青学テニス部期待のルーキーにして青学のアイドルたる越前リョーマは、実は重大な身体的・精神的疾患を抱えていた。
Missing Link す
全国大会を終えた夏休みの中間に、今まで部活漬けだったテニス部員らには幸せの、そして彼、越前リョーマには地獄のとある行事が訪れた。
ずばり―――お盆が。
丁度キリもよく、またこれからは世代交代のため大変になるであろう事を慮られての暫しの休息。最近スポーツに対する研究も増え、以前のようにただがむしゃらにやるだけというのは最悪生徒の命にまで関わるから、と特に強豪であるが故になされる過酷に行なわれるトレーニング(肉体的のみならず精神的にまで。まあ誰の成果ではなくせいかとは言わないが)が問題視されていた青学テニス部としては最大限の譲歩だった。もちろんこの間自主トレはサボらないようにと厳しく念を押されていたが。
―――そんな前置きはどうでもいいとして。
大切、かつ大変なのは1週間部活が休みになった事だった。
さて1週間後・・・・・・。
? ? ? ? ?
「行ってきまーす」
「あ、リョーマさん、待って」
「? 何? 菜々姉」
「はいコレは?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。不二先輩」
「正解v
―――行ってらっしゃい」
「行ってきまーす」
妙なやり取りの後引き戸を開けるリョーマ。手を振って見送る菜々子の手には―――1枚の写真が握られていた。
? ? ? ? ?
「おっはよ〜んおチビ!!」
「ぐ・・・・・・!!」
「にゃ〜vv 久し振りの感触が気持ちいい〜〜〜vvv」
「重・・・。どいて・・・・・・」
「はよっス英二先輩。朝から元気っスね」
「はよ〜ん桃。そりゃ久し振りの部活じゃん。元気になるっしょ!!」
「・・・・・・・・・・・・。
英二先輩重いっスよ!! どいてください!!」
「うにゃ〜!! おチビに怒られた〜〜!!」
「あ、桃先輩オハヨーゴザイマス」
「ういっす越前。相変わらず背ぇ伸びねえなあ」
「当り前でしょ? 一週間しか経ってないんだから」
「いっや〜。育ち盛りたる者1分1秒欠かさず伸びねえと。
―――お! 先輩だ」
がちゃ
「おはよう」
「にゃ〜。おっはよ〜!」
「ちーっス。先輩」
すたすたすた
にっこり
「おはようv 越前君vv」
「・・・・・・・・・・・・」
ふらふらふら・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぽりぽり・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
にこにこにこ
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ぽん
「・・・。ああ、おはようございます。不二先輩」
『・・・・・・・・・・・・』
部室全体が凍った。
何だったのだろう。今の彼の態度は。
なぜああも視線が泳ぐのだろうか?
なぜ時間稼ぎをするかのようにわざとらしく頭を掻くのだろうか?
なぜ挨拶を返すのに1分32秒も時間を要したのだろうか(by乾)?
そして何なのだろう。いかにも今思い出しましたといわんばかりのあの手の叩き方は。
何なのだろう。不二を指差し確認するように上下に振るのは。
何なのだろう。挨拶をするときの、『よし! 思い出した!!』と無言で語るこの表情は。
「―――越前」
凍った一同に代わり、部室の橋にある机にて書き物をしていた眼鏡の男が顔を上げた。
「えっと・・・」
「手塚だ。3年なので形式上はもう引退しているが、次期部長を夏合宿で決めるまでは部長を務めている」
「そーなんスか。で、手塚部長、何スか?」
「ってちょっと待ってくれ!!」
この上なくおかしいのになぜかごく普通に進んでしまう会話に、一同を代表して大石が突っ込んだ。
「何なんだ手塚。その新入部員に挨拶するような言い方は! 越前はもう立派な部員だぞ!?
それに越前! お前だってもう知った仲だろ!?」
「誰だっけ?」
どんがらがっしゃーん!!
