デンジャラス使用人生活
後編―――
「来たよ〜景〜v」
「よお、周」
関係に変化がないまま期間だけが過ぎ、氷帝はますます繁栄していったそんなある日。
跡部の元へ、1人の客人が来た。
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
「ようこそいらっしゃいました、不二周様」
客の前ではとりあえず愛想振り撒け。
どこの商人だよといったキャッチフレーズながら、これは大抵どこででも当てはまる。そう。使用人世界においてもまた。
「何だよてめぇ。俺とソイツとの態度雲泥の差じゃねえか・・・」
「もちろん景吾様のお客様ですからvv」
お前の客だから敬ってやってんだろ? 感謝しろよ。
―――台詞以外の全ての表(具体的には貼り付けた鉄壁の笑みと垂れ流した不快なオーラ)にそう示す佐伯に、跡部は苦りきった表情で頬を引きつらせた。
それらは一切気にせず・・・いやむしろ気付いていないのか?・・・不二周という、明らかに名家の令嬢っぽいひらひらドレスのお嬢様は、見た目にそぐわない小動物的落ち着きのなさで跡部に絡み出した。
「でね、あのね、景〜―――」
「何だよ周―――」
乱雑な口調と裏腹に、跡部の顔も嬉しそうに緩んでいた。自分だけが見る―――自分ですら見た事のない笑顔。
お茶の準備をしながら、佐伯の指がばきりと音を鳴らした。幸い気付かれなかったようだが。
「では、失礼いたしました」
殊更『失礼』を強調する。それもまた、気付かれる事はなかった。
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
「別に俺は何も気にしてないぜ? そうだろ? どーせ俺なんて元からただの使用人だし、奴隷代わりだしな。お互いそれで納得してたんだし、実際その通り扱われ続けてたワケだし。アイツも一応年頃なんだから意中の相手の10人や20人いるだろうし―――ってそれだけいたら『意中の相手』なんて言わないじゃん―――、俺はそういうのにヤキモチ焼いたりあまつさえあんな事やこんな事してますなんてチクって別れさせるような子どもじみた真似もしないぞ? どころか『女殺し』に引っかかってあーあの子もかわいそーになーとか同情しちゃったり出来るぞ? 心広いなあ俺ってば」
などなど言う佐伯による本日の被害は皿が2枚、コップ1つ。Yシャツ2枚は1枚を洗いながらズタズタに引き裂き、もう1枚をアイロンで燃やした。さらにモップの柄をへし折りブリキバケツをひん曲げた。なおラストの2つは使用人頭にこってり絞られた後の被害である。先だったならば、頭も決して叱りはしなかっただろう。人には決して抗ってはいけないものがある。それを総じて『災害』という。
撒き散らすだけ撒き散らし次の日・・・
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
「失礼します。
―――景吾様、朝ですよ」
部屋に入り、カーテンをめくり。
「・・・・・・・・・・・・」
佐伯は激しく頬を引きつらせた。いつもどおり、そこでは跡部が寝ていた。当たり前だ。
その隣では、不二が寝ていた。同じベッドで、同じ布団で。
「考えなかった俺が鈍感なんだろうけどさ・・・・・・、
せめて《Don't disturb [入ってくんじゃねえバーカ]》くらいつけとけよこのアホは」
少女化も忘れ地声でボヤく。実はさりげなく気配で起きていた不二が、少女として絶対似つかわしくない感じで異様なまでにドスの効いた低い声にビビって寝たふりを続けた。
そして―――
―――それが更なる悲劇を生んだ。
佐伯の顔が壊れた・・・としか思えない変化を見せた。限界まで目を見開き口を吊り上げる。本人は多分、『満開の笑み』のつもりなのだろう。
(どうしよ〜。怖いよ〜。怖いよ〜・・・!!)
