佐伯は金を―――
Priceless Pride
〜プライドの価格〜
受け取った 〜Bad End〜
伸ばした手が、ケースに届いた。閉じる。引き寄せ、手に持つ。
「『商談』成立ね」
「ああ・・・」
「それじゃ佐伯君、ここまでご苦労様v 送らせるわね」
「ああ・・・」
運転手の後に続き、部屋を出る。最後に、ちらりとミラーの方を振り返った。
・・・・・・・・・・・・結局跡部は止めてくれなかった。
暫くして、折原嬢が戻ってきた。佐伯は運転手に任せたらしい。
「もう出てきていいわよ、景吾君」
「ああ・・・」
頷き、跡部はふらりと出てきた。よろける体を、折原嬢が支える。
「見たでしょう? あなたよりお金を選んだわよ、佐伯君は」
「ああ・・・」
ぼんやりと呟く。不思議と涙は出てこなかった。そんな心も失くしてしまった。
彼女が、支えた腕から自分を抱き締めてきた。優しいぬくもり。温かい。
「大丈夫。これからは私がずっとそばにいてあげるから」
まるで呪文のように、その言葉は跡部を侵食していった。絡め取られる。永遠の安らぎへと。
「ああ・・・・・・」
壊れた笑顔で頷き、
跡部は折原嬢を抱き締めた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
途中で寄るところがあったため、そこで降りた。今いるのは千葉と東京の境目。川の上。
橋の欄干に座り込み、佐伯はそこで大爆笑した。
「ははははははははははははははははは!!! 景吾を売ってやったぞ!! 1億円で売ってやったぞ!!」
アタッシュケースを抱き締める。これは自分のものだ。ちゃんと同等以上の代償を払ったのだから。
これからどうしよう。景気よくパーッと使ってみようか。それで誰かはべらせて遊ぶんだ。面白いヤツと付き合って、面白くなかったら切って捨てて。そうやって遊ぶんだ。2度と恋愛などせずに。
「当たり前だろ。愛してるのはお前だけなんだから・・・・・・」
ただ1人の、愛する存在。永遠にそれは変わらない。
抱き締めた1億円。抱き締めた――――――未来の跡部の代わり。
未来の跡部の代わりがコレになった。なら未来の自分は何になるんだろう。
抱き締めて、囁く。愛しさを込めて。
「大丈夫だ。ずっと一緒にいるからな」
そして―――
―――後ろに倒れ込んだ。橋の外へと。
落ちながら、佐伯は幸せそうに微笑んだ。
愛してるよ、景吾。一緒にいような、永遠に・・・・・・・・・・・・
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
次の日。
「行って来る」
「いってらっしゃい、景吾君v」
「ああ」
新婚(まだだが)らしく、いってらっしゃいのキスなどする折原嬢。跡部もまた彼女を抱きキスし返して。
「やれやれ。あれじゃ景吾君、遅刻決定だね」
居間でくつろぎながらそんな事を言う父狂介。母琴美もまた苦笑し、
「でも残念ね。虎次郎君が家に来てくれなくなったわ」
昨日の夜、佐伯が1人で尋ねてきた。ありふれたアタッシュケースを手に、彼は晴れやかな笑顔で頭を下げた。
『今までお世話になりました。ありがとうございました』、と・・・・・・。
深い事情は訊かなかった。それでもわかってしまった。2人が別れたのだと。
「虎次郎君も、息子みたいなものだったのに・・・」
寂しげに微笑んだ。子どもを失くした親の気分を、まさかこんな早く体験する事になろうとは。まだ娘が嫁に行くだけならよかった。それでも親子は親子なのだから。
「もう、戻ってきてはくれないでしょうね」
「仕方ないよ。2人が選んだ事だ。僕ら外野がぐちぐち言ってもどうしようもないさ」
「そうね・・・・・・」
それきり会話が終わり、2人はなんとなくついていたテレビに目をやった。
丁度こんなニュースが放送された。
≪東京と千葉の境にある江戸川下流にて、今朝未明、少年の溺死体が発見されました。
少年は銀髪で、推定中学〜高校生と見られており、上流の橋に彼のものと思しき靴が発見された事から、警察は彼の自殺だという見方をしています。
奇妙な事に少年は1億円の入ったアタッシュケースを胸に抱えており、警察では彼の身元と共にこれとの関係について現在調査しています≫
2人の顔から、表情が消えた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
玄関にて。
「んじゃ行って来るぜ」
「早く帰ってきてね」
ようやっとやりとりが終了したらしく、扉に手をかけた跡部を、
「あ、景吾君、ちょっと待ってくれ」
先に狂介が呼び止めた。
「ああ? 何だよ親父」
「忘れ物ですか?」
訊いてくる折原嬢は無視し、スリッパのまま玄関を下り―――
「おい親父―――」
ばきっ!!
