『危ない!!』
 「オジイ!!」
 ガツッ・・・!!
 「サエっ!!」







サスペンスホラー

             
             
             
       六角対比嘉戦S1は、波乱の展開となっていた。『狙いの外れた』甲斐の球。ベンチコーチであるオジイの方へ飛んでいったそれを見、飛び出した佐伯は・・・側頭部に、モロに球を受けていた。
 「サエ!!」
 呼びかける周りに、顔を上げる佐伯。それを見て、
 ・・・全員で固まった。
 上げられた顔。当たったと思われる側頭部からだらだらと流れる血を見て。
 「だ、大丈夫・・・・・・か・・・・・・?」
 問いかける黒羽の声がだんだん小さくなっていく。大丈夫なわけはないだろう。今すぐ病院行き確定だ。
 (・・・・・・つーか、マジで当たったのボールか・・・・・・?)
 なぜ球体であるボールがぶつかってこんな切り傷が出来るんだ? 普通あざになったりするモンじゃないのか・・・?
 いっそ冷静にそんな事を思ってしまう一同。思う理由は実に簡単だった。
 引く彼らに何を思ったか佐伯がきょとんと首を傾げる。動作に合わせ血がさらにどばりと流れた。ただでさえ赤いユニフォームがますます真っ赤になっていく。
 「別に大丈夫だけど? どうした? みんな」
 「いや・・・『どうした?』って、そりゃお前・・・・・・」
 しどろもどろに続ける。
 顔を指差され、
 「どれ?」
 佐伯が手を伸ばし・・・





 たら・・・





 ・・・・・・今度はこちらも当たったらしい鼻から血が垂れだした。
 「あ」
 『うおわあああああああ!!!!!!』
 ついに耐え切れなくなった周りから悲鳴が上がる。一方の佐伯は冷静なもので。
 「鼻まで行ってたか。失敗失敗」
 「ってお前もちょっとは焦れ!!」
 さすがに突っ込む亮。突っ込まれ、
 佐伯は笑ってぱたぱたと手を振った。
 「え? こんなのいつも母さんにやられてるのに比べたらへでもないって感じだし? わざわざ焦る必要もないだろ?」
 振った手で鼻の頭を押さえ、ふんふんと片方ずつ鳴らす。塊がボトボトと落ちた。
 さらにごきゅりごきゅりと謎な音を鳴らし、
 「ほら止まった」
 「やべえから!! その止め方は何か!!」
 「そんな細かい事気にすんなよ」
 「細かくねえだろ!? 命に関わる大事だ!!」
 「ああ、気になりだすとストレス溜まるもんな。胃潰瘍って日本人に多いっていうし特に男」
 「その前段階で出血多量とかその辺りで死ぬだろうが!!」
 「血ぃ吐くほど酷かったのか亮!? 大変だぞすぐ医者行け!!」
 「お前が行って来い脳外科か精神科!!
  ・・・・・・ああもうヤだよコイツと同じ部活いんの。心底淳が羨ましい・・・・・・」
 「まあまあ亮そんなくじけんなって」
 「お前が慰めんじゃねえサエ!!!」
 一通り叫び、
 力尽きて亮がずるずるとしゃがみこんだ。なおこのように話している(?)間にも側頭部の出血は続いていたりする。ついに白いハーフパンツまで真っ赤に染まり始めている。
 「あのさ、サエさん・・・。ひとつ訊いていい・・・・・・?」
 「ん? どうした剣太郎? お前にしてはえらく消極的じゃん」
 「あのさ・・・・・・
  ・・・・・・血、そのままでいいの・・・・・・?」
 「・・・・・・ああ」
 言われ、ようやく気付いたらしい。佐伯が手の甲を当て流れていた血を拭った。
 ―――鼻の下の。
 「これでおっけ、と」
 『「オッケー」じゃねえええ!!』
 「いや、もういいよ・・・・・・。サエさんがいいって言うならもう・・・・・・」
 突っ込む周り一同と完全に引く剣太郎。
 そして・・・
 「ん」
 「何? オジイ」
 「コレで、拭きなさい・・・」
 差し出された真っ白なハンカチ。受け取り、
 ・・・・・・佐伯は手を拭き出した。
 「サンキューオジイ。やっぱ手ぇ濡れてるとラケット滑るもんな」
 『違あううううううう!!!!!!!』
 「そうなのね。気をつけなさい・・・・・・」
 『いいのかよオジイ!!!』
 「んじゃ、改めて頑張ろうか」
 「タイム!! タイム!!」
 「サエ待て帰って来い!!」
 「やり残したことはきっちりやらないとな」
 「何にもやんなくていいですからサエさんもう!!」
 「命より大切なモンなんてないぞサエ!! 一応言っとくけど!!」
 手を伸ばす一同。綺麗に無視し、佐伯が腰をかがめ転がっていたボールに手を伸ばした。
 腰を上げる。顔が上がる。
 見て・・・・・・
 『〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!??????』
 無言の悲鳴が広がった。
 顔を動かしている間に血の軌道が少し変わったらしい。髪に隠れていない左目は、流れ込んだ血で真っ赤に染まっていた。その様は一見立海大の切原のようだが・・・・・・たぷりたぷりと目の中で赤いものが揺れるのだ。怖さは切原の比ではない。
 変わった軌道はさらに下にも影響を与えていた。流れ込んだ血で真っ赤に染まった唇。さらにそこを通じ下に流れていく。
 小さく舌を出し、ゆっくりと唇を舐める佐伯。流れ続ける以上唇の赤は消えない。代わりに舌まで真っ赤になった。
 緩やかだが急激な動きに合わせられなかったらしい血の一部がぼたりと地に垂れる。
 さらに数歩歩き、コートに入った。彼の後を追うように、揺れる頭からぽたぽたと血の雫となって落ちていった。
 ボールを甲斐に放る。動きに合わせ、まるで汗が弾けるように血飛沫が弾け飛んだ。
 何に対してかは不明だが、あまりの徹底振りに最早誰も何もいう事は出来なかった。
 大口を開けて慄く甲斐に、
 佐伯はにっこりと笑ってみせた。目と口からさらに一筋ずつ血が流れる。
 「じゃ、続けよっか」
     