ありきたりな恐怖に飽きた方、ぜひこの顔をご堪能下さい。お金を払ってでも一見の価値はありますよ。ただしあまりの怖さに返金を要求されましても、当方では一切応じる事は出来ませんので悪しからず。
・・・頭の中にそんなナレーションが流れるほど佐伯の顔は怖かった。
と、佐伯の笑みが元に戻っていく。元の穏やかな笑み。だがなぜだろう? 『ウォーミングアップ完了』といったように見えるのは。
「景吾様、おはようございますv」
笑顔で、快活な挨拶で、
佐伯はちょっと手首を返した。持っていた盆ごと。
どべしゃばしゃがしゃん!!
「うおっ・・・!?」
上に載っていた、対お客様用モーニングセット(オプションつきコーヒーと1口大に切られた果物)は、食器込みで全て跡部に食べられる・・・のはさすがに無理だった。
目潰しコーヒー、呼吸困難促進砂糖に前歯ぼっきりリンゴ。それらの次には骨を砕く上に所構わず突き刺さる、華麗なる食器のコンビネーション。
まともに喰らっていれば9割2分大怪我だっただろうが、残念ながら殺気を感じる特性のあるらしい跡部は寸前に身を起こし避けてしまった。
「ちっ・・・」
「オイ・・・」
「ああ景吾様おはようございますv 今朝も小鳥の囀りと共に爽やかに始まりましたねv」
「・・・破砕音と共にすっげーエグい感じで始まったような気がするんだけどな」
「気がするだけなら気のせいですわv ではおはようございましたのでごきげんようv」
「・・・・・・・・・・・・。
ああ」
いろいろと、言いたかったり聞きたかったりその他したかったりして欲しかったりする事は多々あったのだが、これ以上コイツをここにいさせると被害が増えるだけのような気がする。これは気のせいではないだろう。
起き抜けながら本能から恐怖を感じ取り、跡部は早々佐伯を部屋から追い出す事にした。
望みどおり、佐伯は馬鹿丁寧に一礼して踵を返してくれた。額の汗を拭うため、布団下の手を取り出そうとして―――
ずり。
出した手には、不二が絡みついていた。
ぎしりと空間が歪む。出した手を慌てて布団に戻した。
こちらはこちらで意味を間違えた『満面の笑み』を浮かべる跡部。ぎぎぎぎぎ・・・と首振り運動だけで佐伯を見てみると、佐伯もまたこちらを見つめていた。
にっこりと。
「・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
緊迫の時が続く。跡部から流れる汗が1リットルを超えそうな辺りで・・・
「ああっ! 景吾様虫が!!」
ばん!!
「をぐっ!!」
指摘? 開始と同時―――『あ』の辺りで飛んで来た盆が、彼の秀麗な眉目完全無視で全てを等しく潰した。
「迅速な処置により景吾様を付け狙う憎っくき虫は何の被害もなしに退治されましたわ! では景吾様、盆は食卓にお持ち下さいませ!
アデュー!」
ばたん!!
