「なあ、佐伯」
「ん?」
「別れようぜ、俺たち」
「え・・・・・・?」
疾る戦慄 踊る旋律
「今、何て言った?」
佐伯が、読んでいた本から顔を上げた。首を傾げる。聞き間違いだろうか?
珍しくそれらの考えを顔に表す彼に、リョーガは一息つく事もなくはっきりと言ってのけた。
「別れようぜ俺たち」
「・・・・・・なんで?」
言葉を―――それから告げられる事実を受け入れられないからだろう。佐伯の返事は意外と早かった。
肩を竦め、皮肉げに笑い、
「俺ら合わなくねえ? 価値観っつーか考え全般。
今まで一応お前に合わせてきたけどよ、疲れたわ俺」
「・・・・・・・・・・・・」
傾げた首が戻ってきた。そろそろこれらが事実だと理解してきたようだ。
「このままやってもお互いぎくしゃくするだけだろ? だったら早めに終わりにしねえ? ただの『家族』ぐらいならやってけるだろ」
「・・・・・・・・・・・・」
「ま、そーいう事だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
それから、2人は『恋人』ではなく『家族』になった。
同じ部屋で過ごす自分たち。それは今までと何も変わらない。なのになぜだろう、今までのような温かい雰囲気が消え去ったのは。同じ家に住む『家族』とはいっても元々他人だ。一緒になってからの期間もまだ短い。その上リョーガも自分も、他者は排除する型だ。
―――感じるのは、違和感だった。フレンチドレッシングのような、元々混ざりようのない水と油を無理やり混ぜてしまったような。
(なんか・・・、苦しい・・・・・・)
自分の部屋なのに、居心地が悪い。息苦しくてたまらない。
「外、出てくる」
「おう。行って来いよ」
立ち上がった自分に、リョーガは手を振り見送った。『他人』だからこその気遣い。
以前のリョーガなら顔すらあげずおざなりな返事をしていた。自分も同じだ。それでも絶対帰って来るとわかっていたから。
愛想の良い見送り。それは――――――帰って来る保証のない相手に対する悔いの無い別れ。なるほど放浪癖のあるリョーガらしい。わざわざ自分にしてきたからには・・・彼自身もやがてそうなるという前兆だろう。
財布をポケットに突っ込み出て行く佐伯。そして・・・・・・
「よしよし。佐伯も大分動揺してやがるな・・・」
1人部屋に残り、リョーガは笑いを噛み殺していた。もちろん別れるなど嘘に決まっている。日々態度がデカく自分を全く大事にしてくれない佐伯に対するささやかな仕返しだ。
「これで、アイツも俺がどれっだけ! 大事な存在かわかっただろいい加減・・・!!」
拳を握り締め力説する。
「んじゃ、そろそろいっか。これだけやりゃ十分だろ。
帰ってきたら許してやって、でもってついに俺が主導権を握る!! 覚悟しろよ佐伯!!」
自分に酔いしれるリョーガ。彼の思惑とは裏腹に、
・・・・・・佐伯は帰ってこなかった。
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
切符を買い、電車に乗る。どこへ行くのか、何も決めていなかった。『なのに』なのか『だから』なのか、買った切符は馴染みのものだった。かつて自分の住んだ家があり、さらに幼馴染らのいるところ。
空いた電車。それでもイスには座らず、佐伯はドアに頭を凭れ掛けさせていた。あまり、人と密着したくはない。
窓から外を見て、自分を見て、小さく笑う。
(やっぱ、恋愛なんて無理だったや・・・・・・)
―――『俺ら合わなくねえ? 価値観っつーか考え全般』
(ああ合わないだろ? 誰とも合った事なんてないさ)
だからずっと周りに合わせてきた。自分なんてわかんなかった。それでもいいと思ってた。独りになる怖さに比べれば、『自分』なんて簡単に捨てられた。
それでも時々思った。周りと同化する自分。―――結局独りなんじゃないか?
