今大会最年少で全米のワイルドカード入りを果たしたリョーマ。彼をぜひ取材したいと、大会前から日本を中心に多くの報道陣が押しかけていた。
「あ、あそこにいた!!」
そんなこんなで、今日もまた1組の取材チームがリョーマを撮りに、彼らの練習しているコートへと近付いていった。
ルーキー テレビに映る
1.リョーマ=男子シングルスのワイルドカード(日本)
ケビン=ただの付き添い。
跡部=ヒマなので来た。
佐伯・リョーガ=面白そうなので見に来た。
近付こうとした取材チーム。リポーターの女性がコートにいるリョーマに声をかけようとしたところで、
「行くぜ越前!! ラスト1球! せめて1ポイントくらいは取れよ!?」
「当たり前!!」
向いコートに立っていた跡部が、宣告と同時にサーブを放った。
「へえ。ここにきてタンホイザーかよ」
「さっすが、魅せてくれんじゃねえの跡部クン」
「これで決まっちまったらリョーマも情けねえよな」
コート脇で好き放題言い出す見物人こと佐伯・リョーガ・ケビン。バウンドした瞬間に、フレームを地面にこすりつける勢いで振り何とか返したリョーマに小さく舌打ちしたのはまあ毎度の事なのでいいとして。
返せはしたが浮いた球。冷静に見極め、
跡部はあえてスマッシュは放たなかった。後ろに落ち着いたまま、右へ左へ、自在に操りリョーマを揺さぶる。健気に左右に走るリョーマはまるで・・・・・・必死で車輪を回すハツカネズミのようだ。
「うわ〜。苛めっぽ〜」
「景吾がSか・・・。どちらかっていうとMの方が合いそうな気もするけどな」
「つーかああ簡単に弄ばれんなよなリョーマも」
「―――あ、あの〜」
「ん?」
ターゲット変更。いくら練習中とはいえ打ち合っている最中に話し掛けてはマズいだろう。そう思い、リポーターはそこの3人にマイクを向けた。
「今コートにいるの、越前リョーマ君よね? 全米ワイルドカード入りした。何してるの?」
子ども相手には一応気安げに話し掛け親しみを持たせようと頑張るリポーター。その努力を汲んだらしい。3人は軽く目配せをして、
さっそく何か言いそうなケビンを、リョーガが後ろから拘束した。陰に転がす。
その間にも、佐伯がいつもの爽やか好青年でカバーに入った。
「ああ、10ポイントマッチ―――というと正確には違いますが、10ポイント中お互い何ポイント取れるかを競ってるんですよ」
「ちなみに今のところは?」
「9−0で跡部・・・越前の相手してる方ですね・・・の優勢ですね」
「チビ助もなっさけねえなあ。全っ然試合になってねえじゃねーか」
横から乱入するリョーガ。リポーターから視線を外し爽やか好青年の笑みも消し、佐伯は面白そうに笑った。
「ま、景吾もあれでも一応日本の中学テニス界じゃトップクラスだからなテニスやってるとき以外の言動は違う意味ながら問答無用でトップだが。越前相手とはいえそうそう簡単に負けちゃ帝王の名折れだろ。
まあ尤も・・・・・・」
苦笑する。
「―――皇帝真田が既に負けてるからな。別に今更景吾が勝とうが負けようが、周りには普通に取られるだけだろ。
ま、どちらかっていうと以前の練習試合じゃ策士策に溺れて6−6の引き分けだったっていうからそのリベンジか」
「真田って・・・こないだD2に出てた?」
「そうソイツ。今の中学テニス界No.1」
「それにチビ助が勝ったってかあ?
