リョーガと2人で東京に来たその日、佐伯は不思議なものを見た。



 「あれは、リョーガと、・・・・・・・・・・・・・・・」







ありきたりなオチの話






 「た〜だいま〜。つーか佐伯置いてくなよな。お前どこ行ったのか散々探し回ったうおわっ!?」
 帰ってくるなり、リョーガもまた不思議なものを見た。黒髪のだらりと長い・・・・・・正体不明の生き物。一応2足歩行で足はあるが、もんもんと漂う暗さはどう見ても幽霊。越前家の裏は寺だし父親が代理住職で自分たちも小さい頃よく行っていたため怪奇現象は慣れているが、それでもなぜ築5年の家にごく普通にそんなものが!?
 (貧しさに間引きされたヤツが蘇って!? それとも姥捨て山に捨てられたのか!?)
 ・・・・・・確認しよう。ここは日本であり現在は平成、西暦に直せば
21世紀だ。今だにこんな風習は残っては・・・いないだろう。多分。
 とりあえず幽霊説は否定し、改めて考える。客か、それとも家族か。客なら靴がない。家族なら自分除き佐伯両親に当人の3人。双子の姉は帰ってきてはいない筈だ。
 頭の中に3人の姿を思い浮かべる。まず佐伯は髪色・長さ共に違うので却下。母親もまた茶パツでショートカットだ。実はこの見た目―――黒髪ロン毛に最も近いのは父親である。ただしそれでも伸ばして肩甲骨辺り、切り損ねた真後ろのが付け毛のように垂れ下がっている程度だ。こんなぞろりと存在を主張してはいない。
 「ああおかえりリョーガ」
 悩んでいる間に結論は出た。髪をまるでのれんのようにかき分け、見慣れた佐伯の顔が出てくる。
 「あ、ああただいま・・・・・・」
 「晩飯出来てるから」
 「あ・・・ああ」
 そのまま2階へと消えていく佐伯。あまりに異様過ぎて、結局リョーガは何も訊く事が出来なかった。





 自室にて、佐伯は黒髪ロン毛のかつらを取った。
 じっと見つめ、考え込む。思い出すのは先程見た光景。リョーガが、こんな髪をした年上らしいおしとやかな女性と楽しそうに歩いていたその光景。お互いの家に寄り後で合流しようという事にしたのだが、家に帰ったはずのリョーガがなぜそんな女性と・・・?
 考え、考えるに考え、考え抜いた結果・・・
 「反応イマイチだったなあ・・・。こういうタイプが好きなのかと思ったんだけど・・・・・・」
 ・・・・・・髪の特徴だけで相手を決めていれば、ヅラ含め『彼女』が数万人はくだらないと思うのだが、佐伯はなぜかそういう結論に達したらしい。
 「じゃあ次はおしとやかさか」







・     ・     ・     ・     ・








 「―――つー事があってな」
 「ははははははは。うん。面白いな」
 「・・・・・・・・・・・・」
 佐伯がおかしい。なぜ笑うのに口元を押さえる? 食事中は最低限の礼儀かと思ってやり過ごしたが、なぜ食後にもそれが続く?
 しかもなぜここまで大人しい? いつもなら「あ〜っはっはっはっはっは! 馬鹿かお前!?」と指差されて大笑いされるところだというのにいや笑われたいワケでもないしましてやそう笑われ嬉しいワケもないのだが!!
 (つーか・・・・・・怖ええ)
 そろそろと、佐伯の顔を盗み見る。頬に引きつり1つない。だからこそ余計に怖い。少しでも反応が表に現れている時はまだ、次に嫌味の雨嵐、そして殴ってジ・エンド―――と展開がわかるのだが・・・。
 (え・・・? 今日なんかあったか・・・? 今日は電車賃は往復俺持ちだし、昼は跡部クンにたかったし、コイツが損する事はなかったと思うんだけどなあ・・・・・・)
 「な、なあ佐伯・・・」
 耐え切れずに、尋ねた。
 「ん?」
 「お前さあ・・・」