そんな中で会ったのがリョーガだった。彼は決して自分を捨ててはいなかった。捨てようとし、それでも捨てられなかった。周りから孤立し、独りになってもなお。
―――『俺のモンになんねえ?』
―――『いいぜ?』
互いに手を伸ばし、互いにその手を取り合った。なぜ? 独りから解放されるため? ならば互いを必要とし合った理由は同じかつ完全に逆になる。
自分を受け入れて欲しかった。自分は独りではないと知りたかった。『自分』がどこに在るのか、知りたかった。
手を取り合い、感じたのは、自分の手との違い。感触、弾力、温もり。違うからこそ、それが自分の手ではないとわかる。
―――自分以外が在るから、自分もまた在る。と、そうわかる。
リョーガが求めていたのは、きっと自分と同じ手だったのだろう。自分と同じ存在が在るからこそ、自分もまた在った。在るのだと。
そう・・・知りたかったのだろう。
馴染みの場所へ向かう。チャイムを押すと、相手はすぐ出てきてくれた。
「・・・・・・佐伯」
自分の名を呼ぶ彼の顔に、僅かな落胆が見て取れたのを―――
―――佐伯はあえて無視し、跡部の胸に凭れかかった。
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
携帯が鳴る。メール着信。送信者は―――跡部。
「へえ・・・、珍しいじゃん」
端的に感想を述べ、リョーマは携帯を弄った。文字を打つなら言葉を言った方が早い。特に、返事を要求するものならば。
自分がそう思っているから、跡部もメールはまず送ってこない。くるなら、返事を期待していないものか、さもなければ電話出来ない状態か。
本文が出る。あまり長くはない。用件と・・・・・・プラスアルファ。
≪悪い。今日会えなくなった。
――――――佐伯が来た≫
携帯を閉じ、鞄に放り込む。その顔には何も浮かんでいない。
「行ってきます!」
「あら? リョーマさん、跡部さんとの約束にはまだ早くないですか?」
「用事出来た!!」
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
「さってなあ、佐伯はどこへ行ったやら」
ボヤきつつ、リョーガもまた佐伯が降りたのと同じ駅に降り立った。
佐伯が財布を持って出たのに気付いたのは、日ごろの生活の賜物だった。危険な裏社会を渡り歩いてきた自分。さりげなく相手が銃やナイフなどを取り出したりするのをごく当たり前に見ていれば、無意識下でも他者の動きというものには敏感になる。自分が普段オレンジを持っているのはある種の牽制と友好の証だ。懐に手を突っ込み警戒させオレンジを取り出し意表を突き。手が埋まっているのは攻撃の意思がない事の証明。
(財布を持つって事は、ダチんトコ行くってワケでもねえか・・・)
近くの知り合いと遊ぶ―――知り合いに匿ってもらうなら財布はむしろいらない。
いる1つの理由は買い物。ただしそれならすぐ帰ってくるだろう。少なくとも、昼を逃しはしない。金をかけ外で食べるなら帰ってくるはずだ。まあ佐伯なら開き直って一食抜きくらいするかもしれないが、それをするに足る理由はない。
(俺がそこまで嫌われてなけりゃ、な・・・)
陰鬱な気持ちを打ち消すように引き出すように、リョーガは皮肉げに口端を歪めた。ちょっとしたショック療法といった程度の軽い気持ちでやったが、失敗どころか逆効果だったかもしれない。
(油断してた、ってか。この俺が・・・・・・)
人を自在に操る事など得意この上なかった自分が読み違えた。2人の暮らしはあまりに楽しすぎて普通すぎて、だから忘れていた。
2人が立っているのは砂上の楼閣に過ぎないと。2人を結びつけるものは、愛情以外何もないのだという事を。
佐伯が―――
(・・・・・・・・・・・・根暗で後ろ向き、悲観志向の持ち主で一旦思い込んだら周りの意見は何も聞かねえ猪突猛進型だって事をな)
意図せずとも、自然と目は半眼になった。
ヤバい。非常にマズい。
佐伯は、間違いなくあの話を真に受けただろう。別れを告げられ、1人悲嘆に暮れているか?