こちらは全て言い終わってからだった。家を揺らしかねない勢いで扉が閉じられる。向こうでは今頃ノブが外れているだろう。
無言のまま曲がった鼻をごきごき直し、いそいそティッシュを詰め込んでいる跡部に、
ようやく起き上がる機を得た不二が、ぼんやりと扉を眺め呟いた。
「また・・・随分過激なお手伝いさん雇ったね」
「全くだな・・・・・・」
跡部のため息に合わせるように、こちら側のノブがだらりと垂れ下がった。
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
本日の被害は、おおむね跡部だけだった。見ようによっては0かもしれない。せいぜい―――テラスに出た途端崩壊して宙吊りになったり、仕掛けられたワイヤートラップで階段を上から下まで転げ落ちそうになったり、途中ワックスとコールタールが交互に塗りたくられていたり、食事に巧妙に混ぜ込まれた即効性下剤で腹を下したり、ドアに高圧電流が流されていたり、配線切って開けたらバケツが落ちてきたり、外を散歩したら上から馬糞が降ってきたり、小川にそうめんが流れていたり、噴水から洗濯排水が溢れ出てきたりしただけだ。
ふよふよ飛んでいくシャボン玉をいっそ綺麗だと見上げていると、隣で同じく見上げていた不二が再び小さく呟いた。
「景・・・。君今日、人災の相出てるよ?」
「だろーな。俺もそう思うぜ・・・・・・」
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
「サエ!! てめぇ俺に何の恨みがある!?」
「恨み? まあ、面白い事をおっしゃられますねえ景吾様。一体なぜまたそのような妄想を?」
「明らかに現実だろーが!! 他はともかく朝に関してはしっかり見てたんだからな!!」
「あれは過失でございますわ。使用人のミスを1つ1つ責めないでくださいな。人間誰しも過ちは犯すものです」
「冒した張本人が言った時点で説得力ねえんだよ!!」
「むう・・・。
―――申し訳ありませんでした。
ではこれで」
「って待て!!」
「まだ何かあるんですか? 過失に対する謝罪を求められていたのでは?」
「謝ってねーじゃねえか!!」
「謝ったじゃないですか。『申し訳ありませんでした』と。ちなみにこちらが耳鼻科の案内です」
「誰が聞こえねえっつった!? 誠意が感じられねえっつー事言ってんだよ!!」
「誠意。
感じたからこそ私は景吾様のお叱りを甘んじて受けているのですが。なお主人のストレス発散付き合いも立派な使用人の仕事として、この間の分の給料も請求しますので」
「どの辺りを指して『誠意』なんだ!? ああ!?
だから!! てめぇは一体何やりたいんだよ!?」
「何、とおっしゃられますと・・・・・・。
―――落ちて欲しかったとか転がって欲しかったとか滑ったり張り付いたりして欲しかったとか下って欲しかったとか痺れて欲しかったとか当たって欲しかったとかまみれて欲しかったとか食べて欲しかったとか見惚れて欲しかったとかとしか申せませんが。ああ、下ってくださりありがとうございます。さあその調子で他のものも!」
「やるかああ!! 他は8割死ぬだろーが!!」
「下っても酷ければ死ぬかと思われますが」
「だからな!! それらの根源は何なんだ!?」
「景吾様の存在自体が」
「そこまで根源か!?」
「我儘ですねえ景吾様は」
「てめぇにゃ言われたかねえよ!!」
「では足して2で割った辺りで『人生の業』というのはいかがでしょう?」
「だったらどーしろっつーんだよ!? つーか何か!? 要約すると俺は『何となくムカついたからやってみた』被害者だってか!?」
「ムカつかせる事をされた時点で景吾様は立派に加害者です。これからも元気に立派に加害者ライフを勤しんでください。それでは」
「―――っておいサエ!!」
をほほほほ・・・と高笑いを上げ去っていくサエ。それこそ人生の業らしくぐったり疲れた跡部の肩をぽんと叩き、
不二は心底感心した様子で声を上げた。
「よく会話通じるね」
「通じるようになりてえと思った事はねえ筈なんだがな・・・・・・・・・・・・」
