パン!
 ピストルの音と共にトラックへ飛び出す不二・英二・手塚の3人。普段テニスで鍛えているおかげで瞬発力は文句なく平均以上である。
 他の人を差し置いてトップで第1コーナーを曲がり、地面に置かれていた紙をそのままの勢いで取り―――
 「あv」
 「にゃv」
 「・・・・・・・・・・・・///」






借り物競争Part2






 9月の中ほどの日曜、この日青春学園では体育祭が行なわれていた。現在は借り物競争3年の部。人数の多いここ青学では全員が同じ競技に参加するなど到底無理である。そこで競技ごとにクラスで何人かずつ選ぶのだが―――なぜかこの借り物競争、とりわけ今行われているレースには妙な偏りがあった。
 「きゃ〜〜〜vvv 手塚先ぱ〜〜〜いvvv」
 「不二く〜〜んvvv」
 「菊丸君、頑張って〜〜〜〜vvv」
 (うっさい・・・・・・)
 女子たち男子たち(え?)の声を聞きながら、1年の応援席でリョーマは頬杖をついてため息もついていた。一応いつものことで慣れたとはいえこの黄色い声―――もはや超音波といっても過言ではなさそうな高音ボイスは耳によくつく。
 「越前! 先輩たち走ってんだぞ!? 応援しなくていいのかよ!?」
 「別に。応援したから速くなるもんでもないでしょ?」
 注意する堀尾に冷めた目で返す。「そりゃまあそうだけどな・・・」と詰まる堀尾を横目で見やり、再びうとうとと眠りにつこうとした・・・・・・が、
 きゃ〜〜〜〜〜vvvvv!!!!!
 一層大きくなる悲鳴にさすがに目を開かざるを得なくなった。そして―――
 「ん・・・・・・?」
 3人がわき目も振らずに全力でこちらへ向かってくるのを見て、リョーマは眉をひそめた。
 (ああ、借り物か・・・・・・)
 こちらに何かあるのだろう。納得してまたも眠りにつこうと頭を垂れた―――ところで。
 「おチビ!!」
 「越前君!!」
 「越前!!」
 「・・・・・・え?」
 目の前が突如暗くなって顔を上げる。そこにいたのは件の3人。なぜか全員えらく真剣な(手塚はいつもどおりという言い方もできるが)顔で座り込んでいる自分に詰め寄ってきた。
 「俺と一緒に行こ!!」
 「僕と一緒に来てくれるよね」
 「よければ俺と来てくれないか?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 いや〜〜〜!!!
 なんで〜〜〜〜〜〜!!!!!
 羨まし〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!

