青学臨時応援団
〜不二受け裏劇場〜
注:この話は【勝手に妄想! 不二受け劇場】のフルverです。そのため一部展開被っています。ご了承下さい。
変則的な試合の流れを見せる全国大会。第一試合となったS3は、不二対甲斐戦だった。
試合に挑む不二。その心中は・・・決して穏やかなものではなかった。
(彼が・・・・・・オジイにボールをぶつけて、佐伯を負かした相手・・・・・・)
試合中にボールがぶつかるのはまだ仕方がない。現に自分も切原にぶつけられた。だが・・・・・・
(明らかにわざとだった・・・。オジイが何か言いかけたから、だからその口封じに・・・・・・)
ホームランとはいえベンチコーチに当たるような軌道の球はまず打たない。ブーメランスネイクのような特殊技ならともかく、全国大会にのし上がるほどに実力のある者ならば特に。
(この試合、負けられない・・・・・・!!)
その強い思いが―――
――――――かの天才のテニスに、僅かではない歪を生み出していた。
「ゲーム比嘉!! 3−1!!」
「うっそお!!」
「不二が、リードされている・・・!?」
驚く青学一同。そして・・・
(なんで・・・だ・・・・・・?)
不二もまた、信じられない思いで手を見つめながら何度も瞬きした。
今の不二は、完全に六角メンバーの二の舞であった。怒りが冷静な判断を奪い、まともに相手の『瞬間移動』の餌食となっている。
(あるはずだ・・・。絶対あるはずなんだ・・・。攻略法が・・・・・・。
―――そうなんだろ・・・? 佐伯・・・・・・)
思い描く、先ほどの試合。結果的に負けたとはいえ、佐伯は確かに攻略法を見つけていたのだ。でなければ4ゲームも巻き返せたわけはない。
(オジイは一体何を言ってたんだ・・・・・・?)
聞こえなかったのだ。フェンスの外からでは。
今はいない―――病院へと行ってしまった幼馴染を思い描く。
(ねえ佐伯・・・。君はどうやって攻略したんだい・・・・・・?)
呼びかけても答えは返ってこない。応えも一切。
彼はここにはいない。答えを出すのは自分自身だ。
わかっていて、それでも・・・・・・
不二の目が一瞬下に落ちる。気付き、
―――甲斐は唇の端を吊り上げた。
「不二!!」
「―――っ!?」
顔を上げる。目の前にはもう甲斐がいて。
(しまった・・・!!)
焦り、慌てて振るラケット。もちろんタイミングは合わない。
(またか・・・!!)
取られる。
誰もが絶望した、瞬間―――
「目ぇつぶれ!! 不二!!」
「―――っ!!」
声が聞こえた。ずっと待ち望んでいた声。無条件で抗えなくなる声。
それに従い―――いや、従うなどという事すら考えずに、反射的に不二が目を閉じた。横を駆け抜けていくボール。見えはしないが、体の脇に風が巻き起こったような気がした。
(・・・・・・・・・・・・待って)
何かがおかしい。今一瞬感じた違和感はなんだ?
目を開ける。目の前にやはりいた甲斐。自分たち2人を阻むように、空振りした自分のラケットが見えた。
―――自分のラケットだけ。
(甲斐は一体どこでラケットを振った?)
考える。この違和感。甲斐の動き。タイミングの合わなかったインパクト。
全て足せば・・・
(そう、か・・・・・・。
わかった。一部だけど・・・瞬間移動のトリック・・・!!)