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・おチビ、ナイスボケ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・っていうか、ボケてるのかな? 越前」
机に拳を叩きつけた姿勢のまま横倒れになる大石。黙りこくる一同の中で、とりあえず口を開き、しかしながら他に言う言葉が思いつかずそんな事を口走ってみたりする英二と河村。
他にも混乱寸前の者が多数いるが、とりあえず最も解決が早そうな人物へと手塚は顔を向けた。
「話題を戻すが越前、訓練はしっかりしている、とそう聞いていたんだが・・・・・・」
「だって写真って動かないじゃん。いきなりいろんな表情見せる人相手に即座に思いつかないっスよ」
「少なくとも不二ならば常に一定の笑顔だと思うが・・・・・・」
「だから思い出したじゃないっスか。しっかり」
「(1分半以上かけて『しっかり』なのか・・・・・・?)
それに菊丸と桃城はすぐにわかっただろ?」
「それ誰?」
「・・・・・・・・・・・・。菊丸『英二』と『桃』城武、だ」
「それならちゃんと最初っからそー言ってください。
お互い呼び合ってたじゃないっスか」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。やはり部員全員呼称の仕方を統一するべきか」
深く深くため息をつく手塚を見て―――
ようやく頭の回転が速く、そしてこのような場面でも『混乱』という事象を知らない数名が事態を飲み込み始めた。
「もしかして越前君・・・・・・」
「忘れてるのか? 俺達の事を・・・・・・」
汗を一筋たらした不二と乾の言葉に、他の者も『え?』と驚きを露にした。
目を見開く全員(リョーマ除く)の前で、
手塚は重々しく頷いた。
「忘れる、というと少々違うかもしれないが・・・・・・・・・・・・
越前は特殊健忘症だ」
「『特殊』・・・・・・」
「『健忘症』・・・・・・?」
「ああ。越前は一定期間以上ものを覚えている事ができない。これは通常の順行健忘症と同じだが、物事によってその期間が異なる。その中で人間は―――5分から1週間だ」
『1週間・・・・・・・・・・・・』
口をそろえて言い、ふと思い出す。長くて1週間。
―――お盆の休みは丁度1週間だった。
さらにふと思い出す。
―――『―――誰? アンタ』
コレそのままではないものの、似たような台詞ならリョーマはしょっちゅう吐いていた。ザコに対する挑発だと思っていたのだが・・・・・・。
「・・・・・・もしかしておチビちゃんって、素で忘れてた・・・?」
「今の話を聞く限りではその確率100%だな。恐らく彼らは『5分』という最低ランクだったのだろう」
「ちなみにじゃあ・・・俺達は・・・・・・」
「今までそんな様子はなかったよなあ・・・」
「今まで部活のなかった最長時間を考えると―――2日くらいは平気なんじゃないかな・・・・・・」
「それは・・・・・・光栄だな・・・・・・」
先程思い切り忘れ去られた(正確にはその中の1人)大石が、引きつった笑みを浮かべていた。
その中で―――
「ねえ手塚」
最初以来一言も発言しなかった不二が、うつむき気味だった顔を上げた。顎が離れ手持ちぶさたとなった人差し指を軽く立てて、
「何で君はそんなに知ってるの?」
混乱する一同の中で唯一普通にリョーマと話をした手塚。あの大石曰くの『新入部員に挨拶するような言い方』はリョーマの事を知っていなければ出来ない―――いや、やらない筈だ。
一見意味のない素朴な質問。しかしそもそもリョーマが健忘症だった事すらここにいる他の人は誰も知らなかったのだ。リョーマが直接話したか、あるいは・・・・・・
「ああ、越前が入部するにあたって竜崎先生から聞いていたんだ。テニスに関しては一切問題ないから気にしないでくれ、と」
「テニスに関しては?」
「さっき言っただろう? 越前の『忘れ方』は物事によって大きく変わるらしい。その中でテニス・食事・入浴・愛猫の4点に関しては決して忘れないそうだ」
「さすが越前・・・・・・」
