リョーマ君get大作戦!!
私竜崎桜乃。ただいまテニスに励む中学1年です。
私がテニスを始めるようになったきっかけは、同じテニス部にいる越前リョーマ君です。初めてリョーマ君と出会って彼のテニスを見たとき,凄く綺麗だと思って、私も彼みたいになりたくって始めました。
まだまだリョーマ君みたいにはなれないけど、いつかは一緒に試合したり出来るくらいに上手になりたいです。
―――それに今ではテニス部がお休みの日、リョーマ君に個人レッスンしてもらってるしね。ふふ・・・・・・v
朝〔vs菊丸英二〕
(あ、リョーマ君だ!)
校門から入った桜乃は見慣れた後姿に、そしてその小さな背中には不釣合いな程の大きなテニスバッグに即座に反応した。
(珍しいな〜・・・)
リョーマの遅刻癖は桜乃もよく知っている。都大会であれだけの事をやらかしたのだから、というのもあるが、それ以上に隣で練習していれば遅れてきては手塚に走らされる彼の姿がほぼ毎朝恒例行事として見られる。
その彼がこの時間にいるのだ。女子と男子の開始時間が同じである以上、自分が間に合うのだから彼も余裕だろう。
(けど、朝からついてるかも・・・v)
どこかのラッキー男のようなことを考え、桜乃は前で欠伸をしているリョーマへと声を掛けようとした。
「リョーマく―――」
「おチビ〜! おっはよ〜〜vv」
「ぐっ・・・!!」
(え・・・・・・?)
手を上げかけた姿勢のまま硬直する。一体どこからきたのか(いやまあ校門からであろうが)後ろから猛ダッシュで駆けて来た英二が勢いも殺さぬままリョーマに抱きついてきた。
「にゃ〜vv おチビと朝1番に出会えるなんて俺ってラッキ〜v」
やはり桜乃と同様の事を考え、英二がげほがはと咳き込むリョーマを無視して後ろから頭を撫で繰り回した。
「―――って英二先輩! いきなり抱きつかないで下さい!!」
「にゃんで〜? 大事なスキンシップじゃん」
「・・・その『スキンシップ』、そのうち死人でますよ・・・」
ぼそりと呟くリョーマ。
「ん? にゃんか言った?」
「いえ別に・・・・・・」
「そ?
―――んじゃ部活行こっか。遅れるとまた手塚に走らされるよん」
「ういーっス」
部活の先輩と後輩らしくそれだけ言って走り去る2人。当然後ろで呆然としていた桜乃には気付かずに(約1名は意図的に無視して)。
(え? え? え?)
1人取り残された桜乃はただただ叫ぶしかなかった。
「なんで〜〜〜〜〜!!?」
昼〔vs不二周助〕
(よーし今度こそ!!)
教室にて意気込む桜乃に声がかかった。
「桜乃―! お昼食べよ?」
「ご、ごめん朋ちゃん! あたしちょっと・・・・・・」
鞄の取っ手を握りもじもじとためらう桜乃を見て、何を思ったか朋香は「はは〜ん・・・」と意地の悪い笑みを浮かべた。
「リョーマ様とお昼食べるのね。行ってらっしゃい行ってらっしゃい!」
「え・・・? けど朋ちゃんも―――?」
リョーマ君の事、好きなんじゃないの?
そう桜乃が尋ねるよりも早く、ばんばんと朋香が彼女に背中を叩いた。
「そうよ! こーしてリョーマ様Fanクラブはひたすらに増殖していくのよ!!」
あーっはっは! と悪の3代官のように笑う朋香に冷や汗が一筋流れる。
(もしかして、朋ちゃんから見れば私もリョーマ君ファンの1人・・・?)
ファンの『好き』と恋愛対象としての『好き』にどれほどの違いがあるのかはっきりとはいえないが、何となく自分の『好き』が軽いものとして扱われたような気がする。
(そ、そりゃあ表面にはあんまり出してないけど・・・。けど私はその、朋ちゃんみたいなファンとしてじゃなくて真剣に・・・!!)
ずーんと落ち込む桜乃の肩を叩く感触が一瞬だけ柔らかいものとなった。
(え・・・?)
顔を上げると、朋香が軽くウインクしていた。
はっとする。
(もしかして朋ちゃん・・・)
3年が引退した現在、大会で誰もが予想しなかった結果を叩き出し青学の全国制覇に大きく貢献したリョーマには―――というか彼のファンクラブの会長である朋香の元には入会希望者が相次いでいる。冗談抜きで増殖の一途をたどっているリョーマファン達を出し抜くことになるこの行為、ただでさえ何かとリョーマと接触する機会の多い桜乃が普通に行なおうとすれば間違いなく妨害に合うだろう。だが『Fanクラブ会員増加のため』と名目をつければどんなに嘘っぽくても反対し、あまつさえ妨害できる理由はなくなる。
実のところ今まで周りのファン達に睨まれずに済んだのは朋香の存在があったからこそだったりする。
(ありがとう朋ちゃん!)
