人間と天仕。同じようで違う2つの存在は、こんなところでもその違いを発揮する。
Fantagic Factor
−幸せの要因−
1. 栄養摂取に関する諸問題とその解決法についての考案(長ッ!) <後>
2週間後。
けほけほ! ごほっ!!
「・・・・・・。ますます酷くなってきたね」
「病院連れてった方がよくねーか・・・・・・?」
「う〜ん。でも天仕って人間と同じ治療法効くのかな〜・・・・・・?」
「だったら栄養のありそうなモンでも食わせるか」
「それは〜・・・。むしろ受け付けられずに吐いて余計消耗って事になるんじゃないかな・・・・・・?」
「ごめ・・・ホント・・・えほっ! えほっ!!」
「うわわわわ!! 周くんホントにそういう意味とかじゃないからそんな心配しないで!!!」
「とにかく! てめぇはさっさと寝ろ!!」
言葉を発するのも辛いだろうに、無理矢理咳の間に声を絞り出す。涙目で見上げられ慌てる千石と跡部を他所に―――
「―――思ったんだけどさ、もしかして天仕って栄養補給の方法が人間と違う?」
「え・・・・・・?」
今日もお手製のおかゆを膝に乗せていた佐伯が呟いた。
「周ちゃんって俺達と比べて普段もあんまり食事食べてないよね?」
実際そんなわけで最初は同じだった皿も現在周助の分だけ一回り小さくしてある。それですら周助はよく残す。
食べ盛りの(というと少々語弊あり)自分達と比較するからそう映るのかと思っていたが、小さな皿と残された分、出した分からそれらを引けば、周助の食事量は恐らく小学校低学年程度。
見た目の細さ云々の問題ではない。ここにいる3人と周助の間にそこまで体格差はない筈だ。少なくとも食事量の差が倍になるほどは。
だとすると、天仕は元々栄養をあまり必要としていないか―――
―――さもなければ佐伯の言った通りか。
「風邪がなかなか治らないって事はそれが違うからじゃないか? でもって今周ちゃんはそのせいで栄養補給が出来ていない。だから風邪を治そうにも治せない。
違う?」
問い詰めながらも頬を撫でる佐伯の手は優しい。それに促されるまま、周助はこくんと小さく頷いた。
「僕達天仕は天界―――天の創りし世界ね―――にいる間は特に何か摂る必要はないんだ。僕達もまた天界と同じ『天の創りしもの』であって、その世界そのものと同調する事で天の膨大な力をそのままもらってるから」
「つまり天界にいるあいだの周くんたちっていうのはコンセントに繋ぎっ放しの電気製品ってワケだ」
「・・・・・・。酷いなあ。せめてこの地に根を生やした植物とでも言ってよ」
「でも自家発電出来ないんでしょ?」
「・・・・・・・・・・・・。いいよ。電気製品で。
じゃあもう電気製品のまま話続けるけどね、だから今いるこの世界に来ると天界からは一切力がもらえなくなるんだ。コードが届かなくってさあ」
「千石!! てめぇの変な解説のせいで周が拗ねてんじゃねーか!!」
「ギブギブ! 跡部くん!! 俺はただ分かりやすく言い換えただけで―――!!」
「で? 周ちゃん。じゃあこの世界にいる間は?」
「とか爽やかに言いながら右手で頚動脈探るの止めようよサエくん!!」
「だからこの世界では別の力で代用するんだけどね・・・・・・」
「周く〜ん!! お願いだから話進める前に2人止めて〜〜〜〜!!!」
「そのコンセントが―――」
『千石ぅ!!!』
「ぎゃあああああああああ!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・“せい気”」
『―――え?』
ぼそり、と呟かれた言葉に、何だか騒がしくなっていた3人が止まった。
跡部と佐伯は千石を解放し、解放された千石はとりあえず身を起こして。
「『生気』だあ・・・・・・?」
「つまり、幸せにする代わりに魂を奪う、と?」
「う〜ん・・・・・・。それはちょ〜っとご遠慮願いたいかな〜・・・・・・」
ファンタジーものの話ではよくありがちなパターン。意外に思われがちだがその手の話をよく読む佐伯の解釈を聞き、曖昧な笑みで千石が茶化した。
言葉には出さないが、残る2人の気持ちもまた同じ。周助には悪いが本当にそうならこの話は断ってさっさと天界に帰そうか。
そんな意見で統一される一同。だが―――
なぜか呟いたきり黙り込む周助。俯くその顔は熱のせいだけではなく赤い。
「あの・・・・・・じゃなくて、もうひとつの『せい気』の方・・・・・・・・・・・・」
『―――え?』
再び止まる3人。脳がいまいち理解出来ずに暫し周助を見下ろし―――
ようやく思い当たり、口を動かす。
「つまり周ちゃんのいうそれって・・・・・・」
「ウナギとか食べてつけたりする―――」
「“精気”の事か・・・・・・・・・・・・?」
先程同様周助がこくりと頷く。だが今度は視線を逸らし、本当に恥ずかしそうに頷いて・・・・・・。
―――そんな様に、3人の顔もまた、僅かに赤くなった。
厳密には生気は生き生きとした気力の事、精気は生命根源の力。恥ずかしがる事はどこにもないのだが―――周助の反応を見る限り、彼曰くの“精気”とはつまりそういうものなのだろう(と曖昧にぼかす)。
それ自体は3人にとって今更恥ずかしがるものでもないのだが、純情の固まりのような周助に言われると妙に気恥ずかしいものを覚える。
「なら―――」
と最初に立ち直った千石が、
「例えばこんな事をしてみようと―――」
ベッドに身を起こしただけの周助を押し倒した。
それに周助がなんらかのアクションを起こすより早く。
がすごすげす!!
