円満なお付き合いをする上で、家族の了承は必須である。
幸せ家族計画
「あれは・・・・・・」
待ち合わせ場所に向かう途中、跡部は人込みの中に見知った―――早い話がその待ち合わせ相手の姿を見たような気がし、立ち止まった。一瞬だけ見えた横顔。意識した瞬間にはもう人込みに消えていた。
首を傾げる。時計を見ればまだ時間には早い。大体自分が現在の位置からのんびり歩いてぴったりな位。遅刻魔な相手は今頃漸く家を出た程度のはずだ。
(それに・・・・・・)
曲げていた首を伸ばす。自分の頭に軽く手をやる。春の身体測定で、自分の身長は175cmだった。
さて人込み。不特定多数の人が行き交うこの空間。『不特定』であって決して小学生の集団だったりするワケではない。男性平均170cm、女性平均158cm+ヒ−ル分といった感じであり、どちらにも到達しない相手の姿をこの人込みで確認できるとはとても思えない。
考え込み・・・
「―――ま、いっか」
どうせ待ち合わせ場所につけば判明するだろう。軽く考え、跡部は肩を竦め歩き出した。
v v v v v
問題の待ち合わせ場所にて。
「は〜・・・は〜・・・は〜・・・・・・。やっと撒いた・・・・・・」
いつもよりずっと早く着いたリョーマは、謎の台詞と共に額にべったり掻いた汗を拭い取った。
息が落ち着き、それに反比例して苛立ちが高まる。
「おっそいな〜あの人。何やってんだよ・・・。早く来いよな〜・・・・・・」
・・・もちろんそんなリョーマは知らない。自分が遅刻魔過ぎるおかげで相手も時間より前に来なくなった事を。
「早くしないと見つかっちゃうじゃん・・・・・・」
「―――誰にだ?」
「うどわっ!!」
後ろからぽんと肩を叩かれ、面白いように跳ね上がる。
恐る恐る後ろを向く。この声。この態度。これは間違いなく・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・リョーガ・・・」
「よっ、チビ助。逃げるなんて酷でえじゃん。そんなに俺が嫌いか?」
「嫌い」
「何だよ素直じゃねえなあ。ここは一発、このお兄様の腕に飛び込んで来いよ」
「嫌いだって言ってんだろ!?」
ようやっと落ち着いた息を再び荒げ、リョーマは思い切り叫び返した。飄々とした態度の男―――実の兄である越前リョーガに向かって。
が、会うのは半年振りでありながら全く変わらないどころかバージョンアップしたクソ生意気な弟の態度も、完全に慣れきったこの兄には通用しない。益々楽しそうに笑い、
「う〜わ〜。サミシー事言うなあお前。ま、別にいいけど―――
―――――ところで何で俺から逃げてたんだ?」
さらりとした口調で問う、ぐさりと心臓を突き刺す質問。ぐっ・・・と詰まるリョーマを、にやにや笑って見下ろす。
虫眼鏡で太陽光を集めたような、燃える眼差しで兄を睨むリョーマ。しかしながらこの程度で灰となってくれるほどこの相手は甘くはなかった。
急いでいた理由。簡単だ。この男に待ち合わせ相手を合わせたくないから。非常に悔しい事ながら、父、自分、そして兄の好みはぴったり同じらしい。キレイどころで強気な性格。実際強ければなお良し。
・・・・・・待ち合わせ相手はこの条件に完璧当てはまる。実際かつて(偶然)父が会った際、いきなりナンパしだしたのをぶん殴って止めるハメとなった。おかげで家には一度も連れて行っていない。
悩んだ末・・・
「別に何だっていいだろ? 久しぶりに日本来たんならどっか適当に遊んでりゃいいじゃんわざわざ俺になんてついて来ないで」
「暫く会わない内に随分口数増えたな」
「「ウルサイ」」
「―――とでも言う? お前の言動はお見通しだぜ?」
「アンタ本気でうっさいよ」
「はいはい。麗しゅう姫はご機嫌ナナメです、と・・・」
「――――――越前?」
かけられた第3の声に、『越前』2人が揃って固まった。
