関東大会準決勝、青学対六角
D1。佐伯のアクロバティック封じに英二の電池切れ、樹のシンカーに不二のつばめ返し応用版などいろいろあった試合も、いよいよ5−2で3015。後2ポイントで青学の勝利で終わろうとしていた―――ところで。
 「樹っちゃん、そろそろ行くよ
 「任せたのね、サエ」
 六角サイドにてそんなやりとりが行われていたのには、



 ―――当事者ら+1名以外、誰も気付かなかった。







DEAD GAME





 




 不二の球を樹がシンカーで返す。やはりコードボール。ネットに触れた球が、本来ないはずの回転を生み出す。
 不二がつばめ返し―――完成形のつばめ返しを打ち放つ。これでマッチポイント―――
 ―――の筈だった。
 「しまっ・・・!!」
 不二の焦りの声。つばめ返しの打たれた先では、今までただ避けているだけだった前衛の佐伯が立ちふさがっていた。
 「甘いよ、不二」
 「英二! 取って!!」
 「え・・・?」
 不二の悲鳴じみた声に、今まで目を閉じカウントをしていた英二がきょとんと顔を上げた。自分の充電作戦は不二も気付いていただろうが、それは最後の切り札。ラスト1球までは不二が攻めてくれるはずだった。
 だが言われたからには動かなければいけない。目の前には佐伯。確かにボールを打とうとしている。
 とっさに英二は動こうとして・・・
 「頼みの菊丸に任せる、か。考えたね。でも―――
  ―――左に動く」
 「あっ・・・!!」
 ばん!!
 佐伯の予測どおり、彼から向かって左に動いてしまった英二。『とっさ』の事に逆へと戻る事すら忘れていた。
 英二とは逆に右に向かっていた不二。だが佐伯の超アングルショットは後衛の彼では届かなかった。
 「
3030!」
 審判の合図を聞きながら、佐伯が薄く笑った。
 「さすが菊丸。いい反射神経してるね。『とっさ』に声が聞こえたのと逆側に動いた。そうやってフォーメーションを崩さないように、オープンスペースを作らないようにした。天性のダブルスプレイヤーだ」
 佐伯の言葉に、英二の体にはなぜか震えが走った。なぜだろう。誉められているのに、なのに・・・
 (嫌な予感する・・・。さっきまでと比べ物になんないくらい・・・・・・・・・・・・)
 佐伯の視線―――佐伯のターゲットが、今度は不二へと向いた。
 「失敗だったね不二。菊丸の頭脳見くびり過ぎ。『とっさ』に自分の声のした方に走る事を狙ったんだろ?」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「ノーコメント。肯定だ、って、受け取っていいのかな?」
 「・・・・・・肯定だよ。まさか英二がそっちに動くとは思わなかった」
 「そこが天性のダブルスプレイヤーとシングルスプレイヤーの差か。残念。お前にダブルスは無理だよ。それに―――
  ――――――お前が俺から逃げるのも無理だよ」
 「気付いてたんだ」
 「最初は騙されたさ。何でお前が俺との勝負をシングルスじゃなくてダブルスにしたのかと思ったら」
 「悪いね。他にダブルス要員がいないんだ」
 「言い訳なら菊丸にしろよ。可哀想に。お前に囮代わりに使われてもうボロボロじゃん」
 「な、に・・・・・・?」
 動揺する青学サイド。今佐伯はなんと言った? 英二は不二に囮代わりに使われた?
 「どういう、事・・・? 不二・・・・・・」
 泣きそうな笑顔で、英二が尋ねる。
 そんな英二を前に、
 不二は歯を噛み締め俯いた。それこそ肯定の証。