いやそれならまだいい。
(もう俺は過去の想い出になっちまってたり・・・、挙句『過去は忘れて未来に生きる』とかわかんねースローガン掲げて赤の他人からスタートされるか・・・・・・?)
唯一良かったのは、死ぬつもりではないらしい事。もしそうだったら、通帳印鑑全部持って出ただろう。自分がせこせこ貯めに貯めた金を他人に渡すなど以ての外と思うヤツだ。
頭を軽く振り、考えを元に戻す。今彼の自分に振られ落ち込む佐伯が金を持って向かう先。単純に、ワンパターンに、捻り0に考えてみれば・・・
(元彼のトコ――――――跡部クンの家、ってか)
そんなところに考えは達し、
リョーガは今、跡部邸へ向かっている。
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
跡部の部屋―――書斎と寝室がぶち抜きになっている寝室の方で、
佐伯は跡部の膝に頭を乗せ、ごろごろとまどろんでいた。
上を見る。髪を掻き上げる手の隙間から、本を読む跡部の顔が僅かに窺えた。
こちらを見てもいない。注意を払ってもいないのに、跡部は慣れた仕草で頭を撫でてくる。定期的な優しい刺激が気持ちいい。きっと今、自分は彼の愛猫シャルロットと同じ気分を味わっているのだろう。なおそのシャルロットは、我関せずといったように部屋の隅で丸くなっているが。
「何も、訊かないんだな・・・・・・」
「わざわざ聞くほどの事でもねえんだろ?」
「なのに追い出さないんだな」
「・・・・・・・・・・・・」
突き放すような態度を取るクセに受け入れる。困った相手を見捨てない。
軽く揶揄ったカウンターに、跡部は憮然とした表情でそっぽを向いた。
見られていない事を確認し、佐伯は同じ口調でぼつりと続けた。
「何か疲れちゃった」
「ああ?」
跡部が戻ってくる。対照的に止まった手をぺろりと舐めた。それこそシャルロットのように。
「―――っ!?」
びくりと震え、跡部が手をどけた。本も既にベッドに閉じられている。
ようやく見れた顔をしっかり見上げ、
「慰めてくれよ」
「・・・・・・・・・・・・ったく」
くしゃりと、今度は自分の髪を掻き上げる跡部。鼻から息を吐き、
―――寝転ぶ佐伯の元へ、上半身を屈めていった。
「ふ、は・・・・・・」
「ん・・・・・・」
細く開いたドア越しにキスし合う2人を見て、
リョーマは、再び音を立てずドアを閉めた。
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
リョーガが目的地にたどり着くと、丁度弟が出てくるところだった。
「チビ助?」
「リョー、ガ・・・・・・?」
呼び名だけで反応したらしい。俯いていたリョーマが顔を上げる。ようやく見れた顔は、
―――まるで迷子になった子どものようだった。
「チビ助?」
もう一度呼ぶ。訝しげな顔で。窺うような声で。
それが、引き金になったらしい。リョーマが駆け寄ってきた。縋りつくためではなく―――やり場のない怒りをぶつけるため。
全身でぶつかりながら、叫ぶように吐き捨てる。
「アンタのモンなら、ちゃんと管理しとけよ!!」
ドン―――!!
