとくほど俺達の心は広くねえ」
 感情の伴わない声で切り捨てる。2人とも千石の事はよく知っている。彼の今の態度は本気ではないが決して嘘でもない。本当に知り合いではないのだろう。少なくとも彼がこの少年を連れてきたわけではないようだ。
 だとすると考えられるのは不法侵入。セキュリティーの問題云々についてはどうでもいい。この程度破ろうと思えば居住者3人ですらあっさり破れる。
 だがそれだとおかしいのが千石の態度。単純な不法侵入者ならまず容赦せず気絶させている筈だ。千石のケンカっぷしの強さはそれこそよく知るものだ。ただ怯えるだけの相手に引けを取るとはとても思えない。
 「ってちょっと跡部くんもサエくんも! そんなに詰め寄ったらそれこそ可哀相じゃん!!」
 今度は少年を庇う仕草に入る千石に、2人は疑惑を確信に変えた。庇っているのではない。狡猾な彼はこうやる事で少年を追い詰めている。
 実際―――
 千石の影に隠れる少年が、彼の服の袖を小さく握る。そうやって得た信頼感は下手な脅しより脅迫のタネにしやすい。
 「ね? 大丈夫だからさ。2人ともいきなりの事だからちょっと怒ってるけど、いつもはそんな事ないからね?」
 震える少年の頭を撫で慰める。その様を暫し見て、
 適当なところで2人は『折れた』。
 「ちっ・・・。仕方ねえなあ・・・・・・」
 「まあ千石がそう言うんならいいけどね。
  ―――なんかあったらお前が責任取れよ?」
 「えええええ!!!??? そんなあああああああ!!!!!!」
 ため息で舌打ちする跡部。爽やかな笑顔で責任のなすり付けをする佐伯に目を見開く千石。
 珍妙なやり取りを見て、
 怯えていた少年が耐え切れないといったように噴出した。
 「あはははははは!! ご、ごめん・・・!! こんなに面白い人たち初めて・・・・・・!!
  ―――挨拶が遅れてごめんなさい。僕は周助っていいます」
 「周助? 名字は?」
 「名字はないんです。名前だけで。
  あ、何でしたらご自由にお付けください」
 「え・・・? それはさすがに戸籍上マズいと思うけど・・・・・・」
 「で? 貴方方は?」
 「ああ? 勝手に入り込んできたクセに何なんだその態度」
 「でも僕は名乗りましたよ?」
 「てめぇ・・・・・・。イイ性格してんな、ってよく言われんだろ・・・・・・」
 「つい先程も姉に言われました」
 にっこり笑顔で言う周助。その様子からはとても先程まで怯えていたなどとは想像出来まい。
 結局ため息をつく跡部を他所に、
 「俺は千石清純。キヨって呼んでよv」
 「俺は佐伯虎次郎。呼び方はまあ何でもいいよ? 『トラ』だの『コジコジ』だのそういった間違ったもの以外なら」
 「ひっどいな〜サエくん。『トラ』はともかく『コジコジ』はちゃんと合ってんじゃん」
 「呼ばれる身にもなれよ・・・・・・」
 「じゃあ―――僕も何でもいいよ。キヨ、サエ。
  で、君は?」
 と、周助が跡部の顔を覗き込んだ。
 「あん?」
 至近距離での呼びかけに跡部が目を開く。
 先程千石を魅了したその碧く澄んだ瞳を前に、
 「跡部景吾だ。呼び方はどうでもいい」
 「ふーん・・・。
  ―――『景』でも?」
 「別にいいぜ? どう呼ばれようが俺には関係ねえ」
 相も変わらずの冷めた目で、跡部はぱたぱたと適当に手を振った。







