「という事で、今日は新しい技を持ってきた」
胡散臭げな笑顔で、佐伯がそんな胡散臭い事を言い出したのは、とある暑い夏の日の事だった。
佐伯式テニス教室
「・・・・・・新しい技?」
胡散臭い―――ありていに言えば信用度0%の―――眼差しで跡部が見やる。目の前の男を。ネットの向かいで爽やかに指を立てるその男を。
その男は、名前を佐伯虎次郎と言う。わざわざ思い出すまでもなく覚えている名。幼馴染として人生15年弱中2/3以上をコイツのために費やしてやっているとなれば、覚えていて当然だろう。ついでに、その特性を知っていても。
「ほんっとーに、新しい技なのか?」
半眼で確認する。パクリ芸人たる彼はまず自分の技というものを持たない。見た事ない技だと思ったら誰かのアレンジだったりするのが毎度の展開。
その佐伯が。わざわざそう宣言した。
「ほんっっっと〜〜〜〜〜〜に!!! 新しい技なのか?」
しつこくしつこく跡部が尋ねるのも頷けるだろう。
「当たり前だろ?」
「どこのどの辺りを取りゃ『当たり前』になんだ・・・・・・?」
「?」
ため息をつく跡部に全く理解を示さず首を傾げる佐伯。頭を抱えしゃがみ込み―――そして立ち上がった。
「よしわかった。んじゃさっそく始めようぜ」
「ああ」
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
まずは普通に打ち合いをしてみた。そして・・・
「疾きこと風の如く、侵掠すること火の如し。
―――佐伯流混成術その1・風火[ふうか]!!」
「何・・・!?」
どこぞで散々聞かされてきたような煽りと共に放たれたショット。軌道を目で追う事すら出来ないそれはあたかも一陣の風の如く。それでも対応出来たのは、一重に勘と経験の賜物だった。
頭が知覚するより早く、爆発的な力で踏み出し。
跡部が不敵な笑みを浮かべた。
「生憎だが、真田の風も火も返し方の目処はついてんだよ。越前と切原のおかげでな」
「・・・本人の返しなよ」
「まあ、それで本人に惨敗してるから他の人のにしたんじゃないかな?」
「跡部くん、真田くんに今38連敗中だもんね」
「お? つー事は後12回負けりゃ50敗か! 大台まで頑張れ跡部クン!」
「うっせー外野!! とにかく!!」
順に突っ込む見物人のリョーマ・不二・千石・リョーガを一蹴し、跡部は佐伯へと向き直った。バックハンドの両手持ち。片足で踏み出すスイッチブレードの恰好で。
「この球は返させてもらうぜ佐伯!!」
が・・・
「―――そうかな?」
如何にも悪の参謀的含ませ台詞。同時。
「な―――っ!?」
勢いに負け、跡部が押し返された。吹っ飛ばされ、後ろ向きに倒れる跡部。それでもラケットを構えたままなのはプライドによりか。
意地でも返すつもりだろう。実際、この男なら出来たのかもしれない。ラケットがもてば。
後ろのフェンスからがしゃんと音が響いた。ボールの激突音。だが跡部のラケットは受け止めたままだ。
―――ラケットには穴が開いていた。跡部必殺の破滅への輪舞曲ですら平然と打てる筈の、彼のラケットに。
開いていなければ、跡部の腕が壊れていた・・・・・・。
しん・・・と周りが静まり返る。急速な勢いで噴出す感情が、逆に急速すぎて形を取れない。『恐怖』という感情が。
ただ1人、平静だったが故黙っていた佐伯が、手ごとラケットを広げ薄く笑みを浮かべた。
「火は風を起こし、風は火を煽るんだよ。それが【佐伯流混成術その1・風火】。
―――たとえ個別に防げようが、併さったものを防ぐ手立てはない」
「なるほどね・・・」
「『風』に対応できた人は急激な移動で体勢を崩す。『火』に対応できた人は足場を固めようとするから動けない。
反発させるだけが能じゃないんだね」
「・・・そりゃ俺への嫌味っスか不二先輩?」
「跡部くんはどっちも知ってたからスイッチブレードを使った。走り込んだ勢いと片足ターンで遠心力が稼げるからね。・・・普通の人がやると転ぶと思うけど」
「けど両方併さる力は跡部クンの予測を超えた。速さと威力、両方を得た球はさらにそれぞれを増加させる・・・か」
「なんにしても・・・」
