D.主役がラストまで出てこない。
「いや〜快調快調。ま、途中何やら紆余曲折はあったけど、終わり良ければ何でもいいんだよな? 万歳ハッピーエンド♪」
「ホント、今回の仕事は良かったね〜♪ 何の苦労もせず俺ら超大金持ちじゃん!」
「そうですね」
背中に大荷物を抱えまたしても鼻歌を歌う佐伯。さらに千石。
盗賊のお宝こそ手に入らなかったが、山を8割吹っ飛ばした時点で鉱脈に到達。泣いて笑う少女に盗掘許可を得、晴れてハッピーエンドとなった。
うきうきほくほく宿に戻る。スキップで扉を開け入り口に袋がさらに袋で首が詰まっていると、中の食堂には客が1人いた。ゆったりした長袖ズボンというラフな恰好で、陰気臭げに俯いた青年。さほど暑くもないシーズンなのに、袖を捲り顔を手で仰いでいる。
「あちょっとダメですよお客さん、出てきちゃ」
袋とそれを懸命に入れようとする2人の間をすり抜け、少女が慌ててそちらに近付いた。数日前から泊まっている客だ。何でもここに来る前川に落ちて、風邪をこじらせたとか。
(見た目カッコいいのに、何か面白い人よねえ。川に落ちた・・・って、それこそ山菜採りでもやってたのかしら?)
男がぼんやりと顔を上げ・・・力なく咳き込む。寝っ放しでなおあまり乱れていない灰白色[アッシュ・グレイ]の髪が、咳に合わせ小刻みに揺れた。
「ホラ治ってないじゃないですか。大人しく寝てないと風邪酷くなっちゃいますよ? 他のお客さんにもうつりますし」
「仕方、ねえじゃねえか・・・。待ってても、飯来ねえし・・・えほ」
「ええ!?
―――父さん! 私が出かけてる間この人にご飯運んどいてって言ったよねえ!?」
「うあすまん!! 昼時混んでてな! こっち捌くので精一杯だったんだ。
あ〜お客さんすみませんねえ。おじやもうすぐ出来ますから」
「こちらこそすみません・・・。連れともども何日もお邪魔して」
「いえいえこっちはそれが仕事ですし、払うものさえ払ってくれればいいんですけど・・・。
・・・お連れさんいたんですか? 何か全く看病されてる気配がないですけど」
「ああ・・・まあ、むしろ一緒にいると余計酷くなるんで今は別に動いててな・・・。何か今日は勝手に仕事してるらしいが・・・」
「そうですか」
微笑ましく頷く。
(まさか余計酷くなるなんてそんな事ないでしょうしねえ・・・)
迷惑をかけないよう、連れは自由にしているのだろう。言動はぶっきらぼうだが、看病をしたりすればちゃんと礼を言ういい人だ。
「じゃあ、おじやは部屋に運びますから戻りましょうか。他のお客さんも帰ってきましたし、騒がしいと辛いでしょう?」
「助かるぜ。ありがとな」
肩を貸し、立ち上がらせる。自然と男の顔も上がり・・・
ずざっ!!
「来やがったな疫病神ども!!」
「や〜跡部くん何日か振り。その様子だと全っ然治ってないみたいだねえ」
「ったりめーだろーがてめぇらが毎日毎日ずごばかどこばか騒ぎやがって!! ロクに寝れやしねえ」
「だから今日はちゃんと離れたじゃないか」
「そしたら大地震並みの揺れが起こったが!? 起きて窓見たら外の景色変わってたが!?
てめぇら何やってやがった!!」
「え〜っと・・・、盗賊退治?」
「何で疑問形になる!? 依頼はちゃんと内容通りこなせって何度も何度も何っ度も!! 口煩く言ってんだろーが!!」
「ちゃんと依頼どおりこなしたよ!! サービスとしてちょっと山が8割くらいなくなっただけで!」
「だからその『サービス』が毎度余計だっつってんだろ!?」
「だっていろいろあったんだもん!! サエくんが暴走したりサエくんが暴走したりサエくんが暴走したり!!」
「1つしかねーじゃねえか!! その佐伯を止めろっつっただろ!?」
「むしろサエくんが関わってこれだけで済んだのは奇跡だよ!?」
「ひっくい基準点で満足してんじゃねえ!! その間てめぇは何やってたんだよ千石!?」
「俺だっていろいろやってたんだよ!? サエくん盛り上げたりその気にさせたり一緒に突っ込んだり歯止めかけてあげたり!!」
「で!? そうやって操った成果がコレだってか!? ああ!?」
「最後なんて完全消滅させそうなところを希金属で手を打ってあげさせたんだよ!? おかげで被害が8割に食い止められたんだよ!?」
手で指し示され、今まで入り口で悪戦苦闘していた佐伯がずりずり袋を引き摺りやってきた。
こちらも大きく手を振り、一緒に振った袋から高価なものをぼとぼと落とし、
「そーなんだ景吾聞いてくれ! 今回の稼ぎは大きいぞ!
