「英二!」
「あ、不二。おっはよ〜」
「おはよう。ホントに早いね。まだ1時間前だよ?」
「そーゆー不二こそ早いじゃ〜ん。
さてはおチビとのデートが楽しみで寝らんなかったにゃ〜?」
「それは英二でしょ?
僕は寝不足のだらしない顔を越前に見せるような真似はしないよ。それにデート中に注意力散漫になったりあまつさえ寝コケたりするような無様な事もね」
「俺今めちゃめちゃハイテンションだも〜ん。やんねーよンなコト」
「そう? それは残念」
「おい・・・・・・」
Later & Earliers
そもそもの原因は遅刻したリョーマにあった。いや、遅刻するとわかっていながら約束の1時間前に集合した英二と不二にか。
どちらにせよ待ち合わせ場所に早めに辿り着いた2人は、こんな会話を交わしていた。
―――『今日暑いね』
―――『だね。この調子だったら走ってくるおチビはすっげー喉渇くだろーね』
―――『ファンタでも買っておいてあげよっか。奮発してボトルで』
―――『あ、だったらさ・・・・・・』
お昼も買って外で食べないか。そのささいな提案により、2人はとんでもない事件に巻き込まれるハメとなった。
この出来事は、3人で付き合う限り永遠に2人の心の中で語り継がれる事となる。1つの重大な決意と共に―――
さてこんな2人は一体どんな事件に巻き込まれたのかというと・・・・・・。
♯ ♯ ♯ ♯ ♯
近くにあったコンビニにて買い物を済ませた2人。なかなかに繁盛しているコンビニらしく、休日の午前中、極めて中途半端な時間ながら店には10人近くの客がいた。
「よ〜っしじゃ〜デートデート!!」
「英二ってばはしゃぎすぎだよ」
(さり気に重い)中身入りビニールをぶんぶんと振り回す英二。お釣りを貰いながら、不二もまた楽しげに笑った。
店を出ようと英二がドアに手をかけた、その時―――
バン!!
「俺達はコンビニ強盗だ!! 全員手を上げろ!!」
いきなり入り口が開き、わらわらと覆面男がなだれ込んできた。
「へえ。けっこーうまいじゃん」
「そうだね。格好はともかく状況判断は良く出来てる。なかなか優秀な参謀でもいるのかな?」
銃で脅されるまま他の客と共にコンビニの奥に固まりつつ、2人はそんな評価を下した。
一見テレビの見すぎと突っ込みを入れたい入場方法だったが、このような犯行を行なう場合犯人の取れるパターンは大別して2つ。気付かれないようそっとレジに近付き、店員のみを脅して金を取るか、さもなければ今回のように身分をさっさと明かすか。
だが前述したようにここのコンビニは割りと人が多い。店員のみを脅そうにも他の客に気付かれる恐れがある。しかもコンビニは店内の広さに比べ陳列棚が多い。つまりはやたらと死角が多くなるのだ。そこに隠れて反撃など食らおうものならたまったものではない。反撃―――はまあ普通ないだろうが、逃げられたり警察へ通報されたりなどしても同様。
そういった事の予防策として、今回の方法を選んだのだろう。予め客も店員も1箇所に集めてしまえば後は見張るだけでいい。声を全員に聞かれるというデメリットはあるが、声色やしゃべり方などで固体が認識される場合など余程特徴がない限りまずない。しかも先制攻撃にてパニックに陥った(と予測される)一同に、そんなものを冷静に聞けるだけの理性が残っているとも考えにくい。
―――ちなみにこのようなことを考えられる2人は、当然の事ながら冷静である。犯人らももう少し落ち着いていたならば気付いただろう。思い切り開いたドアにぶつかって倒れたように見えた英二が、実は自ら体を後ろに倒し激突を避けていたことも。「手を上げろ」という言葉に絶妙な―――反射ではないが怯えて動作が遅れたわけでもない―――タイミングで不二が手を挙げた事も。そして至極冷静に動いた2人に誘導される形で他の客や店員も行動を取った事も。
行動を取った―――結果、2人にとってはあまり嬉しくない事が起こった。冷静だった―――もとい冷静になった店員がさっさと警察への通報ボタンを押してしまったのだ。閉まるシャッター。鳴り響くサイレン。あっという間に事態は(2人にとって)最悪の方向へと転がっていった。
「まずいね。どうしようか」
「やっぱこーなったら強行突破だろ」
「それはもっとまずいよ」
「なんで?」
