0.悩み多き少年たち
               〜
Time will heal the...





  間違いしかない使用人生活


それは、風呂場にて起こる騒動。



1.脱衣所で


 「景吾、服脱ぐの手伝おっか?」
 「ああ? ンなの別に1人で出来る―――っててめぇは何してやがる」
 自分の服は手早く脱ぎ、跡部の服に手を伸ばす佐伯。その手を見やり、跡部が半眼で問いた。Yシャツのボタンを外し、その中へと滑り込ませる彼の手を。
 「ん? 景吾の服脱がしてるだけだけど?」
 悪びれもせず佐伯が笑って答えてくる。本当にそうならばYシャツ襟元を持って肩から落とせばいいだろうに。
 「だったら余計なトコ触ってんじゃねえ!」
 怒鳴り―――それが墓穴だった事を悟った。
 佐伯の笑みがますます楽しそうに深まる。
 「余計なトコ? こことか?」
 「ん・・・!」
 言い、胸の飾りを親指の腹で押してくる。ただそれだけだが、コイツによって与えられる快感を知っている躰にとってそれはスイッチだった。期待に震え、実際の感覚以上の刺激が脳へと疾る。
 跡部は上がりかけた声をかろうじて歯を食いしばってこらえたが、それでも一瞬だけ上がってしまった喘ぎ声がわからないほど2人の関係は浅くはなかった。
 佐伯がさらに悪乗りする。
 「もしくはこことか?」
 「あ・・・・・・」
 するりとベルトを外し、空いた隙間―――余談だが跡部の腰は相当に細い(人の事は言えないが)。オーダーメイドで作らない限り、彼の脚の長さに合う丈のパンツを用意すると自然とウエストががばがばになる。そして・・・・・・跡部はこれであまり服にこだわりを持たない。わざわざオーダーメイドにするのが面倒だともいえるが―――に手を差し入れそこにあるものを軽く包み込んだ。
 これから熱くなろうとしているそこ。佐伯の冷たい手はとても気持ちよく、ついつい目など細めてみたり。
 そんな跡部の無防備な姿はか〜な〜り、目に毒だ。避けるように佐伯は片手で跡部を軽く抱き寄せ、肩に頭を乗せさせた。
 背中に手を回し、背筋を下へとなぞりつつ耳元へと囁く。
 「じゃああるいは―――」
 下へ下へ、さらに下へ・・・・・・
 がしっ!
 ―――下げようとした手が、こちらも後ろへ回していた跡部の手に取られた。
 「さっさと脱がせろ
 ドスの入った声で注意される。無防備な姿はどこへやら、こちらを向く跡部の目は完全に据わっていた。
 躰を解放し、了解の合図に手を肩まで上げる。ついでにパンツに入れっぱなしだった方も抜き出し、さらについでにその途中で軽く爪を立て下着越しに引っかき。
 僅か2
cm差の身長ながら上目遣いとなるため普段以上に開かれていた目。目元の筋肉に入った力により少し細められる。
 その程度の反応で済ませたのはまさに意地のなせる技だろう。実際意地ではどうしようもない欲望は爪を立てた時点で早くも形を変え始めていた。
 あえてその辺りは無視したまま、佐伯は跡部の言葉にのみ返事をした。
 「随分大胆な誘いだな。恥じらい0ってとこか」
 がん!!
 「てめぇだけにゃ言われたくねえ!!!」
 大体何をどう解釈したらそんな台詞が飛び出してくるのか。
 殴り倒した佐伯に背を向け、跡部は最初に自ら宣言したとおり1人で脱衣作業を続けた。
 ボタンの全て外れていた
Yシャツを肩から落とし、籠へと適当に入れる。パンツを脱ごうとして―――
 「・・・・・・・・・・・・」
 ファスナーを手に、止まる。いくらウエストががばがばだろうが下にそこまで余裕はない。立ち上がりかけているそれに、さすがに下着越しのため噛むことはないがファスナーを下ろせばその刺激もまた伝わる。先ほどの佐伯同様中に手を入れ押さえる。ファスナーを引き気味にしなるべく離す。手はいろいろ思いつくが、まだ服すら脱いでいない状況でそこまで追い詰められている自分にさすがに哀しさを覚えるのもまた事実。
 俯き、固まる跡部。その後ろから、
 「うあっ!?」
 「だから言っただろ? 『服脱ぐの手伝う』って」
 佐伯が両手を回してきた。片手は中に入れ当たらないよう押さえ、もう片手をファスナーに添え。
 「佐伯っ!」
 羞恥心で顔を赤らめつつ振り向こうとする跡部をキスで黙らせる。適当に溺れ、下の事をすっかり忘れた辺りでゆっくりとファスナーを下ろし、下着ごと手の届く範囲で下げていく。
 唇の間に伸びる糸を断ち切るように跡部の躰を軽く押し反動で自分が後ろに下がり、佐伯はさらに自分の体を反転させた。
 肩まで適当に手を上げ、
 「さっさと脱いで入って来いよ。風邪ひくぞ」
 振り向きもせず、風呂へと入っていった。惚ける跡部は放って。
 「・・・・・・くそっ!」
 乱暴に舌打ちする彼の顔が赤いのはまだ残っている羞恥心なのかそれとも・・・・・・。
 跡部は足首までずり落ちた服から脚を引き抜き、それもまた籠へと適当に押し込んだ。





