夜這い
 ○正:夜、女の寝ているところへ忍び込む事。
 ×誤:夜電気をつけず暗い中、地面を這い手探りで部屋を移動していく様。佐伯家におけるリョーガの事。







夜這い
*今回はリョーガ視点で、見にくい画面でどうぞ。ライトを当てるように反転させると見やすくなります。





 「―――って!」
 「おいリョーガ。あんまじたばたすんなよな。壊したら弁償しろよ?」
 「わーってるっての」
 全国大会を間近に控えたとある平日の夜。部活を終え帰って来た佐伯とリョーガは、疲れた体を引きずり食事の支度をしていた。
 ―――なぜか真っ暗な台所で。
 「にしても・・・・・・なんでこんな暗いんだよ?」
 隣家・・・まで行かずとも、ぶち抜かれたリビングを見やる。仄かについた薄明かり(間違いなく蛍光灯は本来の半分も取り付けられていない)は、決してこの暗闇が停電で起きた現象ではない事を告げていた。
 ため息をつくリョーガに、
 佐伯はさらに深いため息をついた。
 「お前なあ。今日がどういう状況か知ってるか?」
 「状況? つまりどんなだよ?」
 「だから。
  ―――今日は父さんと母さんがいない」
 「2人で旅行だってな。そりゃ知ってる。でもって俺らは部活があるから―――っていう建前で実際は旅費払うのお前が嫌がったから行けなかった、っつーのもな」
 「その辺りは綺麗に忘れてくれ」
 「いやムリだろ」
 「それはともかくとして、つまりはそういう事だ」
 「はあ?」
 「だから・・・」
 根気良く諭していた佐伯。いきなりがばりと立ち上がると、棚の下から鍋を取ろうと座り込んでいたリョーガを指差した。
 「今日この家にいるのは俺とお前ただ2人っきり!! つまり! 今日かかった金は全部俺とお前持ちになんだぞ!? いつもなら4人で分割なのに!!」
 「・・・・・・な、な〜るほどな・・・・・・」
 ようやく納得できる説明を受け、リョーガは詰まりながらも何とか納得した。頭に繰り返されるは居候初日に佐伯から聞かされた諸注意。




 『個人しか使わない父さんと母さんの寝室・真斗の部屋・でもって俺らの部屋を除いた、1
LDK風呂トイレ廊下玄関その他エトセトラでかかった光熱費と水道代は家にいる全員で公平に払う。出来る限り安くあげようと思ったら夜はその辺りをうろうろしてる事。どこの部屋で何をやったかは自己申告。ただし嘘をついてバレたら俺と母さんが半殺しにした後その月の生活費は全額そいつ負担になるから注意しとけよ?』
 『うお・・・。そりゃ全力で注意するけどよ・・・』




