§2 陰謀の裏に隠された陰謀





  何が変わったのか転 Eins―――観月
    〜ああもー相変わらずいらいらしますねえあの夫婦!〜

 由美子以下ご一行が不二家に来てから、さらに何日か経った。
 穏やかな表面。一枚剥けば火花迸る水面下。
 見える者を決して虜にしないそれは、それでも決して散る事なく己が主役だと言わんばかりに美しく咲き誇っていた。





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 「んふふふふふふ・・・。明日もまたやりますよおおおお・・・・・・」
 ・・・と意気込む観月であったが。



 「――――――なんでもう目覚めているんですかあの2人は!?」
 「早起きとかのレベル超してるよな・・・」
 2人が目覚めた時、2人はもうすっかり仕度を整えられ、
 「あら、お早うございます」
 「ぐ・・・」
 食堂にて、‘由美子’に一分の隙もない笑みを向けられていた。





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 さてそんな跡部夫妻―――跡部と佐伯の朝は・・・。
 「ぐ・・・・・・」
 こちらも非常に悪い目覚めを迎えていた。跡部のみ。
 「・・・おい佐伯。てめぇ何飲んでやがんだ?」
 鼻を押さえ、くぐもった声で尋ねる。もちろん観月の見張りがない事は確認済みだ。気配と―――
 「ああ景吾。おはよう」
 立体映像も纏わずベッド脇に立つ佐伯により。
 腰に手を当て、佐伯は爽やかに振り向いてきた。異臭を放つ怪物体を片手に。
 「・・・・・・何だそりゃ?」
 そっと指を差し、先ほどとは少し違う台詞で尋ねる。毒物なら一通り学んだつもりだったが、それは自分の知らないものだった。
 「ああコレ?」
 笑って、
 佐伯が言った。
 「カゼ薬」
 「カゼの菌と飲用者どっち殺してえんだよ!?」
 ・・・・・・毒物ではなかったらしい。もちろんこんな薬も知らないが。
 しかしながら佐伯は、こちらが何を言いたいのか全くわかっていないらしくただきょとんと首を傾げるだけだった。
 ついでに怪物体も傾け、さらに続ける。
 「何を言ってるんだ? 言うじゃないか。
  『良薬非常にマズし』」
 「ぜってーロクな医者当たった事ねえだろお前・・・・・・」
 本気で哀れな視線を送る跡部。
 ふと気付き、問い掛けた。
 「・・・つまりそれ飲むの今回が初、ってえワケじゃあねえのか?」
 「寝る前に続いて2回目だな。昨日淳にもらったんだ」
 「淳?」
 「ルドルフの木更津だよ。いただろ? ハチマキ巻いたヤツ。
  元六角国民でな。こういうの作んのとか得意なんだ。俺も随分世話になった」
 「ほお」
 「焼きもち?」
 「だが昨日も飲んだってか?
  ・・・・・・飲んでたか?」
 「さらっと無視かよ寂しいヤツだなあお前。
  飲んでたぞ? まあ昨日のお前じゃ気付かなくても仕方ないけど」
 「ぐ・・・・・・」
 掘った墓穴を呻いて埋める。
 昨日はいろいろあったため少し盛り上がり過ぎた。途中から意識がなくなり、気がついたのが今さっきだったのだ。まあ、後始末もされパジャマもきっちり着せられているところからすると、佐伯はちゃんと(最後まで正気を保ち)使用人としての責務を果たしたらしい。・・・・・・ついでにそこで飲んだのだろう。
 「いろいろわかった。んじゃさっさと飲めよ」
 さっさと飲み、その怪物体をこの世から抹消してくれ。
 暗にも明にもそう含める跡部に、
 なぜか佐伯は首を振るだけだった。
 「いやまだだ。まだ準備が終わってない」
 「準備?」