 (なにそんなムキになってんのさ、みんな・・・・・・)
 「―――いいっスよ」
 断る理由も特にない。これ以上騒がれるよりは早く終わらせて眠りたい。そう考えあっさり承諾するリョーマ。が、世の中それほど甘くはなかった。
 「よーし! じゃあ
俺と行こー!!」
 と、腕をぐいぐい引っ張る英二。
 「ちょっと待ってよ。なんで君が一緒に行くのさ。越前君は
僕と行くって言ったんだよ?」
 前に進みかけたリョーマの腰に手を回し開眼で英二を睨み付ける―――事はもちろんなく開眼で英二に微笑みかける不二。
 「ンな事誰が言ったんだよ! 不二耳悪いんじゃないの? おチビは俺と行くんだからな!!」
 両方からの力に体勢を崩すリョーマの肩と頭を胸に抱き寄せ、不二の開眼にもめげずに英二が言い返す。
 「待て2人とも。越前はお前達と行くとは言ってないだろ?」
 2人の間でもみくちゃにされているリョーマの肩に手を乗せ、さりげなく己を強調する手塚。
 「へえ、2人とも譲る気はないわけ、ね・・・・・・」
 「当たり前じゃん。せっかくのチャンスなのに」
 「俺は競技をルールどおり進めているだけだ」
 「ふ〜ん・・・・・・」
 リョーマの上で3人が火花を散らす。その4人のそばではこの上なくオイシイ状況に嫉妬する生徒及び教師が多数。
 (はあ・・・・・・)
 わけのわからないリョーマがため息をついて提案した。
 「だったら4人で行けばいいんじゃないっスか? 別に同じものを借りちゃいけないなんてルールないし―――」
 『だめ(だ)!!!』
 「はあ・・・・・・?」
 凄まじい形相で怒鳴りつけてくる3人にますますわけがわからず首を傾げる。
 「何で・・・・・・」
 「せっかく越前君とツーショットになるチャンスなんだよ!?」
 「しかもみんなの前で!! 堂々と!!」
 「あまつさえ手など繋げるというのに―――」
 『これを逃せるわけないでしょ/っしょ/だろう!!?』
 「・・・・・・はい?」
 (本っ気でワケわかんないよこのヒトたち。何考えてるワケ?)
 言葉どおりのことしか考えていないのだが、どうやらテニス以外頭にないこの鈍感な王子様には通じなかったらしい。
 「とにかく越前君!!」
 「おチビ!!」
 「越前!!」
 『誰と走りたい!!?』
 「え〜っと・・・・・・」
 (めんどくさ・・・。てきとーに決めて終わらせよ・・・・・・)
 そう決心し、ふと気になって尋ねてみる。
 「そういえば―――借り物、何だったんですか?」
 どうせ自分が選ばれるのだ。まあ予想はつくが一応聞くリョーマ。彼らが自分を選ぶ条件などせいぜい『後輩』くらいしかないだろうが、3人とも他の誰でもなく自分を選んだ以上もしかしたら面白いものでもあるのかもしれない。
 (それにしよっかな・・・・・・)
 眠い目をこすり、3人の差し出してきた紙を受け取り、それを読み・・・・・・
 ぐしゃ!!
 バン!!
 だん! だん! だん!
 握りつぶし、地面にたたきつけ、何度も足で踏んだ。
 「知るかンな事!! 勝手に他のヤツ探して行けーーー!!!」
 荒い声で叫ぶ。が、
 「ええ!?」
 「越前君以外の誰と行けっていうのさ!?」
 「同感だな」
 「〜〜〜〜〜!!!」
 ずざっと身を引く英二。目を見開いて叫ぶ不二。そしてうんうんと頷く手塚。リョーマは3人にぼろぼろになった紙を見せ付け―――
 「どこが!? これのどこがどうやったら俺になるワケ!? 馬鹿にすんのもたいがいにしてよ!!」
 「馬鹿に!? ンなのしてるわけないじゃん!!」
 「僕たちは純粋にこれを見て越前君と一緒に行きたいって思ったんだよ!?」
 「俺たちはお前に対しては常に本気だ」
 言っている事は素晴らしいのだろう。実に感動的な場面だ。
 ―――が、それを聞いたリョーマの機嫌はさらに悪化した。
 「はあ!? 本気!? じゃあこれは何なんだよ!?」
 そう叫んで下に捨てた紙と3人を交互に指す。
 まずは不二。
 「『かわいいもの』!? なんでそれで俺!?」
 「当たり前じゃない。越前君以外に誰がいるのさ?」
 「俺のどこが『かわいい』んだよ!?」
 「もちろん全部vv」
 にっこり笑顔でしれっと答える不二に硬直する。
 ―――1人目撃沈。
 次いで英二。
 「じゃあ『ちいさいもの』ってのは!? 先輩俺にケンカ売ってる!?」
 「え〜。けどおチビだしなあ・・・・・・。ちっちゃいっていったらおチビしか・・・・・・」
 「『もの』だろ『もの』!! 俺は『物』じゃない!!」
 「けど『人だって「者」』、なんだろ?」
 「ぐ・・・・・・!!」
 先ほど自分の言った言葉を返され詰まる。いまさら後悔しても遅い。
 ―――2人目返り討ち。
 そして手塚。
 「部長! 何なんスか『すきなもの』って!? ふざけてないでください!!」
 「いや、だが『好きな者』と書かれた以上俺としては越前以外思いつかない・・・・・・」
 「なんでそう訳すんスか!? 『好きな物』でテニスラケットとかつり道具とかいくらでもあるでしょ!?」
 「むう・・・・・・。しかしなあ・・・・・・」
 (ダメじゃんこの人・・・!)
 天然なのか何なのかボケまくる手塚に脱力する。
 ―――3人目戦いを放棄。
 頭を抱えてしゃがみ込むリョーマに救いの手―――と思いたい―――が差し伸べられた。
 「・・・なら越前、俺と行かないか?」
 「乾先輩・・・・・・」
 スタートから爆走した3人に周りの集中が向いたためすっかり忘れられていたが(笑)、乾もまたこの回の走者だった――つくづく偏りのある競技だ。
 「先輩、何、当てたんスか・・・・・・?」
 乾ならこの3人のような事はないだろうと思いつつも一度ついてしまった人間不信はなかなか取れるものではない。ジト目でリョーマが尋ねた。
 「ああ、俺はこれだ」
 と乾が広げた紙を見て―――
 「行きます」
 即決するリョーマ。まあ『後輩』などというようやくまともな項目を見れば当然かもしれないが。
 「―――ってちょっと待てよ乾!!」
 「そうだよ! 後から来ていきなり取っていかないでよ」
 「順番を守るのは人として当然の行為だ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 今まで人として何か大きく間違ったことをし続けていた感のある3人の、道徳心溢れる台詞にリョーマは思い切り眉をひそめ首を傾げた。
 「だが越前はお前たち3人の申し出を断った。この時点で契約は破棄。フリーとなった越前に誰が次の申し出をしようと自由だ」
 「む〜〜〜」
 「う〜ん・・・」
 「確かに・・・・・・」
 (なんで・・・?)
 なぜかあっさりと納得する3人に数歩後ろに引く。
 「では越前は俺がもらっていくからな」
 「―――待てよ、乾」
 「何だ?」
 「つまりそれは『誰でも越前に声を掛けて
OK』であり『僕達が諦めなければいけない』っていう事じゃないでしょ?」
 「にゃるほど! 不二、ナイス!!」
 「それならば俺たちが再び誘う事も可、という訳か」
 (屁理屈じゃん)
 思う。が、残念ながらこの場にその言葉を聞き入れるものはいない。
 なんだか本気でどうでもよくなってきて、とりあえずリョーマは何も言わずに4人に白けた目を送った。
 「そんな訳で越前君、一緒に行かないv?」
 「嫌っス」
 今まであれだけ馬鹿にされ続けたというのにどこをどうしたら首を縦に振れるのか、自信に満ち溢れたその態度に呆れを通り越して最早尊敬したくなるが、なぜかそれを受けた不二の笑みが一層深くなった。
 「―――ファンタ1週間分でどう?」
 「・・・・・・」
 気持ちがそちらへとなびきかける。
 「あー! 不二ズリー!! 買収かよ!?」
 「けどしちゃダメ、なんてルールはないし」
 「人として最低の行為だな。越前の人権を考慮しろ」
 「お互いが納得すれば立派な『取引』だよ。別に人権侵害には値しない」
 「・・・・・・完璧だな」
 「アリガトv」
 その言葉と共に、軍配は笑顔の彼に上がりかけた。が、
 「にゃら俺だって〜!
  ―――おチビ! 俺と走ってくれたらこないだおチビのやりたいって言ってたゲーム貸したげる!!」
 「菊丸、お前までそのような事を・・・・・・。
  ―――越前、俺を選んだなら朝練遅刻時の罰、グラウンド
10周を1週間免除しよう」
 「本格的になりふり構わなくなってきたね、全員」
 「君には渡さないよ・・・・・・」
 ふふふと笑う不二を含めて愛用のノートに書き込む乾。彼にとって今日はさぞかし面白いデータが目白押しであろう。
 「ん〜・・・・・・・・・・・・」
 先程までとは異なり真剣に悩み込むリョーマ。乾は己のデータを更に完全なものにするべく、そんなリョーマに1つの提案を持ちかけてみた。
 「決まりかねているようだな、越前.
  ―――どうだい? 俺と行くなら牛乳1日
400ml、1週間守らなくて良いよ」
 「行くっス」
 即答。
 灰と化した3人を見て、シャーペンを走らせる乾。
 「なるほど.越前はファンタやゲームといった物の進呈、及びグラウンドの免除よりも牛乳を選ぶ、と」
  「「乾・・・・・・」」
 大石と河村が静かに呟く。この先の事態を予想―――というか確信したからこそなのだが、乾はそんな2人の(心の中での)涙ながらの訴えを無視した。
 「じゃあ行くか、越前」
 「ういっす」
 そして手に手を取り走る2人。グラウンドに出たところでくるりとリョーマが後ろを振り向き、
 「残念でした!!!」
 今だ立ち直れない3人に舌を出して怒鳴る。彼としては今までの扱いから考えればごく自然な事かもしれないが・・・
  ((越前・・・・・・・・・・・・))
 大石が胃を押さえ、河村がオロオロと5人に視線を送る。
 もう止められない。これから起こる大惨事は。







