魔界に誤解で お使いそーかい!







 最近俺の家には1人住み着くようになった。そいつは鍵をかけたはずの家に入り込んだ挙句、やたらと偉そうな態度で「俺様は魔界の高位魔族だ。これからてめぇと暮らしてやるよ」などと言い出した。
 特に許可を出した覚えもなく、同意もしていない。だがそいつには既に決定事項だったらしい。次の日にもその次の日にも帰ることはなく、極普通に居座る。
 結局そいつについて俺がわかっていることは『跡部景吾』という名前だけだ。身分についてはどんなに尋ねても同じ事しか言わないため保留にしておいたが、とりあえず1つ、そいつは本当に何らかの形で他者の上に立っているということだけは判明した。ふんぞり返って人に命令するだけで自分ではなにもしようとしない。仕方がないので俺がそいつの面倒を見るようになった。
 だが――――――この生活は意外と楽しいものだった。自分の面倒など自分で見るのが常識だと思い、俺自身はそれを実践してきたつもりだ。そしてこんな厳格な性格も手伝い、俺に普通に話しかけてくる奴、ましてや俺に命令してくる奴などいなかった。
 しかしそいつは当たり前にそれをしてくる。そういう態度はよくないと注意しても「アーン? 俺様がやることに文句あるってのか?」と理屈にもならない一言で一蹴される。
 こういうのは初めてだ。いつも俺が何かを言うと周りの者はかしこまって従う。ちょっとした提案、助言などでもだ。他の者が同じ事を言ったならば反発するなり馴れ合うなりいろいろある。少なくともこのように一方向的なものではない。それが嫌なわけでも、ましてや自分の思想や態度を変えようとも思わない。だが・・・・・・少しそれがうらやましいと思ったことはなくもなかった。
 ため息をつき、俺が折れる。そいつにひたすらに尽くす。偉そうにしつつも躾はしっかりしているのか、そいつはされたことに対し必ず礼を言ってきた。「ありがとよ」と、ただそれだけの短い言葉だが―――なぜかそれが嬉しい。目を細め、僅かに、自分でも言われなければ気付かないほどに小さく微笑む。そいつは俺ですら気付かないそれに気付き、気まずげに顔を逸らす。少しだけだが、その目元は紅く染まっていた。あまり見ていると「何笑ってやがる!」と手元にあったものを投げつけられるが。
 ハタ迷惑な居候により壊された今までの生活。それでもいつの間にかそれはまた自分の中で『当たり前』の事として捉えられるようになっていた。
 だが・・・・・・