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 「で? 結局てめぇは何なんだ?」
 「え? だから僕は周―――」
 「じゃなくてね。何でウチにいるのかな? って聞いたんだけど」
 「勝手に入って来やがって。ウチに何の用だ? アーン?」
 「えっと、それは―――」
 「―――人間を幸せにするため、とか?」
 「え・・・・・・?」
 「“天仕”、でしょ? 君」
 「―――っ!?」
 にっと笑って断言する千石に、周助が小さく息を呑んだ。天仕の証である羽根は今隠している。それさえなければ自分達の見た目は人間と区別がつかないはずだ。
 「何なんだよ? その“天仕”ってのは」
 「文字通り『天に仕えし者』って事。跡部くんもサエくんも聞いた事ない? 『辛いときには妖精さんが人々の元へ訪れ幸せを運んでくれる』とかなんとか。
  それのいわゆる『妖精さん』が天仕」
 「ンなのただのおとぎ話だろ?」
 「大体千石、お前なんでそんなに詳しいんだよ?」
 「ああホラ、亜久津いるじゃん―――って、亜久津ってのは俺のダチね―――。アイツが最近やったら一人血圧高そうな妄想ガキに付回されて迷惑だってボヤいてたから、そんで聞いたんだよ。
  周くん知ってるかな? その子太一くんっていうんだけどさ、小さくてかわいいコ。すっごく元気よくって」
 「ああ・・・、太一君なら仲間だよ。所属してるところは違うけど・・・・・・」
 「そっかそっか。うんうん。そうだよね。
  んでその太一くんから天仕の事とか聞いたんだよね。もしかして周くんって“青楽”ってトコで
No.2だったりする?」
 「あ・・・、うん・・・・・・」
 「やっぱ? 太一くんデータ集めが好きらしくって、いろいろ言ってたんだよね。そん中に“周助”ってあったからもしかしてって思ったんだけど」
 得意げに話す千石へと2対の冷たい視線が突き刺さった。
 「つーかてめぇはよくそういう話即座に信じられたな。ある意味尊敬するぜ」
 「確かに。むしろ亜久津の方が正常じゃないか?」
 「酷ッ・・・!
  だって俺は妖精さんとか信じてたよ? 俺のラッキーだって神様が俺の事見てくれてるからだな〜って思ってるし」
 ちなみに信じて『た』と過去形になったことに深い意味は無い。ただ実物に会った時点で信じる信じないの問題ではなくなっただけで。
 「仮にいたとして、さっきの条件からしてお前の所には来ないだろ、『妖精さん』」
 「うっわ〜。そういう現実味のある話止めようよ。現に2回も会っちゃってんだから」
 「でも、さ・・・キヨ。
  何で君は僕がそれだってすぐわかったの・・・?」
 2番目に気になっていた事。こちらから名乗らない限り見破られた事はなかった。太一から聞いていたとはいうが、周助という名前だけならば人間でも珍しくはないだろうに。
 問う周助に、
 「ああ―――」
 千石は曖昧に笑ってみせた。
 バツが悪そうに頬を掻く。
 「実は君が入って来たときからずっと見ててさ。
  ごめんね? 驚かせちゃって」
 「え・・・・・・・・・・・・?」
 驚き、周りを見回す。部屋は移っていない。物の少ないリビング。ここに通じるのは自分も入って来た窓と、そしてドアが2つ。
 そのどこからも―――
 ――――――彼の気配は詠めなかった。
 「すっごい綺麗だったよ〜。純白の羽根でさ、こう窓の外からふわりって入り込んできて―――」
 「へえ・・・。純白の羽根かあ・・・・・・」
 「ンなのどこにあんだよ?」
 「そりゃすぐ消しちゃったけど! でもホンット! 綺麗だったよ〜その時の周くん。ああもちろん今もすっごく可愛いけどね」
 「てめぇは力説してえのかコビ売りてえのかはっきりしろ」
 「いや〜。どっちも捨てがたいよ」
 『捨てろ。さっさと。どっちか』
 などなど言い合う3人をもう一度よく見る。そこから伝わる感情は2つ。気だるげながら警戒心を捨てていないのが跡部のもの。やはり警戒心はあるがそれより幾分柔らかめなのが佐伯のものだろう。人の感情や思考は行動に反映されるという心理学の大原則そのままに、2人の感情の差はそのまま自分へと接する態度だった。
 だが・・・・・・
 (やっぱり2つしかわからない・・・・・・)
 千石のものだけ伝わってこない。マインドコントロール云々の話は所詮机上の空論。感情などという理性の決して届かないものを操れるわけがない。いや、どういう形で操ろうがそこに『感情』が存在するならば詠み取れないわけがないのだ。たとえ平穏であろうとそれはそういう形で絶対『現れる』。
 厳密には―――『マインドコントロール』が上手いのはむしろ佐伯だ。彼の警戒心は決して薄らいではいない。だが彼はそれを自分への興味というもので覆い隠している。それは詠み取ってわかったのではなく、ただ長年人間を見てきての経験から来る勘。自分が人の感情を詠める事はまだ言っていない以上、彼のそんな態度は恐らく自然と培われてきたのだろう。感情を―――心を詠んですらそこに全く不自然さは感じさせない。
 さらに跡部。彼は佐伯と丁度対極関係にある。中まで詠ませた上でなお『本心』を悟らせないのではなく、まず中に入れない。『警戒心』を壁に、鉄壁の守りを築いている。
 人の心というものを城とするならば、跡部は徹底した篭城戦。佐伯は中へ招きいれながらも決して肝心な部屋には踏み込ませない。そして千石は―――
 ――――――そもそも『城』が存在しない。
 「―――で?」
 「え・・・・・・?」
 「だから、その“天仕”とやらが何でウチにいやがる?」
 人間観察に夢中になっているところでの質問。一瞬思考回路が停止した。
 「―――あ、そうそう」
 だがそれも一瞬。伊達に
No.2として長年この仕事をしていたわけではない。人を幸せにする天仕が感情的になってはいけない。第3者的視点で見る事。それが、周助が仕事をする上で己に課した鉄則。余計な感情は邪魔にしかならない。
 「キヨの説明そのまんまになるけどさ、僕はここの住人に幸せをあげるために来ました」
 「住人? つまり俺たちに?」
 「そう。君たち―――――――――」
 笑顔で頷き、ふと止まる。
 君『たち』。つまり複数。
 笑顔のまま、姉に渡された書類に目を落とす。この部屋の『住人』が記されているという書類はいつもに比べ妙に厚い。その証拠といわんばかりにホッチキスではなくクリップで留められている。
 ぱらぱらと、めくる。
 最初に上がった名前は跡部景吾。跡部財閥の跡取り息子であり既にいくつかの会社を経営している若き社長もちろん敏腕。でもってこの部屋の主。写真を見るまでも無くつまりは景の事だ。
 2枚目―――は跡部のデータが続くのでさらにめくる。
 3枚目。次に来たのは佐伯虎次郎。ファッション雑誌のモデルとして活躍中。甘いマスクにスタイルのよさは『男性用ファッション雑誌』だというのにまるで彼の写真集扱いで女性たちにバカ売れする。
 4枚目はその続き。
 そして5枚目はもちろん千石清純。作詞作曲を担当し、現在ポップスを歌う者達は彼に担当してもらうことがひとつのステータスとなるほどの実力者。ただし彼はあくまで提供のみをし、自分で歌うことはないらしい。
 ―――なお余談だが、千石は自分で歌うことはないが佐伯や跡部を引っ張り込んで歌わせることはある。彼ら3人のバンドはインディーズではあるもののその人気はそこらのプロ以上である。
 6枚目にも続き・・・・・・
 7枚目は彼ら3人の関係だった。幼馴染で、元近所付き合い。現在の付き合いに関しては、跡部が一人暮らしをしようとこの部屋を買ったとき、仕事始めで金欠にあえいでいた千石が佐伯を引っ張り転がり込んできたらしい。なので名義上この家の主は跡部。千石と佐伯は同居人である。もちろん『主』と『同居人』の間に何か差があるわけもないが。
 さらに8枚目をめくり・・・・・・
 「おい・・・」
 「大丈夫? なんか―――」
 「顔、真っ青なんだけど・・・・・・」
 そこには姉の流暢な字で一言、こう記されていた。