・ ・ ・ ・ ・
声のした方―――真後ろに振り返る青学一同。そこには、
―――いない筈の人間が立っていた。
肩で息をする男。掻いた汗を拭いながら、にやりと笑う。
「青学臨時応援団代表参上、ってな」
「佐伯!?」
「アンタどうして・・・!!」
「オジイの所に行ったんじゃないのか!?」
驚く一同を半ば無視する形で、佐伯はフェンスまで詰め寄った。コートの中では空を見て口を小さく動かす天才の姿。何を言っているのかは聞こえない。多分声には出していないだろう。
確認し、
質問に答える。
「行ってきた。でもってみんなに任せて戻ってきた」
「なん、で・・・?」
「言っただろ? 『青学臨時応援団』だって」
「だが・・・・・・」
呟く大石に、
軽く指を突きつける。
大石の言葉が止まった。睨め上げるように見つめ、
佐伯は茶目っ気のある笑みを浮かべてみせた。
「俺の小さな自慢としてな、体育祭で俺が応援した組は確実に勝つんだ。おかげで毎年俺をどこの組に入れるかで争奪戦が起こる」
「そんな事、今は関係ないだろ?」
「ないな。けど―――
―――お前には関係あるだろ? なあ、不二」
「そうだね。君が入ってくれてよかったよ」
「そうだよお前がヘンな事言い出したから点取られた―――ってええ!!??」
大石の後ろに被さり文句を言おうとしていた英二。横手・・・というかコート・・・・・・早い話がその不二からかけられた声に、驚き度合いがますます上がったようだ。
そこらは無視し、
「どう? そんなモンで」
「そうだね。出来れば解説は普通にやって欲しかったかな。あと一歩で僕も英二と同じ意見を持つところだったよ」
「天才様には俺が説明するより自分で理解してもらった方が早いかって思ってね」
「あはは。嫌味? 君の説明なら普通に聞くだけで十分だと思うよ。
ところでオジイは? どうだった?」
不二の声のトーンが下がる。囁くような、そしてその実同じコートにいた甲斐にはよく聞こえる声で。
全てをわかった上で―――当たり前だ。わかるように示したのだから―――甲斐はただ薄く笑うだけだった。
コート内を、冷たい風が駆け抜けていく。そして・・・
「あ、オジイ?
安否不明」
「え・・・?」
しれっと言う佐伯。どちらかというとその様は不二より甲斐に近いか。
だからこそ、そんな佐伯のリアクションに不二よりむしろ甲斐の方が驚いた。
佐伯の目が不二を捉え、
「まあみんなもついてるし大丈夫だと思うけど・・・・・・っていうかむしろ俺がいた方がオジイの負担が増えるとか言われたけど」
さらに甲斐へと向く。
「だから俺としては・・・」
ねちりと、絡み付くような声で紡ぐ言葉の網。中に甲斐を閉じ込め、佐伯は薄く微笑んだ。
寒気のする笑みで、言う。
「―――ぜひともお前に謝罪して欲しいなあ、甲斐」
・ ・ ・ ・ ・
「俺が? なんで?」
飄々と首を傾げる甲斐。青学一同から怒りが巻き起こる。が、
片手の振りで押さえ、佐伯がさらに言葉を重ねる。
「謝る気はない、と?」
「謝る理由がないからな」
「つまり?」
「『事故』だろあれは? それともお前はホームランボール打つ度いちいち謝んのか?」
甲斐がケタケタと笑った。比嘉中の一同もまた同じく。
またしても挑発に乗りやすいらしい青学メンバーが騒ぎ出す前に、
「なら、『故意』なら?」
続いた佐伯の言葉に、ぴたりと誰もが止まった。
「―――何か言ったか?」
「『なら、「故意」なら?』」
剣呑な目を向けてくる甲斐に即答する。
さらに甲斐の目が細められた。
「そこまで言うならあるってのか? 証拠」
「あるさ」
再び即答。頷き―――
「俺は動体視力の良さを生かして相手の動きを先読みすんのが得意だ・・・・・・って前置きをするとむしろ逆に疑問に思われがちだけど、
俺は相手の次の動作を主に筋肉の動きと目の動きで読んでる。
―――ところで甲斐、お前『ホームランボール打つ』寸前、確かにオジイの方見てたよなあ? しかも『狙いがずれた』割には筋肉に余計な緊張が加わってなかった。普通に打つときと同じ位にしかな。
『狙いがずれた』割にはやったら綺麗なフォームだったよなあ。見てて感心しちゃったよ」
『―――っ!!』
佐伯の言葉に、
会場中を衝撃が駆け巡った。先程の事は、事故と故意半々に見られていたのだ。今の言葉で、意見は片方に―――
―――は向かなかった。
「負け犬が何か言ってるぞ!」
「ひゃはは! 今更ケチつけってか!? 意味ねーっての!」
「な・・・!」
「テメーら・・・!!」
周りからの一斉ブーイングに、三度青学一同が頭に血を昇らせる。
・・・・・・実のところそれをちょっとわずらわしく思いながら、
佐伯は構わず続けた。にこにこにこにこ表面だけで見本のように笑いながら。
「被害者に近い立場の人間がした発言は証言としては取り扱われない、ね。
なら―――
―――被害者から遠い立場の人間がしたなら?」
「ん?」
目線で問いかける甲斐。じっと見つめたまま、声だけはさらに別方向へと上げる。
「お前らも見てたんだろ!? なあ、千石! 千歳!」
「ああ・・・?」
甲斐の眉間に皴が寄った。周りを見回す。呼ばれた2人は、現在は甲斐のコートの後ろ―――事態発生時点では甲斐の前―――から現れた。
「いっや〜見てた見てた。甲斐くんも白昼堂々肝据わってるな〜って拍手しちゃった」
「犯行はもっとわからんようやらんといかんとよ。これだけ多く目撃者作る時点で犯罪者としては2流以下ばい」
「―――だってさ。
ちなみに去年Jr.参加してた木手に訊けばわかると思うけど、千石と千歳っていったら選抜メンバーの中でもずば抜けた動体視力の持ち主だったよな?