2.風呂場で


 跡部が風呂に入ったとき、既に佐伯は頭を洗い終え、主を待っていた。とりわけ変わったことではない。執事として、入ってきた主人を待たせるようなバカな行為はさすがにしないだけだ。
 シャンプーを手で十分泡立て、向かい合わせに立つ跡部の頭に乗せていく。がしゃがしゃと、実際に洗いつつ項の逆撫でなどやってみたり。唇が僅かに引き締められる。
 じれったくて、でも我慢して。こういう反応は見ていて飽きない。大げさかつ単純にヨガられたりするより面白い。
 だがあまりやりすぎると拗ねられる。この辺りの駆け引きは得意分野だ。筋肉の動きを読み取り次の行動を予測するように、感情の変化を読み取り次やるべき事を判断する。さしてコイツと長くいるわけでもないが―――数えてみるにまだ人生
19年中の7年。1/3強といった程度だが―――、それでもわかるのは単にコイツが単純だからかそれとも・・・・・・・・・・・・。
 結論はシャンプーと共にシャワーで流し、リンスも同様に行う。
 ネット状の丸いスポンジにボディーソープを付け、今度は体を洗い―――
 「お客さん、痛くないですか〜?」
 そんな事を言ってみる。跡部はもちろんまともに取り扱ってはくれなかった。
 「・・・・・・何のノリだ次は」
 腕を持ち上げ撫でるように全面綺麗にする佐伯を、跡部は半眼で見下ろした。
 膝をつき先の方まで洗い、佐伯が首を上げてくる。その顔に浮かぶはいつもどおりの爽やかな・・・・・・かつ人を完全に馬鹿にした笑み。
 「番頭さん風? もしくは美容院のノリで」
 訂正。人を馬鹿にする以前にコイツ自身が馬鹿だった。
 「・・・・・・。狙い丸見えのノリだな」
 それを直接告げず回りくどく言うのはせめてもの慈悲。絶対慈悲であって決してまた揚げ足を取られ自分が馬鹿にされるのが嫌だからでは断じてない。
 そんな思惑をもちろん理解した筈もなく、佐伯は付いていた膝を上げつつ馬鹿な発言を続けてきた。
 「いや。番頭さんはともかくとして美容院は意外と穴場だと思わないか?」
 「・・・・・・・・・・・・。つまり?」
 「だからさ―――」
 言いながら後ろへ回る。背中を洗うため―――と跡部に思わせるため。
 「――――――『お客さ〜ん。ここ気持ちいいですか〜?』」
 後ろから跡部を抱き締め、佐伯は跡部の脚の間にスポンジを滑らせた。
 「ゔ・・・! てめ・・・・・・!!」
 いきなり触れられ、しかもいつもの手や爪ではない妙な柔らかさとざらつきで。
 衝撃に顔をしかめつつも後ろに立つ男を肩越しに睨む。だが睨まれた佐伯は実に涼しげにそれをかわし、何度もごしごしと擦ってきた。
 前かがみになろうにも佐伯の逆の手が邪魔している。脚を閉じればそれこそスポンジを挟み込む形になって。
 結局跡部は直接止めさせることにした。
 肘より上は拘束されているが、下ならばわりと自由である。自由な手で佐伯の手首を掴む。と、
 「『あ、気持ち良さそうですね〜。ではマッサージもしますよ〜』」
 何をどう解釈したか、そんな事を言ってきた。
 そして・・・・・・
 ―――言うだけならまだしも、本当に『マッサージ』をしてきた。今度はスポンジは直接動かさず、それ越しに掴んで揉み解してくる。これまたいつもとは違う擦れ具合に、上がりかけた声を歯を食いしばって堪える。
 吐き出さずにすんだ息で、
 「そーいう・・・・・・あからさまなセクハラ止めろ・・・・・・!!」
 呻く。が、
 事態はさらに悪化の一途を辿っていった。
 「『もっとやって欲しい? ではご要望にお応えしまして前だけではなく後ろもお洗い致します』」
 前を包み込んだスポンジはそのままに、佐伯は石けんまみれの手を後ろに回した。しかしその手は跡部に触れる事はなく。
 既に固くなっている自分の欲望に手を滑らせ石けんまみれにし、同じく待ちわびて脈動している跡部の蕾へと先端を当てる。
 「うあっ・・・!!」