同時に胸を拳で叩かれた。固めた筋肉に力は吸収されたが、脳に伝わる鈍い痛みに、喰らったリョーガはさすがに奥歯を噛み締めた。
痛みが教えてくれる。怒りを。・・・想いを。
拳と共に埋められた顔。緩めた手で服を握り、胸の中で今度は小さく呟いてきた。
「ねえ、お願いだからさあ・・・・・・。
俺だって、余裕あるワケじゃないんだから・・・・・・」
ともすれば泣き声に聞こえるほどその声は弱々しく。
そういえばで思い出す。初めて跡部と会った時。その時もリョーマは彼を自分に取られるのではないかと心配していたか。
不安になるのは相手を信じていないから? 違うだろう。
不安になるのは相手を愛しているからだ。ならないのは、不安に打ち勝つ強さを手に入れられたから。そして・・・
・・・・・・不安を与えるのは、愛を忘れたから。
ぽん、ぽん、と弟の頭を叩き。
「悪かった、な」
リョーガは穏やかな表情で微笑んだ。佐伯に会ったらまず謝ろう。馬鹿な事言ってすみませんでしたと。怒られても受け入れよう。他人扱いされたら・・・・・・まあそれも甘んじて受け入れよう。再び恋人になれたら、
(そしたら今よりもっと、お前の事好きになれんだろーな・・・、佐伯・・・・・・)
唇が離れ―――
「ほらよ。これで終わりだ」
「もっとしてくれないのか?」
見上げ首を傾げる佐伯に、
跡部はにやりと笑ってみせた。
「俺は越前の心配だけしてりゃいいんだろ?」
「・・・・・・・・・・・・。ああ・・・」
―――『お前は越前の事だけ心配してればいいよ』
―――『当然だろ?』
それは、あの船での会話。あの時、2人は完全に決別した。
再び頭をがりがり掻いて、跡部がボヤく。
「―――だっつーのにてめぇは勝手に転がり込みやがって。おかげでアイツと会うのすっぽかしちまったじゃねえか」
「ああ、さっきのメール越前宛だったんだ。残念」
身を起こし、佐伯がくつくつと笑った。
「・・・『残念』?」
「電話だったらない事ない事吹き込んでやろうと思ったのに」
「・・・。
だからメールにしたんだけどな」
「ちえっ」
わかりやすく舌打ちする佐伯。笑っているところからすると、本気で残念がっているわけではないらしい。
うーんと大きく伸びをし、
「ま、今からでも遅くはないしな」
「止めろ。ただでさえぜってー今アイツ怒ってるってのに」
「破局への狂死曲[ラプソディ]か。恐ろしくえっぐい技が出来そうだな」
「勝手にヘンな技造ってんじゃねえ!! 別れねえよ大体!!」
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
「佐伯!!」
一声吠え、扉を壊す勢いでリョーガが飛び込んできた。後ろにはリョーマも控えている。
ベッドで凭れ合う佐伯と跡部。体を預ける佐伯と、支える跡部。
リョーマを見て跡部の全身の筋肉が硬直したが、激昂したリョーガは気付かなかった。逆に面白いように顔を引きつらせたリョーマに佐伯は気付いたが、こちらは煽るように跡部に身を摺り寄せ、さらに引きつったリョーマを口に手を当てぷっと笑った。
「帰んぞ佐伯!!」
ずがずが近寄るリョーガ。佐伯の腕を取り無理やり立たせようとして―――
バシン―――!!