口だけで礼を言い教室から走り出る桜乃。教室内では今だ朋香の笑い声が響いていた。
桜乃のいる1年1組とリョーマ属する1年2組の教室は当然の事ながら隣同士である。それにも関わらずはあはあと荒い息をつく桜乃。どちらかと言うと身体的疲労ではなく気分の高揚による精神的疲労であろうが、まあそれはそれとして。
(いたっ・・・!)
教室のドアに手をつき窓越しに中を見ると、丁度リョーマは堀尾と向かい合わせになって弁当を広げるところだった。
扉をがらりと開け、
「リョ、リョーマ君・・・!」
「お昼一緒に食べない?」
第3の声にまたしても台詞を取られ桜乃が硬直した。
「ふ、不二先輩!?」
先に気付いた堀尾ががたりと席を立つ。
教室内外で歓声のあがる中、左手に箸を持ちかけていたリョーマがようやく騒ぎに気付き、顔を上げた。
「ああ、不二先輩。なんか用っスか?」
「おい! 越前!!」
そのあまりに先輩をないがしろにした態度を堀尾が注意しようとした。が、
「お昼、一緒にどうかなと思って」
された当人は全く気にしていないらしい。弁当を入れた袋を顔の高さに掲げ、いつも通りの柔和な笑みを浮かべた。
「・・・・・・。なんで?」
「ここ最近越前君に逢ってなかったから」
「『ここ最近』って、3日じゃん。先輩ほとんど毎日部活に顔出すし」
「けど毎日じゃないでしょ? それに今までどおりに出来る訳でもないし」
「今までどおり、やってんじゃん・・・・・・」
引退しながらも相変わらず毎日のように顔を出す特に元レギュラー陣。彼らの大きすぎる影響力のおかげで現部長は今だに三下扱いである。
「で、どうかな?」
「なんかそれで俺にメリットあるんスか?」
「食べ終わったら残りの時間テニスでもしようか?」
「・・・・・・そう言ってホントにやった事ないじゃん」
「それは越前君が食後すぐ寝ようとするからでしょ?」
「その割に先輩と一緒にいて寝られた事ないんスけど・・・」
周りで聞耳を立てる者全員を混乱に陥れるに値する発言だったが、
「じゃあファンタでも奢ろうか?」
あっさり無視した不二が第2の案を出した。
「いいっスよ」
これまたあっさりかかるリョーマ。
「―――という訳で堀尾、俺今日不二先輩と食べるから」
「『食べるから』ってオイ! 越前!! 俺との約束はーー!?」
「約束? んなのして無いじゃん」
広げた弁当をいそいそとしまい込み、「行こ、先輩」と不二の手を引くリョーマ。彼にしたら早くファンタを買ってもらいたい、あるいは早く食べてテニスがしたいのであろう。
が、はたから見れば不二との食事を楽しみにしているようだ。
「ああ越前君、ちょっと待って」
「・・・?」
「彼女が君に用があるみたいだけど?」
笑いながら不二に指を指され、ようやくリョーマが桜乃の方を向いた。
「ああ、いたの? 何?」
(ひ、ヒドイ・・・・・・)
リョーマのあまりの発言に打ちのめされる桜乃。しかも肝心のお昼の約束は目の前で不二に横取りされた。
「え・・・? あ、ううん。なんでもない・・・・・・」
なんとか笑顔を作って首を振る。
「そ?」
元々口数が少ないというのもあるが、ただ一言―――どころか一文字で切り捨てるリョーマにさすがに桜乃の笑顔も崩れた。
仲良く歩いていく2人を見ないように俯く桜乃。そんな彼女は、もちろんちらりと振り向いた不二が蒼く澄んだ目を見せうっすらと笑みを浮かべていた事など知るわけはなかった。
放課後〔vs桃城武〕
「こ、今度こそ〜・・・!!」
日もとっぷりと暮れた頃、校門をすぐ出たところで桜乃は握り拳を作っていた。女子テニス部より遅くまで練習する男子テニス部も、さすがにナイター設備が無い以上日が暮れたら強制的に部活終了となる。その後のミーティングに1年のみの片づけを踏まえても、そろそろ出てくるであろう。
実際・・・。
「おっ先〜♪」
「あ、英二! そこまで一緒に帰ろ?」
「しゅ〜・・・」
「海堂トレーニングか? なら少し付き合うよ」
「じゃあみんな、また明日」
「ああ」
「・・・っていうか、みんな、勉強もしようねー・・・」
等々、テニス部員(訂正。1名除いて『元』)が出てきている。
(リョーマ君、疲れてないかな〜? 今日の練習もきつそうだったし・・・)
などと考え一人百面相をする桜乃。そんな『恋する乙女モード』に入った彼女は後ろから近づいてくる自転車の音に気付くのが遅れた。
ちりり〜ん!