 「俺が代わりに答えてあげるよ菊丸。不二は自分の動きを俺に読ませないために―――自分がフリーになるためにお前をパートナーに選んだ。お前のアクロバティックなら俺が予測できるようになるまで時間がかかると思ったからだろうね。お前は不二の予想通り、いやそれ以上に動いてくれた。俺の読みをさらに上回った。おかげで3ゲーム先制する事が出来たワケだ」
 言葉が頭に染み込むごとに青褪めていく英二。英二にとって、ダブルスとは今まで互いの信頼の上に成り立つものだった。黄金ペアの大石はもちろん、即席ペアの桃とだってそうやって乗り越えてきた。今回だって、不二とだってそうだと思っていた。クラスメイトで、部活もずっと一緒で。自分達は親友だ。だから信頼関係もちゃんとある。そう・・・思っていたのに。
 「英二!! 聞いちゃ駄目だ!!」
 後ろから腕を引っ張られる。簡単に揺れる体は英二の今の精神状態を表していた。
 振り返る。震える瞳で、その先にいた不二へと問う。
 「不二・・・、お前、俺の事利用してたの・・・・・・?」
 「違う英二!! そんな事ない!!」
 「無駄だよ。もうお前の声は届かない」
 「〜〜〜っ!!」
 不二が佐伯を睨み付ける。感情剥き出しの様。かつて観月を相手にした時ですらここまでではなかった。
 睨みを無理矢理笑みに変え、震える声音で囁く。佐伯と―――その後ろにいた樹に聞こえるように。
 「それなら、君らに関しても同じ事が言えるんじゃないかな? 囮にしたね? 樹君を僕に対する」
 わけのわからない言葉に、会場中がざわめいた。ただし・・・・・・六角サイドを除いて。
 佐伯がふっと笑う。
 「囮? とんでもない。お前への逃げ道だろ? 周りは随分好き勝手に言ってくれたみたいだけどな。俺にボールを回す事が逃げ? とんでもない。お前は俺にボールを回したくなかったんだろ? 俺に回せばその瞬間にお前の負けが決定する。だから樹っちゃんにずっと勝負を挑み続けた。そして、
  ―――だから俺がボールを取った時『しまった』と言った。さっきの言葉、途中で切れてたけどそう叫んだんだろ?」
 「言い訳はそれこそ樹君にしなよ。結局彼が君にとって都合のいい手駒扱いされたことに変わりはない」
 「してるさ既に
 「え・・・?」
 「樹っちゃんは俺の作戦を全て知った上で、俺のパートナーになる事を選んだ。そうだろ? 樹っちゃん」
 「その通りなのね」
 「なん、で・・・。
  君はそれでいいのか・・・・・・?」
 「いいんだって。だから俺は今まで菊丸相手にしか動かなかった。樹っちゃんはぜひお前と勝負がしたかったそうだよ」
 「だからサエは俺の頼みを聞いて今まで手を出さなかったのね」
 「それで、か・・・。なんでまるで英二の回復を待つかのように、君が一切手を出して来なかったのか不思議だったんだよ」
 「タイマンを邪魔するほど俺は無粋じゃないからね。それに―――
  ―――挽回なら今からいくらでも出来る。逃しはしないよ、不二
 ターゲット確定。この瞬間、勝負は不二
&英二対佐伯&樹のダブルスから、不二対佐伯のシングルスへと変更された。
 もう話す事はない。不二は肉体的・精神的にボロボロになった英二に近寄った。
 とっさに引こうとする英二を抱き締め、耳元に囁く。
 「ごめんね英二。それと、
  ―――もう大丈夫だから君は休んでていいよ」
 「不、二・・・・・・?」
 ベースラインよりさらに外、フェンスぎりぎりまで下げられた英二。手を伸ばしても、その先にあるのは決して振り向かない冷たい背中だけだった。
 向こうでは、樹もまた後ろに下がっていた。
 これで、コートに残ったのは2人のみ。
 「さあ、決着をつけようか」
 「今回は、勝たせてもらうよ」