 ちなみに佐伯家の構造を記すと、2階に個人の部屋が3つ。1階は1
LDKがぶち抜きになっている。広いスペースを確保したようでもあり・・・・・・
 ・・・・・・今回のように、リビングの明かり1つで全部の部屋を照らし出そうというめちゃくちゃな理論がまかり通った結果でもある。
 こんな感じの環境なので、キッチンの奥までは明かりは届かない。シンクの下になどしゃがみこんでしまえば真っ暗だ。
 「わかればいいんだわかれば」
 鷹揚に頷きこちらもしゃがみこむ佐伯。冷蔵庫の野菜室から何かを取るためだろうが、こう暗くてはいくら夜目含め目が良くとも近づかなければよく見えない。
 冷蔵庫に半ば頭を突っ込みごそごそ動く佐伯を見て・・・。
 「でも―――
  ―――まあ、こう暗い方がいろいろと都合良くはあるよな。雰囲気作りとか」
 「は? 何言って―――」
 言いかけた佐伯の言葉が消える。後ろからリョーガにのしかかられて。
 抱きしめられ、体重をかけられ身動きを封じられ。その状況で最初にやったのが冷蔵庫を閉じる事だった辺りさすが佐伯。
 「何すんだよ」
 言葉ほど刺のない口調。どうやら『可』らしい。
 後ろ髪を掻き上げ、項を舐め上げる。耳元まで到達したところで、リョーガは囁きかけた。
 「こういうトコで・・・ってのも、よくねえ?」
 「はあ? 何言ってんだよ?」
 くつくつ笑いながら、佐伯が後ろを向いてきた。リョーガの首に片腕を回し、身を捻りながら適当な壁に凭れ掛かる。やはり住んできた期間が違う分、佐伯の方が家の構造もよく熟知しているようだ。
 改めて正面で向き合い、キスを深めていく。制服のボタンを片手でぷちぷちと外していき・・・・・・
 「―――虎次郎、リョーガ。ご飯出来たわよ」
 「は〜い」
 「はあ!?」
 いきなりリビングからかけられた声に、リョーガは驚愕の悲鳴を上げた。
 そろそろと顔を上げ、見る。初めて見る女性が1人。
 「え、っと・・・・・・」
 「ああ、あなたと会うのは初めてね。ごめんね普通に呼んで。
  私は虎次郎の祖母。今日は出かけるから、って親2人に聞いてね。アンタたち2人っきりじゃ食事の支度とかも面倒でしょうし、それにせっかく家族が1人増えたっていうんだから1度は見ておきたかったからね」
 「ああばあちゃん久しぶり。やっぱ来てたんだ」
 「そりゃあもちろん当然よ」
 明るくぱたぱたと手を振る女性。本人曰く佐伯の祖母だそうだ。確かに顔つきにも全体的に佐伯・・・というより彼の母親の面影が窺える。が、
 (祖母・・・・・・?)
 じっくり見てみる。丁度都合のいいことに、明かりのついたリビングにいる彼女はまるでスポットライトに浮き上がっているかのようだ。
 見て・・・・・・
 リョーガは佐伯にそっと耳打ちした。
 「(なあ佐伯、お前のばあちゃんって・・・・・・何歳だ?)」
 「あらさっそく質問? 
46歳よ」
 「聞こえてるし!!」
 「さすがばあちゃん。耳いいなあ」
 「いやそういうレベルじゃねえだろ・・・・・・」
 「ふっふっふ〜。まだまだ老化は遠いわよ!!」
 「確かにそーだろーな・・・・・・」
 呆れて呟く。リョーガが先程から信じられない部分―――彼の母親を見ても思ったのだが、妙やたらと若いのだ。実年齢もそうだが、それ以上に見た目が。佐伯の姉が彼と双子だと説明されていなければ、またしても現れたこの女性がそれかと思うところだった。
 「あの〜・・・。ついでに素朴な疑問いいですか?」
 「? ええもちろん」
 「カギかかってませんでしたっけ・・・? 明かりも消えてて」
 「あの程度何て事ないでしょ? それに別に暗くて困る事もないし」
 なお佐伯家のカギは確かに何て事もない。せいぜいドア渕にダミーがずら〜っと
18個くっついていて、本物が地面スレスレにあった上に開けた途端上から何か降ってくる程度だ。何が降ってくるかはドアに張られた暗号調のメモで察しなければならないというなかなかにデンジャラスな家である。最初に洗礼としてウサギの血をどば〜っとかけられた時、やっぱりアメリカに帰ろうかとひしひしと思った。
 「暗くて〜、って・・・・・・もしかして・・・・・・」
 リビングに置かれた机を見る。豪華―――ではさすがにないが、ごく普通の夕食準備の整った机を。
 そして彼女は言っていた。『ご飯出来たわよ』と。
 『作っておいた』ではないらしい。つまり・・・
 (俺達がいたのに構わず台所入ってた、ってか・・・・・・?)
 気配も足音も何もなかった。途中から佐伯に夢中になっていたとはいえ、この狭い台所スペースで自分達以外に人がいたら即座に気付くだろう。その筈だ。
 信じられない思いで呆然とするリョーガを他所に。
 「うん。やっぱばあちゃん目もいいなあ。この家なんてそんなに来てないだろ?」
 「暗闇移動は自分の家で慣れてんのよ。代わりにあの人は今だによくコケるけど」
 「あ〜じいちゃんも災難だな。骨折から寝たきりとかなんないように気をつけてあげなよ?」
 「そうねえ。なんで佐伯家の男性は揃いも揃って弱いのかしら? 例外はアンタだけよ? 虎次郎」
 「代わりに真斗が弱いからだろ。
  それにホラ。ちゃんと『強い』の連れてきたぜ?」
 「は? 俺か?」
 指差される。佐伯に跨ったまま身を起こすリョーガを見て何を思ったか、
 「確かにねえ。虎次郎押し倒すなんて将来有望ねvv」
 「いや、あの・・・」
 「まあまだ家の習慣に慣れてはないけど、今教育中だから」
 「やっぱ今日来て良かったわv 虎次郎のお婿さんがこんなに早く見れるなんてvv」
 「は・・・? 婿・・・?」
 「じゃあばあちゃんは
OKと」
 「もちろんよ。真斗なら引き取り手探すのも苦労しそうだけど、虎次郎はしっかりしてるから誰でも大丈夫でしょ?」
 「サンキューばあちゃん」
 「じゃあ邪魔者は今すぐ退散しましょうか。多めに作ってあるから明日の朝はあっためて食べてね」
 「あ、電車代は?」
 「いえいえその位はいいのよ? そんなシーンが見れれば数千円なんて安いものよ。
  ―――あ、写真撮っておいたけどどうする?」
 「写真!?」
 ばっ! と立ち上がるリョーガ。彼女の元へと近付くと、その手には確かにポラロイドカメラが握られていた。
 手にした写真を覗き込む。取り上げようとしてあっさりかわされたのだ。
 それは、確かに今さっきの自分達と思われるものだった。再び思う。一体どうやって撮ったんだろう?
 いくら最近のカメラには望遠機能がついているとはいえ、さすがに透視機能はない。座り込んだ自分達は、台所に来ない限り完全に死角。しかもそれがアップ。かつ暗闇でもきちんと撮れてる以上、赤外線カメラでない限りフラッシュを焚いたのだろうに。
 それだけを―――そしてそこに映っていた特に佐伯がやったら色っぽい視線をカメラに向けていた事を―――確認し、
 「・・・・・・・・・・・・いくらで?」
 「あらリョーガ悪いわねえ」
 「リョーガそんなに欲しいんだ〜」
 にこにこ笑う2人に、リョーガもまた引きつった笑いを浮かべた。いつでもどこでも持ち歩いていた財布を取り出し、言われた代金(往復の電車賃)を支払う。完全にしてやられた。普通ならここは佐伯と自分で半額ずつ出し合うものだろうが、『自分が欲しい』と断言された時点で全額自分持ちとなった。
 寂しくなった財布を寂しげに振るリョーガを見、佐伯祖母
&子はぼそぼそこんな会話をしていた。
 「(いい子見つけたわね虎次郎)」
 「(そうだねえ。暫くいい感じにタカれそうだ)」
 「(ま、やりすぎて嫌われないようにね)」
 「(大丈夫さ)」
 にっと笑う佐伯。暗い明かりの中でも、その自信満々の笑みはよく見えた。絶対に愛されているんだという自信。今までの佐伯には見られなかったもの。
 「(あらあら)」
 微笑ましげな様。見て、
 彼女もまた小さく微笑んだ。







