愛するヤツには幸せになって欲しい。だから俺は自分でソイツを幸せにしてやろうと思った。










朝―――

 目が覚めると、そこは一面の花畑だった。
 (・・・・・・あん?)
 首を傾げる。寝る前は確かにベッドにいたはずだ。実際今も体にのしかかるこの適度な柔らかさと重みは布団のそれだ。
 寝転んだまま、見渡す。花畑だと思っていたが、厳密にはバラの花びらだった。匂いと感触がくすぐったい。花びらは赤・白・黄・ピンク・青・紫・黒・・・・・・だんだん見る気の失せる色になってくるが、まあそこは軽く流すとして。
 (花の・・・ベッド・・・・・・?)
 さらに首を傾げる。周りのイメージはともかく、自分ではこんな事はしない。使用人たちもまた然り。となると一体・・・・・・
 「―――あ、おはよう景吾」
 ベッドの脇から、耳に心地よい挨拶が届いた。家族と同等によく聞くなじんだ声。
 幼馴染兼恋人の甘い囁きに、跡部はそちらを見ようとして―――
 「・・・・・・?」
 無言のまま、ますます首を傾げた。そっちが見えない。端までバラの花だった。
 花を飛び散らせないようゆっくりと身を起こす。起こし、ようやく事態を把握した。
 「・・・・・・で、何なんだこりゃ」
 「バラのベッド」
 半眼で問う跡部に、幼馴染兼恋人兼今回の仕掛け人の佐伯がにぱっと笑ってそう答えた。
 「まあ・・・確かにそーだろうなあ見た目からして・・・・・・」
 一応同意してやる。ああ確かに間違ってはいない。
 「だろ?」
 「・・・で、何でてめぇはこういう事したんだ? ああ?」
 こちらの押し殺した怒りに全く気付く様子もなくにこにこ笑う佐伯。さすがに続ける声には険悪さが滲み出た。
 普段は聡い彼ながら、今回は本気で何も気付かないらしい。対照的にますます楽しそうに言ってのけた。
 「やっぱお前っていったらこんな感じかなって思ってv それで頑張って敷き詰めたんだ。でもベッド一面っていったらさすがに大変だろそれだけ用意するのも後で掃除するのも。
  だからいろいろ考えて最善策として、お前の周りに仕切りつけてその中に散らしたんだvv いい案だろ?」
 「『
棺おけ』っつーんだよそーいうのは!!!」





昼―――

 2人で出かけた跡部と佐伯。特に何かするワケでもないが、公園に行ってサイクリングをしたりテニスからは少し離れてバトミントンなどしてみたり。とにかくそんな、健康的かつ金のかからない(むしろこっちが重要)事をやっていたら昼になった。
 「んじゃ昼飯はどっかそこらで―――」
 近くのコンビニに向いかけた跡部を押し止め、佐伯が持っていたバスケット(隣人からの借り物)を掲げてみせた。
 「今日は俺が作ってきたからさ、それ食べようぜ?」
 「お前が?」
 「ああ」
 驚く跡部に頷く。やはり恋人に喜ばれるものといったら手料理は必須だろう。『作ってあげた』というそれだけでポイントは十分稼げるだろうが、さらに良ければなお高く。
 持っていたピクニックセットを広げ、いそいそと準備をする。跡部もまめなもので、ちゃんとシートが飛ばないように他の道具を重しに乗せてくれたり。
 見た目完璧恋人だ。朝はなぜか怒られたが、これなら跡部も絶対喜んでくれる筈!!
 バスケットのメイン、お弁当箱を開いた。跡部が小さく驚きの声を上げる。それはそうだろう。昨日の夜からベッドを抜け出し密かに仕込みを始め、今日も朝早くから準備していたのだから。忍びのテクは恋人関係構築の第一歩だ。
 「お前にしちゃ珍しいじゃねえか。ンな手の込んだの」
 「たまにはな。ホラ、料理って味だけじゃなくって見た目も大事だろ?」
 「ま、そりゃそうだな」
 「じゃ、好きなだけ食べてくれよ」
 皿と箸を差し出す。皿はバスケットについていたものだが、箸は跡部がいつも使っている物だ。こういう細やかなところに気を使うのもまた、跡部との付き合う上での重要なポイントだ。跡部は自分に厳しく他人に甘い。他人に自分と同等のレベルは求めようとしない。が―――それでもそれに近付けば喜んでくれる。もしも逆の事をしたならば、跡部もまた同じところに気付くだろう。
 「ありがとよ」
 薄く微笑み、跡部はまずサンドイッチを取った。口に運ぶのを幸せな気分で眺めて―――
 「ぐはあっ・・・!!」
 ―――呻き、倒れる様もまた幸せな気分で眺めた。
 地獄の底から這い上がってきた感じで、跡部が恨めしげに見上げてきた。
 「オイ佐伯・・・。何だこの料理・・・・・・。美味いとかマズいとかそーいうレベル超越してんぞ・・・・・・」
 「ああ、周ちゃんに教わったから」
 「てめぇが洋食作るなんて珍しいたあ思ってたがやっぱそーいう展開か!! つーかアイツの料理が食えた代物じゃねえ事はてめぇだってよく知ってんだろーが!!」
 「あれ? でも景吾、いつも周ちゃんの料理ちゃんと食べてなかったっけ?」
 「ありゃ全部食わねえと恐ろしいからなだけだろ!!??」