「でも―――」
「あん?」
含みを持たせた台詞。見上げる跡部に、不二はくすりと笑ってみせた。
「―――随分楽しそうだね、景」
「・・・・・・・・・・・・。
まあな」
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
夜。密かに張っていれば、やはり今日も2人で寝るらしい。
壁にコップを当て、何とか中の様子を探る。が、残念ながらベッドは奥にあるため声は聞こえてはこなかった。壁が厚いのも原因かもしれない。
隣の部屋―――自分の部屋にて、佐伯もまた諦めベッドに潜り込んだ。想像する。2人は今、何を・・・・・・
「あ・・・んあ・・・・・・。
は・・・・・・、ふあ・・・・・・んっ!」
想像の賜物を吐き出し、まるで跡部を真似るよう指についたそれを舐める。苦い。
全くもってつまらないもの。よく跡部はこんなものを舐められたものだ。それとも他人のなら甘く美味しく感じるのだろうか。例えば跡部のなら・・・・・・
(くだらない)
クックックックック・・・と喉の奥で延々笑い続ける。いつしかそれは肩を震わせ腹筋を震わせ、全身を使った無音の大爆笑となっていた。
笑みの形に閉じていた目を開く。青灰色の瞳の奥には、青い炎が灯っていた。
笑いの結尾をつける。声に出して。
「景吾は俺のものだ」
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
次の日の朝・・・・・・よりちょっと早い時間。
今日も跡部を起こしに来た佐伯。今日は、少し様子が違った。
ノブの新しくなった扉を音もなく開け、するりと身を滑り込ませる。後ろ手にそっと扉を閉め、押さえていたノブをゆっくり回し戻す。
月明かりにベッドを見れば、気配が2つ。影2つ。
あまり大きく開かないよう下からカーテンを開けていき、四つん這いで体を潜り込ませる。昨日と同じく、跡部は手前にいた。
乗り出し、声は一切かけないまま、
佐伯は跡部の上に身を落とした。
キスをする。目を見開く跡部。気にせず続ける。
1分ほどそうしていただろうか。さすがに息が切れてきた。
「お前―――」
身を起こしかける跡部の口を手で塞ぎ、鋭く囁く。
「隣のヤツ起こしたくなかったら静かにしてろ」
直接聞くのはどの位振りかの造られていない声。鼓膜を揺らす低い波長がこそばゆい。先に起こる事の予感に、首だけ佐伯の方を向けた跡部の目は早くも爛々と輝いていた。
確認し、佐伯が身を起こす。
「景吾様、朝ですよ。お着替えしましょう?」
『サエ』への変換。でありながら、その顔は今まで見た事のないものだった。
慈母のような穏やかな笑みを浮かべ、佐伯は跡部の上の布団を剥いでいった。パジャマのボタンを丁寧に外し、清拭をするよう舌で拭っていく。
「今度は、何のつもりだ・・・?」
ぴくりと震えながら、跡部が問いた。
穏やかな笑み。一切の感情を廃した笑みで、佐伯が答えてくる。
「何を今更。景吾様がお望みになられた事じゃないですか」
すぐにまた作業に戻った佐伯は知らない。今度は跡部の顔から表情が抜け落ちた事など。
跡部が目を見開く。自分の望み。今この瞬間の佐伯こそが、まさにそれそのもの。だが・・・
感情が、表情が戻ってくる。最初に浮かんだのは皮肉。どうせ佐伯は表面―――『女殺し』部分しか見ていない。だからこそ、メイドとして体だけを差し出してきた。
(なら、存分に堪能してやるよ・・・!!)
全てを脱がし終わり、佐伯が離れた。今度は自分の番だとエプロンを、ストッキングを脱ぎ。
主の手を取り、軽く咥えた人差し指をかりと甘噛みした。
潤んだ上目遣いで囁く。
「私の着替えも手伝ってくださいな、景吾様」
跡部の目が細まった。口端が吊り上がる。
「主にやらすたあ、いい根性してんじゃねえのよ。使用人風情が」
「主だからこそ、やらせるのですよ。私の全てはあなたのものです。景吾様」
「俺だけの物、ってか」
「もちろんです」
身を起こす跡部を、求めるよう佐伯は手を伸ばした。縋り、抱きつき。抱き返され、受け入れられ。