―――跡部の頬を、固めた拳で殴りつけた。
「きゃああああああああ!!!!!!!!!!」
ずるずると座り込んだ跡部。けたたましい折原嬢の悲鳴はこちらも無視し、琴美がその美脚で横から蹴り飛ばした。完全に倒れたところで、起き上がれないよう胸を踏み込む。
「かっ・・・は・・・」
咳き込む息子を見下ろす。目以外に笑みを浮かべ、淡々と自分たちの行為の理由を説明した。
「今こんなニュースをやっていたわ。中学生から高校生くらいの銀髪の少年が川に身投げしたんですって。1億円の入ったバッグを抱き締めて」
「え・・・・・・?」
声を上げたのは、折原嬢だけだった。跡部は声すら上げずに驚いている。
「少年は死んだそうよ? 自殺で決定ですって。
―――どういう事か、説明してくれないかしら?」
「アイツが・・・・・・死んだ?」
跡部が呆然と呟く。もう抵抗はしなさそうだ。解放し、居間に戻ろうとしたところで、
ぴんぽーん。
朝から不躾な客が訪ねてきた。
がちゃりと扉が開けられる。来たのは、千石と不二だった。手にそれぞれ包丁とラケットを持ち、極上の笑顔を見せ。
「おはようございまーす。俺たちサエくんの友人代表で来ましたー」
「やあいらっしゃい清純君、周助君」
「どうぞ上がっていって」
「お邪魔します」
放心状態の跡部を間に挟み、互いに笑顔で和気あいあいと入っていく一同。異常な光景に怯えながらも、折原嬢もまたその後をついていくしかなかった。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
居間に戻る。ニュースというのは無数にあるものでもないし、最新のニュースとなればちょくちょく流されるものだ。
戻ってくると、丁度そのニュースを放送してくれた。新しい情報が入ったらしい。家族が身元を確認したそうだ。≪佐伯虎次郎君 14歳≫。そのテロップと共に、生前の彼を収めた写真が映し出された。2人で映っている。1人はまだ生きているため目元が隠されているが、誰が見てもそれは跡部だった。同じ写真を見た事があるのだから間違いない。
ついこの間、Jr.選抜合宿で撮った写真。カメラを持ち込んでいた不二が記念にとみんなを撮っていった内の一枚。寝起きドッキリロケなどと名目付けて早朝部屋に乱入したらしっかりバレていて。準備万端の2人にしてやったりとXサインを送られた。
肩を組んで笑う2人。その姿が本当に幸せそうで、写真に収めた。
テレビの向こうで、佐伯は今でも本当に幸せそうに笑っている。隣に跡部をいさせ、本当に・・・・・・。
跡部の説明―――跡部の懺悔が終わった。テレビに背を向けイスに力なく腰掛ける彼は、まるで生きた屍だった。
一通り聞き、納得する。どうりで佐伯が金を手放さなかったわけだ。
「君の代わりだったんだね。君とずっと一緒にいたかったんだね。
―――跡部」
なおも笑いながら、不二が跡部の前に進み出た。横目で確認する。狂介が頷き返した。OKサインが出た。佐伯の両親から。
「だからさあ―――」
言葉を繋げながら、両手で握ったラケットを振り上げる。
上で一度止め、
振り下ろした。
叫ぶ。
「君もサエのところへ行ってあげてくれないかなあ!? サエ、独りで寂しいと思うんだ!! 旅の道連れがお金だけじゃ寂しいでしょう!?」
ぐしゃっという音と、何か潰れた感触が手に伝わる。
さらに振り上げ、振り下ろす。いろいろな液体と固体が飛び散った。
「ずっと一緒にいたいんだって!! 死んでもサエ、お金手放してないんだって!! 凄いよねえ!! 警察の人も不思議なんじゃないかなあ!?」
なおも何度も振り上げ振り下ろし。
「ほんっとサエって君の事大好きだよねえ!! 知ってる!? 君といるときのサエ、本当に幸せそうに笑ってたんだよ!?」
不二は最後まで、叫び続けた。
「だから一緒にいてあげてくれないかなあ!? 君が一緒だったら、サエずっと幸せだと思うんだ!!