「・・・・・・・・・・・・佐伯」
裏手ではたかれ、痺れる手を擦る。
佐伯はまっすぐリョーガを見つめ、
「別れたんだろ俺たち?」
「それ、は―――」
謝ろうと思っていた。ちゃんと、全部話して。
だが、あまりに正面きって訊かれて。それも、嘆くでも怒るでもなく淡々と。彼の中で、もう全て整理がついてしまったのかもしれない。
不安に駆られ、一瞬リョーガが返事に詰まった。
そのためらいを、どう受け取ったか。
「ならお前にもう用はない。俺たちは他人だ。独りで帰れ」
続く佐伯の言葉は、容赦ないものだった。
暫く沈黙した後、どうにか喉から搾り出す。
「なら・・・・・・お前はどーすんだよ?」
縋るような問い掛け。それを、佐伯は・・・
―――跳ね除けた。
「俺は『ここ』にいるさ。俺の居場所はここだ。じゃあな、リョーガ」
薄い笑いを浮かべ、佐伯は跡部にしな垂れかかった。
再び沈黙。じっと佐伯を見るが、彼は決してこちらを見てはくれなかった。
「なら・・・・・・」
リョーガはため息をつき、
言った。
「帰んぞ佐伯」
「―――!!」
理解の悪いリョーガに、佐伯はようやく反応してくれた。身を起こし睨め上げる佐伯を、今度はリョーガが無視する。
「うわっ!」
後ろで俯き歯を食いしばっていたリョーマを突き出し、
「なあ跡部クン」
「あん?」
いきなり話題に出され、怪訝な顔をする跡部に。
人を食った―――その奥で本物の怒りを湛えた笑みを浮かべ。
「ウチの弟泣かさないでくれねえ?」
「・・・・・・?」
「な・・・//!! 誰が泣いて―――//!!」
食ってかかろうとするリョーマを押さえ込み、リョーガはさらににやにや笑った。
「君こないだ俺に言ったよな? 『俺のものは大事にする』って」
―――『てめぇのモンなら大事にしろよ』
―――『大事にするさ。お前と同じくな』
「さてこれはどういう事かねえ?」
見下ろす。いつもの強気な光もなく、弱々しい目でちらりと跡部を見る弟を。
頭をぽんと撫でてやると、ようやく顔を上げてきた。
顎を取り、軽くキスをする。
「〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!?????」
「てめぇ越前に何しやがる!!??」
どごどごばっ!!!!!!
衝撃の映像を見せられた跡部の行動は実に素早かった。そしてそれ以上に佐伯の行動は。
吠えながら立ち上がりリョーマを奪う。吠える前に移動しリョーガを殴り飛ばし蹴り倒す。
(跡部の)力強い腕の中で―――
―――リョーマはいつもつけているリストバンドでごしごしごしごしごしごしと唇を拭っていた。
矛盾した言い方ながら、胡散臭げに目を見開き、
「・・・・・・アンタ変態?」
「違げえ!!」
一応最初にする事は身の確保らしい。降参降参と両手を挙げつつ即座に突っ込むリョーガ。説得力ない事この上ない。
改めて立ち上がり。
「まあつまり、アメリカじゃ挨拶にキスはしても口同士じゃまずやんねーってワケだ」
「当たり前でしょ」
跡部をひたと見つめ、
「恋人とその他の区別はちゃんとつけてやれ」
跡部と佐伯の間に何があったのかは知らない。だがそれでも、リョーマが自分と跡部の仲を疑ってしまうほどの何かはあったのだろう。
今度は抱き締められたままのリョーマに視線を移す。
「チビ助はな、とことん鈍いし冷めすぎてるし暫く会わねえ内に随分クソ生意気になっちまった」
「・・・は?」
「あ〜あの頃の可愛かったチビ助はどこ行っちまったんだ〜・・・♪」
「どーでもいーだろンな事!! わざわざ歌うなよ!!」
「だからな―――」
リョーマの怒声は聞こえなかったことにして、再び視線を跡部に戻した。
単純に。素直に。弟を心配する兄の目で。
「ちゃんと示してやれ。お前は他のヤツと違うって。お前が俺の恋人だって。
どうせ意地っ張りのヘソ曲がりで通してんだろうが、コイツにだって感性は普通にある」
「やっぱ馬鹿にしてんの・・・?」