「そんな事したら待ち構えてる警察に捕まるじゃないか」
「何で? 俺ら犯人じゃないじゃん」
「警察の面子を丸潰しするようなものだからね。無事を確認されて誉められて、さらには叱られて。一体何分かかると思ってるのさ?」
「げ・・・。それはマズいか・・・・・・」
「その上マスコミの格好の餌食になるよ。ネタにしやすいしね」
「ゔ・・・。マジでだめっぽい・・・・・・」
怯える人質らに混じって、英二と不二もまた神妙な顔でぼそぼそと話し合う。
マズい。非常にマズい事になった。約束の1時間前に余裕で辿り着いたというのに、トロくさい警察と犯人のおかげで既に待ち合わせ時間を2分ほど過ぎている。
「越前が遅れたと仮定してもせいぜい15分」
「最悪もういんじゃねーのか?」
「十分考えられるね。本当に彼の行動パターンは読みにくい・・・・・・」
ため息混じりの不二の一言。彼にしては極めて珍しい台詞ながら、それをからかうだけの余裕は英二にもなかった。
本当にリョーマの行動パターンはわからないのだ。いつも遅刻するかと思えばいきなり早く来たり。2人が約束の1時間前に来たのは、楽しみだからという理由の他にここにも関係してくる。2人より早く来たリョーマはたとえ2人も約束前に来ようが『遅れた』と見なし、完全に機嫌を損ねるのだ。拗ねたリョーマの機嫌を直すのにはこの2人であろうが丸1日かかる。せ〜〜〜っかくの部活休みにして丸々1日デートなどというラッキーデーをみすみすムダにはしたくない!!
「とりあえず連絡は―――」
「メールは送ったけど・・・・・・それで稼げて5分だね」
遅れるとは送ったが、その理由はいえない。コンビニ強盗に巻き込まれたなどという『面白い事』を2人だけでやっているとバレれば、それこそ不機嫌絶好調モードへと移られる。
「ったくなんでこんな事になんだよ・・・・・・」
「何で僕を見て言うのかな?」
「てめーといてロクな目にあった事ねーじゃねえか」
「むしろキミのほうでしょ? トラブルメーカーは。
―――ってこんなことしてる場合じゃないね。さっさと策を考えないと」
「っと、そーだったな」
無駄な問答[ケンカ]は数秒で切り上げ、目線だけで周りを探る。
入って来た強盗犯は全部で5人。見張りに2人。店員にレジを開けさせているのが1人。後の2人は―――退屈げに警戒しながらウロウロしている。コンビニに死角は多い。だがそれを補う形でつけられた鏡にその姿ははっきりと映っていた。
「位置取り最悪。やる気0。ムダな動き多すぎるし格闘センスはぜってーない」
「武器の選択の仕方も甘い。銃身の長いライフルやサブマシンガンはこの狭い空間じゃ使いにくい。見たところ拳銃を持っている犯人はいない」
「くっそー。めちゃくちゃ楽勝なド素人軍団なのに〜〜〜・・・・・・!!」
「厄介なのは警察とシャッターか・・・・・・」
拳を震わせ呻く英二に、顎に手を当てう〜んと悩む不二。2人のバッグが同時に揺れた。
犯人らに見えない位置でバッグから携帯を取り出し、液晶画面を見る。メール受信。
<5分だけ待ってあげるよ>
「不二大当たり・・・・・・」
「嬉しくないけどね・・・・・・」
長くため息を付く英二に、不二も苦笑いを浮かべた。さて、我らが王子様の設けたタイムリミットは5分。となるとどう動くべきか・・・・・・。
「この調子じゃ5分以内に事件解決は絶対無理」
「となったら強硬突破っきゃねーよな」
「問題はその方法。人質は一切傷つけずに犯人だけ効率よく無力化する方法にシャッターを開ける方法」
「店員に聞いたら? 開くんじゃね―のか?」
「多分無理だね。シャッターが閉まるのと警察への通報が同時に行なわれるのなら、開けるのも警察の許可が必要になると思う。そうそう簡単に開けられるようならシャッターの意味がない」
「んで、出たら出たで警察&報道陣[ヤジウマ]どもの攻撃ってか」
「さ、て・・・・・・」
不二が薄い唇を細い指でなぞっていく。その隣で英二もまた考え込んでいた。
シャッターは無理矢理破る、野次馬は無視する、と単純ながら策はあるのだが―――問題は人質。反撃されて怒った犯人が人質に発砲するかもしれない。あるいはこちらを狙って撃ったとしても外れや跳弾はいくらでも考えられる。相手が『ド素人』ならなおさら。