「あ、先輩たち! お先っス!!」
「ども」
(え? リョーマ君・・・?)
自転車で爆走しつつ律儀に挨拶する桃城の後ろで、後ろ向きに座ったまま器用にバランスをとるリョーマが軽く首を下げた。
「おチビ〜! まったね〜!」
「バイバイ、越前君」
「・・・だから2人とも、桃もいるんだから挨拶してあげようよ・・・」
『なんで?』
「・・・・・・・・・・・・」
ほのぼのと(?)続く会話を聞きながら、桜乃はようやく今目の前で起こった事を認識した。
(―――!!)
ずっと待っていたリョーマは先輩とあっさり帰ってしまった。
その事実を前に、桜乃は朝同様人目も気にせず叫んだ。
「どうして〜〜〜〜〜!!?」
そうして現実逃避に走った彼女は、やはり・・・
「ああ、竜崎先生のお孫さんか・・・」
「何をしているんだ彼女は? こんなところで」
「さあ? 別にいいんじゃない? そんなこと」
「そーそー」
「・・・なんか2人とも、わかってて言ってない?」
「何の事? タカさん」
「ううん、別に」
はははははと乾いた笑いを浮かべる河村も、
「今竜崎先生のお孫さんいなかったか?」
「いたっスね」
「・・・いいのか?」
「何が?」
「・・・・・・放って置いて」
「なんで?」
「・・・・・・・・・」
「なんか誰か待ってるっぽかったし、話し掛けたりしたら邪魔になるでしょ?」
「・・・・・・。
まあいいけどな」
呟いて軽く肩をすくめる桃城も、
もちろん知るわけはなかった。
休日〔vs千石清純〕
平日は散々な彼女にも挽回のチャンスがやってきた!
心の中で力む桜乃にリョーマが首を傾げた。
「どうしたの竜崎?」
「え? う、ううん? 何でもないよ!?」
「?」
2人の住む地区からは少し離れたところにある大きな自然公園。無料で使えるテニスコートもあるこの場所は、部活休みの日にいつもリョーマが桜乃にテニスを教えてくれるところだった。正確には―――桜乃『達』。
「今日小坂田は?」
「あ、朋ちゃんは弟たちの世話があって今日は来れないんだって」
「ふーん・・・」
自分で聞いておいてなんだが、リョーマはその一言で会話を終わらせるといつも通り石段に腰を下ろした。リョーマが直接相手をしてくれる事は滅多に無い。大抵は目の前にある壁に向かってひたすら打ち、時たま一言二言アドバイスが出る程度だ。
それ以上話すそぶりを見せないリョーマからは視線を逸らして、桜乃は持ってきていたテニスラケットとリョーマ様印のテニスボール(笑)を取り出した。
と、
「あれ〜? もしかしてリョーマ君?」
軟派な声が響く。声のした方を桜乃が見やると、そこには2人の男性が立っていた。うち今声を掛けてきたのは手前の人だろう。明るいオレンジ色の髪に青い瞳。数ヶ月前の都大会決勝で青学と相まみえたまみえたその人は、
「千石さん・・・!」
「―――と、室町サン・・・」
驚く桜乃の後ろでリョーマが小さく付け足した。実際に試合に出なかったため桜乃は名前までは覚えていなかったのだが、確かに千石の後ろでため息をつくサングラスの人もまた見た事のある存在だった。
「お? ラッキ〜v リョーマ君と偶然逢えただけじゃなくて名前まで覚えてもらってたよ〜vv」
「別に俺アンタ呼んでないけど・・・」
「まーまー。
―――で、何やってんの?」
言いながら遠慮なく近づいてくる千石にさすがに桜乃は引いた。だが対するリョーマは平然と答える。
「別に。ヘタッピの特訓」
「へ〜、彼女の?」
そういう千石の、普段からやる気のなさそうに半分閉じられた目がさらに細まる。が、彼のそんな様子に気付いたのは、実際に見ずとも雰囲気で察したらしい室町だけだった。
「いいな〜。俺もリョーマ君に教わろっかな〜」
冷たい雰囲気を一瞬で霧散させ、千石はいつものへらへらした様子でおどけて見せた。
「やだ。俺人に教えるの好きじゃないし。第一めんどくさい」
「じゃあなんでこの娘には教えてるワケ?」
「頼まれたから。親父に」
(そ、そんな〜〜!?)
わかってはいたのだが。確かにそうなのだが。
(もう初めて数ヶ月なんだから少しくらい何か変わってるって思ってたのに〜!)