友人として頼むよ!! 幸せそうなサエ見るの、僕たちも大好きだったんだ!! 一緒に幸せになれたんだ!! だから―――!!」
ラケットが壊れた。手首がイカれた。生きた屍は、ただの屍になった。
見下ろし、不二は嬉しげに笑った。末尾を続ける。
「だから―――
――――――――――――サエ、幸せにしてあげてよ。君にしか出来ないんだよ跡部・・・・・・」
了承したというように、跡部の死に顔もまた、幸せそうだった。きっとこれから佐伯の元へと行くのだろう。
―――『遅いぞ景吾!』
―――『悪りい。ちっと出んのが遅れちまった』
―――『そうやって謝って済めば警察はいらないんだぞ!』
―――『まった古典的な文句を・・・。
はいはいどーすりゃ許してくれんだ?』
―――『罰として、デートの費用は全額お前持ちなv』
―――『・・・・・・結局そーなんのかよ。わーったよ。持ちゃいいんだろ持ちゃ!』
―――『わ〜い景吾太っ腹〜vv』
―――『・・・・・・・・・・・・ったく』
きっとこんな会話をして。そして2人は共に旅立つのだろう。いつまでも、幸せなまま・・・・・・。
「お幸せにね、サエ、跡部・・・・・・」
呟く不二の目から、初めて涙が溢れた。泣き崩れる。優しく抱き寄せる琴美もまた、涙を流していた。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
「あ、あ、あ・・・・・・」
目の前で繰り広げられた殺人。誰も止めない。誰も反対しない。狂ってしまった。ここにいる全員は。
「いや・・・・・・」
へっぴり腰で出て行こうとする折原嬢。何とか扉に到着したところで、
ぱたりと閉められた。
見上げる。扉を閉めた張本人、狂介を。
いつもと同じようにしか見えない笑みで、いつもと同じようにしか聞こえない口調で、彼は言った。
「駄目だよ。話はまだ終わっていないんだ。君の懺悔が」
「あ・・・・・・」
後ろから、がしりと肩を掴まれる。振り向きいたのは千石だった。こちらも変わらぬへらへら笑いを浮かべていた。
「わ、私はあなたに言われた通りに―――!!」
必死に弁解する。しようとして―――
―――声帯を掻っ切られた。声が出ない。ぱくぱく口を開き、首を振る。何かを訴えるように。
合わせるように、千石も首を振った。
「ダメだよサエくん殺しちゃ。誰がそんな事やれって言った? 俺は君に、『跡部くんと別れて』って言ったんだけど、君は一体何を理解したのかな?」
ずぶりとナイフを突き立てられた。悲鳴はやはり出なかった。
崩れる折原嬢の体を無理やり立たせ、さらに何度もずぶずぶ沈みこませながら、千石は反省の色が見えない彼女の罪を読み上げ続けた。
「これだから馬鹿なヤツって嫌いなんだよ。人の言いつけは全然守らない。やらなくていい事ばっかりやる。
1人位いなくなった方が世のため人のためなんだろうね。ただしもう2人死んじゃってる時点で全然採算合わないけどさ」
「ああ本当だよ。こういうのは存在自体が罪なんだろうね。再犯防止のために、きちんと処分しておいてあげないと」
後を受け継ぎ、狂介が判定を下した。持ってきていたライフルを頭にしっかり当て、
「残念だけど、ウチに君はいらないな。決めるのはもちろん景吾君自身だけど、それでも言わせてもらうなら―――
―――僕らは君より虎次郎君が欲しい」
「――――――!!!」
引き金を引き、完全処分した。
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
佐伯の遺体から、アタッシュケースが落ちた。不思議なものだ。さっきまではどうやっても取れなかったのに。
首を傾げる警察官を他所に、佐伯夫妻は届いたメールを確認した。どうやら向こうも準備が出来たらしい。
「それでは、息子を引き取らせてもらって構わないでしょうか?」
「ええ・・・。それは構いませんが・・・・・・あのそれは」
指差されたのはアタッシュケース。1億円の入ったそれ。
まるでただ寝ている子を運ぶように佐伯をお姫様抱っこし、夫妻は小さく微笑んだ。
「いりませんわ、もう」
「それで買うべきものは買いました。もう虎次郎のものではありません」
「は、はあ・・・」
「そうですか・・・、では・・・・・・」
「それじゃ」
「ありがとうございました」
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
葬式が行われた。飾られた写真は、もうどちらも目隠しはされていなかった。
家族と友人だけで行われた合同葬式。型破りながらちゃんと金ではなく跡部を抱かせ、2人揃ってただ焼くだけにした。お経は唱えない。極楽浄土でなくとも、どこでも構わないだろう。2人でいられるのなら。
泣く者は誰もいなかった。誰もが笑い、口々に同じ事を言う。あの時不二が言った言葉と同じものを。
それが餞の祈り。捧げた言葉は―――
お幸せに、2人とも。
―――Fin
∞ ∞ ∞ ∞ ∞
は〜。死んじゃってますよ2人とも。一応一緒にはなれました。折原嬢がどうなったかはわかりません。多分責任持って再生防止のため骨まで焼き尽くしたのでしょうもちろん2人とは別々に。
一応前置きどおりラストはこちらもHappyです。皆様ご気分はいかがでしょう。サエFanの私としては、折原嬢にでれでれしてた跡部が書いててムカつきました。なので両親が好き放題突っ込んでます。跡部の美脚は母親譲り希望(ここで主張してどうする)。ちなみに実は跡部母、佐伯母より戦闘能力上だったりします。跡部が問題外といった感じであっさりやられるワケです。
それではv
2005.5.14〜15