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 異様な緊迫感が会場を包む。今行われているのはたかが関東大会の準決勝。既にどちらも全国への切符を手にしている以上勝とうが負けようが大きな問題ではない。しかもまだ
D1であり別にどちらが勝とうが勝敗は決まらない。
 それでありながら何だろうこの緊迫感は。まるでかつての手塚対跡部戦のようだ。
 「・・・・・・あながち違うとも言い切れないかもな」
 「何スか? 乾先輩」
 呟く乾の向こうでは、
 「眠れる獅子ならぬ眠れる虎が目を覚ました、ってか」
 「こりゃ嵐が吹き荒れるぜ」
 「どういう事? 亮さん、バネさん」
 「ああそっか。剣太郎、お前は見んの初めてか」
 「丁度いいな。目ぇ開けてよ〜く見とけよ。アレが六角[ウチ]の
No.1だ。でもって―――
  ―――アレが全国区のレベルだ」
 「全国区?」
 聞こえた単語に、青学サイドが首を傾げる。その言葉自体は別に遠いものではない。現に青学では手塚がそうだ。
 だが・・・・・・
 「やはりアイツはあの佐伯だったか。ダブルスに出場した上今までの『実力』から揺らいでいたが」
 「何か知ってるのか? 乾」
 「佐伯に関してか? それなら2つ。実質3つほど」
 言いながら、確認のためノートを開く。ページいっぱいに書かれるはとある人間に関するデータ。膨大な内容の割に、そのデータには肝心の写真あるいは似顔絵が抜けていた。全てが非公式であったためなかなか情報が公に出回らなかったのだ。
 「以前天根の氷帝
100人切りの話をしたな? 六角と氷帝の合同合宿の際成されたそうだが、それと同時に、六角は氷帝にてもう一つ逸話として残ることを成し遂げた。
  ―――跡部を相手にシングルスで練習試合をし、タイブレークまで持ち込んだ選手がいたらしい」
 「跡部さん相手に!?」
 「それが佐伯だと!?」
 「名前まではわからない。天根に比べ佐伯はあまり特徴がないからな。
  だがこちらと合わせるとそれが佐伯である可能性が高い」
 「こちら?」
 「勿体ぶらずに早くしてくださいよ!!」
 「すまないな。出来れば俺も否定したいもんで。
  佐伯は跡部や千石と同様去年の
Jr.選抜に選ばれた選手だ。そして一同で行われた合宿、やはり練習試合にて・・・・・・
  ―――千石を6−2、切原を6−3、さらに跡部を6−4で下したそうだ」
 『なっ・・・・・・!?』
 「さらに今見てわかるとおり佐伯は最初相手に攻めさせある程度経ってから攻め始める、それこそ剣道と同じく後の先を取るタイプだ」
 「じゃあまさか・・・・・・」
 「そう。佐伯が本格的に『攻撃』を開始してから、それでもゲームを取れたのは跡部のみ。それも佐伯が6ゲーム取る間に僅か2ゲームだ。
  さて今の試合、青学は残り1ゲーム、六角は残り4ゲーム。いや、青学が既に5ゲーム取っている時点で勝つためには5ゲーム取るかそれともタイブレークに持ち込むか。
  ―――果たしてどちらが勝つと思う?」
 「ちなみに乾先輩の予想では・・・・・・」
 「五分五分だな。確かに去年不二は佐伯にシングルスで勝っている。ただしあくまで互いに公平な状態でスタートした結果だ」
 「今回は・・・・・・」
 「一見青学の方がリードをしているため不二に有利なように見える。ただし不二は英二のフォローに回ったため疲れているというのもあり、またダブルス続行不可能は英二のみならず不二にとっても相当な精神的負担になっているはずだ。それに―――」
 「―――囮の筈の菊丸をフォローしている間に俺に全ての動きを見せてしまった。手は出さずともそれを無視するほど俺は馬鹿じゃない」
 「わざわざ解説ありがとうな、佐伯。ついでに教えてくれ。お前がかつて倒した3人相手にも、今回のような手を使ったのか?」
 「半分当たりで半分外れ。不二と菊丸の仲違いはただのアクシデントさ。俺は狙った獲物は直接仕留めないと気が済まないタイプだからね。誰かに取られたんじゃ興ざめだ」
 「つまり、菊丸は獲物ではないと?」
 「当然。
  ―――俺の獲物はお前ただ1人だよ、不二」
 「熱烈な告白ありがとう。けど―――生憎だけど僕も獲物じゃなくて狩る側なんだよね」
 「狩る側[ハンター]同士の対決っていうのも面白そうだよな」
 「あはは。本気で狩ったら殺人罪だよ」
 「お前が狩れるのなら刑務所行きも悪くはないさ」
 「なら狩ってみる? そう簡単にはいかせないよ」
 「だから面白いんだろ? 簡単に狩れる獲物には興味がない」
 「英二が聞いたら泣くだろうね」
 「そこで聞いてんじゃん。ただしとどめ刺したのは間違いなく今のお前の台詞だけどね」
 「気のせいだよ。じゃあ―――
  ―――そろそろ行こうか」
 「ああ。そうだな」