一人で絶望する桜乃に気付いたのはやはり室町だけだった。というか残り2人は本気で自分の興味の無いものは完全に視界から消してしまえる人達なので、気付けと言う方に無理があるだろう。
「そういうアンタは?」
「ああ、部活も引退しちゃったし。けど時々は体動かさないとねえ」
「学校でやればいいじゃん」
「俺もそうしたいんだけどさ。なんでかこの室町くんが『絶対止めてください』って止めるんだよ」
千石が話しながら片手で室町の首を抱きこみ引き寄せる。それを見たリョーマの顔が僅かに引きつるが、彼が何かリアクションを起こすよりも早く、無表情のまま(といってもサングラスで顔の一部が隠れているため正確には良くわからないが)室町が腕を外し静かに呟いた。
「―――当り前でしょ。『絶対止めてください』」
「・・・なんで?」
「千石さんのおかげでチームの士気が下がります。学校でやりたいんなら真面目にやってください」
「真面目にやってんだろ。俺は」
「はいはい。千石さんは真面目にやってます。けど合間合間どころか始終『リョーマ君リョーマ君』ってうっさいっス。まだ以前のただの女好きだった頃の方が被害が女テニだけだったんですけどねえ」
「けどホラやっぱ逢えないと寂しいじゃん。最近なんて毎晩リョーマ君の夢ばっか見るし」
「だからせっかくの部活休み潰してちゃんと千石さんに付き合ってるんじゃないですか。むしろ感謝して欲しいっスね」
「うんうん感謝する。おかげでリョーマ君に逢えたし!
―――というワケでリョーマ君、試合しよ?」
「やだ」
にべも無くいうリョーマにこの近辺一体の空気が凍る。
「・・・・・・。なんで、かな?」
かろうじて笑顔で返す千石。だがこの返事まで、10秒以上の間があったりする。
「弱いじゃん。千石さん」
「―――!?」
「足痙攣してながら桃先輩には負けたし」
「ゔ・・・」
「聞いたけど去年は不二先輩にも負けたんだって? しかもラブゲーム」
「ぐ・・・・・・!」
「弱いやつキョーミ無いし。俺」
まあ手塚部長―――じゃなくて手塚先輩に負けたのは考えないでおいてあげるよ。俺もまだ勝てないし。と嘲うリョーマに千石は肩を震わせた。いくらリョーマの言葉だとしてもやはり弱い者扱いされるのはプライドが許さない。
「よーし! じゃあやっぱり勝負しよう! 俺の強さを見せてあげるからね!!」
「そーいう奴に限って弱いよね」
「〜〜!! それなら何か賭けようよ! そしたらリョーマ君もヤル気湧くでしょ?」
「ふーん。いいよ、それなら」
意外にも簡単に乗ってきたリョーマに千石の勢いが止まった。
「ただし・・・」
首を傾げる千石をよそにリョーマが薄く笑みを浮かべる。
「負けた方は勝った方の言う事を1つだけ何でも聞く、っていう条件だったら」
「おっけ〜。それいいね」
「じゃあ決まり、って事で。試合は1セットマッチでいいよね」
「1セット? 3セットじゃなくて?」
「そんなに時間かけなくてもいいじゃん。それとも長くしないと自信ない?」
あまりに強気なリョーマの発言に―――というか最早完璧ケンカ腰のリョーマに桜乃はオロオロとし、そして室町は軽く口笛を吹いた。
「やるじゃんか。さっすが」
そんな外野をよそに、どうやら勝負の方法は決まったらしい。
「ああ竜崎、一人で暫く練習してて」
見に来いとも言われずさらに落ち込む桜乃。
「なんなら室町くん。キミが彼女見てあげたら?」
そうして邪魔者を消してリョーマと2人っきりになる作戦であろう。室町はあっさり頷いた。
「いいっスよ」
「あ、あの・・・・・・」
「ん?」
練習を始めて暫し、ついに耐え切れなくなった桜乃が壁打ちしながら室町に話し掛けた。室町の教え方はリョーマに似ている。付きっきりで詳しく教えてくれるのではなく1人で壁打ちさせ時たまアドバイスが飛んでくるといった形式だ。リョーマとの違いはサングラスで目が見えないせいか彼以上に声に感情が篭っていないように聞こえるところだろう。が、教わる側にはこの状態は酷く圧迫感を与える。
「室町、さん・・・。
あの2人の試合、観に行かなくていいんですか?」
話すほうに集中したためボールを打ち損じる。ラケットをすり抜けたボールはその後ろの石段に背を預けていた室町の足元に転がった。
「ああ・・・・・・」
腰をかがめゆっくりとそれを拾いながら室町が誰にともなく呟いた。
2人が試合をしているであろうコートの方を見やる。ここからは死角になっているが、ギャラリーの歓声が風に乗る事無く直接響いていた。
『すっげー! あの2人!!』
『どう見ても中坊だろ!? なんだよあの実力!?』
『っておいあれ! もしかして千石じゃねーか!? あのJr.選抜の!!』
『Jr.選抜!? 嘘だろ!? そんなスゲーのがこんなところで練習してる訳ないじゃん!!』
『けどたしか山吹中ってこの近くじゃ・・・?』
『じゃ、じゃあ誰だよ! その千石と互角にやってるあのチビ!!』
『知んねーよ! けど千石に違いはねーぜ。あんな目立つ頭の中坊他にいねーよ!!』
