A.牛乳のバアイ
「牛乳・・・?」
リョーマの呟きどおり、それは200mlのビン牛乳2本だった。それを片手で揺らしながら乾がもう片手でノートを開いた。
「最近越前が牛乳を飲んでいないのではないかという疑惑が浮上している。実際3年が引退して以来俺たちのいない日に越前が部室で牛乳を飲んでいたというのを見た者は皆無に等しい」
「ちゃんと朝飲んでるっスよ。ずっと洋食だし」
「なるほど。越前は朝食と共に牛乳を400mlも飲むのか」
「う・・・」
「あまつさえ遅刻しそうになり朝食を抜いた日でも牛乳は欠かさないのか」
「ぐ・・・・・・!」
痛いところを突かれリョーマが呻いた。確かに朝食で飲んでいるのはせいぜいコップ1杯。遅刻した朝はもちろん飲む暇など無いし、先輩達に強制でもされない限り自ら進んで飲んだ経験はほぼ0だった―――さすがにそれで怒られたその後3日間くらいは飲んでいたが。
「―――だが運動の最中に大量の水分を一気に補給するのは体によくない。特に慣れない者が牛乳を一気に飲むと腹を下す」
「じゃあ・・・!?」
乾の珍しい妥協案にリョーマの目が輝き―――
「というわけで1本にしよう」
「・・・・・・」
そして絶望の色に染まった。
「どうする、越前? 牛乳を飲むか? それとも今から新たに誰かを探すか?
だが生憎と中学生で身長が180cmを超えている者は少なく、この学校の教師でそれに達する者はいない」
「ああそう言えば僕たちって身長高い方だったね」
「そうにゃの? にゃんかいつも高い奴見てたからよくわかんにゃいや」
ぽんと手を叩き妙なところで納得する不二に、やはりよくわからず笑顔で言う英二。確かに身長が高いほど有利な(厳密にはその場合の多い)テニスにおいて、今まで青学が戦ってきた相手校の選手は中学生の平均に比べ背の高い者が多かった。「小さい」と思われがちな不二ですらクラスでは中間の背丈である。
納得したくないが覆せない事実を前に恨みがましい目で乾を見るリョーマに、さらにその乾から追い討ちがかかった。
「それにこんなところでのんびりとしてていいのかい? さっきからアナウンスで君のことが流れているよ?」
「え・・・?」
『さあ1年の借り物競争もラストになり、2組の越前君を除き次々とランナーが帰ってきました! 途中までトップだったにも関わらず今だ応援席にて何やら押し問答をしているらしい越前君! 彼は一体何を引き当てたのでしょうか!?』
「っ・・・・・・!!」
負けず嫌いな彼にとってはかなりの屈辱的なアナウンスに、リョーマの心は一瞬で決まった。
ヤケクソ気味に乾から牛乳ビンをひったくり、叫ぶ。
「飲めばいいんでしょ飲めば!!」
答えも待たず、ふたを開けるとリョーマは一気に飲み干した!!
「ぐ・・・は・・・・・・」
空のビンを乾に返しつつ、もう片手で口元を押さえる。口の中に広がる乳臭さ。口の小さいビンから飲んだおかげでゆっくりとしか流れてくれず、むしろ吸い取ったためむせ返りそうになる。
「大丈夫か越前!?」
心配して背中をさすろうとする大石の手を制し、涙目で乾を睨む。
「飲んだっスよ。これでいいんスよね」
「ああ、もちろん」
頷く乾の腕を引っ張り、リョーマは今度こそ走り出した。仕返しとしてほとんど引きずる勢いで猛ダッシュするが、体力をアップさせた乾には無駄な抵抗だった。
12位の列に並びながら、小さく、だが力強く呟く。
「もう絶対に乾先輩に頼み事はしない!!」
拳を握り締める彼の口中にはいまだ牛乳の味がしつこく広がっていた。