聞いていた桃が思わず呻く。リョーマの特技はもちろんテニス。食事、それも純和食が好物で趣味は風呂に入れる入浴剤を選ぶ事、飼い猫カルピンは目に入れて痛くないほど可愛がっている。
―――本気で自分に関わりのあることしか興味はないらしい。
「ついでに竜崎先生も越前のご両親に頼まれたそうだ。『記憶に残りやすい特徴的な部員のいるテニス部を紹介してくれ』と」
「それで青学[ココ]・・・・・・?」
「―――『個性』に関して今更言う事はないだろ?」
呟く不二に答える手塚。一瞬間が開いたのはさすがにそれを真正面から認めるのはイヤだったからか。
「しかしやはり駄目だったか。となると後はルドルフか氷帝か、といった程度か・・・。山吹は千石1人が個性に満ち溢れているからな・・・・・・。ああ、六角という手も―――」
そう真剣に悩み込む手塚に、クレームがあちこちから飛んできた。
「にゃ〜〜〜!! タンマタンマ!!」
「そうっすよ手塚部長!! 個性なら俺達誰にも負けません!!」
「(負けてくれ頼むから・・・・・・)」
「ちなみに手塚、ではさっき言ってた『訓練』っていうのは? まあ大体の予想はつくが」
「越前はこのように人と会わない期間が長い場合、写真を使って『学習』しているらしい。
―――なお結果は先程の通りだが」
「なるほど。確かに実際に会うのに比べて『覚え』にくいだろうね」
「勉強嫌いの越前らしい、といえばその通りだな」
全く、とため息をつく手塚。その周りでは、この状況の全貌が見えた一同がリョーマを見やってやはりこちらも大きくため息を付いていた。
そして、4ヵ月後・・・・・・
? ? ? ? ?
「年末年始も変わらずおっはよ〜ん!!」
「ぐ・・・!! 英二先輩重いっス!!」
「はよっス英二先輩。朝から元気っスね」
「あ、桃先輩オハヨーゴザイマス」
「ういっす越前。相変わらず背ぇ伸びねえなあ」
「当り前でしょ? 1日しか経ってないんだから」
「いっや〜。育ち盛りたる者1分1秒欠かさず伸びねえと。
―――お! 先輩だ」
がちゃ
「おはよう」
「にゃ〜。おっはよ〜!」
「ちーっス。先輩」
すたすたすた
にっこり
「おはようv 越前君vv」
「おはようございます。不二先輩」
結局、脳外科でも精神科医でもない彼ら部員に出せる提案は1つだった。
即ち―――なるべく部活を行なう、と。
おかげで休みはほぼ全て没収。年末年始だというのに休めたのは31日の午後と1日の午前のみだったが、それに文句を言う者はいなかった。これ以上長くにすると―――かつてのレギュラー仲間除く全員が『忘れ』られるのだ。
『最長1週間』
リョーマが人を覚えていられる期間。これが実は長い部類に属すると彼ら一同が知ったのは、あの騒ぎの後すぐの事だった。確認のため竜崎に尋ねたところ、
―――『ああ、その事かい。リョーマの家族も「こんなに長いのは初めてだ」と喜んでたよ』
と、返事が返ってきたのだ。
そしてそれを証明するかのように、元レギュラーら以外の部員は1日部活を休みにするだけで―――どころか朝連を終えて放課後になっただけで「アンタ誰?」と面と向かって訊かれたりしたのだ。
せっかく可愛いマスコットとして部員皆で愛でている少年に、会う度「誰?」と尋ねられるこの虚しさときたら!!
そんなわけで過酷な練習は体に悪い云々は、もっと差し迫った死活問題を前に紙クズの如く吹き飛ばされた。
そして―――
? ? ? ? ?
「よし! 今日も部活を始めるぞ!!」
『おー!!』
ここ青学では、元旦たる今日もまたテニス部の号令が響き渡る――――――。
―――End
? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ? ?
以上、リョーマの記憶喪失(?)話でした。そしてタイトルの『missing link す』。―――『一部かけた輪』というよりこのリョーマだとそもそも『輪』になりそうにありませんね。片っ端っから忘れたまんま。
なお3年が今だに部活に顔を出しているのは・・・・・・もちろんリョーマに『忘れ去られ』ないためです。
2003.9.6