 「――――――――――――頭大丈夫か?」





 ・・・・・・とりあえずその後は即行『ジ・エンド』となった。







・     ・     ・     ・     ・








 「やっぱ合わないキャラはダメなのか・・・」
 再び自室にて、佐伯は殴りすぎて痺れた手を擦った。
 宙を見つめ、呟く。
 「やっぱ、女性の方がいいのかなあ・・・・・・」
 普通はそれが当たり前だろう。もちろん同性が好きな人もいるが、リョーガは自分以外ではいつも女性に声をかけていた。ナンパし、話して周りにはべらせ。やはりこれらは男よりは女の方がいいのだろう。実際リョーガと共にいると、よく女性にそういう目で見られたり声をかけられたりする(一部男性でもあるが)。リョーガもまた特に魅力的な女性に絡まれると嬉しそうだ。その中で自分を選んでしまった事が、彼にとって一番の誤算だったのだろう。
 「性転換は全国大会あるしムリとして・・・・・・。ヅラ?・・・はさっき失敗したよなあ。
  プチ整形? 化粧? 服?」
 悩みこみ・・・・・・





 「・・・金かかるからヤだなあ」





 ・・・・・・リョーガへの愛は、諸費用にあっさりと負けた。














・     ・     ・     ・     ・








 数日後、再び東京へ出向く事になった。
 今日もまたリョーガと分かれる。お互い用事が違うのだから仕方ない。「一緒にいてくれ」とは死んでも言いたくない。
 1人で街を歩き、
 (あーあ。こうしている間にもリョーガはまたどっかの誰かと一緒にいたりするんだろーなー)
 前から人がやってきた。
 (そうそうこんな感じの? 黒髪ロン毛で年上のおしとやかな女性と一緒にさ・・・・・・・・・・・・あ?)
 「あ・・・・・・」
 ぴたりと足が止まった。正面から歩いてきた女性。彼女こそまさに、前回リョーガと歩いていた女性だった。
 「あら―――」
 こちらに合わせ、女性もまた止まった。
 立ち止まり、2人で困る。止まって一体どうすればいいのやら。「こないだリョーガと歩いてるの見ましたよ? アイツとどういう仲です?」。訊いてどうする? 1人で焼きもち妬いてるっぽくって馬鹿らしい。「そういう仲です」とでも答えられたらさてどうする?
 (殺したら殺人罪。隠したら死体遺棄。
14歳だからもう少年院行きだっけ? 待てよ? 未成年な以上少なからず『親の責任』。
  ―――やべ。『責任とって』母さんに殺される)
 佐伯がこんな感じで切り出しに悩んでいる間に、女性の方が話し掛けて来てくれた。
 「あの・・・、もし違っていたらごめんなさい。あなた、佐伯さん・・・ですか? リョーガさんがお世話になっている」
 「ええ。そうですけど?」
 (は〜。『リョーガさん』ね〜。しかも『お世話になってる』ですか。してますよしっかり。あんな事やこんな事込みでね!!)
 ―――などと思っていてもそこは外面大王。決してそれらを表に出す事はなく、佐伯はいつもどおりの爽やかな笑顔で頷いた。
 女性もこちらの態度に安心したらしい。微妙に相好を崩し(もちろんそれでもおしとやかさはそのままで)、穏やかな笑みを浮かべ、お辞儀をしてきた。
 「あ、挨拶が遅れてすみません。私菜々子と言います」
 「俺は佐伯虎次郎です」
 「やっぱり! あなたの事、リョーガさんがいつも話してくれるんですよ?」
 (ほー俺の事を話す、ねえ。我を忘れて一時の過ちを犯したとかそーいうんじゃないんだー。しっかり俺の事意識した上でやってんだー。その上『
いつも』。1回で懲りず2度3度4度5度!? もしかして俺のほうが後ですか。本命いた上で俺のことは遊びかなんかですか)
 「ははっ。ロクな事じゃないでしょ。『サイテーな家に転がりこんじまった』とか」
 「え!? いえいえそんな事ないですよ!? 『みなさんにとてもよくして頂いている』と」
 「はははv そんなモンじゃないですよ?」
 (どーせ悪口ばっか並べてんだろ? アンタも大変なヤツ拾っちまったなあ。ご愁傷様。どうせそれでも1から
10までしっかり聞いてやってんだろ? でもってそんな感じでフォロー入れて? 俺とは大違いだなあ。いい子見つけたなあリョーガ。うりうり)
 胸のうちで、リョーガのこめかみを拳の尖った辺りでえぐっていく。痛そうなリョーガを考えるとちょっと気持ちが晴れた。
 そんなものを彼女も察してくれたのだろうか。これ以上の無駄話を避け早々結論へ持っていってくれた。
 「あの、それでご迷惑でしょうがこれからもリョーガさんをよろしくお願いします」
 「いえいえこちらこそ」
 (ハッ! 迷惑だと思うんだったら自分で引き取れよ。何なんだよ俺。世話係か? 尽くすだけ尽くしてやって、でもってイイトコ全部取られるってか? ざけんな。
  つーかアイツまだ越前家のヤツだろ? そーいう挨拶ってのは家族がするモンだろーが。それとも何か? アンタもーアイツの嫁気取りか? だったら尚更引き取れよ面倒なモン押し付けずにさあ)
 性格は大なり小なり周りにいる人に影響を受ける―――からだろうか? 佐伯の思考にだんだんリョーガが混じってきたところで、
 「それで―――」
 引いていた女性が、なぜか突如頭を下げた。