『ちょっと待て! まさかあれって、噂の「青学エース」じゃねーの・・・?』
『「青学エース」? なんだそれ?』
『もしかしてそれって、元「青学ルーキー」の事?』
『な!?』
『けど他には考えられねーだろ!? ここらへんの中学で千石と互角のチビなんて』
『おいおい、今日はどーなってんだよ・・・?』
そんな声をなんとなく聞きながら、やはり感慨なく室町は呟いた。
「なんだ互角にやってるのか。千石さんの事だからまたラブゲームでもやらかしてるのかと思ったら」
「え? そんなに千石さんって強いんですか?」
ボールを取りに来た桜乃が尋ねる。たとえテニス歴がまだ浅かろうがさすがに6−0の難しさは知っている。余程の実力差がない限りは滅多に見られないものだ。
だが訊かれた室町は逆に眉を僅かに寄せ・・・・・・そして桜乃の勘違いに気付き、声を上げた。
「ああ、じゃなくて逆。千石さんがラブゲームなのかと思ってたから」
「けど・・・・・・」
今の声を聞いた限りでも千石は強いのだろう。実際都大会で見た時は次元の違う強さだと思った―――とはいっても桜乃の場合青学レギュラーから既にレベルが違うのだが。
「去年、千石さん青学の不二に惨敗したんだよな」
「そんな事言ってましたよね・・・」
「まあ非公式戦だから何かに残った訳じゃないけどさ。
その時の状況っていうのが今によく似てるんだよな」
「というと?」
「千石さん、去年は不二に熱入れててね。都大会の帰りに付き合って欲しいって本人に告白したら、『じゃあ僕にテニスで勝ったら考えてあげるよ』って返されて。
次の日試合して見事ぼろ負け。以来どうも青学じゃ―――というか不二とその場にいた菊丸には山吹中[ウチ]は弱いって思われてるようだけど」
まったく千石さんは山吹の評判を上げてるんだか下げてるんだか、とため息をつく室町に桜乃は質問を2つした。
まず1つ目。
「そんなにぼろ負け―――あ、いえすみません! 惜しくも負けてしまったんですか?」
「別にいいぜ。アレを見たら誰だってそうとしか言えなくなるから。
ラブゲーム、どころか1ポイントも取れずあげくに20分弱で終わったし。トリプルカウンターすら1度も使われず、不二にとっては遊び以前に暇つぶしにすらならなかっただろうしな。
―――まあそれとこれというのも全部背チラ腹チラ足チラ臍チラ腰チラ鎖骨チラにいちいち反応した千石さんのせいだけど」
「・・・・・・は?」
「不二のユニフォームが少しめくれては感動で鼻の下伸ばしてボールを見失った千石さんに原因があるんだけど。しかも不二は不二で途中からはわざとユニフォームまくったりしてたし。
今年ならともかく去年の不二のレベルなら、真面目にやれば千石さんの勝ちか―――少なくとも互角には戦えただろうな。不二はその頃からもう『天才』とは呼ばれてたけど、まだトリプルカウンターも完璧じゃなかったしゲームメイクも甘いところがあったから。他の人ならともかく千石さんがそのあたりを見逃すとはまず考えられない。
・・・・・・しつこいけど真面目にやれば、の話で」
敵にからかわれた先輩を気遣うどころかアホな人にため息すら吐かず軽く肩をすくめるだけの室町。彼は彼で相当にひどい性格をしているようだ。まあむしろ彼にそんな態度を取らせる千石のアホさ加減の方が問題なのかもしれないが。
取り合えず納得し終えた質問は捨てて、2つ目のものをしてみる。むしろこちらの方が気になる。
「千石さんって・・・・・・リョーマ君の事、好きなんですか・・・?」
小声でそれだけ言って俯く桜乃を室町はサングラスの端で捕らえ、そして再び視線をテニスコートの方に戻した。
「好きなんじゃないか? 千石さん、可愛い子好きだし」
「え? けど性別は・・・?」
「愛玩動物の性別なんていちいち確認しないだろ? そんなもんだぜ。千石さん山吹中[ウチ]でも太一やら亜久津やらに構ってたし。
―――まあ最近じゃ珍しく越前一本だけど」
「それじゃ・・・・・・!」
つまりは今回が本気であるとも考えられる訳だ。
顔を上げて息を飲む桜乃は見ずに、室町はまだ持っていた彼女のボールを見下ろした。うまいと言えるのかはよくわからないが、特徴を掴んだリョーマの顔が描かれたボール。今までの態度と合わせたら彼女の気持ちなど簡単に推測できる。
「心配なら見に行けば?」
「え? けど・・・・・・」
1人で練習しててと言われたから動けないのだ。見に行きたいのに。リョーマがまた無茶とかしていないか、心配なのに。
「試合観戦も1つの練習だろ?」
「・・・・・・!」
まるで心を読み取ったかのような室町の言葉に桜乃ははっと気付き、そして室町にお辞儀をしてテニスコートへと向かった。
残されたボールを軽く上へ投げ上げ、室町は呟いた。
「ま、千石さんなんかよりももっと厄介な敵が多いんだけどな。越前には」
頂点にてゆっくりと落下しようとするボールを横から掴み取る。その時室町が珍しく薄く笑っていたことなど、もちろん桜乃は知るわけはなかった。
休日その後[vs???]