ところで千石も千歳も―――むしろ山吹も四天宝寺もか?―――六角とは何の関係もないし、お前を黒にしたところで何の得もしないと思うけどな?
認められたところで起こるのは比嘉の失格負けだけ。今度は青学が上がってくる。王者立海を破ったとなれば四天宝寺もうかうかしてられないし、山吹に至っては都大会決勝で青学に負けてる。2人からすればむしろ今青学には負けて欲しいだろうな。一人一人個性が強すぎて対応しにくい青学に比べればお前ら比嘉の方が遥かに倒しやすいしな。しかも青学を倒すとなれば今はこの上ないチャンスだ。ただでさえ興奮しやすいヤツらが六角の仇討ちってんでさらに燃えてる。お前らの『手品』は冷静じゃないヤツにほど有効だからな。
それがわからないほど2人とも馬鹿じゃない」
「全っ然褒めてくれなくてありがと〜v」
「確かに当たるんなら青学より比嘉の方が楽そうじゃな。まあ・・・
―――金ちゃんも納得せんし俺もつまらんから青学でもよかと」
今度こそ静まり返る会場内。証人が3名。しかも全く関係ない他校同士となれば、より信憑性が増す。
そして・・・
「ところで甲斐、そもそも『証拠』なんて気にする必要がどこにある?」
「・・・・・・何じゃぁ?」
「『事故』だろ? 『証拠』がいるのは『事件』であって、でもってそれを気にするのは『犯人』だ。推理小説のお約束だな。そうやって自滅する」
「・・・・・・。んで? 俺にどうさせたいって?」
「物分りが早くて助かるよ」
「本部には訴えないんだろ? そのつもりならとっくに行ってるだろうしな」
「ホント、話が早くて助かるよ。
俺の希望は最初に言った通りさ。オジイにやった事、この場で謝罪して欲しいな」
「随分低っくい希望だな」
「『恩を受けたらしっかり返せ 悪いと思ったらすぐ謝れ』。それが俺たちがオジイに教わった事だからな。お前が自分のした事に対し少しでも罪悪感を持ってるなら今すぐ謝罪しろ」
「嫌だ、って言ったら? お前らの教えなんて俺には関係ないし俺は悪いなんて微塵も思ってない」
「別にいいけど?」
これだけ揃え、あっさり引き下がる佐伯。
怪訝な顔をする甲斐・・・を見たまま、
「話変わるけどいいのか? ほっといて」
「はあ・・・?」
「お前の対戦相手。どうやら『瞬間移動』の破り方思いついたみたいだけど?