・・・意外と日本の中学テニス界って、レベル低いのか?」
「話はちゃんと聞けって。『今の』って言っただろ? ホントのNo.1は現在療養中。戻ってきたら真田がNo.2、景吾が五指の指に入るって程度」
「へ〜。ソイツんな強ええのか?」
「強いぜ? わかりやすく俺基準でいくと、景吾は勝とうと思えば勝てるかなってトコ」
「こないだしっかり負けてたじゃねえか・・・(ぼそり)」
「じゃあ以上で説明終了」
「すいませんでしたごめんなさい。突っ込み取り消しますから続けてください」
「仕方ないなあ。そんな地べたに額擦り付けて頼まれたら聞かないワケにはいかないじゃないか」
「やってねえよそこまで」
「じゃあいらないか」
「どーかこの通りです。お願いします」
「よしよしやっぱそうこなくちゃな。
んで景吾が唯一無二のライバル視してて互角の戦いを繰り広げた手塚は―――知らないからカット」
「知らねえって・・・・・・俺でも知ってんぜ手塚の噂は?」
回復したケビンもまた会話に加わる。そういえばケビンとリョーガ、どちらも対戦した相手はJr.選抜チームだった。話が早くて助かるものだ。
「厳密には対戦した事がないからな。青学相手の時は俺はいつも不二に回される。
で、似た理由で真田もカット。こっちも違うヤツにばっか当てられるからな。代わりに真田とこれまた互角な千歳を代理で置くと、大体勝ち負け紙一重ってトコかな?」
「あ、もしかしてこないだ言ってた『本気でやった相手』って・・・!」
「そうそう。千歳の事な。去年のJr.で手ぇ抜いてんのバレて勝負挑まれた。やっぱ強いヤツって見抜くんだなあちゃんと」
「・・・・・・そりゃ普段のてめぇと俺だの切原だの嬉々としていたぶってる時のてめぇ見比べたら普段手ぇ抜きまくってんのは誰だってわかんだろ」
「やってたんだ。やっぱやってたんだアンタ」
試合しながら会話は聞いていたらしい。コートから試合中の2人の声が聞こえてきたような気もしなくはないが、幻聴に答えると危ない人扱いされるのでさらりと流す。
「さて問題のNo.1こと幸村。コイツ相手には俺は完全に問題外だな。1セットマッチで4ゲーム取れればラッキーってトコ。ただし幸村は5ゲーム以上取られた事がないって言ってたから一応まだマシなレベルっぽいぜ」
「お前で4ゲーム限界かよ!?」
「いや〜。幸村ほど理由のわかんない強いヤツっていうのも珍しいからな。普通にやってるだけにしか見えないのに、ちょっとも油断しなくてもぼこぼこ点落とすからな」
「へ〜・・・・・・」
とりあえず話題は終わった。試合に目を戻すと、2人もちゃんと試合をしていた。
「オラどうした越前。攻めてこいよ」
自分で左右に振って攻めて来れなくした上での挑発。にやりと笑う跡部に、リョーマもまたにやりと笑う。
「そう焦んないでよ。すぐ行ってあげるから―――さ!!」
「ハッ! 上等」
それが合図となった。前へ飛び出すリョーマに、跡部もまた前に出る。
「ドライブA!!」
まずリョーマが仕掛けた。至近距離で放たれた強烈なドライブボレーを、跡部はスイッチブレードで楽々返す。
「甘い甘い」
「くっ!!」
ジャンプし体勢の崩れたリョーマ。横を抜けようとするボールをかろうじてラケットに当てるが、勢いに押され吹っ飛ばされた。
ロブで返る球。こちらも着地した跡部が、今度は膝のバネを使い高く跳躍した。
倒れたままのリョーマを見下ろし、
「破滅への輪舞曲! 踊ってもらうぜ!!」
リョーマのラケットを握る手に力が込められた。倒れたまままともに打ち返すのは無理。ここでラケットを弾き飛ばされれば次で確実に決められる。
そう判断しての事だろうが・・・
「ハッ!!」
放たれた跡部のスマッシュ1打目は、リョーマのラケットのグリップ―――ではなくスイートスポットに当てられた。
『な・・・!?』
リョーマとケビン、違う意味で上げられた2人の声が唱和する。スイートスポットに当てられたハズなのに、リョーマの手からはあっさりラケットがすっぽ抜けた。これでリョーマの負け決定。
次のスマッシュが打たれる。もちろんリョーマは取れなかった。
「10−0。俺の勝ちだな」
リョーマを見下ろし言い放つ跡部。観戦者の中で、まず佐伯が口笛を吹いた。
「やるじゃん景吾」
「今のはさすがに見抜けなかったな」
「え・・・? アレ、失敗じゃねえのか?」
ワケがわからず首を傾げるケビンに、リョーガが解説してやる。
「数学と物理学の応用ってトコだな」
「さすが景吾。中学での成績トップなだけあるな」
「うっせー!」
小学校で成績トップだった佐伯が賞賛を送る。なぜか怒られたが。
「・・・つまりどういう事だよ?」
「つまりな、
力っつーのは1つの方向に働いてるモンだ。例えばテニス。ラケットでボールを打つ場合は、ラケットの面に対して垂直に―――って長いから『ラケットの前後』って次から省略するな―――に働く」
「前にボール打ち込むんだから当たり前だよな」
「で、力っつーのは不便なことに、働いてる方向と、それと完全に逆の方向にはよく作用するがそれ以外じゃあんまり働かない、どころか最悪0になる」