             
             
             
     




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       「あの人・・・、大丈夫、っスか・・・? 『頭』・・・・・・」
 リョーマの呟きの意味を正確に取り、不二は僅かに引き攣った笑顔を見せた。
 「多分・・・、大丈夫じゃないかな・・・・・・。あれでサエは普通だから・・・・・・」
 「うん・・・。サエくんって言ったらこんな逸話があるからね・・・・・・」
 さらに隣にいた千石が話に加わる。
 「・・・・・・・・・・・・」
 非常に聞きたくないような気がする。というかはっきりきっぱり聞きたくない。しかしながら・・・・・・聞かなければ話が進まない。
 軽く1分ほど沈黙し、
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・どんな?」
 「去年ウチの文化祭にサエくん来たんだけどさ、でもって俺のクラスがお化け屋敷やってるって聞いたら自分もやりたいって言い出したんだよね。
  まあ一人増えてもいっか、って軽く考えてたらさ・・・・・・。
  ・・・・・・・・・・・・来たお客さん全員泣かせて本部に営業中止命令出された」
 「何、やった、の・・・? サエ・・・・・・」
 「いやそれがさあ・・・・・・。
  暗闇でこんな感じで血まみれになってて、でもって『何か』貪り食ってたんだよね・・・」
 『「何か」・・・・・・?』
 ハモって問う。
 「サエくん曰く、自家製はんぺんに溶かしたチョコかけただけだって言うんだけど・・・・・・
  ・・・・・・どう見たってウサギかトリの死骸なんだよね・・・・・・。それも生肉・・・・・・。来た人も全員そうだって言ってたし・・・・・・。中には人喰ってたって言う人もいるし・・・・・・。少なくとも練り物じゃないんだよね・・・・・・。筋状に引っ張って噛み千切るなんてやんないっしょ・・・? 練り物じゃ・・・・・・」
 「ゔっ・・・・・・」
 どこまで想像してしまったか、リョーマが口元を押さえる。
 「へ、へえ・・・。そうなんだ・・・・・・」
 不二もまた、さらに引き攣った笑みで相槌を打った。
 「とりあえず・・・・・・
  ――――――嫌がらせに関してはサエくんの右に出る人はそうはいないからね。早めに白旗上げることを勧めるよ、甲斐くん・・・・・・」
     
             
             
             
     