英二は自分に絡んできた人間やら自分の許せない人間やらを徹底的に叩くのは大好きだ。だが逆に一般人に迷惑はかけないというのが彼のポリシーだった。今携帯をマナーモードにしているのも、ここへ来たりする際歩きタバコを一切しないのもそれが理由だ。おかげで実のところ彼は周りに『いい子ちゃん』という目で見られていたりする。実際のところ酒・タバコ・ケンカは当り前の不良[ヤンキー]なのだが。
そして不二の場合、自分(と自分に関わるもの)以外はどうでもいいという徹底的な他者切り捨てタイプなのだが、だからこそ他人をむやみに傷付けたり迷惑を掛けたりするのは嫌いだった。このような行為は、一見他者を切り離しているようで実はこの上なく他者と関与しあうこととなる。
本当に切り捨てたいのなら善悪問わず関わらない事。関わるなら極めて浅く。これが不二のモットーだった。
―――のだが。
再び揺れるバッグ。あれからまだ1分しか経っていない。
訝しげに2人は再びバッグに手を突っ込んだ。やはりメール受信。
「「な・・・・・・!!」」
<丁度千石さんと会ったから俺そっち行くね>
大声を上げる2人に、全員の視線が集まった。もちろん犯人の視線も。
「何だてめえら!! 逆らおうってのか!?」
5丁の銃がこちらを向く中、2人は全てを無視してゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がった。
英二の手に握られていた携帯が、音を立てて粉々に砕け散る。
不二の手に握られていた携帯が、異常放電を起こして壊れる。
動作とは反対に完全に据わった目をお互い交わし、
2人は行動に移った。
「どけ」
一言呟き、英二が前にいた男の頭にかかと落としを見舞った。倒れかける男の首に踵を引っ掛け、右側に転がす。
「邪魔」
こちらも一言呟き、不二が持っていた20万ボルトのスタンガンを相手の首元に押し付けた。やはり倒れる男を左へと転がす。
「この・・・!!」
泡を食った男達がようやく動き出す。それと同時に2人もまた静から動へと動きを変えた。
周りを跳ね回る弾丸を棚の陰に隠れてやり過ごし、不二がプラスチック容器入りのデザートを手に取り、ラケットで軽く打った。テニスプレーヤーとして誉められたものでもないが、フレームに当たらない限りラケットが傷付く事もないだろうしガットは張り替えれば済む事だ。
さすが天才。放たれた売り物は棚を越え、放物線を描いて落下し、丁度痛い角度[ピンポイント]で男らの頭にぶち当たった。
ひるむ男達の手から銃が落ちる。鏡でそれを確認した英二が低い体勢で飛び出した。
「が・・・!」
「ぐわっ・・・・・・!!」
これでさらに2人。ラスト1人はかろうじて拾い上げた銃を英二に向け、しかし撃つ事は出来ずにじりじりと後退していった。
「撃たねえの? ならこっちから行くぜ?」
不敵な笑みを浮かべた英二が挑発とばかりに両手を広げ、1歩前へと歩む。男もそれに合わせて1歩下がり―――
「な・・・!?」
回りこんでいた不二に足を払われ、無様に後ろ向きに転倒した。弾みで引き金が引かれるが、その時には英二は既に棚の影へと飛び込み避難していた。
倒れる男の頭をぐしゃりと踏み込み、気絶させた後踵を返し、店入り口へと向かう不二。英二もまたそこへと向かった。
「ほいっ」
軽い掛け声と共に鍵のかけられたガラス戸を蹴り壊し、そこから手を突っ込んで不二がシャッターへとスタンガンによる高圧電流を流した。
さらに気絶した男からマシンガンを奪い取り、シャッターの渕に全弾叩き込む。
「いいよ」
「おしっ!」
気合一閃。シャッターを掴むと英二は両腕に全力を込めた。
日頃逆に思われがちなのだが、英二のパワーはかなり高い。よく考えれば解るだろう。片手1本で自分の体を飛び上がらせるような真似を平気でするのだ。普段のアクロバティックにより自然と鍛えられた結果、彼が瞬間的に発揮するパワーは青学重量級として有名な桃や河村に引けは取らないものとなっている。
「お・ら・あ・あ・あ・あ・あ・・・・・・!!!」
血管がぶち切れそうな気迫でシャッターを持ち上げようとする。その間にも不二はいつでも出られるよう、2人の荷物と購入物を奥へと取りに行っていた。
「うらあっ!!」
ガン!!
