「ただいま」
「おかえり」
マイホーム
「ただいま〜」
扉を開けながらなんとなくそう呟いたリョーガは、
「おかえり〜」
廊下の奥から返って来た声に、靴を見つめたままぴたりと止まった。
「・・・・・・・・・・・・」
顔を上げる。暗い廊下の奥は、やはり暗いダイニングキッチン。だが確かに聞こえた。この家の住人で最も低い声が。
ふっ・・・と笑う。どうせまた明かりも付けずに夕食を作っているのだろう。親2人はまだ旅行中。出来るだけ電気代はかけないようにしようなどという心意気で。
靴を脱ぐ。端に寄せる。廊下を手探りもせず歩く。ここに来てまだそんなに経っていないはずだが、自分も随分夜目が利くようになったような気がする。
がちゃりとノブを回す。開いた扉の向こうで―――
―――シルエットだけの声の主が、振り返ってこう言った。
「おかえり、リョーガ」
多分笑顔だろう。声が柔らかかった。
何も返さずリョーガはそちらに近寄り、
後ろからふわっと抱きしめた。
「昨日に続いて今日もか?」
「違げえよ」
「確かにここでヤると後始末はまだ楽か・・・」
「だから違げえっつってんだろ!?」
ひととおりいつものやりとりをし。
「何かいいよな、こーいうの」
「後ろから襲うのが?」
「・・・・・・いい加減その話題から離れようぜ?」
「だってお前が繰り返すから」
「してねえよ!!
じゃなくてな、こう・・・
『ただいま』って言って、
『おかえり』って返すの」
「なるほどな。確かに伝統に則ってそうは言ってたがちょっとワンパターンって感じだな。行きに比べて会話に脈絡もないしな。
じゃあ次は『ただ今』って言われたら『おかけになった番号は使われておりません』とでも続けるか」
「続けんな変えんな普通に行け!! なんで常に斬新性求めんだよ!?」
「それが俺だから」
「・・・・・・・・・・・・。
何か・・・存在の根源を問われる返答されたな今思いっきりさりげなく」
「という事だ」
「何の話だ!!」
『ひととおりいつものやりとり』を終え。
「『ただいま』『おかえり』なんてやり取り、今まで全然なかったからな」
「なかった?」
首だけで振り向いてきた佐伯。きょとんとしている。
「こんなの当たり前じゃないのか?」
「どーだろうな。俺に取っちゃ『当たり前』じゃなかったけどな。
ああ・・・・・・
―――そういやチビ助ン家いた時はやってたな」
『ただいま〜!!』
『おうガキども。遅かったじゃねーの』
『おかえりリョーガリョーマ。あら随分汚れて。たくさん遊んだのね』
『うん!!』
思い出す。あの頃を。
ごく普通に帰ってくると、ごく普通に迎え入れられた。それが『当たり前』だった。それが当たり前だと・・・・・・思っていた。
「オッサンとこじゃ、ンなやり取り全然なかったな。必要最低限と、あとちょっと―――せいぜいやり合い程度だったな。
チーム組んだ時とかは一応仲良くしてたが、それでも挨拶なんてしてなかったぜ」
「へえ・・・」
佐伯の無感動な声が響く。別に同情とかをして欲しくて言ったワケでもないので構わない。
ただそれでも、
振り払わないでくれるのはありがたかった。
腕の中に包まれる彼。伝わる、温かい感触。挨拶も8年ぶりなら、人のぬくもりを感じるのも8年ぶりか。
その腕の中で、
佐伯はゆっくりと振り向いてきた。
触れ合うほど近くにある顔が、
笑みを浮かべる。
「んじゃ、コレは俺限定な」
そんな謎の言葉と共に。
ふわりと抱きしめ返された。
耳元で囁かれる。
「おかえり、リョーガ」
全身に伝わるぬくもり。無性に泣きたくなる。包んでいるのだろうか。それとも包まれているのだろうか。
抱きしめる手に力を込めて、リョーガも返した。
「ただいま、佐伯」
・ ・ ・ ・ ・
どの位そうしていたのだろうか。ぬくもりを感じなくなる位、互いの体温を分け合って。
「んじゃそのままv」
リョーガは佐伯をシンクに押し倒した。
のしかかる、その背中に、
鋭いものが突きつけられる。
「・・・・・・・・・・・・」
「背中からっていうと腎臓が定番だけど、あえて心臓でチャレンジしてみようか」
「いや遠慮しとく」
「残念」
「つーか・・・
・・・・・・どの時点で包丁握ってたんだよお前」
「最初から」
「殺す気満々かよ!?」
「何言ってんだよ。お前のタイミングが悪いからだろ?」
佐伯の肩越しに下を見やる。まな板と切られ途中の材料。確かにタイミングはとっても悪かったらしい。
「・・・・・・。んじゃ」
ゆっくりと手を離し、そそそそそ・・・と後退する。
「あ、リョーガ。俺こっちやってるから粉捏ねといてくれ」
「粉捏ねる? 何作る気だ?」
「肉うどん」
「・・・・・・もしかして、お前ン家で『うどん』って・・・・・・粉から作るモンなのか?」
「ああ。正確には粉と水は親戚から送ってもらうんだけどな。もちろん家は干物で返すぞ?」
「・・・何時から食うつもりだよ晩飯」
「心配すんな。これは明日の朝食だ」
「・・・・・・晩飯は?」
「俺は食べた」
「俺の分は!?」
「自給自足が基本だから」
「はあ!?」
「じゃあリョーガ。俺もう寝るから後よろしくな」
「おい佐伯!!」
・ ・ ・ ・ ・
暗い台所に独り取り残され、
「何だこの冷てえ家庭は!!!??」
リョーガは数分前とは180度逆の雄叫びを上げていた。
【当たり前の事。とても温かいそれ】
―――了―――
・ ・ ・ ・ ・
何だこりゃ?と言いたくなるくらいのただのいちゃいちゃカップル・・・のはずでした。とりあえずリョーガはとことん寂しい人生送っていたのが希望(もちろん越前家ででは除きますが)。なので佐伯家は別に食住確保のためじゃなくって来てたりしたらいいなあ・・・。ただし人としての生活の基盤であるはずの『安全性』はむしろ下げられたような気もしますが。う〜む凄いぞ佐伯家。リョーガですら最弱キャラと化しそうなこの家って一体・・・。
2005.4.23〜24