でもって・・・
・・・・・・俺、他にも思いついたんだけど?」
「またハッタリか?」
「そう思うんなら別にいいけど? どうせ答えは次の不二の攻撃で出てくる」
「・・・・・・」
つまりはハッタリではないという事。少なくとも1つは考えついたのだろう。あんなアドバイスをしたからには確実に。
「さってどうしようかなあ? 青学にチクっちゃお〜かな〜♪ それともこの場で大声で叫んでみちゃおっかな〜♪」
「卑怯だぞお前!!」
「でも他のヤツに他校の弱点チクっちゃダメってルールないからなあ。
『ベンチコーチにボールをぶつけてはいけません』っていうルールと同じく」
「くっ・・・・・・!!」
「返事は5つ以内に欲しいな〜あんま試合中断すると悪いし。
543210はい終わり」
「早っ!!」
「文句もないな謝罪もないし。じゃあ言っちゃえ〜♪
―――比嘉の見せる『瞬間移動』は二次元での動きによる目の錯覚を利用したものでその見破り方及び防ぎ方は―――」
「わーった!! わかった!! 謝りゃいいんだろ!? 俺が悪かった!! これでいんだろ!?」
謝っているのか謎な―――というか明らかに謝ってはいない物言い。絶対許されないだろう・・・と見ている第三者は誰もが思ったのだが。
謝られた佐伯はただ笑うだけだった。実に嬉しそうに、実に楽しそうに・・・・・・
「ま・け・い・ぬv」
『―――っ!!!???』
誰もが大口を開けて固まる。つまりこれだけ長々振って、彼がやりたかったのはコレだったらしい。
「いや〜けっこー脆かったなあ。
もうちょっと粘ってくれるかな〜とか思って証拠ビデオとかまで掻き集めちまったってのに」
はははははははははははははと笑いながら、早くもフェンスに背を向ける佐伯。試合も忘れ全員で呆然と見送る中で、
「さっすがサエくん。やられたら10倍返しは基本なだけあるね」
「跡部と違う意味での陰険キングばいね」
「ある意味六角負けてくれてよかったよ。サエくんとは対戦したくなかった」
「それで本部には言わんと?」
「君もでしょ?」
「そうじゃな・・・。
―――比嘉が失格負けしたらまず六角が上がってくるとね」
「六角―――っていうかサエくんは確実に潰しとかないとね。まあ・・・」
「そういう『卑怯』な方法は使わんのが六角なんじゃろうがな。俺は好きばい。六角」
「俺も好きだね。そういうの」
・ ・ ・ ・ ・
会場から去っていった佐伯―――と大石。
「―――って何で俺まで!?」
つまるところは去り際佐伯に腕を掴まれそのまま引っ張られてきたのだが、佐伯のあまりの悪役っぷりにどうやら気付いた者は皆無だった。
ほろほろ涙を流す。その両肩が、
いきなり掴まれた。
指が食い込みそうなほど手に力を込める佐伯。痛さに顔をしかめ、
気がついた。佐伯の顔から笑みが消えている事に。
真っ直ぐに見つめられ、大石もまた真っ直ぐに見つめ直す。
「どうした?」
「さっきの話だ。比嘉の『瞬間移動』、破る方法がある。ぜひともお前たち青学に聞いてもらいたいんだ」
「それは言わないって―――」
「それとは別の話でだ。
これは俺だけが思いついたんじゃない。俺たち六角みんなで考えた事だ。対戦したときの様子とオジイの言葉から、プレイ別に破り方を考えたんだ。
俺がここに来たのはそれをお前たち青学に伝えるためだ」
「で、でも何で俺たちに・・・?」
それこそ青学が勝とうが比嘉が勝とうが六角には関係のない事だ。今一番関心があるのはオジイの事だろうというのに。
何度も瞬きする大石に、
佐伯は薄く笑みを浮かべた。寒気が走る類のものではない。本当に小さくながら、それは確かに笑みで。
「言っただろ? 『恩を受けたらしっかり返せ』って。