これも一重にお前が寝込んでくれたおかげだ!! ありがとな!!」
「るっせえ!! それとこれというのもてめぇのせいだろーが!!」
風邪はどこへ行ったのかぎゃあぎゃあ騒ぐかの男。いや、風邪で朦朧としているから余計にハイテンションなのか。
肩も空いたのですすすと後ろに下がり、少女は千石に尋ねた。かの男を指差し、
「跡部・・・さん?」
「ああ。あれが噂の」
「超一流の魔法戦士? 山歩きの最中川に落っこちた風邪引き人じゃなくって?」
「どんな人でも人は人だからね。不可抗力と風邪の菌には勝てないよ」
「つまり?」
「この前の街で受けた依頼でさ、ちょっといろいろあったんだよ。詳細はいいとして、途中で魔物が出てきてね。
結構強力だったから―――っていってもまあ跡部くんの敵じゃないけど、やっつけようと思ったら山にも結構被害行きそうだから、石に封印したんだよ。そのまま壊せば被害最小だしね」
「やっぱり常識人なんですね。とても佐伯さんの契約者だとは思えません」
「常識人だから、サエくん放っておくと何やり出すかわからないって事で契約し続けてんじゃないかな。
で、まあそこまではいいんだけどねえ。
―――帰り道で盗賊に遭って。調子に乗ってサエくんが吹っ飛ばしてたら、それに驚いて不二くんが石落としちゃって。川の中に」
「じゃあ・・・」
「怒りたくても不二くんは怒れないし、サエくんに任せようと思ったらこれまた川ごと吹っ飛ばそうとするし、俺に頼もうにも俺水中呼吸の術なんて使えないし。
仕方ないから自分で潜って、でもって当然風邪引いたんだよ。
跡部くんは攻撃オンリーだから魔法で怪我はともかく風邪は治せないし、癒しの天使不二くんはアレだしねえ・・・。
・・・ああそうだ。どうせならリョーマくん連れてくればよかった。神官なら治せたかも。お互いメリットあるんだから引き受けただろうし」
「あれ? ならリョーガさんとやらは・・・」
「リョーガくんは今がチャンスと、跡部くん殺してサエくん取り戻そうとして以降、部屋に入れてもらえなくなったよ。結界作られたから遠隔治癒も出来ないし。
ああそうか。やけに回復遅いと思ったら、こんな事に力使ってるからか」
「はあ・・・・・・」
「お約束のように石は回収出来なかったし。あ〜今頃野生に戻ってんのかなあ?」
はふ・・・と憂い溢れる吐息を吐き、千石が外に目を向けた。ありし日には山があり川があったと思われる場所へと。
中を向いたまま、少女が同じようなため息をついた。今でもまだぎゃあぎゃあ騒いでいる人ら―――人を。
「なんか・・・、
―――実力や名声と違って凄い不幸な人ですね」
「それこそ《無作為100名に聞きました。この人は不幸だと思う》ランキングじゃ余裕でトップだろうね・・・・・・」
「やってるんですかそんなランキング?」
「これからやってみよっか?」
「やってたのあなたなんですか・・・・・・」
2人揃ってため息をつき、
2人揃ってラストを告げた。
『これにて完』
―――結論―――
『勇者一行』が一番の悪人だった。
という事で、テニプリキャラで王道ファンタジーは無理だったという話でした。そういえば、これだけ話の中には出しておきながら、リョーガがぴすぴす焦げてるシーンでしか登場してないなあ・・・。
なお、一応最初に出したお約束はおおむね全制覇しました!! 弱気を挫き悪を助け、悪が一般市民以下の平凡さ。高笑いの代わりに存分に叫び、救世主はむしろピンチに陥れる。そして矛盾0で徹頭徹尾勝ち続けました。
・・・そう! 実は最初の『主人公は正義』だけそのままなんですよね。跡部は一応正義の人です。
あ、ただし代わりに裏的お約束『ザコキャラは即座に忘れ去られる』は果たしました。盗賊も魔物も1週間前に遭遇したというのにノーリアクション。多分跡部が一緒にいてくれたら、盗賊はともかく魔物は覚えていてもらえたでしょうに・・・。そして結局風邪をひかされた恨みとして吹っ飛ばされていたでしょうに。
―――森を直線距離で200m抉り取るほどの破壊活動を『山にも結構被害行きそう』と考える跡部。本当に、随分常識的な人になったなあ・・・・・・。
2006.2.28〜3.21