「まっすぐ立ってるヤツに膝カックン仕掛けるとあっさりコケるだろ? 膝には重力と反作用で上下に力がかかってる。だからいきなり横から仕掛けられると弱い」
「跡部クンの破滅への輪舞曲ってのはこれの応用編だ。グリップにボール当ててラケット上下方向に力を加える。今まで打つために力入れてた前後方向とは90度ずれてる。だからやられたヤツはあっさりラケット弾き飛ばされる」
「けど今グリップじゃなくてガットに当てたじゃねえか普通に」
「そこが今回のポイントだ。言うなれば破滅への輪舞曲アレンジverってトコか」
「絶好のスマッシュチャンスに跡部クンが飛び上がった。お前ならどーする? ケビン」
「そりゃ・・・ラケット飛ばされないようにグリップに力入れる?」
「だよな。しかも宣言までした。となれば越前だって同じ事を考える。上下方向に力を入れて―――
―――前後方向の力を抜いた」
「さっき言ったのの繰り返しになるから省略するが、上下に強けりゃ前後に弱い。だから普通に打ってあーも簡単に弾き飛ばされたってワケだな」
「この技知ってるヤツ限定のアレンジだな」
「よ〜く知ってるチビ助はまさに恰好のターゲットってワケだ。すっかりしてやられたな、チビ助」
「やっぱこの間グリップで打ち返してやったのが相当堪えたのか・・・」
「・・・やったのかよ?」
「景吾には散々に怒られたけどな。いーじゃんフレームで打ち返してオッケーならグリップで打ち返したって」
「いやそもそもフレームでもあんま打たねえだろ・・・」
「打つヤツは打つぞ? 金魚掬いでワク使うのと同じノリだな」
「ありゃあれで店側に怒られんだろやっぱ」
リョーガの静かな突っ込みに肩を竦める佐伯。コートに目を戻すと、リョーマがとりあえず体を起こし座り込んでいた。
「苛め全開だったな」
「やっぱチビ助って見てると苛めたくてたまんなくなるからな」
今度はそんな外野2人の声を無視し、
跡部は腰を屈めリョーマが落とした帽子を拾い上げた。ネット越しに、見上げるリョーマの頭に被せる。
そのまま頭に手を押しつけ、
「俺様に勝とうなんざ10年は早ええぜ、越前」
「こないだ引き分けだったじゃん。しかもアンタの1人負けっぽかった―――」
「帰る」
「すんませんでしたごめんなさい。突っ込み取り消しますから帰んないで下さい」
「よし」
「ヘタレは越前家の伝統か」
「違う!!」
「違げえ!!」
座ったまま跡部の袖にしがみついていたリョーマ、及び自分の隣でリョーガが否定してきた。
「俺はお前以外にはぜってー頭は下げねえ!!」
「すっごい情けない自慢だったな・・・」
「俺のは『ヘタレ』じゃない!! 俺のは『甘え』だ!!」
「どー違うんだよ・・・・・・」
「けーごぉ〜。帰らないで〜・・・・・・(ぐすぐすえぐっ)」
「越前・・・//」
「うあ寒みーぜリョーマ!!」
「魂売んなよチビ助」
「馬鹿が2人だな」
「うっさい!!」
「うっせえ!!」
涙目で跡部を見上げるリョーマと見上げられてきゅんと来ている跡部。まさしくピンクの花咲き乱れるバカップル様。
目に毒なそれからは視線を逸らし、
佐伯は持っていた携帯に目を落とした。
「帰んないんなら別にいいけど、お前一度帰った方がいいぞ景吾」
「・・・ああ?」
首を傾げる跡部に掲げる。10分ほど前に来たメールを。
多分跡部の元へも行っていたではあろう。ただリョーマとの試合に夢中になって気付かなかっただけで。
「氷帝、この度全国大会の開催地が東京になった特例で関東から1校出場校を増やすに当たりその最有力候補に挙げられたそうだけど・・・
―――肝心の部長がいないおかげで参加の意思が示せないそうだ。このままだともう一回コンソレやり直して7位の学校繰り上げになるぜ?」
『なっ!!??』
広がる、跡部と―――リョーマの声。
これでラストだし全国に出たい気は山々だがそんなお情け出場はプライドが許さん・・・・・・と真剣な面持ちでわかりやすく悩む跡部に、
「帰りましょう跡部さん今すぐ!!」
「ああ・・・・・・?」
「今すぐ帰って全国出ましょう!! そしたら俺も心置きなく全国出ます!!」
「おいリョーマ!! 全米は!?」
「はあ!? ンなモンどーだっていいに決まってんだろ!? 何のために全国蹴って全米出たと思ってんだよ!?」
「何のため・・・って」
「この話来た時から疑問だったんだよな。なんで越前が全国じゃなくて全米選んだのか。確かに全米は強い選手とかいるかもしれないけど、それ以前に全国にだって十分いるだろ? というかまず回復して戻ってきた手塚はどうでもいいのか? とか思ったんだけどさ。
―――やっぱ氷帝いなかったから飽きたのか」
「当たり前でしょ!? あれっだけ俺が試合やろーやろー言ってたのにコノ人『大会で潰す』的発言さんっざんしといてそのクセやんの手塚部長とだしさ!! 俺なんか控え扱い!? 挙句あっさり負けてるし!! 終わりかよそれで!! 合宿じゃ当たれたけど決着つけらんなかったしそれで選抜合宿が始まれば違う班!!