 待ち焦がれた―――しかし来るならせめて準備をしてからにして欲しかった―――衝撃に、跡部の口から色気もへったくれもない驚きの声が上がった。
 肩を震わせ必死に笑いを堪える佐伯を今まで以上に厳しい眼差しで睨みつけ(ついでに若干いろんな意味で頬を赤らめ)、
 「ンな台詞・・・言わねえよ美容院じゃ・・・・・・!!」
 「なんだ。本格的にやりたかったんだイメクラ」
 「てめぇといっしょにすんじゃねえ! 俺は・・・あ!!」
 もの凄い語弊に、やられていることも忘れ怒鳴りつけ―――怒声が嬌声に変わる。
 手では一切触れず、器用な事に先端だけで小さく円を描き入り口を揉み解していく佐伯。下でそんな事をしているのとは裏腹に、顔はいつも通り涼しげに笑うだけで。
 「『は〜いお客さん暴れないでくださいね〜』
  主人のご要望とあれば続けないとな。『暴れると余計痛くなりますよ〜』」
 腰を軽く押さえていた手を腹、そして胸へと上に滑らせ、有言実行(しかしその割に微妙に関係ない)とばかりに胸の突起を立てた爪で摘む。
 跡部の体が反射的にびくりと跳ね上がった。走る痛みに上がりかけた声を、息を吸い込み堪える。鋭い吸気音が風呂場に響き、
 「本格的に・・・何屋だよそりゃ・・・・・・」
 改めて吸った息をゆっくり吐き、言葉を続ける。続けていなければ、このまま流されそうで。
 「今度は病院ってトコか?」
 そう言い、実際赤く充血した胸元を『いたいのいたいの飛んでけ〜』とばかりに擦ってくる。数秒単位でコロコロ変わる佐伯の行動。口調とも全く一致していない。もしかしたら気持ちとも全く一致していないのかもしれない。
 流されるな。乗せられるな。踊らされるな。
 頭の中で鳴り響く警鐘。いつもなら―――他のヤツ相手ならそうするのはむしろ自分なのに。
 それでもコイツ相手にはひたすらに流されて、乗せられて、踊らされて。屈辱でたまらないのに、止めないのは・・・・・・・・・・・・。
 結論は続ける言葉で誤魔化す。結局のところこうやってどうでもいい言葉を続け肝心なところを考えないようにしているところで、どうあがいても自分は流されているのだろう、この男に。
 「うあ。下ネタ丸出しじゃねえか・・・・・・」
 「もの凄い病院に対して失礼な言い方だな」
 「そりゃてめぇだてめぇ」
 「『そういう聞き分けのない子には
ぶすっと注射を一発―――』」
 「そういうのを下ネタだっつってんだ!!」
 跡部の怒鳴り声がきっかけとなったかのように、本当に佐伯が躰を進めてくる。準備一切なしに押し込まれたそこは、たとえ石けんが多少潤滑剤代わりとなっていようと相当の痛みと圧迫感が押し寄せていた。
 「―――っ!!」
 「ぅぐ・・・・・・!」
 とっさに前にあった壁に肘から先と頭をつけ衝撃を堪える。やった側もやはり辛いのか、後ろから普段はどうやっても聞きようのない吐息混じりの呻き声が聞こえてくる。
 その声に、爪が割れそうなほどに篭めていた力が抜ける。
 「ふ・・・あ・・・・・・」
 自然と洩れる声。いつの間にか佐伯の手にはスポンジは握られておらず、直接手の暖かさを感じ、
 跡部が我に返る。
 「てめぇ佐伯、マジでやりやがって・・・・・・!!」
 「あー景吾、そこで力むなって・・・・・・。
  だから言っただろ? 『そういう聞き分けのない子には〜』って」
 「うっせえ! てめぇの方がよっぽど聞き分けねえじゃねえか!!」
 そう言う跡部に対し、
 「ああわかった」
 佐伯は頷くと、跡部の躰から離れていった。なぜだか拍子抜けするほどに呆気ない。
 と、
 跡部を引き寄せ、左手でシャワーを操作していく。壁一面に暖かい湯をかけ、
 今度は反転させ、壁に押し付ける。
 正面に立ち、閉じ込めるように顔の両脇に肘を立て、
 「やっぱこっちの方が聞き取りやすいしな。
  じゃ、好きなだけなんでも言ってくれ」
 「そういう『聞き分け』じゃねえ!!」
 そんな跡部の抗議は、
 もちろん聞くだけ聞いて無視され、さらにそれ以上の抗議禁止とばかりに佐伯の口内へと封じられた。