「う〜〜〜負けた〜〜!!
惜しいトコまでいってたのに〜〜!!」
自然公園の入り口で千石が頭を抱えて喚いていた。
「まだまだだね」
その隣でリョーマがいつもの如くファンタを飲んでいる。
「で、結局何対何で終わったんスか?」
無駄だと知りつつ室町はもう何度目になるかわからない質問を千石にした。歓声が途切れてなお戻って来ない3人を迎えに行けばこの有様。とりあえず他の人の迷惑にならないようにとここまで連れて来たが、その間も千石は喚きつづけ、そして勝ったはずの(千石の喚き方からこれだけは確信できる)リョーマはなぜか不機嫌そうにしゃがんだ千石を見下ろしている。
「えっと、7−6でリョーマ君が勝ちました」
どの時点から見たのかわからないが一応試合は見られたらしい桜乃が答えてくれた。
「へえ、ってことはタイブレークまで持ち込んだ訳か・・・」
「はい。それでタイブレークで7−4となって決着がつきました」
「ふーん・・・」
とりあえず訊くべき事は全て訊いた。
言葉を止め静かに見やる2人の前で、千石がまだまだ元気に喚き続けていた。
「あと一歩だったのに〜〜!! 勝ったら明日はリョーマ君と1日デートだって楽しみにしてたのに〜〜〜!!!」
「・・・はいはい。そういう余計な事考えてるから負けるんスよ。いい加減学習してください。
―――ところで・・・」
言葉の途中で室町は視線をさらにずらした。その先では今度はリョーマが完全にふてくされている。
「なんで越前はこんなに拗ねてんだ?」
「え? そうなんですか?」
意外そうに桜乃が訊いてくる。確かにリョーマはいつも通りきつめのアーモンドアイで周りを見ているだけだ。強いて違う点を上げるならば口の端を生意気げにゆがめてはいないといった程度だろうが、元々の変化に乏しい表情から正確に感情を知るというのは普通はできない事だろう。現に桜乃にはいつもとの違いはよくわからない。
「・・・まあいいけどな。
―――千石さん、帰りますよ」
「う〜・・・。リョーマく〜〜ん・・・・・・」
襟首を掴まれ、後ろ向きに引っ張られつつも涙をドバドバ流し呻く千石。その後ろでリョーマが動いた。
「え・・・・・・?」
驚く桜乃の横を通り過ぎ、数歩前を歩いていた山吹ペアに追いつくとジャージの襟首を掴み思い切り引っ張る。
「・・・・・・!」
突如逆向きに引っ張られ息の止まる室町。軽く1歩後退して後ろを振り向いた。
『な・・・・・・?』
次の声は千石と桜乃のものだった。対象となった2人は声の上げられない状態にある。
振り向いた室町の襟首から手を離し、今度は襟元を掴むとさらに力任せに引っ張った。ろくな態勢も取れずつんのめる室町に、下から覗き込むように顔を近づける。
サングラス越しで目を見開いたであろう室町から、一瞬だけ合わせた唇を引き離すリョーマ。襟元をねじりあげ、再び顔がぶつかりそうなほど近くに引き寄せた。
「なんで恋人が目の前で別の男にデートに誘われかけてたってのにアンタは何もしないワケ?」
『ええ!?』
突然のリョーマの告白に部外者2人が叫んだ。しかしそれを気にする事無くリョーマは室町になおも詰め寄った。普段の彼からは想像もできないほど怒りを露にする。
が、それを受けた室町はいつも通りサングラスで表情を隠し、ため息をついた。
「別に本当にデートする訳じゃないんだろ? 越前がそんな命令する訳も無いし」
「当り前でしょ!? けどちょっとはやきもち焼くとかしてくれたっていいじゃん」
「・・・この程度でいちいちやきもち焼くようじゃ越前の恋人は務まらないからな」
「何それ?」
「いやこっちの話。
それよりそういうのが嫌だから俺の事選んだんだろ?」
「そりゃそうだけど! あんまり何にもないと本当に俺の事が好きなのか疑いたくなるんだけど!?」
「・・・・・・っていわれてもなあ」
「あー!! 何それ!! どーせ俺が自分から離れていく訳ないとかタカくくってんでしょ!?