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       「げ、ゲーム六角佐伯・・・。1−2・・・・・・。チェンジコート・・・・・・」
 がくがくと震えつつ、それでも職務を忘れない天晴審判員。コールを聞き、佐伯がコートを移動した。
 合わせ、
 整備された地面に足跡が残る。真っ赤な足跡が。
 すれ違・・・わない甲斐。逆側を伝って移動した。
 コートに入ろうとし、見下ろす。雫と足跡、両方で真っ赤に染まった緑のコートを。
 踏み出しかけ―――とどまる。なぜだろう。一度踏み入れたらもう帰って来れないような気がするのは。
 「どうした甲斐? 入らないとサーブ打つぞ?」
 にこやかに笑う佐伯。爽やかな口元から零れる白い・・・・・・はずの歯。まるで歯垢チェックをしているかのようにそれもまた真っ赤だった。しかも歯垢チェックで使う薬はまだピンクだ。これは正真正銘の赤。挙句口の中で空気に触れないため鮮紅色のまま。
 甲斐が固まる。見据え、ボールを持ったまま
10秒待つ。なおもコートに入ってこない。
 暫し首を傾げ、
 佐伯はぽんと手を打った。
 「そっか。そこがお前のスタートポジションだったのか。悪い悪い。気付かなかった」
 「違う!! 断じて違う!!」
 「じゃあ行くぞ」
 甲斐の悲鳴じみた否定を軽く流し、トスを上げる。顔を上に上げて、
 「あ、貧血」
 「おいっ!?」
 驚く甲斐。その脇を、
 
ドスッ!!
 「わ〜いノータッチエース♪」
 「ちょっと待てえ!! お前貧血どーした!?」
 「え? 貧血? なワケないじゃんv ジョークだってv 本気に取るなよ可愛いなあvv」
 「だああああああ!!!!!!」
 「じゃあ次行くぞー♪」
 「ああもーいつでも来やがれ!!」
 半ば以上・・・多分9割ぐらい・・・ヤケクソ気味に叫ぶ。そんな彼に、会場中から気の毒げな眼差しが降り注いだ。
 ―――佐伯含め。
 「大丈夫か? もうすぐ脳血管張り裂けそうだぞ?」
 「そりゃお前だろーがあああ!!!」
 「俺? 俺は大丈夫だって。裂けてんの頭蓋骨の外側だから多分」
 「それで何をどう安心しろっちゅーんじゃああああああ!!!!!!!」
 「裂けてんのはさすがにわかってたのか・・・」
 「にしても頼りない『大丈夫』だったな・・・。一体何が『大丈夫』なんだ・・・?」
 「ていうか『多分』、って・・・・・・」
 混乱のあまり使う方言を間違い出す甲斐。そちらに対する突っ込みはどこからも来なかった。前の佐伯の台詞の方が突っ込みどころは満載過ぎる。
 全てを無視したマイペース佐伯が球を繰り出した。こうなったら短期決戦と『瞬間移動』で前に出て、
 「な・・・!?」
 その先に、佐伯の姿はなかった。
 「ど、どこだ!?」
 完全に姿を消した佐伯。目の錯覚でも何でもない。本物のマジック。
 動揺する甲斐の耳に、冷静な木手の声が響いた。
 「下です甲斐クン!!」
 「下!?」
 ばっと首を下に向ける。確かに佐伯は身をかがめ自分の真下にいた。どうやらこちらが球に意識を向けていた内にネットダッシュをかけてきたらしい。
 トップスピンで打たれたサーブ。同じく普通にトップスピンで返していたならば絶好のスマッシュチャンスだったというわけか。意表をついた点も含め、本当にやられていたら返せなかっただろう。
 「甘めえんだよ!! 全部見切ったぜ!!」
 後ろを狙いロブを放とうとして、
 「・・・・・・おい。佐伯?」
 問いかける。返事が返ってこない。
 「おい佐伯!?」
 呼びかけられ・・・
 ネット際にいた佐伯が、ネットにずるずると落ちていった。
 「あ、なんかいきなり動けないかも・・・・・・」
 ――――――つまり屈みこんでいたのは目くらましでもなんでもなく、本当に貧血を起こしたからだったようだ。
 「あのなあ!!!」
 