お前たちが俺たち六角の臨時応援団になってくれた事、感謝してるのは俺だけじゃない。だから少しでもお前たちの手助けをしたいんだ。
―――頼む。聞くだけでいい。それを使ってどうにかしろとかは言わない。聞いて欲しいんだ」
その目には、先程のようなふざけは一片たりとも見られなかった。
暫し悩み・・・
「聞く前に、1つだけ教えてくれ。何で俺だけに言おうって思ったんだ? 言っとくけど今俺は―――」
「レギュラーじゃない、だろ? そのジャージ見ればわかる。
だからだ。
他者に攻略法を教えてもらって勝つ。それこそが何よりも卑怯だって思うヤツもいる。特にさっきの俺の態度見てたんなら尚更思うだろうし。
だからお前が判断してくれ。言うべきか言わないべきか」
さらに、暫し悩む。
悩み、考え抜き―――
大石は息をひとつ吐いた。顔を上げ、
「聞かせてくれ」
「いいのか?」
「この勝負は負けられない。応援してくれるお前たちのためにも。
オジイが大変な時に俺たちの事応援してくれるお前たちの気持ち、絶対無駄にはしない」
「・・・わかった」
頷き、佐伯はメッセンジャーとして伝えるべき全てを伝えた。
「さっき言ったとおり、比嘉の『瞬間移動』は二次元での動きによる目の錯覚を利用したもの―――つまりはただ前後に動いてる、それだけなんだ。極端にまとめると」
「それ、だけで・・・・・・?」
「ああ。だが『それだけ』で視覚の盲点を上手く利用してる。
左右に動く場合は追うために目も動き後ろの景色も変わるから『動いてる』ってよくわかる。けど真っ直ぐ前から動いてきた場合、景色は変わらないし目も動かない」
「でも、それだと遠近法で近くのものが大きく見えるわけだろ?」
「ポイントはそこだ。
つまり―――『近くのものは大きくて遠くのものは小さい』。比嘉は誰もが知ってるこの観念を巧妙に突いてきてる。
よくよく冷静に考えればテニスコート片面はせいぜい10m前後。互いに後ろに下がってたら20mの距離が10mに縮まるだけだ。半端な位置にいたなら尚更短い。その上テニスの試合中は体勢の変化なんて普通に起こるから余計に比較しずらい。
不二がさっき打てなかったのは逆だったからだ。ネットに詰めて打ったんじゃない。打ってからネットに詰めたからだ。これなら後ろで打った以上ボールがくるタイミングは遅い。手前から打ったと思って振れば空振りする」
「じゃあ『目をつぶれ』って言ったのは・・・」
「どうやら不二はつぶったおかげでこのカラクリ解いたみたいだけど、関東で切原相手に目の見えない状態でやってただろ?
比嘉がやってるのは何度も言った通り目の錯覚だ。目以外を使えるなら何の問題もない。それが破り方その1」
「それ・・・・・・は、ちょっと無理じゃないかなあ・・・。不二くらいにしか・・・・・・」
「だから他にも用意したんだよ。第一それだけだと俺がまず破れない」
「それも確かに・・・・・・」
「今の理論をもう少し実用的にいくと、前後の揺さぶりは比嘉にとっては好都合、って事だ」
「なら・・・」
「そう。前か後ろ、どっちかに固定すればいい。
桃城や河村みたいにバウンドしてからじゃなきゃ返せないようなパワーボールを打ち続けたり、逆に手塚みたいにネット際ばっかり狙ってドロップ打ったりするのも手。
さらに前後に動く場合にしか有効じゃないんなら左右に揺さぶりをかければいい。俺と甲斐の試合見ただろ?」
「ああ。お前が左右に振り出してから甲斐の攻撃が止んだな」
「まあそれでも押さえ切れなかったけど、それこそ不二や海堂、お前なら得意だろうな。
あと逆の防ぎ方がある。こっちが前に出ればいい」
「そうか。20mから10mならわからなくても10mから1mなら嫌でもわかる!」
「菊丸や越前みたいにネットプレイが得意なヤツなら十分出来るだろ?