 見る。怪物体の入ったコップ。飲む佐伯。他に何が必要なのだろう?
 言いたい事を察したらしい。佐伯はああと頷いて。
 「ほらいろいろあんじゃん。
  覚悟を決めるとか決意を固めるとか悟りを開くとか」
 「何でたかがカゼ薬にンなモン必要なんだよ!?」
 「ならばお前は必要じゃないと言うのか!? コレを飲むのに!!」
 「だから明らかにおかしいだろーがそのカゼ薬!! 何で飲むプロセスが自害用の毒と一緒なんだよ!?」
 「それだけカゼというのは恐ろしいという証じゃないか!!」
 「その理屈で納得するてめぇが一番恐ろしいわ!!」
 「そんな事はない!! 六角国民はみんな納得したぞ!? 淳の作る薬は効果と不快感が比例するって!!」
 「そいつはてめぇと出会って性格改変されたのか!? それとも元々そうなのか!?」
 「元々だろ? 俺程度がアイツの意思を変えられるワケがない。俺が知り合った時は既にどうしようもないところに到達してたぞ?」
 「・・・・・・。
  何なんだ六角って?」
 「ただの国だろ? 内輪だけで歩む内に独自の進化を遂げただけの」
 「多分独自の方向に歩み過ぎたから他のヤツが馴染めねえんだろーな・・・」
 ため息をつく。
 佐伯も納得したらしい(何をだか知らないが)。満足げに頷くと、やおらコップを傾け中身を口に流し込んだ!! 覚悟とか決意とか悟りとかが準備出来たらしい!!
 「ぐふうっ!!!???」
 「ぜってーその効果音はカゼ薬用じゃねえ!!!」
 コップが細工物を得意とする青学では珍しいただの木だったのは、こういう理由だったようだ。白目を剥く佐伯の手からコップが落ちた。床で跳ね、ビリジアン色の飛沫を絨毯に撒き散らした。
 次いで佐伯も落ちる。硬直したまま絨毯でバウンドし、そのまま動かなくなった。
 そんな様を見下ろし、跡部は心底不思議そうに首を傾げた。
 「・・・・・・マジで準備必要だったんだな。つーか気合の前に口直し用意しようとか考えつかなかったのか?」
 などと言う跡部の足が、
 がしり、と掴まれた。
 「そう思うか景吾?」
 「うあ怖ええ・・・」
 地の底から佐伯が這い上がってくる。
 壮絶な笑みを向けると、
 「うおっ・・・!!」
 掴んだ跡部の足を無理矢理跳ね上げさせた。普段なら跡部も充分対処出来ただろうが、何せ今の佐伯はとことん怖い。ビビった跡部の対処が多少遅れたところで、彼をどん臭いと責められる者はいないであろう。
 それでも戦闘にはそれなりに慣れた跡部。たとえ脳は恐怖に萎縮しようが、体は勝手に動き出していた。
 残った足で踏ん張る。が、そちらの足も逆の手で払われ・・・
 「っ・・・!」
 衝撃に閉じかけた瞳を無理矢理こじ開け事態の把握に努めてみれば、なぜか跡部は佐伯に組敷かれていた。
 「何の・・・つもりだ?」
 引き攣った笑みで問う。引き攣った理由は・・・・・・多分この後の展開の予想がついたからか。ついでに佐伯はこういう期待は決して裏切らない。
 もちろんそんな跡部の予想通り、
 組敷いた佐伯は、甘さ0の笑みのまま言った。
 「じゃあさっそく口直しを」
 「断るに決まってんだろ!?」



 これが、早朝の出来事。
 そして、





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 「あら、お早うございます」
 「ぐ・・・」
 食堂にて、観月に一分の隙もない笑みを向ける‘由美子’。その後ろでは、
 「うげえ・・・。早く飯くれ・・・・・・」
 跡部が、こちらこそ病人のような様でふらふらと食堂に現れていた。



観月の苦労はまだまだ続く!!

2006.11.29