 突如始まったこんな生活、終わるのもまた突然であった。







・     ・     ・     ・     ・








 いつものように自分と跡部のための食事を作り、食卓に並べていく。
 「遅せーんだよ。俺様待たせんじゃねえ」
 「すまなかった。だがどうしても満足のいくソースが作りたかったのだ」
 「ほお・・・・・・?」
 軽く眉を跳ね上げ、跡部がソースのかかった肉を一口食べた。
 食べて、少しだけ止まる。
 「口に合わなかったか?」
 尋ねる。そうではないとわかっていながら。
 さらに暫し経ち、フォークを置いて跡部は鼻で軽く笑った。
 「・・・・・・まあ、腕は上げたんじゃねーの?」
 「そうか。それは何よりだ」
 「『何より』なんなんだよ。てめぇもワケわかんねえヤローだな・・・・・・」
 眉を寄せて見上げてくる。彼の感情は見た目でわかりやすいようでわかりにくく、しかしながらわかりやすい面もある。
 「何見てやがる。さっさと座れ」
 「そうだな」
 頷き、座る。ここまではいつも通りだった。
 ―――フォークを持とうとした跡部が自分の後ろを凝視などしなければ。
 「どうした?」
 尋ねるが、今度は答えない。ここには自分たち以外の存在は無い。彼が見た方向には何も変わらぬ部屋が広がっているだけだ。
 口を開こうとしたところで―――
 跡部の見ていた空間が歪んだ。
 これをそう示していいのかはわからない。だが空気の密度の差による光の屈折が見せる自然現象だとは思い難い。こんなところで局所的に起こるには理由がなく、渦を巻いている割に周りに風が吹いていない。
 「何・・・・・・?」
 「どいてろ、手塚」
 がたんと音を立て席を立つ跡部。その顔にいつもの余裕はない。
 言われるまま、数歩下がり跡部に場を譲る。ある種の予感めいた推測。鍵のかかっていたこの部屋に跡部が入り込めたその理由は―――
 思ったとおり、その『歪み』から人―――あるいは彼曰くの『魔族』か―――が出てきた。
 初めて自分の下へと跡部が訪れた際着ていたものと同じ型のコートを着た銀髪の男。そいつを見て・・・
 「佐伯か・・・・・・」
 「やあ跡部。久しぶり」
 呻く跡部に銀髪の男―――佐伯は笑顔で片手を上げてみせた。
 「跡部―――」
 誰なのか尋ねようとするが、それに反応したのは跡部ではなく佐伯だった。
 「君が手塚か。初めまして。跡部がどこまで説明したのかわからないけど、俺は佐伯虎次郎。まあコイツの友人ということでよろしく」
 「いつ俺がてめぇとンな関係になった・・・・・・?」
 「酷いな。俺は常にそう思ってたけど?」
 跡部の嫌味も笑顔でかわす。その様だけを見ていれば『爽やかな青年』なのだろう。
 ―――傍目にもわかりやすい程に跡部が警戒心を露にしなければ。
 さすがに彼も気付いたようだ。
 「おいおい。そんなに警戒しなくたっていいだろ? 別にお前殺しに来たってワケじゃないんだから」
 「何・・・!?」
 不穏極まりない発言にさすがに声が出る。が、むしろそれを聞いて跡部は余裕を取り戻した。
 「はっ! 出来るんならやってみろよ。てめぇが消滅して終わりだぜ?」
 「まあね。お前と真っ向勝負して勝てるとはとても思えないよ。手加減してても負かされてばっかだしね。
  でも―――」
 声のトーンは一定を保ったまま、佐伯がゆっくりと跡部へと歩み寄る。
 無意識に身を引きかけ―――やめる。こんな奴に圧されるなどまっぴらだ。
 ふとんど触れ合いそうなほどの距離。自分の方が背は高いのに、靴の有無のおかげで今は逆転している。
 やはり圧されていたのかもしれない。あるいは先手必勝を地で行く派だからか。先に手を出したのは跡部だった。
 身長差を利用し予備動作なしに下から振り上げた右手が―――
 「―――っ!!」
 ―――あっさり掴み取られた。
 「―――接近戦なら互角だよ」
 続けられる言葉。証明するように右手を外そうと捻れば逆に捻られ、同時にみぞおちを狙った左手もまた拘束される。
 「ほら」
 「ふん。この程度で俺様に勝ったつもり―――」
 「ああ、先に言っておくけど力は使わない方がいいよ。避けるからね俺は後ろの人間に当たるよ」
 言葉を遮り言う佐伯。力を使うためにはその発動手順の都合上僅かだがタイムラグが生まれる。ギリギリまで0にしているし、他の奴相手なら全く問題はない。が、
 この男の身体能力ならば避けるだろう。
 佐伯が近寄ってきた理由がようやくわかった。接近戦に持ち込むための他に、
 手塚を逆盾に使うためだった。
 「くそっ・・・!」
 卑劣な手段ながら極めて有効な手だ。元々力の大きい自分はどんなにピンポイントで狙ったとしても余波が手塚の元へと及ぶ。佐伯が避けるならば尚更。
 歯を軋ませ、跡部の動きが完全に止まった。拘束された両手が顔の高さまで上げられる。
 「悪いな。でも―――『魔王様』のご命令なんだ。従わないわけにはいかないだろ? 俺も―――お前も」
 「あのヤロー・・・・・・!!!」
 耳元で囁かれた言葉に呻く。それしか出来ない。『魔王様』の命令は絶対だ。
 と、
 拘束が解けた。
 「少しなら時間やるよ。別れの挨拶、ちゃんとしろよ?」
 「・・・・・・るっせー」
 後ろ向きに2歩3歩と下がり、まるで導くように軽く頭を下げ手で指し示す。佐伯という障害がいなくなって、再び目の前に現れた手塚へと。
 「跡部・・・・・・」
 「手塚・・・・・・」
 なんと言えばいいのだろうか。いきなり訪れた別れに、最早何も思いつかない。
 散々悩んで。
 「――――――今まで、世話になったな。ありがとよ」
 結局、跡部はそれだけしか言えなかった。
 目を逸らし、既にそこにいた佐伯に促されるまま『歪み』へと入ろうとする跡部。その背中へと、手塚は手を伸ばした。
 「待―――!!」
 向こうの事情などわからない。跡部と戦闘の腕が互角で、しかも自分には理解不能な『力』を使うという佐伯。そしてそんな彼らすら―――いや、跡部ですら絶対支配下に置くという『魔王』。それらに対して自分は酷く非力な存在だろう。
 だが、それでも、
 跡部を行かせたくはなかった。
 理由は―――跡部の目が哀しそうだったから。それだけで充分だ。
 衝動まかせに伸ばした手が―――
 跡部に振り払われた。
 「跡、部・・・・・・」
 驚く手塚へと、肩越しに振り返る。
 振り返って、跡部は綺麗に微笑んでみせた。
 「楽しかったぜ。お前との暮らし」
 それを最後に、消える歪み。
 もう2度と戻っては来ない『日常生活』に。