ドッ!!
 甲斐が突っ込み、全員がコケ、・・・・・・そして佐伯の放ったサーブが甲斐のコートに突き刺さった。
 『・・・・・・・・・・・・』
 無言の時が続く。佐伯は起き上がらない。足元に血が溜まっていった。
 さらに続く無言の時。まだ佐伯は起き上がらない。溜まった血が広がっていく。
 まだまだ続く・・・・・・
 「あああああああ!!!!!! もーわかった!! 俺が悪かった!! 謝る!! 棄権する!! だからさっさとお前は病院行け!!!!!!」
 涙混じりの叫び声で、甲斐がついに白旗を上げた。比嘉のメンバーも誰も反対しない。
 全員思うことは同じだった。
 このままでは自分たちは、殺人者及びその補助役となる・・・・・・と。
 「ホントvv」
 「って気付いてたのかよ!?」
 「いや、今気付いた。
  おお!! 何か俺ってラッキーだなあ! 負けてたのに逆転なんて!!」
 「・・・・・・ああ。もう何でもいい。何でもいいから病院行ってくれ・・・。でもって二度と俺の前に姿現さないでくれ・・・・・・」
 「じゃあ試合の終わりに挨拶をv」
 「はあ・・・・・・」
 にこにこ笑う佐伯に、嫌々ながら手を差し出す。握り合った手がぬちゃりと濡れていたのは・・・・・・きっと汗だ!! 絶対汗だ!!
 手を離す。離そうとして・・・
 ふらり・・・、と佐伯の体が右に揺れた。ぷしりっ☆、と左の頭から血が噴出す。
 そのまま胸に凭れ気を失った佐伯に、
 「だ〜〜〜れ〜〜〜か〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!」
 甲斐はついに耐え切れず泣き出した。
     
             
             
             
     




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       その後、緒戦はなぜか六角の勝利となった。理由は―――
 「負けようぜ!! そーしねえと俺アイツにぜってー一生付きまとわれる!!!」
 甲斐がこのように比嘉部員を説得してくれたかららしい。
 無事―――なぜか日帰りで退院した佐伯。その話を聞き、



 さっそく甲斐に礼を言いに行った。
     
             
             
             
     




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       げっそりこけて帰って来た沖縄。馴染の地にて
 迎えてきたのは、この場に全く馴染みのない者だった。
 「よっ。甲斐」
 「さ、佐伯・・・!!」
 なぜだか(先回りして)現れた佐伯に慄く甲斐。全力ダッシュで逃げようとする彼の手をがっしりと掴み、
 「ありがとう甲斐!! お前やっぱいいヤツだよ!!」
 佐伯はにっこにっこにっこにっこ笑ってそう言ってきた。
 「そ、そうか・・・。そりゃ、よかったな・・・・・・」
 たとえ手は重ねようと目は絶対合わさないと誓い、甲斐は必死に顔ごと視線を背けた。
 それを佐伯も理解してくれたらしく、
 「俺はお前の事が大好きになったよ!!」
 「俺はお前の事が大っ嫌いだ!!」
 「そんなに照れるなってvv」
 「照れてない!!」
 「もーシャイなんだから〜vv そんなところも可愛いぞ!!」
 「話聞けえええええ!!!!!」
 「そっか俺の愛情表現法が足りないのか。
  大好きだぞ甲斐!!」
 だきっ!!
 「ぐぎゃああああああああ!!!!!!!!」
     
             
             
             
     




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       「じゃあな〜。今度は千葉遊びに来いよ〜!!」
 災害を撒き散らすだけ撒き散らし、全く片付けず災厄は・・・じゃなくて佐伯は帰っていった。
 呆然と見送る一同。そして、
 災厄被害者こと甲斐は、両手で頭を抱えてわめいた。
 「も〜嫌だ〜〜〜アイツに関わるのは〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」



 以降、比嘉は二度と六角には手を出さなくなったという。
     
             
             
             
     

―――End

     











*     *     *     *     *


 おもしろ現象発掘。『ちしぶき』で変換すると『致死武器』と出ました。すげえなあ・・・。元の言葉もどうかと思いますが。
 さて比嘉戦その2。最初は怪我をしたままそれでも頑張るサエの話のはずでした。なんでこんな話になるんだろう・・・? やっぱ最近真面目な話ばかり書いていた反動ですか? そして登場初っ端に真田をからかい、サエに向かって暴言オンパレードの甲斐。こういうタイプが追い詰められると弱いと認識してしまうのはアニプリ
Jr.選抜時の切原の影響でしょうか。すっげー書いてて甲斐が可愛くてたまらなかったv あ〜沖縄弁で出来ればますます良さげなのになあ・・・。最も最近では沖縄に住む方でもなかなか話せないと言いますし〜・・・・・・
 ・・・・・・比嘉みんな普通に喋ってんじゃん。

2005.1.24