 「申し訳ありません! リョーガさんの生活費、もう少しだけ待っていただけませんか!?」
 「・・・・・・・・・・・・は?」







・     ・     ・     ・     ・








 間抜けな空間が広がる。事態の整理には、今しばらく時間がかかりそうだった。
 「あの、ちょっと待ってもらえませんか?」
 「え・・・? あ、はい・・・・・・」
 待ってもらって、考える。リョーガの生活費? アレを払っているのは―――
 「えっと・・・。
  最初に訊くべきだったでしょうが、あなたはリョーガとどういう関係が?」
 「あ、私越前菜々子と言って、リョーガさんとは従姉弟の関係にあたります。現在東京の越前さんの家―――リョーガさんの実家の方に居候させて頂いているのですが・・・、
  ―――すみません。私が今月分の生活費を遅らせているせいでリョーガさんの分も遅れてしまって」
 「従姉弟・・・・・・」
 (いやでも従姉弟でも結婚は―――あ、いや三親等以内だからムリか。けど待てよ? リョーガのご両親の義兄弟の娘の場合は? これでも一応『従姉弟』。血は繋がってないんだから結婚は可か。そもそもそれ言ったらまず男同士が日本じゃ不可だしな。
  それに何も結婚を前提にしてなくてもいいのか。世の中結婚してなきゃ一緒にいちゃいけないなんて法律もないし、指輪だ式だで金取られたり『家族』でごたごたが起きるんだったらしなくても良さそうだ。子どもがいない内なら特に無理やり持っていく必要もない。両方『越前』なら子どももそれで決定だしなあ。
  死んでも財産は入らなさそうだけどリョーガもう
15歳超えたんだから遺言は適用されるだろ? なくても保険金の受け取り彼女にすればいいだけだし)
 なおも悶々と悩み込む。そろ〜っと頭を挙げてきた菜々子に見つめられ、佐伯は慌てて手を振った。
 「いえいえそんな急がなくて結構ですよ。アイツもちゃんとバイトして金は入れてくれてますし、そんな払いが少し遅れて潰れる家でもありませんから」
 「そうですか・・・? よかった・・・・・・」
 ほっと胸を撫で下ろす菜々子。本当に安心したか崩れ落ちる彼女を支えてやれば、
 「ホントによかった・・・。私のせいでリョーガさんが追い出されたらどうしようかと思った・・・。リョーガさん、とっても楽しそうにあなたやご家族の事話すから・・・・・・」
 「アイツが、ですか?」
 「ええ。凄く楽しそうに、嬉しそうに。本当にいい方と巡り合えたんだな、って、聞いてて思います。
  だから―――」
 そこで彼女の言葉は途切れた。後ろのビルから出てきた男に遮られ。
 「おーい菜々姉あっ―――佐伯ぃ!?」
 「リョーガ・・・・・・」
 向かい合う。驚くリョーガを見て、佐伯の中で今まで築き上げてきたものががらがら崩れ落ちていった。