(サイアク・・・・・・)
頭に手を当てるリョーマ。そして・・・・・・
(へえ・・・・・・)
―――リョーガはそちらを向き、軽く口笛を吹いた。
v v v v v
(どーなってんだ、こりゃ・・・・・・)
時間ぴったり、待ち合わせ場所に着いた跡部はいつものように呼びかけ――――――て止まった。
呼びかけに応じ、こちらを向く2名。1人は呼びかけた当人。そしてもう1人は・・・・・・
・・・・・・呼びかけた当人に、割とよく似た男だった。
(アイツはさっきの・・・・・・)
洞察力は元々優れている方だが、最も得意なのは人間観察だ。先ほど見たのは僅か一瞬だが、その時の記憶の姿―――身長に始まり顔つき、服装、全体の特徴、一瞬の癖など―――と目の前の男はそっくりだった。間違いなく人込みの中で見たのはこの男だ。
1人で確認した上で、さらに観察する。隣にいるリョーマごと。
見れば見るほど似ている。コピー的そっくりさではなく・・・・・・リョーマがもう少し成長すればこうなるだろう見本品としてのそっくりさ。
緑濃色の髪。長さもまた同じ程度。
ふてぶてしいながらも子ども特有のあどけない顔つきのリョーマに比べ、この男はあどけなさを精悍さへと変化させた感じ。いずれにせよ人目を引く事に変わりはないようだ。先ほどから特に女子がちらちらとこちらを見ている。
雰囲気全体もそんなものだ。ふてぶてしく、世の全てを舐めきったようでその奥に潜ませた強い輝き。ふいに思い出す。そういえばリョーマの父親も似たようなものだったか。
(あ〜・・・・・・)
何となく、この男の正体がわかってきた。
(そーいや・・・・・・越前に家族の話ってされた事ねえな)
予想付ける跡部だったが―――
事実は少しだけ違っていた。
「ほ〜ら紹介紹介♪」
その男―――もちろんリョーガに促され、リョーマは嫌々渋々跡部と向き直った。
「えっと・・・、こっちのが俺の兄貴のリョーガ。んでもってこの人が跡部さん」
「始めまして跡部クン。俺は紹介であった通りコイツの兄貴で越前リョーガ。よろしく」
「あ、ああ・・・。俺は跡部・・・景吾、です。よろしくお願いします」
普通に言いかけ、敬語に直す。見た目といい口調といい、リョーガは自分より年上に見えたからだ。
向こうもそれを悟ったのだろう。気楽にぱたぱた手を振り、
「ああ、普通でいいって。敬語とか使ってても疲れるだけだろ?」
「そういやアンタの方が一応上だったっけ?」
「一応かよ・・・。お前本っ気で俺の年齢忘れてんだろ。これでも15、日本でいったら立派な中3だぜ?
ところで訊いてなかったけど跡部クン、君いくつ?」
「14で中3」
「お前に訊いてねえよ」
「アンタの興信所まがいの質問攻めにいちいちこの人が答えるワケないでしょ?」
「おい越前・・・。さりげにそれ俺までけなしてねえか・・・?
にしても―――『日本でいったら』って? そもそも結局同じ年代じゃねえか」
つまり日本の中学には通っていないらしい。帰国子女だというリョーマの履歴と考えると・・・
「ああ、俺ずっとアメリカいてね。コイツはまだガキだから親父と母さんと一緒に日本帰って来たけど、俺は全寮制の中学入ってたし別にいっか、って事で。
んで今回は半年振りに家族の顔でも見ようって帰って来たんだけど・・・・・・」
かなりハイペースだったリョーガの口調が徐々に落ちていった。
つ、と目を細め、笑みを浮べる。跡部に向け。
「・・・・・・で、お前リョーマの何?」
「ああ?」
険悪になる空気。合わせ、跡部の口調も普段のもの―――敵意剥き出しの俺様帝王のものとなった。
「人付き合いの嫌いなチビ助が休日にわざわざ、それも俺撒いてまで会おうとしたって状況から考えりゃ思いつくのは1つだけどよ・・・、実際のところどーよ?」
「つまり―――俺と越前が恋人か、ってか?