立ち上がった跡部が、ぱんぱんとついた埃を払った。
「ンな打ち方してりゃ、いくらてめぇでも腕イカれんぞ」
いつの間にかラケットを右手に持ち替えていた佐伯。だらりと垂らした左手は、小刻みにカタカタ震えていた。
隠す必要はなくなったと判断し、佐伯はラケットを小脇に抱え左手を上げた。右手で包み込むように抱え、
「さすがに気付いたか。けど、
―――別に心配しなくていいよ。もう使わないから」
「そりゃどういい繕おうがそれも立派にパクリ技だからな」
「【佐伯流混成術】ってさ・・・・・・つまり『サエくんが自分で考えた組み合わせ方』であって結局元技は人のなワケ?」
周りが感じた『恐怖』の正体。
・・・あれだけ『新しい技』と大見得切って堂々とパクる佐伯に、代表して千石が慄いた。
「な・・・!? 小難しく言う事でせっかくカムフラージュしていたというのに!!」
「だからどうしたあ!! どこが『新しい技』だ!?」
「それはこれからだ!!」
「なら今のは何だったんだ!?」
「この先に繋げるための前座だ!!」
「前座でラケット1本犠牲にさせんじゃねーよ!! ンなモンいんねーからさっさとやりやがれ!!」
「跡部・・・さりげなく返せなかった事でプライド傷つけられたんだね」
「だからって必死に流して誤魔化そうとしても・・・」
「ちっちぇえヤツだなあ跡部クンも」
「アンタに言われたくないと思うよリョーガ・・・・・・」
再びぼそぼそ言う外野は無視し、2球目の勝負となった。
そして・・・
「徐かなること林の如く、動かざること山の如し。
―――佐伯流混成術その2・林山[りんざん]!!」
「同じだあああああ!!!!!!」
跡部の至極真っ当な言い分(大声)により、佐伯のインパクト音は掻き消された。ああ何で俺はこんなヤツとトモダチでいてやってるんだろーなー・・・などとしみじみ考えながら、それでも打たれたからには打ち返さねば向こうの点になるため打ち返し、
再び佐伯が打った。その音もまた、聞こえなかった。
跡部の顔が引き締まる。他の音に掻き消されているのではない。出さないようコントロール―――正面から直接受け止めず、不二のカウンターのようにラケットの面を転がしているのだ。しかも、
(インパクトだけ、じゃあ・・・ねえな)
足音も同じく。靴がコートを滑る音すら殺されている。息遣いもまた。全体として、気配を殺されている。
一見あまり意味のなさそうな行為。千石や、あるいは佐伯自身ならば尚更ないだろう。が、
(聴覚封じ、か・・・。また厄介なモンを・・・)
かつて不二は視力を奪われた際、気配と音を頼りに試合を続けた。城西湘南にはインパクト音でどこにどのような球が打たれるか判別する選手がいるらしい。
―――音というのは立派な情報だ。普段そこまで意識せずとも、跡部は五感全て(さすがに味覚は使わないが、代わりに第六感を使うためこう表する)を使ってテニスをする。
少なくとも、佐伯は跡部より彼についてのそんな性質を理解していたらしい。1つを封じられると全体のバランスが崩れる。佐伯曰くの混成とは逆だ。1つが駄目になったら他のものまで影響を受ける。
なんとか対抗しようと踏ん張る。それがいらない緊張を生み、貴重な体力と集中力を奪い取る。
実に巧妙な策だった。跡部が墜ちるまで、そう時間はかからなかった。
バン―――!!
さらに1点決まる。ボールを目で追った跡部の耳に、久方ぶりの佐伯が発する音が聞こえた。
「山は林を育て、林は山を潤すんだよ。それが【佐伯流混成術その2・林山】」
「あーそーかそーか。だから片方返せても無駄だ、っつー事なんだな?」
「それ以前にお前片方も返した事ないだろ?」
「いーだろ真田は俺相手にコレは使わねーんだから!!」
「・・・なんで?」
「こないだ跡部くん、山使われて惨敗だったんじゃないの?」
きょとんとする千石と不二に、
跡部はちっちっちと指を振って見せた。
「甘めえなてめぇら」
普段なら絶対しない仕草。幼馴染の彼らですら見た事はない。そして、
「真田が真正面から俺を潰すつもりなら山使うのがそもそもおかしいんだろーが!! 攻撃ばっかの俺に対抗すんなら火ぃ使うべきだろーが!!