昼下がり―――

 気分転換に今度は東京某公園へ。入り口に置かれた立て札を、佐伯は微笑ましげに眺めた。様々な諸注意と共に、でっかく書かれたそれ。
 ≪●●禁止!! 見つけたら罰金請求します!!≫ と。
 散歩目的に、のんびり入る。初夏だが青々茂る木々を通じてきた風はひんやりと涼しい。
 殊更ゆっくり歩いている間に、跡部は先へ行ってしまった。中央の噴水近辺にさしかかったところで、呼びかける。
 「景吾!」
 「ああ?」
 振り向いたところで、
 佐伯は持っていた『それ』を振りかけた。ライスシャワーのノリで投げるそれは―――食パンのクズ。
 謎の行為に跡部が眉を顰めかけ・・・
 ばさばさばさっ!!!
 「うおわっ!!??」
 ハトの大群に襲われ、そのまま埋もれていった。
 人型に出来たハトの固まりを、佐伯が再び微笑ましげに眺める。
 「よかったな景吾。そんないっぱいの動物と戯れられて」



 ちなみに、件の看板に書かれていた●●は『ハトのエサやり』だった。これだけ大規模にやったおかげで即座に警備員に見つかった跡部。佐伯が主犯だと訴えるが、人当たりの良さによる第一印象での信用度で当然のように負け、なぜかハトのフンまみれになった挙句罰金を払わさせられるという踏んだり蹴ったりな事態となった。





宵―――

 「で!!??」
 「何が?」
 「今日のてめぇの一連の行為は何なんだ!? 俺にケンカ売ってんのか!? ああ!!??」
 朝からの事についにぶち切れた跡部。掴みかかる彼を真正面から見据え、佐伯は一点の曇りもない純粋さで首を傾げた。
 「嫌だったか?」
 「嫌に決まってんだろーが!!」
 「そんな・・・!!」
 跡部としては―――というか一般常識の持ち主としては至極真っ当な返事。
 しかしながらそれを聞き、なぜか佐伯はよよよと崩れ落ちた。
 「俺は景吾に喜んでもらおうと思っていろいろ考えたのに・・・!!」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・つまり?」
 どこがだ!! とか、考えた結果がアレかよ!? とか、真性の嫌がらせ王かてめぇは!? とか、とにかくいろいろ突っ込みたいところではあったが、戦慄く佐伯の様子に嘘偽りはなさそうだったので、とりあえず突っ込みは脇に捨てて問い正した。佐伯がこちらを持ち上げるとなると、誕生日にプレゼント費用を浮かすためかさもなければ生活費が足りなくなったかといったところだが。
 (誕生日はまだ先だよなあ・・・。わざわざ自費で弁当作ってきたっつー事は、金には一応余裕あるみてえだし・・・・・・)
 全く理由が思い当たらない。怒りは紙一重で好奇心に負けた。
 襟を放す。哀しそうに見上げてくる佐伯の頭を撫で、今度は数段階トーンを抑え促した。
 「で? なんでいきなりンな事思いついたんだ?」
 撫でられ、佐伯の興奮状態も落ち着いてきたらしい。ベッドに座るこちらに擦り寄る顔に、小さく笑みが零れている。
 「あのな。ホラ、俺たち恋人じゃん」
 「まあな」
 「恋人って言ったらやっぱさ、そんな感じで・・・。な?」
 「『な?』って、何が言いてえんだよ?」
 「だから悟れよ恋人なら!!」
 「悟れるかンなモン!!」
 やり直し。
 「だからなほらあのそのこのな・・・・・・。
  ―――恋人だったらさ、やっぱお前の喜ぶトコが見たいな〜な〜んて//☆」
 照れ隠しにだろう、えへv と笑う佐伯。耳まで真っ赤な様子につられ、跡部も顔を赤くした。
 「佐伯・・・・・・//」
 まさか佐伯がそんな事を思っていたとは。
 ふっ、と鼻から息を抜く。コイツは本気で何を考えているのやら。
 「バーカ」
 「・・・・・・何だよ」
 今までの照れから一転、佐伯がむっとする。顔を上げたところにキスを送ってやった。
 「〜〜〜////!!!???」
 「俺はお前がいつも『ここ』にいるだけで幸せなんだぜ? ちゃんと覚えとけよ佐伯」
 「景吾・・・・・・」
 佐伯の眉間に指を突きつけ、緩やかに笑う。優しい瞳に見つめられ、
 「じゃ、ずっとお前のトコにいてやるからな」
 佐伯はそれこそ幸せそうな笑みを浮かべ、跡部の首に両腕を回した。