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 「最初に宣言しておくよ不二。
  トリプルカウンターは全部封じさせてもらう」
 「つばめ返しだけじゃない、と?」
 「確認する必要があるか?」
 「ないね。ただし人を必殺技馬鹿みたいに言わないで欲しいな」
 「必殺技は所詮打球その1? そう言いたいなら証明してみなよ。出来るんならな」
 「相変わらず君攻撃モードになると口数増えるね。弱い犬ほどよく吠えるって言葉知らない?」
 「知らない。第一それなら同じ数だけ返してるお前もよく吠えてるって事になるけど?」
 「知ってるじゃないか」
 「悪いね。俺は生来おしゃべりなもんで」
 「今この瞬間に初めて聞いたよ」





 再開される試合。不二のサーブにて始まるそれにて―――
 「あれは―――」
 「カットサーブ!!」
 「しー! しー! 言うなって!! バレるだろ!?」
 「バレたって構わねえよ。どうせ取れねえ」
 「不二・・・、一気に勝負をつける気か」
 「上手いな。佐伯の知らない技ならば予測の仕様はない。しかもアレは予測を裏切る」
 そんな周りの期待に答えるかのように、不二はカットサーブのモーションでサーブを打った。アンダーサーブ。さほどスピードも出ていない。
 バウンド予想地点へと走り寄る佐伯。
 「それで意表をついたつもりかな?」
 笑む彼の足元にボールは着地し、そのまま消え―――
 ―――なかった。
 「な、なんで・・・!?」
 「球が、消えなかった・・・・・・?」
 「また、何かやられたのか・・・?」
 「馬鹿な・・・! アレはサーブだぞ!?」
 普通にバウンドした球を普通に返す佐伯。
 「
3040!」
 「だから言っただろ? この程度じゃ俺の意表はつけないよ」
 その顔から笑みは消えなかった。そしてそれは不二も同じく。次の球を出しながら笑う。
 「残念。てっきり騙されてくれるかと思ったよ。可愛げないよ、君」
 「生憎と。
  菊丸のフェイントと同じさ。一見同じなようで筋肉の動きは同じじゃない。どうせお前の事だ。対氷帝戦、
S2から俺が見に行ってたのには気付いてたんだろ? だから『消えない』ように変えた。あの軌道だと思って俺が動いてたら取れないように」
 「本気で君おしゃべりになってきたね」
 「ぺらぺら自分をひけらかすヤツの底は浅い。俺はそれを証明してるだけさ」
 「へえ。そうなんだ。てっきり底なし沼並に深いのかと思ったよ」
 「そんなもんかもな。底は浅いけど透明度は低い。決して底は見せないよ」
 「深い以上に厄介、か。ヘタに踏み込めばそのまま引きずり込まれそうだ」
 「お前なら大歓迎だよ。どう? 一緒に墜ちない?」
 「断るよ。僕は僕で在り続けたいからね」
 「あら。そりゃ残念」
 「でも―――
  ―――君の『底』には興味あるな」
 「へえ?」
 球が、僅かに浮いた。
 「チャンスボールだ!!」
 「不二先輩!?」
 不二からの誘い。いざなわれるまま、佐伯がスマッシュの構えを取った。
 「そうやって面白半分で片手突っ込むのが一番危険だって、誰かに教わらなかった?」
 「これから教わってみようかな」
 放たれる、佐伯のスマッシュ。不二が羆落としで迎え打とうとして―――
 ガシャン―――!!
 「つっ・・・!!」
 「じゃあしっかり教えてあげるよ。
  破滅への輪舞曲! 踊ってもらうよ!! ―――なんてね」
 言葉通り、ラケットを弾いて戻ってきた球を再びスマッシュで打つ。ジャンプこそしていないものの、それは確かに跡部の必殺スマッシュと同じだった。
 「ゲーム六角! 3−5!」
 「馬鹿な・・・。なんでアイツが・・・・・・」
 「しかも、羆落としを破った・・・・・・?」