―――こう言ってやれば真田はぜってー山を使わねえ!! 山は封じたも同じ!!」
「うわセコ・・・」
「っていうか、その理屈もどっかおかしいだろ・・・」
「お互いが攻撃するだけ、って・・・・・・。それすごい滑稽な試合になりそうだね・・・・・・」
「あ〜ん!! なんか跡部くんが純粋じゃなくなってきた〜!!」
跡部にあるまじき戦略炸裂。先ほどの仕草はその前振りだったらしい。確かに相手の得意な戦法に真正面から挑み、あえて直接潰す攻略法を取る真田ならば、攻撃オンリーにしか見えない跡部を相手にこれらの技を使うのは逃げに繋がる屈辱行為。突かれれば彼は使えなくなるだろう。
・・・・・・逆に相手の苦手パターンをひたすら突き、潰せば何でもオッケーだろと言い張る佐伯ならば、むしろ突かれたら尚更使いまくるだろうが。
胸を張り堂々と卑怯戦法を述べ上げる跡部。いつの間にか近づいてきていた佐伯がその肩に手を置いた。
「跡部・・・。ついにお前も大人になったな・・・・・・」
「ああ・・・。てめぇのおかげで俺も成長したぜ・・・・・・」
ここにまた1つ、誤った友情が生まれる・・・・・・・・・・・・。
「・・・つーかその辺りはいいんだまだ。
1つ確認させろ。
――――――どの辺りが『林』でどの辺りが『山』だったんだ?」
先程の風火はまだわかった。球速が『風』、威力が『火』だった。さてこれはどこが何なんだろう?
「まあ、確かに・・・」
「面影が完全に消えてたね・・・・・・」
同じくそれらの技を見たことがある千石と不二が口端を引きつらせた。そもそも見たことのない越前兄弟には別段どこもおかしく見えなかっただろうが、知っている者の立場で言わせてもらえば・・・・・・
「何を言ってるんだ? ちゃんと面影はあったじゃないか。
名称の辺りに」
「そりゃただの偽ブランドじゃねーか!!」
「なおサブタイトルといった位置づけで【静音円舞[サイレントダンス]】というのもつけてみた」
「そっちを普通に名乗れよ!!」
「いやでも今のは苦心の作だったんだぞ? 煽り文がなかなか決まらなくって昨日1日悩み込んだんだからな」
「ンなモンに労力費やしてんじゃねえ! 技の方はどうした!?」
「剣道の応用だったから10分で完成した」
「じゅ・・・・・・、10・・・分・・・・・・」
「うわ・・・。構想時間10分の技に跡部くんが負けた・・・・・・」
「ほっとけ!!」
痛いところを突かれたらしく、怒鳴りつける跡部の目には僅かに涙が溜まっていた。
それを振り払うように、なおさら荒々しく凶悪度アップで佐伯を睨む。
「んで!? 今のが新技っつー事でいいのか!?」
「いやいやまさか。本番はこれからだ」
「さっきので前座は終わったんじゃねえのか!?」
「今のはただの立証だ」
「・・・・・・つまり?」
不思議な物言いに、とりあえず怒りは一度引っ込め跡部は佐伯へと尋ねた。他の者も意味がわからなかったらしく各々不思議そうな顔をしている。
そんな全員を、まるで講義をする教師のような面持ちで見回し、佐伯は指を一本立てた。
意味もなくぐりぐり回しながら、それ以上に意味もなくぐるぐる回り、
「つまり、今俺はこのように真田の技をパクってみたりしたワケだが―――」
「パクりきれてなかったのも含まれてたような気がするけど・・・」
「―――そこで俺は1つ、重大な真理を発見した」
ギャラリー改め仮想学生からの指摘は無視し(先生といえば生徒の質問をはぐらかすのがお約束だ)、佐伯の足がかつりと音を立て―――るのはここがコートであり彼が履いているのがテニスシューズであるため無理なので、ザッと地を滑らせ止まった。
立てていた指をまっすぐ伸ばし、
「せっかく作った技を人にパクられるとムカつく」
「てめぇに言う資格と権利はねえ!!!」
一同を代表して、跡部の地団駄ブーイングが佐伯を襲う。他の者も首を激しく振っていた。もちろん縦に。
それらをもまた、天晴れなまでに完全に無視し、
「そこで俺は考えた。誰にもパクられない技を作ろう、と」
「ああ・・・・・・。まあ、その理念は間違ってねえな・・・」
もう突っ込むのも疲れた。適当に頷き先を促す。