凄まじい勢いで跳ね上がったシャッター。恐らくもう2度と下ろす事は出来ないであろう。
「千石ぜってー殺す!!」
そんな決意を胸に口に、扉の前にて突入態勢のまま呆然としていた警官らを無視して―――どころかなぎ倒して待ち合わせ場所へと爆走する英二。
「ふふふ・・・。僕(ら)の越前に手を出そうなんて、千石もいい度胸じゃないか・・・・・・」
黒い笑みを浮かべ、不二もまた英二がなぎ倒した人たちを踏みつけ待ち合わせ場所へと向かった。
♯ ♯ ♯ ♯ ♯
「何、だったんだ・・・・・・?」
人質を助けての警官の台詞。気絶した犯人らは当分目覚めそうにない。そして人質らは―――
「殺、される・・・・・・!!」
「いやあああ!! 助けて!! 助けて!!」
完全に錯乱していた。
無理もない。いきなり暴れだした人質2名のおかげで至近距離で銃を撃たれまくり、死人こそ出なかったもののほぼ全員が流れ弾に当たったのだから。
人質2名曰くの『ポリシー』だの『モットー』だの。それらは『リョーマ』というキーワードの前には毛ほどの役にも立たなくなるらしい。
なおその人質2名。顔も声も店内にいた一同には十分にわかっているし、どちらも特徴のあるものではあったのだが―――2人の推測どおりパニックに陥った一同にそれを覚えていろというのは無理だったようだ。お互い名前を呼び合ってもいないし(周りに聞こえるようには)、その上ご丁寧な事に人質の使ったマシンガンはレジでかっぱらったらしいビニールが巻かれ、指紋もついていなければ硝煙も飛び散っていない。
「プロか・・・・・・?」
あまりの手練っぷりに警官らが首を傾げる中―――
♯ ♯ ♯ ♯ ♯
「あ、あそこなんてどう?」
「いいっスね」
「にゃ〜v おっ昼〜、おっ昼〜♪」
騒ぎを起こした人質2名含む恋人3人は、大きな公園の芝の上に買って来た食べ物飲物を広げていた。
あの後凄まじい形相にてリョーマの奪取に向かった英二と不二。その表情から言いたい事を察し、千石はさっさとリョーマに別れを告げて去っていった。尤も、去り際にリョーマにしていったライトキスのおかげで彼が今後も逃げ切られるかは不明となったが。
そんなこんなでなんとかリョーマとのデートを始めた2人の心には、
―――リョーマと出かける際は絶対目を離さないようにしよう!!!
そんな重大な決意が刻み込まれていた。
―――End
♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯ ♯
またしても暴力ネタ。そして今度はメイツ×リョーマに戻ってきました。といいつつ2人にとってコンビニ強盗は完全に脇役扱いでしたが。
ちなみにシャッターの壊し方。電流を流して外からの干渉をまず解除。マシンガンで直接固定部分を壊して、あとは力技。そんな感じでお願いします。いやそんなシャッターがコンビニについてるワケないでしょうが。
では以上、気まぐれわがまま王子に召し仕える下僕2名の苦労話(誤)でした。
2003.9.5
ああ、そういえばタイトル、『遅刻者と早退者たちと』といった程度の意味です。