 「佐伯ならではの、破滅への輪舞曲・アレンジバージョンだな。
  理屈はさっきまでと同じだ。不二の筋肉の動きから羆落としを先読みした。後ろを向きラケットを回す間というのは不二にとってはどうしようもない隙となる。不二も警戒していたのだろうが、それが仇となって動きを鈍らせた。そして逆に佐伯は球が浮ききる前に打つ事でわざとタイミングを早めた。クイックサーブの要領だな。ついでに言うと、ジャンプをしないで普通に打つ事で足場を固め、より球をコントロールしやすくしたんだ。それに着地再びジャンプという手間を無くすことで2打目を打ちやすくした。そもそも連続ジャンピングスマッシュなど生半可な運動神経で出来ることではない。
  しかしなるほどな。これが跡部が負けた理由か」
 「確かに、痛いっスねこれ喰らうのは」
 乾の言葉に桃が同意する。かつて千石に同じ事をやられたからこその同意。確かに自分の必殺技をそっくり返されるのは精神的にキツいものがある。さすがの跡部も―――いや、跡部ほどの自尊心を持つ者だからこそ受ける衝撃は並大抵のものではなかろう。
 だが―――
 「いや。それだけではない」
 「―――1度完成された技アレンジするにゃそれ以上の技量が必要だ。しかも俺の技だと羆落としそのものは防げねえ。出来てロブになった球もう一回打つだけだ。アイツの方が技としてのレベルは高いって事だな」
 「跡部! それに―――千石まで!!」
 「やっ、みんな。面白そうだから見学に来ちった」
 「佐伯対不二の因縁の対決ねえ。さぞかし陰険な試合になってんだろーな」
 「てゆーかお互いダブルスペア無視? いろんな意味で凄いよ2人とも」
 「もうちっとまともにテニスやる精神ってモンはねえのか? アイツら」
 突如現れた2人に―――その内の1人、重々しいため息をつく跡部へと、乾が質問した。
 「跡部、やはりお前が負けた理由は―――」
 「ああ、それはね〜―――」
 ごがっ!!
 「何か言いやがったらてめぇはマジで殺す」
 「跡部くん目ぇ本気[マジ]だって・・・」
 「ったりめーだ。俺はいつだって真面目だ」
 「すみません。意見取り消します」
 跡部に替わって何か言いかけた千石。その跡部の脚によってフェンスへと叩きつけられ、結局何も言わないまま下がっていった。
 結局何もわからないまま試合へと戻る。その間に佐伯はさらに1ポイント入れていたらしい。カウントは
15−0となっていた。
 「つばめ返しに次いで羆落としまで・・・・・・」
 「アイツ本気でトリプルカウンター全部封じる気っスね」
 「大丈夫かな、不二・・・・・・」
 「ダメなんじゃん?」
 「おい千石・・・。てめぇだから毎回他所んトコ乱入して不吉台詞ホザいてくのは止めろ」
 「え〜? 君と手塚くんの試合に関してはちゃんと君の応援したじゃん。それに―――
  ―――誰よりも不二くんがそう思ってる。だから守りに入ってる。これ以上ゲーム差を詰められないように」
 「確かにな。不二はカウンターパンチャーだがそれにしても全く前へと出ようとしていない」
 目に見える形であるゲームカウントとは逆に、ゲームの主導権は今や完全に佐伯が握っていた。不二はただ『点を取られない事』を目標に、左右に動き回るしかなくなっている。
 「だが、守りに入ったヤツに勝ち目はねえ。どうせ耐え凌いで佐伯の体力切れを待つか動揺をやり過ごすかするつもりだろうが、どっちにしろ無駄な事だ。この様子じゃ不二の方が先に体力切れを起こすだろうし、こんな状況に追い込んじまったら自分で自分の首締めるようなモンだ。ンな状況でむしろ落ち着けるヤツがいたら見てみてえよ。どういう精神力の持ち主だ?」
 「確かに君の言う事は正しいよ、跡部くん。けどね―――」
 千石がぴっと指を一本立てた。