「という事で考え付いたのが、【花鳥風月】」
「なんでそこまで四字熟語に拘んだ・・・?」
「ああ、でも確かに理念には反してないね」
「どこがっスか?」
「だって『花』に『鳥』に『風』に『月』だよ? 併せようにも接点がない」
「な〜るほど〜。んじゃ併せての煽りは無理、かあ」
「マジでだからどーしたんだ・・・・・・?」
「多分、そのツッコミを阻止するためにあれだけの前振りというか立証があったんじゃないかな・・・?」
「じゃあ納得してくれたところでさっそく行くぞ〜」
誰も何も納得してはいない(いや不二だけは一応したか?)が、その【花鳥風月】とやらを見ればこのくだらない馬鹿騒ぎが終わるのかと思うと、全員の胸に希望の光が差し込んだ。
(どーせ技なんて見ればわかるんだし)
(さっさとやらせて終わらせるか)
無言の意思疎通。いや、誰もが同じ事を考えている時点でわざわざ疎通させるまでもない。
一致協力して打ち合いが出来るよう環境を整えていく。ボールを持ち、サービスラインにつき、佐伯はお決まりの煽りに入った。どうやらサーブからそれらしい。
「惑わせる事花の如く、踊らせる事鳥の如く。移ろわせる事風の如く、朧げなる事月の如く。
―――行くぞ! 佐伯流詐術[サス]その1・花鳥風月!!」
「ちょっと待て!!」
トスを上げようとした佐伯を、跡部が手を広げストップさせた。
てんてんと落ちる球は誰も追わず、誰もが跡部の動向だけに注目した。
「今すっげー怪しい煽り文が聞こえたんだけどよ、
・・・最初に訊いとくが、どーいう技なんだ? その、【花鳥風月】っつーのは」
至極当たり前の疑問。惑わせ踊らせ移ろわせる朧な技。しかも詐欺の術らしい。つまるところそれらが意味するのは―――
そんな、理解がいいんだか悪いんだか謎な跡部に、佐伯はやれやれと首を振ってみせた。どうやら『理解が悪い』の方に分類されたらしい。額に青筋を浮かべた跡部を他の者が懸命に押さえる。
「だから、とりあえず見た目は凄いが別にそれをやっても何の効果もない技だ」
「意味ねーだろそりゃ!!」
「そう最初っから言ってんじゃん。何を聞いてたんだお前は?」
「意味あるモン作れよ!!」
「作ったじゃないか。今回の煽りは割と会心の作だぞ。あんま悩まずすらっと出てきたし」
「じゃねーよ!! 意味ある技作れってんだよ!!」
「煽りに見合う技は作ったぞ?」
「いくら煽りに見合おうが実際使えなかったら意味ねーだろーが!!」
「まあ実際使う気はないからいいだろ」
「何のための技披露なんだああああああああ!!!!!!」
「ああああああああ!!!! 落ち着いて跡部くん!!」
「悔しい気持ちは痛いほどすっげーわかる!! 俺たちは仲間だ!! だからそういう暴挙に出るな!!」
何の運命のいたずらだか、たまたまそばに置かれていたカゴからボールを取り出し無差別攻撃を始める跡部。かろうじて働いているらしいひと欠片の理性により不二とリョーマに当たりはしないが、代理とばかりに千石とリョーガの方にはばかすか飛んできた。
球切れにより暴走が自然終息した時、2人はずたぼろの格好で紙一重としか見えない様子で立っていた。跡部もまた、凄まじい形相でぜ〜は〜ぜ〜は〜荒い息をつき、そして佐伯は・・・
・・・・・・なぜか完全無傷で佇んでいた。周りにははたき落とされたと思しきボールが無数に。
「うあムカつく・・・」
「さってじゃあ次に行こうか」
何だか爽やかに宣言された。4度配置につき、
4度目の煽りが入った。
「地は楽なる安らぎを与え、水は喜びを包み癒す。火は深淵なる怒りを逆巻き、風はその哀しみを運ぶ・・・・・・」
「・・・・・・なんかどっかで聞いた煽りだな」
「てゆーか、某少年なのか少女なのかどっち対象にしてるかよくわかんない雑誌の漫画であったヤツじゃあ・・・」
「そりゃただの著作権の侵害だろ!?」
「いーじゃんこの煽り好きなんだから!!」
「そーいう問題か!? つーかもうテニスと全然関係ねえじゃねえか!! ちゃんと技になってんのか!? 空飛んだりビーム撃ったりすんじゃねえぞ!?」