促しあうまま、2人はベッドから下りカーテンを抜け出た。
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
佐伯の部屋にて。
「―――んで?」
「何が?」
「何でいきなり抱かれる気になった?」
「やっぱそれにも理由が必要なのか?」
「いや・・・別に・・・・・・」
正面切って訊き返され、さすがに口篭もる。その間にも、佐伯は跡部の胸に頭を預け、
「もっと求めてくれよ景吾・・・。俺はお前のものだ・・・。自由に使ってくれ・・・・・・」
「・・・・・・やっぱお前変だぞ佐伯」
佐伯をどけ起き上がろうとした跡部―――をさらに無理やり押さえつけ、佐伯が上に乗っかった。
触れ合う、裸の躰。何度も達したのに、なおも飽きずに昂ぶる躰を弄んでいると、
佐伯が再びあの笑みを浮かべていた。全てを受け入れる慈母の笑み。優しさだけを湛えた虚ろな笑み。
壊れたように、繰り返す。
「俺はお前のものだ・・・。お前だけのものだ・・・。お前と共に在り、お前のために生き、お前のために死ぬ・・・。
・・・・・・・・・・・・捨てないでくれ、景吾」
「あん・・・?」
ラストにぽつりとつけ加えられた言葉。それを合図に、佐伯の笑みが崩れた。
涙を流し、縋り付いてくる。
「なあ、道具その1でいいんだ・・・。そばに置いておいてくれ・・・。愛してくれとか、そんな贅沢は言わない・・・。そばにいさせてくれるだけでいいんだ・・・。好きな時に好きに使ってくれるだけでいいんだ・・・・・・。なんでもするから・・・。だから・・・・・・
俺を捨てないでくれよ・・・・・・。なあ景吾・・・・・・・・・・・・」
「捨てる? 何でだ?」
盛り上がっているところ悪いとは思うが、跡部には佐伯の言っている事はさっぱりわかっていなかった。いや内容はわかる。耳鼻科も脳外科も精神科も必要ない。ただ―――
―――昨日からの彼の行動同様、それを成す理由がわからない。
瞬きして問い返す跡部。タチの悪い冗談だと受け取ったらしく、それまで大人しかった佐伯は一気に激昂した。
「だから!! お前あの不二ってヤツといい仲なんだろ!? その内結婚すんだろ!?
していいから!! 反対しないから!! 結婚後もちゃんと仕えるから!! だから代わりに俺をお前の元に置いておいてくれって言ってるんだわかったか!?」
「まあ、わかったが・・・・・・」
頭を掴まれがくがく振り回され終いに拳をがつんと落とされ、元々狂っていなかった配線はおかげで狂いそうになったがかろうじて堪え、
跡部はど〜〜〜〜〜〜しても告げなければならない最重要事項だけを伝えた。
「ひとつ言っておくけどな、
――――――不二のヤツは来月青学王国の王子、越前リョーマと結婚するぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
「だから、これはその前の婚前旅行―――つーとまた意味変わっちまうが、つまり時間のある内いろいろ見ておこうってコンセプトでの旅行だ。ついでに結婚式の招待状配りも兼ねてるらしい。尤もアイツにやらせると多分式までに青学戻れねえだろうから、後は引き受けて適当に遊ばせて青学戻そうっつーだけの話だ」
「だ、だって、だったら何でそもそもお前のトコ来んだよ・・・?」
「場所は離れたが俺と周は元々幼馴染でな。俺にとっちゃアイツは手のかかる妹だし、アイツにとっちゃ俺はただの世話焼きお兄ちゃんだ。こうやって遊びに来んのはいつもの事だ。まあ、今回は結婚の報告なんだから尚更だろうけどな」
「じゃ・・・じゃあずっと一緒にいたのは・・・!!」
「ずっと越前の話聞かされ続けてたぞ。おかげで俺は越前の性格から趣味特技、口癖まで言えるようになった。尤も周視点な時点で充分事実とずれてるだろうが」
「なら、毎晩一緒に寝てたのはなんでだよ!? いくら幼馴染だからって結婚前にそんな事やらないだろ!?」
「俺がもう寝るっつってんのに押しかけて一晩中ずーっと『リョーマ君がリョーマ君が』ノロケ聞かされてただけだ。よっぽどお前連れ込んで対抗しようと思ったぜ」