「うぎゃ!?」
張り倒され蹴り倒され、ベッドから転がり落とされ部屋より強制退場を喰らった。
「誤解だあああああ!!! 俺はただわかりやすく例を示しただけで―――!!!」
ばたん。
がちゃ。
張り倒し蹴り倒し、引きずり出して蹴転がして、ついでに喚く千石を無視してドアを閉め鍵までかけた2人がベッド脇まで戻ってきた。
再び広がる微妙な空気。
「なるほど・・・。確かにそれなら『栄養補給』は出来てないね・・・・・・」
頬を掻き苦笑する佐伯。むしろ彼と跡部はそれを阻害していたという事になる。
「ごめんね」
謝り、周助の頭に手を伸ばす。
その手が―――途中で止まった。
自分の手に反応した周助が、びくりと震え僅かに身を引いた。今までにはなかった挙動。
「あ・・・・・・」
驚く佐伯に気付き、周助が顔を上げた。その瞳にはやはり、今までにはなかった怯えが浮かんでいる。
「あ、ご、ごめん! 嫌なワケじゃないんだ! うん、そう・・・!! ただちょっとびっくりしちゃってだから―――!!」
笑顔で無理矢理誤魔化し、止まった佐伯の手を両手で引き寄せ頬に当てる。つい先程まで熱い土鍋を持っていたからだろうが、いつもは冷たい手が熱を帯びていた。
(この手に、彼らに、これから僕は・・・・・・・・・・・・)
頭の中に浮かぶのはいつもの情景。自分が特に男にそういった目で見られやすい事は長年の仕事生活でもう嫌というほどわかっている。最初は紳士的に接してくれた者も、この話を聞いた途端態度を豹変させた。豹変させる理由を、やらせるだけの都合のいい口実を与えてしまっているのだから当然だ。
嫌で嫌で、恐くてたまらないのにそれでも拒否は出来なかった。幸せにするのが自分の役目。人間にとってこの行為は快なるものでありつまりは簡易的に手に入れられる『幸せ』なのだから。それに自分だって力を補給できなければ幸せにするどころか逆に邪魔にしかならない―――今のように。
No.2という実績。それは真に人間の幸せを願ったものではなく――――――早くその関係を終わらせたかったから。だからこそ今回も、さっさと風邪を治して早く・・・・・・。
わかりきった理屈を繰り返し、歯を食いしばって震えを押さえる。怯えちゃいけない。自分は天仕なのだから。人間を幸せにする、天仕なのだから。
ひたすらそう自分に言い聞かせる周助は気付かないのだろうか。震えを押さえるために、握っていた佐伯の手に力を込めて爪を立てていたことを。
血が滲むほどのその力が、心を詠むことなど出来ない2人にすら気持ちを正確に伝えていた事を。
それがわかっていたから、佐伯は手を離そうとしなかった。如何なる気持ちであろうと周助はそれを乗り越えようとしている。ならば自分がそれを引き止めるわけにはいかない。
そして跡部は―――
佐伯と逆側に回りこみベッドにどかりと腰を下ろして、無言のまま周助の体をきつく抱き締めた。
「や、あ・・・・・・!」
「跡部! 何やってるんだよ!!」
声を裏返して悲鳴を上げる周助。佐伯も2人を引き剥がそうとして、
「うっせえ!!」
「―――っ!」
跡部の振るった腕を避けるため、完全に周助から身を引いた。とっさに背けた頬からは、血が一筋垂れている。
自分の動体視力と反射神経でも避けきれなかった。それだけ跡部も本気なのだろう。
それを周助も察したか、ますます怯えが酷くなり目にはうっすら涙が溜まる。
「おい周。答えろ。
―――てめぇ今まで男しか相手してこなかったか?」
「え・・・・・・?」
抱き締めるだけで、その先何もしてこない。どころかいきなり妙な質問をしてくる跡部に、周助も怯えを抑えて顔を上げた。
「何・・・?」
「いいからさっさと答えろ。てめぇが今まで担当してきたってのはそういう男ばっかだったのか? もう勃たねえ年寄りとか、そういうのも知んねえよっぽどのガキとか、そもそも女とかいなかったのかよ」
「うわ跡部・・・。訊くんだったらもうちょっと言葉選べよ・・・・・・」
『精気』という言葉だけで恥じらう周助に対し、恥じらいのかけらもない跡部の訊きっぷりに佐伯が顔をしかめる。しかめ―――ようやく彼の言いたい事を察した。
(もし、これで周ちゃんがNoって言ったら・・・・・・)
その先に描ける未来予想。それをなぞるかのように周助が首だけを振って否定した。
「つまり必ずしもヤってはこなかったってワケだろ? ならてめぇはそいつら相手にしてる間どうやって力補給してた?」
「それ・・・は・・・・・・」
そういえば、気付かなかった。たとえそのような人々に会ったとしても、今回はなくてよかったとしか思わなかった。
―――その間どうやって自分は生きていた?