お生憎様!! 俺と付き合いたいって言ってくる奴結構多いんだからね!? 不二先輩とか英二先輩とか桃先輩とか!!」
「―――今言われた中に千石さんが入ってなかった辺りで越前の中での千石さんの位置付けがよくわかるな・・・」
「ってそれはヒドイよ、室町くん・・・・・・」
「何俺の話無視して他の奴と話してるんだよ!? あーそー!! もー俺の事なんかどうでもいいってワケ!! ならいいよ!! もっと他のマシな奴見つけるから!!」
そう叫ぶと勢い良く突き放し背を向けるリョーマに室町は静かに尋ねた。
「本当に?」
「何が?」
「本当にお前は俺以外と上手くできるって思ってんのか?」
歩きかけていたリョーマがぴたりと止まる。振り向いた彼の顔に浮かんでいたのは、怒気と―――嘲笑。
「はあ? 何それ。侮辱?」
「俺は出来ないと思うけどな」
「自意識過剰もそこまで来ると笑えるね。アンタ何様のつもり?」
「そうじゃなくて―――俺は、出来ないと思うよ。お前以外とじゃ上手くは」
「・・・・・・」
その一言に、リョーマの怒気が四散した。目を見開く彼にゆっくりと近付くと、室町はリョーマを抱き寄せた。
大人しく胸の中に収まるリョーマの帽子を取り、髪を優しく何度も撫でる。
「別に俺はお前が他の奴と一緒にいて平気なわけじゃないぜ? けどやきもちを焼くって事はその相手が他の奴のところへ行くかもしれないって心配だからだろ? つまりその相手の事を信用してないって事だろ?
それは越前への侮辱だ。俺は越前が他の奴のところになんか行かないって信用してる。だからやきもちは焼かない。
それに越前、お前は保護されるのは嫌いなんだろ? だったらいちいち俺が干渉すべきじゃない」
胸元でリョーマがごそごそ動く。出たいのかと拘束していた両手を放すと逆に腰元に手を回してきた。それは抱き締めるというよりも子供が親にしがみつくような感じで。
ジャージに顔を押し当てているのか、くぐもった声でポツポツと呟く声が聞こえた。
「わかってる、けどさ・・・。
けど、ちょっと位は何か思って欲しいんだ。
じゃないと、俺の方が不安になる。愛されてるって自信、持てなくなる・・・・・・」
強気なリョーマからは想像もできなかった台詞。今までお互いを尊重して付き合ってきた。いくら恋人とはいえ必要以上に相手に、特に相手の人間関係には口を出さないようにしていた。無意味に束縛されなくていいとリョーマも賛成していた。だが・・・・・・
(それだけじゃダメなんだな・・・・・・)
リョーマにも。そして自分にも。
「なら1つ。これは俺の本心だ。
―――お前が他の奴といると理屈抜きでムカつく」
ぼそりと呟いた室町の言葉に、リョーマが目を見開いて見上げてきた。その目が少し赤くなっているところからすると、多分泣かせてしまったのだろう。
ぷっ! あはははははは!!