 「俺が予言してあげよう。この試合はこのゲームで終わる。必然的にスコアは6−3、青学の―――不二くんの勝ちでね」


 「何・・・!?」
 「どういう事っスか千石さん!!」
 「どういう事? 理屈なんてないよ。だから予想や予測じゃなくってただの『予言』。クセ者としての勘ってトコ? あえてヒント言うんならサエくんの宣言
 「めちゃくちゃ根拠ありじゃねえか・・・・・・」
 千石に続き跡部も察したらしい。首をコケさせる。
 跡部のついたため息に誘発されるように風が流れた。こちら視点でコート左から右―――青学側から六角側の方向へ。
 千石がぱちぱちと拍手した。
 「おー跡部くん! 君も悟ったね〜」
 「ああ見事なまでの嫌味ありがとよ。佐伯とてめぇは特技訊かれた際テニスじゃなくって詭弁と嘘八百って答えろよ?」
 「ああそれは無理。俺の特技はからかい。サエくんの特技は毒舌とハッタリだよ」
 「どっちにしろ自慢にゃなんねーだろ」







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 「ゲームセット! ウォンバイ青学! 6−3!!」
 「本当に予言どおりだし!!」
 「おいサエ!! お前なんでンな状況で負けんだよ!!」
 審判のコールに、会場中から驚きの声と非難が上がる。全員の視線は問題の2人―――千石と佐伯へと向けられた。
 千石は肩を竦めて佐伯に目をやる。どうやら解説は佐伯に任せるという意味らしい。
 結局全員の視線を背負い、
 「だって俺がゲーム取ってたら次チェンジコートじゃん」
 佐伯はしれっとそんな謎の台詞を吐いていた。
 はあ? と首を傾げる一同を、やはり穏やかな風が撫でていく。
 穏やかな風に髪をなびかせ、
 不二がなぜか頬に汗を垂らしつつ口を開いた。
 「佐伯・・・。もしかしてで聞くけど―――