3.再び脱衣所で


 「はあ・・・。はあ・・・・・・。やっと終わった・・・・・・」
 その間何があったか、脱衣所に這い出るなり跡部がぼやく。
 そこで力尽き、ばたりと横向きに倒れる跡部。後から出てきた佐伯が、バスタオルで適当に自分の体を拭き跡部へと近寄る。
 隣にしゃがみこみ、
 「ほら拭くから寝るなよ?」
 言って、跡部の体を起こす。バスタオルのひとつを冷めないよう肩に掛け、もうひとつを徐々に下へと当てていく。
 腕の中で力を抜き、佐伯に体を預けつつ跡部がかろうじて残っているらしい意識で答える。
 「寝てねえ―――ん・・・」
 答え―――下まで達したところで残った息を鼻から抜いた。
 閉じていた瞳を開け、佐伯を半眼で睨め上げ、
 「だから・・・・・・どこ拭いてやがるてめぇは」
 「濡れてるトコ」
 素敵なオヤジギャグ的下ネタトークに、当然跡部が納得するわけもなく。
 そして当然佐伯もそんな事はわかっていたため。
 手を止める事もなく弄り―――もとい拭き続ける。
 「うっせえ! ん・・・は・・・・・・」
 「あーどんどん濡れてくるな。これじゃ服着せらんないじゃん」
 「てめぇが弄って―――んあ・・・!」
 たとえ力は尽きたとしても、散々行われた行為により感覚は剥き出しとなっている。少しやるだけで過剰に返ってくる反応。いや、どちらかというと普段が抑え過ぎなのか。
 腕の中で素直に悦びに打ち震える跡部を見下ろし、佐伯はゆっくりと息を吐いた。
 かつて跡部を初めて押し倒した時のように、自分の中で理性がボロボロと崩れていく。
 今すぐ、欲望の、本能の赴くまま全てをさらけ出し、全てをぶつけられたらどんなにいいのだろう。
 誰にも望まれない望みは仮面の中に隠し。
 佐伯は一片の曇りもない笑顔で、跡部の腰を抱え上げた。
 「仕方ないなあ。じゃあもう一回風呂に―――」
 「入んねえでいい!!」







 そうやって、自分から、現実から逃げる佐伯はまだ知らない。
 抱え上げられた跡部が、細めた目で佐伯を見やった後ため息をついたことなど。
 同時に、自分から動けない跡部もまた知らない。
 抱え上げた佐伯が、笑顔から一変目を伏せ歯を食いしばったことなど。
 2人がそれらを知るのは、まだまだ後の事・・・・・・・・・・・・。



―――Countinued












ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ     ψ


 ということで微妙に暗めな回想シーンでした。う〜む。最初は本当にただの下ネタギャグ(最低)にしようと思っていたのに・・・・・・。そして不二先輩に続きサエまで、なんでウチのところの攻めはこんなにさっむいオヤジギャグ好きなんだ・・・?
 まあそれはいいとして、その後―――まあ本編全般ですが―――を引きずり結構暗いです。どうでもいいですが全部の中でこれが一番最初に来るんですよね。まだ不二先輩メイドに来てませんし。そして不二先輩が来るずっと前からこの2人の関係は変わる事無く。あ、なおこの時点でまだ跡部の結婚話は欠片も持ち上がっていません。だからこそ前に進もうとはしなかった、と言えますが。

 ちなみに、今回のタイトルは跡部の『
BOY'S CLOUD』より。歌詞中の、<Time will heal the wounds>を辞書をひかねば意味がわからない、こんな成人女性の自分もどうかと思いましたが。さてさて、2人は時に何を癒してもらいたいのか。

2004.4.525