 結局。
 「越前、まだ戻らないのか?」
 「今戻ってもうるさいだけでしょ?」
 ゴールした後、乾の隣で座り込んだリョーマの言葉どおり・・・。





 「なんでこーなんだよ!!?」
 「そんなの僕が知るわけないでしょ!? 大体そもそも勝手に割り込んできたのは君達じゃない!!」
 「そんなはずはない。同時に辿り着いただろ」
 「不二がそもそもあんな提案しなきゃよかったんじゃん!!」
 「はあ!!? 何責任僕一人に押し付けてるのさ!! 『小さいもの』なんかで越前君選んだ英二に問題があったんでしょ!? 越前が背の低い事気にしてるのなんてみんな知ってるのに!!!」
 「不二、お前にその台詞を言う資格はないと思うぞ」
 「そーだそーだ!! 俺はまだ身長の問題だけじゃん!! 『かわいい』なんてそれこそおチビが言われて一番気にしてることだろ!!!」
 「越前君の可愛さなんて世界中の人が認めることでしょ!? それより手塚!! 君こそ何さ!! 『好きなもの』!!? 『むっつりスケベ』って影で言われてる事はどうやら事実だったようだね!!」
 「心外だな。俺は純粋に『好きなもの』を選んだだけだ」
 ―――等々。
 この見苦しい言い争いはタイムアウト(時間のかけ過ぎ)で3人が失格になった後も延々と続いたという。





・   ・   ・   ・   ・

 






 結論。一番悪かったのはこんなことばっかり書いた体育委員だと思う。――
byリョーマ


おわり・・・・・・










・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・   ・

 いやあ、やっとできました借り物競争その2。途中で『不正な処理』を理由にデータが上書き保存してない分全部消えたりといろいろ大変でした。まあ仕上がりはその時のものよりまだマシになりましたけど。おかげで(泣)。
 結局またも乾先輩の勝利でしたな。果てさてこの後彼はどうなるのか・・・・・・。

2002.10.2912.14