そうだぜ?」
ためらう事無く、どころかわざわざ一文字一文字強調される言葉に、聞いていたリョーマが顔を赤くした。一応そういう関係ではあるが、面と向かってすら言われた事がない。なのにいきなり人前、それも家族に向け宣言するとは。
薄く笑みを浮べる跡部の視線。「なあ?」と問うように向けられ、リョーマは口元を押さえふいと顔ごと背けた。まさかここで向こうも思い切り頷く事を望んでいたわけではないだろう。やったら即座に病院に送られそうだ。
熱々カップルにまたも口笛を吹くリョーガ。果たしてこれは何を意味しているのか。
笑みのまま、1歩詰め寄り、
「大事な弟をロクでもねえ奴にやるワケにはいかねえなあ。
ラケット持ってるからにはお前もテニスすんだろ? 俺と勝負しねえ?」
「ほお・・・」
「ちょっ・・・!! リョーガ!!」
「ああ? いいじゃねえか。お前だって弱ええ奴は嫌いだろ?」
「そーいう問題じゃない!! 何勝手に決めてんだよ!!」
「別にいいじゃん。それとも何か? コイツは俺に負ける位弱い、と」
「ゔ・・・・・・」
リョーガの言い分にリョーマが詰まる。ここは本来否定すべきなのだろう。が、
(リョーガと跡部さん・・・・・・? どっちが勝つんだろ・・・・・・?)
今日ここへ来る前に付き纏ってきたリョーガを大人しくさせるために勝負を挑んだ。そして惨敗し、逃げてきた。
自分も腕を上げたつもりだったが、リョーガはこの半年でさらに実力を上げてきたらしい。
頭の中でリョーガと跡部の試合をシミュレートしてみるが・・・・・・勝ちは紙一重でどちらにもなる。
さらに悪い事に・・・・・・
・・・・・・こう言っちゃ何だが、跡部はテニス馬鹿だ。手塚との試合でのはしゃぎっぷりを考えれば、互角となるリョーガにもまた惹かれるだろう。手塚に向いた視線を戻すのにどれだけかかったと思ってんだ!? しかも今度は相手が敵になんぞ!!
「ゔぐ〜・・・・・・」
思考回路をちょっとショートさせてみるが、それを言葉にする術が見つからない。ヘタに言えば余計に跡部の興味を引く。もう既にそうだ。リョーガの高飛車な態度は跡部の天より高いプライドを着実に刺激している。
恨めしげに見上げるリョーマの頭をぽんぽんと叩き、
リョーガは改めて跡部に向き直った。
「俺に勝ったらチビ助との付き合い認めてやるよ」
額に突きつけられた指。その向こうでは「自分が弱い」と言われ否定しないリョーマ。
腹の底からムカつく。
リョーガの手を払いのけ、
跡部は綺麗に綺麗に笑ってみせた。
「いいぜ。てめぇのその鼻っ柱、俺様直々にへし折ってやるよ。ありがたく思いな」
v v v v v
タイブレーク無しの1セットマッチ―――即ち引き分けもあり得る形式で行われた勝負は、リョーマの予想通りとなった。
「6−6。はい、これで終わり」
言葉尻に「もーこれでいいだろ!?」と「も〜行こうよ〜」をまじえ、リョーマが最後の判定を下す。
互いは荒い息のまま近寄る2人。
「へえ。随分やるじゃん」
「この俺様についてくるたあ、なかなかやるじゃねえの」
言葉と裏腹に清々しい笑みで握手をしようとする―――跡部の手を、
リョーガが掴んで引き寄せた。
触れるほど近くで、囁く。
「やっぱお前最高だよ。気に入ったぜ」
さらに引き寄せ―――
ばしり!!