見つめ合った数秒後、リョーマの爆笑が響き渡った。
「笑えるーー!! 十次でもそんな事考えてたんだーー!!」
「当り前だろ。本気で何にも思わなきゃもっと楽してる」
「何それーー!?」
自分でも似合わない台詞を言っている自覚はある。照れ隠しに室町はそっぽを向いて頬を掻いた。出会った人誰をも魅了せずに入られないこの王子様を相手にして、隙を見ては(隙がなかろうと)忍び寄って(むしろ堂々と近寄って)くる輩にもしも何も思わずにいられたとしたら、少なくとも日頃己の監視下にない彼の身を案じては夢にまで見てうなされるような毎日は送らずに済むのだろう。
笑いのようやく収まったリョーマを再び胸の中に抱き、顎を軽く持ち上げる。
「愛してる、リョーマ・・・・・・」
囁く室町の首に両腕を回し、背伸びしながらリョーマも応えた。
「俺も、大好きだよ、十次・・・・・・」
周りを完全に無視して濃厚なラブシーンに入る2人。それを目の当たりにして固まる桜乃。
一方千石は最初こそ桜乃と同様固まっていたが、既に立ち直っていたりする。
(なるほど〜。どーりでリョーマ君の身持ちが堅いと思ったら。
―――けど、まあ入り込む隙なし、ってわけじゃなさそうだし・・・・・・)
そう判断すると腕を組んで立ち去る2人についていこうと腰を上げかけ・・・、
「ああ、そういや千石さん。さっきの賭け、まだだったよね・・・?」
肩越しに振り向くリョーマにさっきまでのおしとやかさ(?)はない。すっかりいつもの生意気な調子に戻ったリョーマが口の端を吊り上げた。
「『ついて来るな』。以上」
「ええ〜!!? そんなのヒドイよ、リョーマ君!!」
「けど賭けだし。『負けた方は勝った方の言う事を1つだけ何でも聞く』でしょ?」
「そりゃそう言ったけど・・・・・・!」
「ならよろしく。あと竜崎に、もうすぐ親父が来るから送ってもらうように言っといて。それと今日俺帰らないからその伝言も」
「ええ〜〜〜!!? あの賭けって聞くのは1つだけでしょ?」
「俺の言う事、聞けないの・・・?」
「ゔ・・・・・・!」
そう言われると惚れた弱みで聞かざるを得ない。それがわかっているのだろう。確信犯的な笑みを浮かべた後、確認すらせず再び室町とラブラブモ―ド(笑)に入るリョーマ。
それすらも可愛いと思ってしまう辺り千石もお終いだろう。
長い時を経て(つまりは2人が去った後暫しして)戻って来た桜乃は、千石から『伝言』を伝えられいつも同様叫ぶしかなかった。
「なんなのよ〜〜〜〜〜!!?」
この日の桜乃の叫びは、ここ最近で一番大きなものだったという。
作戦失敗。これにて終了!
・ ・ ・ ・ ・
うわあ、どうしようもない終わりですね。しかしオチにするには室リョは美味しすぎる。以前の『HAPPY〜』でもやりましたけどね。けどあのときよりは伏線もいろいろ張っておきましたし気付かれた方もいらっしゃるのではと。本気であの時はいきなり出てきて全て掻っ攫っていったし。
あ、私室リョは好きです。本文で書いたとおりお互い干渉しなさそうで。これに対抗できるとなったら伊武君くらいでは。青学メンツなら絶対リョーマの事甘やかしそう。ていうか構い倒しそう。それはそれで好きですけどね。・・・・・・なんかこれじゃ私の中でリョーマ多重人格者だよ。人との干渉をとことん嫌うかあるいはとことん干渉(束縛)されたがるか、どっちかだと思うんですけどねえ。
そうそう、この話。某友達が、というかテニプリで私の他の話を読んだ方はかなり驚きそうです。桜乃嫌いは思い切り公言してたのに。しかしアニプリの『傷だらけのリョーマ』を見て考え改めました。リョーマにぼろくそに扱われ、他の人にも邪険にされる(ちょっと違う)、そんな彼女は可愛いと思いました! なのでこれからも苛め倒される彼女は書いていこうと思います! かなりダメじゃん!! あ、ちなみにvs誰々側、つまりは英二・不二・桃城はもちろん全員確信犯。千石はその場で知っての妨害。青学(元)レギュラーは―――手塚は天然。乾は完全傍観。その他は巻き込まれ防止を最優先に。そして一見味方に見えた室町が一番の敵、と。・・・敵多すぎだぞ桜乃。この話、vs誰々側で書いていたらそれはもうさぞかし黒い―――というかグロい話しになってた事でしょう。
ちょっと反省。全てを桜乃視点で書こうとして失敗。朋香及び室町Fanであるため必要以上に2人の出番が増えてしまった。朋ちゃんなんて最初出てくる予定なかったのに。
反省2。室町君の口調が書いてる最中どんどん手塚になっていきました。原作にて10言もしゃべっていないであろう台詞から彼の口調の解読は難しいです。そういやアニメでは割としゃべってますね。47話(?)『負けられない』では不二先輩以上に。しかもリョーマびいきの発言だし。
あと補足。読んで気付かれた方いらっしゃるかもしれませんがこれはアニプリを元とした話です。なので不二先輩と千石さんの目を『青』と表現した訳ですが。その理由はアニプリに置けるリョーマの態度。妙に優しくありません? 特に桜乃に。なので一応そちらに。けどイマイチ生かされなかったなあ。半端に優しくて半端に冷たいリョーマに遊ばれる(笑)桜乃を書きたかったのに。遊ばれる以前に相手にすらされない・・・・・・。
では室リョ←英二・不二・桃城・千石・堀尾含んでその他諸々そして桜乃――というかここまできたらもう室リョ前提リョーマアイドル話と言った方が早い――この話を終わりにします。
20020.9.2〜3