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 今度こそ2人きりになって。
 「んじゃ、一緒に風呂入ろうぜ。一緒に湯船浸かって身ぃ寄せあったりしてさあ。電気代と水道代節約のために!」
 どうやらリョーガ、さすがあのリョーマの兄だけあって学習はやたらと早いようだ。
 佐伯の選択権を奪う甘言を吐きつつ誘う。が、
 「何言ってんだリョーガ! お前気でも狂ったのか!?」
 「はあ・・・?」
 「2人っきりで湯船!? 洗濯物もトイレの回数も少ないから残り湯使い様がないんだぞ!? そんな愚考を冒してお前は―――!!」
 「わ〜っかった!! 水道代は俺が払うから!!」
 「わ〜いさすがリョーガvv」



 ・・・・・・どうやらリョーガが佐伯家に慣れるのは、まだまだ当分先のようである。



―――Fin












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 ふいに思いついた、誤『夜這い』で話を作っていたのですが・・・何か後半関係なくなってしまいましたね。そして佐伯の祖母、登場はヤン的文化祭幼馴染+さらに1編に続き2回目です。さりげにもしや佐伯両親より多い・・・? それでありながら今だに名前が決まっていないため非常にやりにくいです。
 さらに捏造されまくった佐伯家。全体的に女系―――というか女性が強そうだいろいろと。だから逆に弱い男性陣が権力持ってそうだ。ただし佐伯姉弟のみ例外で。

2005.3.21