<なおこの順番はあいうえお順によるものである>






 (どうしよう・・・・・・)
 誰を幸せにすればいいのかがわからない。
 基本的にこの仕事は人間1人に対して天仕1人だ。何がその人間の幸せであるかを見極め、それを満たす。そのためにはほとんどの場合付きっ切りとなる事から、同時に何人もは担当できないのだ。極めて稀な例外が、2人以上の人間が同時に全く同じ悩みを持ち全く同じ方法で解決できるという場合だが・・・・・・当たり前の話まずない。しかもこれは悩みが―――不幸の根源が何かがはっきりしていない限り起こらないことだ。
 もう一度資料をめくる。そこにあるのは外からわかるデータのみ。悩み事などの内面的データは一切無い。
 (一緒に暮らしてるんだから一緒に見ろって事かなあ・・・・・・?)
 だがこれはこれで無謀だ。間違いなく彼らは1人1人が最難関。詠み取る感情をそのまま鵜呑みにしてはいけない。それどころか詠んだだけでは不幸か幸せかすらわからない。
 ぱっと見で幸せそうでないのは跡部か(失礼)。しかし佐伯も本心が詠めない以上除外は出来ない。そして全くわからない千石は絶対チェックから外すべきではない。
 (けどそんなこと言えるわけないし・・・・・・)
 間違った人を選べば取り返しがつかない。ありのままを言えば信頼感を一気に失う。
 青ざめたままの顔で、結局周助は―――
 「大丈夫! みんな幸せにするから安心して!!」
 「いやそんな冷や汗ダラダラ流して説得されても・・・・・・」
 「全然説得力ねーぞ・・・?」
 「むしろ君が大丈夫・・・?」






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 こうして、彼らの珍妙な生活が始まった・・・・・・。









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 サブタイは現在レツゴパラレルやってるタイトル曲の一節で。ただし肝心の部分が違いますが。

2003.12.16〜17