「くっ・・・! それは確かにちょっとやってみたかったけどテニスと関係ないから断念したさ!!」
「やったのか!? 実際やったのか!? 空飛んだりビーム撃ったりしたのかてめぇは!?」
「様々な道具を駆使したがやって出来ない事もなかった」
「それは、テニスの試合としては反則なんじゃ・・・・・・」
「何でだ? ネットに飽き足らずポールにまでボールぶつけるヤツがいるんだぞ? 審判台利用して高くジャンプするヤツだっているんだぞ?」
「悪かったな!!」
「何にせよ全然関係ねえモン持ち込んだ時点で問答無用で反則だろ」
「だったらお前はテニスに花火や登山セットは関係ないって言い切れるのか!?」
「言い切れるに決まってんだろーが!! どこをどーすりゃテニスと花火だの登山セットだのが関係を持つ!?」
「どっかをどーにかすれば持つかもしれないだろ!?」
「持たねーよどこをどーしよーが!!」
「『空飛んだりビーム撃ったり』、ねえ・・・・・・」
「カラクリは解きやすかったね・・・」
問題は多々あったが、何とか自分たちの目的―――とにかく早く終わらせる!―――を思い出し、一同はそれらを脇へと放り捨てた。佐伯を肯定するのは人としての尊厳に反する事のような気もするが、このまま付き合うと尊厳以前に人として駄目になりそうなので渋々進める。
「じゃあ―――
前略佐伯流詐術その2・地水火風!!」
技名をかけ声にサーブを打たれる。打つなり、佐伯は跡部へとラケットを突きつけた。
「地・水・火・風は自然界の四大元素! 全てを含むこの術は、お前の球に合わせ変幻自在・無数のバリエーションを生み出す!
さあ! お前にはどこまで防げるかな!?」
「何・・・!?」
警戒心を表し球を返す跡部。ギャラリーの中でもリョーマは握り拳を作り食い入るように見つめ、
・・・・・・・・・・・・その他3人は目を点にしていた。
「あ、あのさ越前・・・・・・」
「何スか不二先輩。今話し掛けないで下さい」
哀れな後輩に一応真実は教えてやるべきかと伸ばした不二の手は、振り向きすらされず払い飛ばされた。
しくしくと1人ひっそり泣く不二の代わりに、今度は千石が言葉だけをかける。
「盛り上がってるトコすっげー悪いんだけど・・・」
「だから黙っててって。いつ出るかわかんないじゃん」
「黙ってられたら良かったんだけどさ・・・」
こちらは挫けず続けるらしい。さすが話の腰は跡部と佐伯に常々折られ慣れてるだけある。
「『相手の球に合わせ変幻自在・無数のバリエーションを生み出す術』って、それつまり・・・・・・」
「―――ただのテニスだな。どう聞いても」
「は・・・?」
リョーガの妥協のない解説に、ついにリョーマの目も点になった。
「だから、佐伯の言った事をチビ助にもわかりやす〜く簡単に言ってやるとな、
『相手の球に合わせて自分も打つ』。つまりごく普通のテニスをするって宣言だ」
「えっと・・・、『変幻自在・無数のバリエーションを生む』って・・・」
「まあ、ぴったり同じ試合の流れってそうそうないしね」
「ただのトップスピンだろーが威力・スピン・スピード・軌道その他諸々、いろいろ見りゃどっかは違うだろ。でもってそーいうのを数え出したらそりゃ無数になんだろ」
「凄いねサエって。何も変わったことしてないのに何か凄い事やってるように見えるよ」
「・・・・・・・・・・・・。
じゃあ今の跡部さんって・・・」
「いわゆる疑心暗鬼」
「まあ詐欺術その2ってちゃんと言ってたし、引っかかる方が悪いんだろうね」
即答だった。でもって同じ手に引っかかった自分も馬鹿だと暗に言われた。
「国語のテストはいいからテニスしようよ佐伯さん・・・・・・」
がっくり崩れ落ちるリョーマを気の毒そうに見、
3人はさらに気の毒な事に今だトリックに気付かずまともに相手している彼を見やった。
とても不利そうだ。すごく不利そうだ。佐伯は佐伯で明らかに手を抜いているのに、跡部はそれすらも罠かと健気に警戒している。どうやら2人の間に出来たと思われた友情はあまり効力を発していないようだ。
「神っつーのはアレか? よっぽど暇なのか? それとも実はこの世を支配するのは魔王なのか?