  ―――白鯨の破り方、思いつかなかった?」



 「さっぱり」
 『・・・・・・・・・・・・』



 ―――『だって俺がゲーム取ってたら次チェンジコートじゃん』



 今ならその台詞の意味がよくわかった。コートが変われば不二にとって向かい風となる。絶好の白鯨チャンスとなるわけだ。
 「宣言は守っただろ? トリプルカウンターは全部封じた」
 「封じ方明らかに間違ってるけどね」
 「かなり痛い反撃だな」
 「さっき散々やられたものでね。本気で君の底の深さはよくわからないよ。白鯨の破り方、本当に考えてなかったの?」
 「返って来た球を打つとかロブに飛び上がって打つとかいろいろ方法がないワケじゃあないんだけどさ、それだと結局打たせてからって事になるだろ? やっぱせっかく封じるんなら打つ前に対策取りたいし。いっそ樹っちゃんみたいにシンカー打ち続けてれば実は白鯨も防げるんだろうけど、人の技そのまんまパクるのは俺の流儀に反する。フォアハンドでしか打たせないって手も一歩間違えると剣太郎の真似っぽいし」
 「・・・・・・ホンット君の底の深さって謎だよね。そこまで見抜いてるんなら普通に防ぎなよ。そんな意地張らずに」
 「けど意地[プライド]のない人間ってのもどう? ちなみに跡部が俺に負けた理由はそういうプライドに拘り過ぎたからだと推測するけどさ」
 「るっせー!! 大体今の台詞てめぇと千石に言う資格はねえよ!! てめぇらのどこにプライドなんぞがある!? 人の技は勝手にパクる! エッグイ策略しか思いつかない! からかうために勝ちどころかテニスそのもの捨ててんじゃねえ!!」
 「あ、ひっどいよ〜跡部くん」
 「そういう『プライド』があるんだ」
 「ンなプライドならコンクリ詰めにして地中2万mに埋めとけ!! その方がよっぽど世のため人のためだ!!」
 「俺のためにそのプライドは大事に育て上げようかと」
 「だったらてめぇごと今すぐ捨ててやる!!」
 「殺害予告か。今の言葉はこの場にいた全員が聞いた。今後俺の身に何かが起こったらまず真っ先にお前が疑われるだろうな。さ〜って何しようかな」
 「がああああああ!!!!!!」
 吠える跡部と軽くいなす佐伯の影で、乾がこっそりと千石に耳打ちをした。
 「・・・・・・ちなみに跡部が佐伯に負けた本当の理由とは?」
 「こういうバトルに負けたんだよ。テニスじゃなくって」
 「なるほど。テニスは精神面が左右するスポーツ、か。
  なおお前の場合は?」
 「泥沼対決はやりたくないからね。だったらさっさと負け認めた方が簡単さ。俺には『プライド』ないみたいだからね」
 「余談として切原の場合は?」
 「切原くんって自分がいたぶるのは得意だけどいたぶられるのは苦手みたいだね。意外と脆かったよ」
 「あと1ついいか? ならばなぜ以前佐伯は跡部とタイブレークまで持ち込んだ末負けた?」
 「さあ。俺は直接見てないから何とも言えないけど―――嫌がらせじゃん? サエくん、実は小細工抜きで跡部くんとほぼ互角だからね。タイブレークまで粘って粘って粘り倒した挙句あっさり負けられるとそりゃ跡部くんにとっては屈辱だろうねえ。確かそれ、タイブレーク後のポイント7−0のはずだよ。言い訳は『疲れた。メンドくさい』。おかげで後で跡部くんにさんっざんに怒られたって」
 「最近見つけた真理なんだが・・・・・・



  ――――――テニスの実力と性格の悪さは比例すると思わないか?」



 「思わない。跡部くんの性格可愛すぎだもん」
 「・・・・・・・・・・・・なるほど」





 そして、大波乱の
D1は波乱振りに反して実にあっさりと終焉を迎えたのだった・・・・・・。



―――Fin

 










 

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 はい。アニメより勝手に脚色でした。前半(菊丸封じ)はともかく後半(つばめ返し対決)時のサエの微妙な『活躍』振りって・・・・・・。何回観ても笑えるなあ、という事で。「俺には通用しない」ってアンタ何にもやってないじゃん・・・。
 そんな感じでサエの裏活躍の話。強いと見せかけそんな理由で勝ったそうです。そして今回、サエが不二に対してやったら冷たい感じです。ただアニメのノリを真似ただけだった・・・・・・のが当初のコンセプトだったのですが。ただし『僕』『君』は使えませんでした。どうしてもサエにこっちが似合うとは思えない・・・。一人称は『俺』と『僕』両方使ってましたけど。

2004.9.2526