「え、っと・・・・・・・・・・・・」
佐伯が黙り込んだ。肩を落として俯く彼から抜け出し、跡部も身を起こす。
長い沈黙の後、顔は上げないまま指を絡ませ佐伯は口を開いた。
「とすると、今の俺っていうのは・・・・・・」
「一言で言って『ただの馬鹿』だな」
「う・う・う・う・う・・・・・・・・・・・・」
泣き崩れる佐伯を、跡部は愛しさを込めて抱き締めた。
「景、吾・・・・・・?」
「なあ佐伯」
「ん・・・?」
目元を赤くし見上げてくる彼に、
言った。
「お前神経図太いよな?」
「は・・・?」
「何かちっと嫌がらせとかされても落ち込んだりしねーよな?」
「そりゃまあ・・・やられたら3倍返しは軽くしないと」
「妨害されたからってそれで挫けたり諦めたりしねーよな?」
「当たり前だろ? たとえ目的は忘れようが妨害したヤツに仕返しするまで俺の心は変わらないぞ」
「いや出来れば目的は覚えててくれるとありがてえんだがな・・・」
「そんな不条理を言われても」
「てめぇの方がよっぽど不条理だろーが!!」
先ほど叩かれた仕返しにはたき倒す。
起き上がる佐伯に跡部はさらりと言った。
「結婚しようぜ、佐伯」
「・・・・・・・・・・・・は?」
「まあ帝王の家内っつー事で時々暗殺されかかったり謀略に巻き込まれたりするかもしんねーが大丈夫だ。どこをどー見てもてめぇが一番上だ」
「暗殺に謀略か・・・。また楽しそうな事を・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・って、結婚?」
「・・・つーか、何で結婚[ソレ]より『暗殺』だの『謀略』だののフレーズに先に反応すんのか聞きたくもねーんだがな」
「当たり前じゃないかそっちの方が面白そう―――」
「だから聞きたくねえっつってんだろ!?」
とりあえず怒鳴りつけて話題を終わらせる。なぜだろう。コイツと話すとそうしないと先に進めないような気がするのは。
事実その通りにつき、元の口調で話題を進める。
「俺も帝王っつー事で今までいろんな工作を乗り越えてきたが、昨日のてめぇのが一番陰険だった。
今までてめぇが危険なメに遭わねえようにしてきたが、そういうてめぇ自身が一番の危険人物だった。
つまり何の問題もねえって事だな」
「そうだな」
「・・・・・・頼むからここは反論してくれ」
何の疑問も(もちろん反論も)持たず頷く佐伯。きっと内容を吟味していないのだろうああその通りだきっと!!
げんなりとボヤき、だがこれ以上深めても不幸になるだけのような気がするので再び先に進める。
「という事で、ひょんな事から昨日一日でてめぇの性格のヤバさが判明した特に後半」
「え・・・? 気に入った案をラストの方に回したんだけどな」
「わかんねえよバケツと馬糞とそうめんと洗剤は!! 前半はまだ殺意があるんだなとか思ったが後半は何だったんだよ!?」
「いや、仕掛けてる内にだんだん何を目的としてたか忘れてきて。とりあえずお前を笑い飛ばせたらいいかな、と」
「マジで忘れんのか・・・? てめぇは仕返しのために目的を・・・・・・」
「何せ前の国にいた時から、『1つの物事にとても良く集中できる子』と褒められ続けてきてたからな」
「そりゃ嫌味だ!!」
「そんな馬鹿な!! 『猪突猛進』は褒め言葉じゃなかったのか!?」
「断じて違げえ!! もうちっと周りを見ろっつー皮肉だ!!」
(・・・・・・結局あの国はそのままだったらこういうヤツが後々治めてたってか? 意外と放っておいてもしぶとく生き残ってたかもな)
そんな結論に達してしまう。それはそれで嫌だった。苦しくなったらめちゃくちゃ卑怯な手で侵略戦争を仕掛けられそうだ。それとも割合さくっと滅びていたか。
ため息で自分を落ち着かせ、
「まあ何にしろ、お前の気持ちはわかった。俺を愛してるんだよな」
「・・・・・・・・・・・・そういえばそんな話も―――してたか?」
「おい!!」
厳密にはしていない。いちいち戻ってやり直すのも面倒なので勝手に推測したのだが、ではこの佐伯の態度は何なのだろう。あくまで自分は言っていないという照れ隠しなのか・・・・・・