リョーガは死角から放たれた跡部の裏拳に頬を打たれた。
繋いだままの手を残し傾くリョーガの体。一歩踏み出しとどまり、見やる。
払われた手の向こうにあったのは、試合前と同じ綺麗な綺麗な笑みだった。
「悪りいな。俺は俺が認めたヤツにしかそういう事はやらせねえ主義だ」
「つまり、俺は認めてないって?」
リョーガの質問にリョーマも疑問げに頷く。そうなるのが嫌から会わせたくなかったというのに。
2人の質問に、
跡部も頷きで答えた。
「俺を敬遠するヤツも嫌いだが、俺を見下すヤツはもっと嫌いだ。俺に気に入られてえんなら俺を舐めんじゃねえ」
「なら・・・リョーマは合格だ、ってか?」
「当然だ」
再度頷き、
「え・・・?」
跡部はリョーマの腰を引き寄せた。
「ちょっと・・・、跡部さん・・・・・・」
弱々しい反論は無視し、そのままキスをする。首に手を絡めてくるリョーマ。合わせ、キスも深くなる。
離れ・・・
「ま、てめぇがどういうつもりでつっかかってきたかはともかく、引き分けだった時のルールは決めてねえ以上越前との付き合いはOK、って事だな」
「ちょ、ちょっと待てよ! 『俺に勝ったら』だろーが!! 引き分けは勝ちじゃねえだろ!?」
詰め寄るリョーガに、
跡部はにっこりと笑ってみせた。
「てめぇが認めようが認めまいが俺と越前の付き合いにゃ関係ねえよな?」
大口を開けて固まるリョーガをその場に残し、同じく固まるリョーマの手を引っ張って出て行った。
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1人残され、
「は・・・は、は〜っはっはっはっは!!!」
リョーガは腹を抱えて笑い転げていた。
「面白い!! 面白いよ跡部クン!!」
まさかこの自分にあんな一発をお見舞いしてくれるとは。
笑いを消し―――再び笑う。リョーマと同じ、にやりとした笑みを。
「なんにしても―――
―――次はもらうぜ、跡部景吾」
―――もらわれるのか跡部景吾!?(注:それ以前に『次』はありません)
おまけ
「アンタさ、リョーガがアンタ狙ってた、っていつから気付いてたワケ?」
「何のことだ?」
「へ・・・?」
「アイツ、お前の事好きなんだろ?」
「はあ?」
「随分お前の事可愛がってたみたいだからな、そりゃ他の男出来りゃ悔しがんだろ」
「じゃあ・・・・・・殴ったのは?」
「不用意に近付くヤツは大抵ああいう目に遭わせてるからな」
「・・・・・・・・・・・・」
(そりゃこういう天然ボケっぷりがこの人の魅力だけどさ・・・・・・)
―――これでいいのか跡部様(笑)!?
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はい。そんなワケでリョガ跡リョ。母が1/4やるスペシャルの宣伝として、映画情報を見た際『リョーガはリョーマの兄である』という類の情報を聞いたという話に萌え出来ました。いいなあ越前兄弟。見事なまでに趣味は被りそうだ。そしてこの兄リョーガ。映画はおろかスペシャルでちょっとは出るであろう動画を全く見ていないおかげで捏造甚だしいですが、大体心持としては(リョーマ+南次郎)÷2、実際微黒サエ・・・と何で誰を書いても結局サエになるのか・・・。なお今回、丁度2人の趣味に合いそうだったのが跡部だったのでこんなCPになりましたが・・・・・・意外とコレ不二でもいける? なよなよに見せかけリョーマを賭けての勝負には容赦しない不二様。リョーガもこれなら気に入るか・・・。
ではクドいですが捏造スペシャル。映画でたとえ実際のリョーガがこれとかけ離れていたとしても・・・・・・きっと直されないだろうなあ、一生。
・・・・・・と思ったら意外とかけ離れてない(誤)? とりあえず呼称だけ変えてみたり。なおリョーガの弟呼びが「チビ助」と「リョーマ」両方なのは、おふざけ時が「チビ助」、まともな時が「リョーマ」にしたからです。映画じゃ使い分けなんてしてなかったですけどね。
2004.1.2