俺たちからは大体こんなところだ」
「ああ。わかった。
すごく助かったよ! ありがとうな佐伯!!」
興奮して、手を握りぶんぶん振る大石。佐伯もまた笑みを取り戻し、
「いや。じゃあ俺はもう戻るよ。いくらなんでもオジイ完全無視じゃ薄情なヤツ扱いになるからな」
「大変なときに悪いな」
「お互い様だって。試合中悪いな。引っ張り出して」
「いやいい。みんなにも言っておいてくれ。『本当に助かった、ありがとう。お前たちの応援は無駄にはしない。俺たちは絶対勝つ』って」
「ああ、伝えておくよ。『前略俺たちは絶対勝つ。勝てなかったらそのお詫びとして残りの夏休み全部をお前たちの畑の害虫避けに費やす』って」
「いや、それは出来れば勘弁して欲しいな・・・・・・」
「頑張れよv」
「ありがとう。全然もう応援に聞こえなくなったけど・・・・・・」
・ ・ ・ ・ ・
会場へ戻る。思ったより長く話し込んでいたようだ。ゲームカウントは変わっていた。4−3。不二のリードに。
「あ、大石! どこ行ってたんだよ!?」
「不二先輩すごいっスよ!? 怒涛の反撃開始! やっぱ天才の底力は侮れないっスね!!」
確かな手ごたえに盛り上がるレギュラー一同。そんな彼らを後ろから眺め、
大石はゆっくりと息を吸った。
止める。まっすぐ前を見据え、
「みんな、ちょっと聞いてくれ。佐伯から―――六角からの伝言だ」
―――Fin
プレ編―――
「―――サエ!!」
試合会場近くの病院待合室にて、六角一同はたったひとり残って戦った仲間を迎え入れた。その顔に浮かぶは不安。まだオジイの容態がわからないのだ。
それを気付きながら、佐伯はあえて無視して会話を進めた。
「悪い。6−4で負けた」
「・・・・・・いや、いい。お前はよくやった」
一瞬だけ全員の顔に浮かぶ失望。もしも奇跡というものが存在するなら、佐伯の逆転勝利と同時にオジイが目覚めるのではないだろうか―――たとえガキの夢物語だと誰に笑われようと、それでもそんな希望を持っていた。
そんな希望を・・・・・・・・・・・・オジイに教えられてきた。
失望を隠す。佐伯を責めるわけにはいかない。自分達は誰も勝てなかったのだから。その上あの重圧状況で、全てを背負ってそれでも戦い抜いた佐伯を称えるべきだ。
口を開こうとした黒羽を遮り、
佐伯が口を開いた。
「みんな、ちょっと聞いてくれ」
「え・・・?」
「どうしたのね、サエ」
声のトーンは低いまま。しかしながらそこに篭った凄絶なまでの力強さに、全員がきょとんとした。
口早に、続ける。
「俺が試合してる最中、青学のみんなが来てくれた。六角臨時応援団だって言って、ずっと俺の事応援してくれてた」
「アイツらが・・・?」
「嬉しかった。凄く力になった。
だから俺も―――俺達もそれに応えたいんだ」
「けど応えるって言っても負けちゃったし・・・僕達に出来る事って・・・・・・」
珍しく弱気に呟く葵。オジイの容態。全国敗退。強すぎるプレッシャーはこの後輩の心を確実に食いつぶそうとしていた。
が・・・
「あるんだ。確かにあるんだ」
否定する形で肯定づける。
「オジイがボールぶつけられる前に言いかけてた言葉、みんな覚えてるか?」
「そりゃ・・・もちろん・・・・・・」
呆然とした様子で頷く黒羽の肩を掴み、
言う。
「あったんだ! あの『瞬間移動』の攻略法が!」
「な・・・!?」
「ホントか!? サエ!!」
変わる肯定文。過去形―――それを実証してきたからこそ変わった言葉に、状況を忘れ誰もが喰らい付いて来た。
「ああ! 甲斐もそれに気付いたんだ! だから台詞を途中で切らせたんだ!!」
「じゃあ―――!!」
盛り上がる一同に・・・
佐伯は僅かにテンションを下げて言った。
「ただし俺の考えた方法だと出来るヤツが限定される。それだけじゃキツいと思う。
だからみんな思い出してくれ。考えてくれ。試合中の事。オジイのアドバイス。出来るだけ詳細に。
プレイパターンが違えば考える事も違う。他にもあるはずなんだ。俺だけじゃ思いつけない攻略法が。
頼むみんな。確かに今一番心配なのはオジイの事だろうけど、それでも俺は―――」
縋るように呼びかけてくる佐伯。地に付く勢いで下げられた、その頭を―――
黒羽はくしゃくしゃと乱暴に撫でた。
「な〜に水臭せえ事言ってやがる」
「そうなのね」
「今の聞いたら青学応援しちゃうよ僕達みんな」
「恩を受けたらしっかり返せ。出来なきゃオジイに合わせる顔ないだろ」
「それにお前にンなに頭下げられちゃ、断るワケにゃ行かねえだろ」
「サエさんさえ頭を下げる・・・ブッ」
ドガッ!!