悩み込む周助の体を、さらにベッドに腰をかけた佐伯が逆側から抱き締める。
「周ちゃん、俺達に会ったばっかりのとき最初に言ったよね? 『天仕は人の感情が詠める』って」
「だったら今の俺達のも詠んでみろ。そうすりゃ全部はっきりする」
「いい・・・の・・・・・・?」
「いいもクソもねーだろ? 普段から詠んでんだから」
「あのなあ跡部。だからもうちょっと言葉は選べよ・・・・・・」
ため息をつく跡部に呆れ返る佐伯。2人の温かさに包まれるまま、周助は瞳を閉じてその心を『詠んだ』。
出会った時から変わらず奥までは詠めない。だがそれでも、
―――2人から、いや、扉の向こうで今だ騒いでいる千石含め3人から伝わる温かさは本物で。
「ふ・・・ん・・・・・・」
喉をのけ反らし、背中から今まで消していた羽根を現す。消耗していた彼そのままにぼろぼろになっていた羽根が、徐々に元の姿を取り戻していった。
(凄い・・・、気持ちいい・・・・・・。力が溢れてくる・・・・・・・・・・・・)
今までこんな事はなかった。どんなに躰を繋げてすら得られなかったそれが、ただ一緒にいるだけで得られるなんて・・・・・・。
満ち溢れる力に任せ、純白の光を放つ羽根を震わせる。体のだるさもなくなり、自分の全てが喜びを湛えている。
「ふあ・・・・・・」
吐息を洩らし、周助が閉じていた瞳を開く。背中から消えていく羽根。
それは―――千石のみが見た、初めて周助がここに来たときの様だった。
魅せられ、2人もまた息を呑んだ。
それを誤魔化すように、言葉を続ける。
「さっきてめぇが言ったとおり絶対ヤってるワケじゃねえって事は、『精気』っつーのは別にヤってなくても得られるってワケだ」
「だったらどうやって得てるのかなって思ったんだけどさ、それで思い当たったのが『心を詠む』って話」
「てめぇは意識してなかったかもしれねーが、ヤってる間に自分に向けられた心食ってたんじゃねえのか? いわゆるピンハネだ」
「わざわざSEXしてる間って限定したのは、相手の気持ちがそれだけ昂ぶって食いやすかったから。それにその気持ちが直接自分へ向けられてたからじゃないかな?」
「それならヤっちゃいなかったってのも納得いくだろ? 自分に向けられた気持ち[モン]ならなんだって構わないって事だ」
「俺達は周ちゃんが早く元気になるようにって、それだけを願ってたからね」
言われれば納得できる事。心に触れればもっと納得できる事。彼らの温かさ、優しさは紛れもなく自分に力を与えてくれる。
「でもさっきは本当にびっくりしたよ。まさか跡部が無理矢理周ちゃん襲うのかと思った」
「ああ? 千石の馬鹿じゃねーんだ。俺がンな事するかよ」
「そういや千石追い出しっぱなしだったっけ。厳重注意しとかなきゃね」
「次やったらもう殺しとけ」
「やっぱそれが一番いっか」
毎度恒例物騒さを全く隠さない会話でも、やはり伝わる気持ちは変わらない。
抱き締められて、それこそ無意識に頭を撫でられ髪を梳かれて。
くすぐったそうに身をよじらせ、最近ではご無沙汰だった笑みが零れる。
すっかり元気になった周助を見て、跡部がぱっと手を離した。
「ま、そんだけ元気になりゃもう心配はいらねーだろ」
「あ・・・・・・」
立ち上がる跡部へ、手を伸ばす周助。自分は充分満足したが、彼はただ抱き締めただけでいいのだろうか?
心配そうなその声を聞き。
にやりと笑った跡部が、軽く腰を落とし周助の顎を持ち上げた。
「う・・・ん・・・・・・」
交わされる、深いキス。いきなりの事に佐伯が呆気に取られている間に口を離し、
「治療代、この程度は請求して当然だろ?」
クッと小さく笑い、跡部は身を翻して出て行った。やはりその前に周助の頭をくしゃくしゃと撫でて。
「跡部・・・。やっぱりお前も先に始末しておこうか・・・・・・?」
ドス黒い笑みで本日最高の物騒台詞を吐く佐伯。
そして周助は―――
――――――口を手で押さえ、風邪とも恥ずかしさとも違う意味で、頬を赤く染めていた。
ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ ζ
くどいようですが彼らの年齢は19歳です。たとえ不二がどんなにロリくさく見えようが、また跡部と佐伯のやっていることが年頃の娘を持った父親的行為であろうが彼らは19歳です(力説)!!
2003.12.17〜22