・・・・・・それとも本気で全てを忘れているのか。
問い詰めても最早以下略なので続け、
「んじゃ、
愛してるぜ佐伯」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
佐伯がはじめて黙り込んだ(と思われる)。見れば、真っ赤な顔で呆けていた。
クックックと笑う。赤い顔のまま反論しようとした佐伯の先手を取り、跡部は一瞬だけ触れるようなキスをした。
「な?」
「・・・・・・・・・・・・」
むくれてなおも黙り込み、
「・・・・・・・・・・・・他のヤツには絶対渡さないからな」
「上等」
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
こうして、史上稀に見るわかりにくい告白により結ばれた2人。『経費削減』の名の元に、結婚式は隣国である青学と合同で行われた。初っ端っから逞しさを見せる帝王夫夫(?)だが、浮いた分を国民総参加のパーティー費用に当てたため、特にどこからも不満は来なかった。―――見せ付けられ対抗する不二にウンザリしているリョーマ除いて。
跡部が心配していた通り、佐伯は彼を取り巻くあらゆる者から狙われ―――
・・・・・・3ヶ月後にはそれもなくなっていた。
「何で誰も来ないんだ!!」
「てめぇが正当防衛盾に好き放題やりすぎたからだろーが!!」
「商品は帝王の座だぞ!? 1度挫けたって何なんだ! チャレンジ精神というか不屈の根性とかその辺りで前の失敗は忘れてネクストトライしろよな!?」
「たとえチャレンジ精神だの不屈の根性だのあろーが全治1年の怪我は3ヶ月じゃ治んねーんだよ!! ましてや心に追った傷なんぞ一生残るんだぞ!?
てめぇのせいで医療費がどこどこ増えてんじゃねーか!! 次からは怪我させんのは一切禁止だ!!」
「つまり精神的苦痛だけにしろと!?」
「カウンセリングの代金も医療費に含まれてんだよ!! 何てめぇは勝手に国家予算食いつぶしてんだよ!?」
「我儘タカピープリンセスよりマシだろ!?」
「同じだ!! つーか具体的に他人に迷惑かけてるてめぇの方がなお悪りい!!」
「そこが好きなんだろ!?」
「俺と結婚する適正を問いただけで好きだなんぞと一言も言ってねえ!!」
「ならこれからそんな部分も好きになるという手が―――!!」
「なるか一生!!」
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
・・・まあこうして、殴り合い含む言い争いは絶える事はなかったが、それでも2人は別れる事もなくその後永遠に共にいたらしい。そしてそんな2人の手腕(=攻撃力)により、氷帝は一切の内乱もまた周りから攻め込まれる事もなく、周りの国々と平和な歴史を今もなお刻み続けている。
そんな歴史の礎となった、偉大なる初代帝王の遺した名言。
「争いを起こさないために必要なのは力でも金でも人望でもねえ。たった一人のどーしよーもねえ馬鹿を許し認めてやるだけでいい。ソイツですらオッケーなら自分たちは大丈夫だという最低ボーダーラインとソイツに勝った誇りが生まれるからな」
「なるほどなあ。みんな人としてお前よりは上だと、そのための見本品なんだなお前は?」
「てめぇの事言ってんだよ!!」
――――――どちらの言葉が真実なのか、それは今だに学者達の理論の的となっている。
―――Fin
〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜 〜・〜
何だろうこの女執事というかメイド。言動がすっげー『魔術士オー●ェン無謀編』シリーズのキー●氏に(否キーくん)なっているような気が・・・。だから付き合わされる跡部までおかしくなるのか!?
そんなこんな、天然ボケな復讐魔佐伯とそんな彼にひたすら振り回される跡部の話でした。う〜みゅ。前半との格差が大きいゾ☆ シリアスっぽかったのはどこに逝ったんだろう・・・?
2005.7.6〜9