「みんな・・・・・・」
笑顔のみんな(1名沈んだヤツは除く)を見て、
佐伯もまた、笑顔を見せた。本当に嬉しそうな笑顔を。
「サンキュー」
「じゃあ全員で急いで考えんぞ! 気が付いた事片っ端っから上げてけ。自分のだけじゃなくって他のヤツの試合観て思った事も可。
3人揃えば文殊の知恵。7人揃えば俺たちろっか―――」
『違うもん!!』
さすがに待合室では邪魔だろうので入り口脇で円陣を作っていた7人。さらに外側からかかった声―――幼く高い、子どもらの声に全員で目を見開いた。
「お前ら・・・・・・」
そこにいたのはよく知る彼ら。未来の六角を担う六角予備生たる少年らは、自分達を指差し一斉に言ってきた。
「俺達も立派な六角メンバーだ!!」
「青学ちょっとムカつくけど、サエにい応援してたの俺らも見てたもん!!」
「僕達だって青学に恩返しすんだ!! 『応援してくれてありがとう』って!!」
「俺たちだって応援すんだ!! 『青学絶対負けんな!!』って!!」
口々にわめく。聞き・・・・・・
「お前ら可愛いぞ!!」
最初に全てを起こした佐伯が、騒ぐ子どもら―――自分達と同じ六角メンバーを、愛しさを篭めてぎゅっと抱き締めた。
他の5人も円陣の中に彼らを引き入れ、
「んじゃ改めて」
六角ファミリーの家長たる黒羽が、ひとつ咳払いをして全員を静めた。
ぐるりと見回す。誰の顔にも不安も絶望もない。あるのは未来へ向いた希望の目。
全てを受け止め、
「3人揃えば文殊の知恵。全員揃えば俺達六角!! 行くぞ!!」
『オー!!』
・ ・ ・ ・ ・
「じゃあサエ、後は頼んだぞ。しっかり青学応援して来い!」
「ああ、わかってる」
「オジイの事は心配しなくていいのね」
「僕達がついてますから」
「て言うかむしろお前がいない方がオジイも安心して休め―――」
「ん? 何か言ったか、亮(にっこり)?」
「いや何も」
・ ・ ・ ・ ・
全てを託され、試合会場へと戻る佐伯。コートに辿り着く手前で―――
「仁王・・・・・・」
道脇に腕を組み立っている立海の男に、走っていた脚を緩めた。こんな何もないところで無意味に佇んでいるわけは・・・・・・まあこの男ならそれもありか。
ただし今回は違ったらしい。こちらの姿を見とめ体の向きを変えた以上は。
手前で止まる。先に口を開いたのは仁王だった。
「青学の応援行くんか?」
「まあね」
「敵じゃろう? それにどっちが勝ったところでお前らにもう関係ないでっしゃろ。それとも恩返しのつもりか?」
問われる。言葉を紡ぐ仁王の顔には、特に何も浮かんでいなかった。
真っ直ぐに見つめ・・・
佐伯は茶目っ気の溢れる笑みを浮べた。
「実は復讐のためだったりして」
「そうかの」
「・・・あれ? ツッコミなし? ちょっとサミシーんだけど」
「お前の今の台詞の方にならいくらでも突っ込んじゃるよ」
「よし、ツッコめ。俺が許可する」
「欲しいんか」
「だって完全ボケキャラたるお前のツッコミは貴重じゃん!!」
「駄目じゃ。突っ込みは柳生の義務じゃからのう」
「ちっ」
「棒読みで舌打ちされても言わん。
ところで、
―――コレいるか?」
組んでいた腕を片方だけ外す。その手に握られていたのは・・・
「柳が撮っておった六角対比嘉戦のビデオじゃ。全部載っちょる」
佐伯の目が僅かに開かれた。
『全て』が収まったビデオ。―――甲斐の『犯行』の証拠となるそれ。
見つめ―――
「いや。いらない」
「『復讐』じゃろ?」
「だからさ」
仁王の横を通り過ぎる佐伯。振り向き、
にこやかに笑った。
「やっぱ『落とす』時は自分でやんなきゃ」
「・・・・・・お前相変わらず嫌な性格じゃな」
「サンキュー」
「誉めちょらん」
――――――そして、佐伯はコートへと駆け込んだ・・・・・・。
―――本編へ