 ヤハリ彼ハ、今日モ彼女トイタラシイ。





 「邪魔して悪かったな」
 短く残し、佐伯は踵を返した。足早に立ち去ろうとする。後ろではこんな会話がなされていた。
 「なんで、アイツここに・・・?」
 「さあ・・・。それはわかりませんけど・・・・・・」
 「やっぱ俺を追ってか!?」
 「そんな事考えてる間にさっさと追ってくださいあなたが!!」
 「いやだってコレ、何て言うよ・・・?」
 「何でもいいんですありのまま言えば! このまま誤解されてていいんですか!? 子どもみたいに駄々捏ねてないで下さい!!」
 どんっ!
 「うおっ・・・!!」
 「え・・・?」
 すかっ。
 ずざざざざあっ!!
 頭と体は別物らしい事を証明した佐伯。きょとんと振り向きつつしっかり避けた彼の前には、後ろから飛んできたリョーガが見事なヘッドスライディングをかけていた。その後ろでは、彼を突き飛ばした恰好のまま菜々子が恥ずかしそうに顔を赤くし俯いている。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 非常に間抜けな空間が広がった。誰も何も言えない。出来ない。
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・じゃ、これで」
 「ちょっと待てよ佐伯!! お前俺の努力と犠牲全部無駄にすんのか!?」
 「努力と犠牲の成果がヘッドスライディングじゃないのか!?」
 「違げえよ!!」
 がばりとリョーガが起き上がった。警戒態勢を見せる佐伯に頬を引きつらせつつ、ぱんぱん埃を払う。
 払って・・・
 「ほら佐伯、手ぇ出せよ」
 「・・・・・・・・・・・・」
 「だから何で引く!?」
 「出したところでカミソリとか剣山とか画鋲とかハンマーとか静電気とかネズミ捕りとか来るんじゃないのか?」
 「来ねえから!!」
 なおも5分ほど説得した後、『それにより何か禍根を残す結果がもたらされた場合全財産を支払う』という条件でようやく出してもらえた。
 出された左手を取り、リョーガは己の右手を重ねた。薬指に何かをはめながら。
 手を持ち上げ、そこに軽くキスをする。
 顔が離れ、ようやくわかった。はめられたそれが、指輪だった事が。
 リョーガを見る。リョーガは、目元を細め小さく笑っていた。










 「いつもお世話になってます。これから一生お世話になります」











 「え・・・? だってお前・・・・・・」
 わけがわからず、空いていた右手でリョーガと菜々子を交互に指す。それだけで何を言いたいか察したらしい。リョーガは笑いながら菜々子を招き寄せた。目の前で見せ付けられたキザな行為に真っ赤になる彼女を。
 「ああ、菜々姉か? お前の事話してたらさ、『お世話になるだけじゃなくってたまにはお返しもしなきゃ』ってんで、何にするか相談に乗ってもらってたんだよ。お前に訊くのが一番早いだろうけど、それじゃ楽しみ半減だしな」
 「それじゃ、一緒にいたのは・・・」
 「ああ、何にするか実際見ながら考えててな。んで決まったのがそれ」
 改めて見る。大きな宝石がついていたりごてごてしていたりしない、シンプルなデザインのシルバーリング。派手ではないが、その分細かい細工が綺麗だった。
 リョーガもまた、左手を上げる。先程までついていなかったものがついていた。
 「ペアリングな」
 かちっ、と音を鳴らし、それが合わされた。まるでグラスを鳴らしたような感じ。そういえばこれらの『音』というのは、悪魔を祓うために鳴らされるんだったか。2人の邪魔をする悪魔を。
 ちらりと見る。菜々子は温かく微笑み、小さく拍手を送ってくれていた。
 ふっ・・・と息を吐く。自分は何を考えていたのだろう。これだけまっすぐ向けてくれていたというのに。
 「仕方ないなあ。世話してやるよ」
 せめてもの負け惜しみ。見上げ、微笑む佐伯の顔は今にも泣きそうだった。
 抱き締められ、抱き締め返し。その腕の中で。





 ――――――佐伯は幸せそうに笑っていた。



―――Fin











 タイトル通りそんな話です。浮気かと思ったら菜々子ちゃんでした〜☆ オチはありきたりでしたがそこに至る佐伯の思考はこれ如何に。(仮)浮気相手に会って3秒で殺人計画って・・・。そこまでやる人がなぜ化粧品代を惜しむんだろう・・・・・・?
 そして何だかプロポーズしちゃってますよこのこのv 本当に『それにより禍根を残した』のでリョーガの全財産はサエのものvv もう何の問題もなく結婚突入ですねvv
 ところでリング。
Web拍手御礼SSリョガ跡サエを読まれた方、実はオチは別の場所にあると思われたのではないでしょか。あまりにそれだとリョーガが可哀想過ぎるので今回はここで終わりました。なおそれでいくならオチは↓にてどうぞ。


















おまけ


 「佐伯! そういや最近お前あのリングしてねえけどどうしたんだ?」
 「ん? アレか?
  そりゃお前からもらった大事なマリッジリングだからな。大切にしまってるぞ?」
 「そ、そうか//?
  ところでお前最近随分羽振りいいな。どうしたんだ?」
 「いいだろ? お前にも奢ってやるからなv」
 「・・・・・・マジで珍しいな」



 そして真実は闇へと葬り去られた。佐伯曰くの『大切にしまってる』場所がリサイクルショップだなどという真実は・・・・・・・・・・・・。



―――Fin








 ・・・・・・まあこんな感じで。ではv

2005.5.27