 ――――――手塚は肩を震わせ膝を折った。

















































・     ・     ・     ・     ・








 「――――――で!?」
 「って、そんな怖い顔すんなよな」
 「するに決まってんだろうが! 大体なんで俺様があんな人間のトコなんかいって不便極まりない生活送ってたと思ってんだ! そもそもアイツがあんな変な遊び考案したせいだろーが!!」
 「う〜ん。まあ周ちゃんは人間のやってるテレビで見たって言ってたけど・・・」
 「それに! なんで千石が投げたダーツがンな変なヤツに突き刺さんだよ!! アノヤローぜってえ狙ってやりやがった!! 後で絞める!!」
 「それに関しては何とも言い様がないなあ。お前の奇行は見ててみんなで笑ってたし」
 「ああ!? てめぇも同罪か!? さっきの分含めて今度は徹底的にやるからな!!」
 「ストップストップ。それは本気でかんべんしてくれ。今のお前だと本当に殺されそうだし。
  でもさっきよく堪えたなー。遠慮なく攻撃してくるようならさっさと逃げようって思ってたよ」
 「最初にルールで決まってたじゃねーか。『対象者に一切危害は加えない事』って」
 「それで忠実に守ってたってワケか。意外と几帳面だな」
 「破ったらケチつけてまたやらせんだろーが」
 「そりゃごもっとも」
 「で?」
 「何が?」
 「周のヤローは自分で行かせたクセに何勝手な事ホザいてやがる?」
 「ああ。行かせたはいいけどやっぱ寂しいみたいで。実のところ今回のは俺の独断なんだけどさ、『景いつ帰って来るんだろーね?』って質問を1分に1回されるようになってきたからそろそろ限界かな? って思って。ちなみに千石は千石でうるさかったけど」
 「・・・・・・・・・・・・。ほお」
 佐伯の言葉に、城へ、『魔王様』とその友人―――不二と千石の待つ館へと向かっていた跡部の足が僅かに遅くなった。
 不機嫌な顔を少しだけほころばせ、歩くスピードを更に上げる。
 そんな―――







 ――――――――――――某番組で『ダーツの旅』にハマった不二と千石の手により実際にやらされた跡部であった。















おまけ。

 「景〜!! 寂しかったよ〜!!!」
 「跡部くん!! なかなか戻って来ないから人間界にそのまんま居着いちゃうのかと思ったよ〜!!」
 「てめぇらのお題が難しすぎるおかげでこなせなかったんだよ!! あの感情欠如ヤローに何やったら『幸せ』になんだよ答えてみろよおらあ!!」
 「うわ。跡部逆ギレかよ・・・・・・」
 「う〜ん。まあ俺もダーツで当てといてなんだけどさ、うっわ〜跡部くん大変そ〜って心底同情したよ」
 「だったらやらせんな!!」
 「でもその割には景、止めんの嫌がってたよねえ?」
 「ああ!? 俺様がなんであんなヤローに敗北宣言出さなきゃなんねーんだよ!!」
 「それだけ? その割になんっか寂しそうじゃなかった? 別れる時」
 「しかも『楽しかった』なんてさ、何? 景やっぱ人間界にいたかった? ならもう一回送ってあげようか?」
 「てめぇらと離れられて安息の時が過ごせたっつー意味だ!! もーンな遊びはゴメンだ!!」
 そんなワケで、













 ―――――――――――――――――――――――――全く以って手塚と跡部の意思はかみ合わないまま、『ダーツの旅』は今回一度きりで終わりを告げたのだった。






―――おわりらしい

 ふ〜。最近ハマっている(らしい)塚跡です。ですが話として上げられたのはこれが初めてですので皆様にはお初です。そんなわけで? 最近塚跡ブームです。なんというか、純情恋物語と茶々入れ隊(不二・千石・佐伯・忍足・ジロー)の話が好きです。そんなのがこれから上げられる・・・といいなあ。一応書きかけは現在2本あるのですが。
 では、久しぶりの更新でこの話だとまるで路線変更したかのようですが、そうではなくただレポート
10本程度に追われなかなか更新できない管理人でした。そんなここですがこれからも生暖かい目で見ていただけると幸いです(なのか・・・?)。
 それではv

2004.1.2129