何この納得できない展開!? 嫌気差すに決まってんだろ!?
と! ゆーワケだから!!
次はちゃんと俺と当たる!! いい!?」
「いやお互いそこまで残んなきゃ意味ねえだろそれ・・・。つーか青学じゃ俺は今度こそ完治した手塚と・・・・・・」
「い・い・よ・ね・も・ち・ろ・ん!!!!!!!!!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ああ」
「そーかやっぱヘタレはお前だったか景吾」
「うっせーっつってんだろ!?」
「え? 何? アンタやっぱ俺とやんのヤだ? なら別にいいよ? 俺が先に手塚部長潰してあげるからv 今度は回復不可能な感じで左腕丸ごとv もちろんテニス以外でvv」
「おい佐伯! リョーガ!! てめぇら越前にどういう教育施した!? なんか黒いぞ!?」
「え? 俺らはごくふつ〜に育てただけだよな? リョーガ?(にっこり)」
「そうそう。いーじゃねーの跡部クン。そ〜んなにチビ助に思われちまってvv」
「よっ♪ この幸せモノvv」
「なんだこのエセ家族・・・・・・(泣)」
「じゃあ今すぐGo back to Japan!!」
「落ち着け越前!! まずどこ向うつもりだ!? 空港ともホテルとも反対じゃねえか!!」
「じゃ〜な〜景吾〜!!」
「チビ助ともどもお幸せに〜♪」
「てめぇら覚えとけよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
跡部を引きずり何処とも知れぬところへと去っていくリョーマ。夕日の向こうへ消える2人を見送り・・・・・・
「さってんじゃ俺らも帰るか」
「何だよお前らも帰っちまうのかよ」
「まあな。さすがにそろそろ帰らないと俺達の全国出場もヤバくなる」
「ンなに全国っていいモンなのか?」
「いいぜ? 実力以上に個性溢れるヤツら総集合だからな。氷帝―――っていうか跡部と越前抜けて今年はイマイチかと思ったけど、幸村とか手塚とかも戻ってくるし新参が来たりでいろいろ動いたからな今年は。後はどういう組み合わせになるかだな。またいきなり強豪潰し合いとかするとますます面白いんだけどな。後『ダークホース』―――というか『黒いライトニング』だったか?―――がどう動くか、とか?」
薄く笑い、リョーガを横目で見やる。1年部長に続く2人目の六角秘密兵器を。
「あ〜あ。俺もマジで日本行こっかな。リョーマも随分楽しそうだし」
「お、それはそれでいいかもな。それだけ日本語出来んだから不便もしないし。
―――ただしこれで3年抜けるから、面白み半減するかもしれないけどな」
「は〜あ。残念」
「――――――あ、あの〜」
「ん?」
後ろから声をかけられ、3人で振り向く。既視感。というか数分前にも同じ展開があった。
向いた先にいたのは、もちろん取材しようとしていたリポーター。対象だったはずのリョーマに逃げられ途方に暮れる彼女に、
3人は異口同音に言った。
『まあそういう事だから』
「何がですかああああああああああ!!!!!!!!!????????」
―――結局リョーマが全米出場を辞退したため、企画倒れに終わった。
―――深い意味もなく『ヤ●キー 母校に帰る』と同じ語呂でつけられたこのタイトル、果たしてリョーマがちゃんとテレビに出れる日が来るのか否か・・・。
2005.3.30〜31