―――なんでこういうヤツに限ってむやみに才能とかあったりするんだろーな」
「確かにねえ。サエくんがもしド素人だったらただの『妄想野郎』で片付くのにねえ」
「ヘタに本気で作り上げるからタチ悪いよね」
「天才とホニャララは紙一重ってヤツだな。必要なのはそれを受け入れる容量とそれに耐える忍耐だ。天才のお言葉だって吟味しなけりゃただのアブナイ奴―――」
「はいそこ周ちゃんの悪口は言わない」
ドゴッ―――!!
「ザ・ベスト・オブ・1ポイントマッチ。ウォンバイ跡部」
「はっ! しまった!! つい脊髄反射で!!」
凄まじくくだらない勝負は、凄まじくくだらない幕引きを迎えた。打ち合っていた球をリョーガにぶつけた佐伯。当然アウトである。
頭を抱える佐伯の向こうで、跡部もまたひっそりと頭を抱えていた。
「・・・俺はこういうヤツ相手に負けかけてたのか?」
「ていうかしっかり負けてたよね」
そして・・・・・・
さらにひっそりと、こんなやり取りも成されていた。
「・・・・・・・・・・・・心の中でちょっとはそう思ってたんだサエくん」
「酷いよサエ〜〜〜!!」
¤ ¤ ¤ ¤ ¤
ついに長かった何かが終わった―――!
「んで? 結局どれが『新しい技』だったんだ?」
最後まで残された謎・・・というかそれの披露のため集まったというのに最後までわからなくてどうするといったところだが、それでもわからないものは仕方ない。どれがそれだったとしても自分たちは全力で彼を止めよう―――そんな固い決意を抱く5人に、
「わからなかったか? まあそれならそれでいいけどな。けどこれで俺もまた一歩進歩したんだ」
「あーはいはい。御託はもーいーからさっさと言え」
ぱたぱた厄を払うように手を振る跡部。せっかくの口上を呪い扱いされ佐伯が若干ムッとしたようだが、気を取り直し続ける。
にっこりと笑い、
「ボケ」
「新しかねえ!!」
ひゅ〜〜〜と風が吹く中、
「あくまで自覚してなかったんだサエ・・・・・・」
「ていうか、それこそテニス全然関係ないじゃん・・・・・・」
「何のためにボールとラケットがあったんだ・・・・・・?」
「そりゃ決まってるっしょ。
――――――ツッコミ道具」
『ああ・・・』
ラケットでぶん殴られる佐伯を見て、
4人は妙に清々しい気持ちで頷いていた。
―――Fin
前からサエにやって欲しかったのが、技名でいう【地水火風】。煽りとかは今回適当につけましたが、すっごい物々しい口上でふっつーのテニスをやって欲しかった!! ついに叶った!! なおこの際使われていた煽り、『某少年なのか少女なのかどっち対象にしてるかよくわかんない雑誌の漫画』は、このサイトの名前の元にもなっているとある作品です。現代の日本が舞台のファンタジーで、跡部の指摘どおり空飛んだりビーム撃ったりでテニスとは欠片も関係ありません。サエはファンタジーオタクだといいなあというのがささやかな望み。自分で世界造り上げて言語から魔法体系まで、設定だけで辞書が作れそうなくらい徹底してやってくれる人希望。
それはともかく話を戻して本編。真田が跡部に使ってたのって火じゃなくて山だったんですね。真正面から挑む=同じものを返すだと思っていたためずっと間違えて認識してました。けど切原には火で跡部には山なんですね。同じ攻撃型だと思っていたのに。さらに柳相手に林って、すっげー冷戦になりそうだ。
本編では林と山披露されてるんでしょうか。今だに見ていないためわからないのが痛いところだ。全く被っていない事が前提ですが(あんな打ち方はそもそも出来ないだろう)、少しでも被っていたら申し訳ありません。
2005.7.7〜11