夜―――

 「そういや今更ながら訊くが―――
  ―――結局朝からのアレ、何だったんだよ?」
 今度は仕切りなしのベッドでとろとろまどろむ佐伯に、跡部は先ほど取り下げた質問を再びしてみた。
 「え? だからお前を幸せにしようと」
 「明らかな嫌がらせにしかなってなかったじゃねえか」
 「だろ?」
 「・・・ああ?」
 それこそ嫌味のはずだった言葉。なぜか佐伯は嬉しげに同意した。
 (否定しねえのか・・・?)
 まだいろいろ試行錯誤した結果があの嫌がらせの数々だったなら納得する。結果はともあれその気持ちだけでも汲んでやるべきだろう。が、
 ―――つまり佐伯は意図して嫌がらせをしたらしい。少なくとも自分のやっている事が嫌がらせだとはきちっと理解していたらしい。ではなぜ『幸せにする』という大前提の元行われるのが嫌がらせなのか。
 (そこまで感性はおかしくねえヤツだったはずだが・・・・・・)
 さりげにこちらも失礼な事を考え、跡部はさらに尋ねた。
 「俺を幸せにすんじゃなかったのか・・・?」
 「だから幸せにしただろ?」
 「・・・・・・。どこが?」
 一応悩んでから訊いてみる。今日1日振り返り、欠片もそんな記憶にはぶち当たらなかった。
 心底不思議な跡部。そんな彼が佐伯には心底不思議だったらしい。問われ、きょとんとした。
 え? と呟き、ぱちくりと瞬きをし、
 言ってくる。





 「お前って、苛められんのに幸せ感じるんじゃないのか?」





 「誰がだ!! 俺はMか!?」
 「違うのか!? だから夜は
SMごっこにしようとあんなモノやこんなモノまで用意したっていうのに!!」
 「何でてめぇは一分の隙もなくそう思い込んでやがる!? ンなワケねえだろ!?」
 「そんな!! てっきりMだからぜひSな俺と付き合いたいんだと思ってたのに!!」
 「自覚してんならまずてめぇが治せ!!」
 「文句も来ないしそんな俺が好きだっていうから日々磨きをかけてたのにお前のために!!」
 「文句だったら現在含めて飛ばしてるしそういうお前が好きだなんて言った覚えは微塵もねえよ!! 大体てめぇ俺のためにとか言いやがっててめぇが一番楽しそうにしてたじゃねえか!!」
 「じゃあ俺の幸せを考える感じで!!」
 「俺の幸せ考えてたんじゃねえのか!?」
 「慣れたらきっとお前も幸せ感じるようになる!! 大丈夫だ!!」
 「嫌に決まってんだろーが何勝手に決め付けてやがる!!」
 「決め付けじゃない!! その証拠にちゃんと根拠はある!!
  お前なら素質はばっちりだ!!」
 「そうしたのはてめぇだあああああ!!!!!!!!」









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 深夜、疲れ果てた頭と躰で思う。



 ――――――コイツと別れるのが俺にとって1番の幸せなんじゃないか、と・・・・・・。



―――Fin























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 何を血迷ったんだか、たまにはこんな白い2人もいいかなあ、と・・・・・・白? 一応コンセプトは『濃ゆくないキャラによるライトタッチなノリの話』だったような気がします。どこかにいましたかねそういう人。
 以上、完全に『普通』のラインを見失った管理人でした。

2005.4.10