「だから、お前が他のヤツ見てるとムカつく。他のヤツに手ぇ出したり出されてたりすると怒鳴り込みかける。
他のヤツ同じ位置に立たせてると、どうしていいかわかんなくなる。
―――お前だっておんなじだろ?」
「そりゃ・・・・・・」
頷き―――俯く。リョーマは今だ背を向けたままだ。だがその手は、抱きしめるこちらの腕を強く強く握り締めていた。
微笑を浮かべ、跡部は身を屈めた。ぽんぽんと頭を撫で、耳元に囁く。
「悪かったな。もうしねえから。
俺の恋人は、リョーマ・・・お前1人だ」
「――――――〜〜〜〜〜〜・・・・・・けー、ご・・・・・・!!!」
リョーマが振り向く。跡部がもう誰の元へも行かないように、小さな体で懸命に抱き締め。
元のところに落ち着く2人にほっと息をつくリョーガ。佐伯の方へ顔を向ける。
「さってこれで跡部クンは消えた、と―――ぐ!?」
いきなり襟首を締められた。
顔を顰め、見やる。怒りの表情で睨みつけてくる佐伯を。
「結局お前が気にするのは弟なのか? あくまで俺じゃないんだな?」
あくまで冷静に訊いてくる佐伯に、リョーガは一言はっきりと答えた。
「ああ」
「―――っ!!」
佐伯の歯軋り音が伝わる。目を細めた隙に、体を引っくり返し壁へと叩きつける。
逃げられないよう、両腕を突っ張り閉じ込めて、
「俺が気にするのはお前を俺から奪うヤツだ。
お前の居場所は俺の元だけでいい。他は全部潰す」
身に纏っている怒気で、リョーガが本気で言っている事がわかったのだろう。佐伯もまた、冷静さの仮面を取り払った。
「お前が!! 俺を追い出したんだろ!?
別れようって言われて、辛くって、寂しくって、苦しくって・・・だから・・・・・・!!」
顔を上げる佐伯。吐き捨てる彼の目からぼたぼた流れる涙を見て、
どうしようもない愛しさが込み上げてきた。
自分はなんて馬鹿な事をしていたんだろう。頭に乗っていたって、日々態度がデカく自分を全く大事にしてくれなくたって、だからどうしたんだろう。自由奔放に振舞うのは、それだけ自分に心を許してくれているからだろう?
衝動に身を任せ、リョーガは佐伯を抱きしめた。
「リョー、ガ・・・・・・?」
「悪かったな佐伯。ンな思いさせちまって。
別れるなんてのは冗談だ。愛してる。ずっと、変わってない。合わないなんて―――別れたいなんて、絶対思わない。
思いっきり怒ってくれよ。何馬鹿な事したんだって。いつもみたいに、殴って蹴って暴言吐いて嫌がらせして。
全部受けるから。許してくれるまで何回でも謝るから。だから―――
いなくならないでくれ。他のところに行かないでくれ。
―――お前が泣くのは、俺の胸でだけでいい」
「リョー、ガぁ・・・・・・!!!」
ぎゅっと、佐伯もリョーガを抱き締め返した。
自分を包む腕の中で、自分のためだけに用意された場所で、初めて安心して泣く。
抱き締め、包み込んでいると、
後ろから声がかかった。
「『恋人とその他の区別はちゃんとつけてやれ』なあ・・・」
目線だけで後ろを向く。安心して力が抜けたらしい。眠り込んだリョーマを抱き上げ、跡部が皮肉げに笑っていた。皮肉げに―――いつもと同じ顔で。
同じく目線だけで佐伯を指し、
「ソイツはちゃんと守ったぜ? 俺の前じゃ泣かなかった」
「・・・・・・・・・・・・」
目を見開く。てっきり慰めてもらいに来たと思ったのに。
「今度はてめぇの番じゃねえのか? リョーガ。
―――たとえ他のヤツ泣かせようが、恋人泣かせるモンじゃねえだろ?」
目を見開き・・・
リョーガは苦笑した。
「そういや、こないだもそんな事言われたっけか」
―――『てめぇ昨日俺に宣言したよな。佐伯は大事にするって。
―――泣かしてんじゃねえよ。次やったらマジで殴りこみかけっからな。ああ?』
「ま、今回はお互いやっちまったから無効、っつー事で」
「しゃーねえな。
んじゃ、越前寝かしつけるからてめぇらはとっとと帰れ。邪魔だ」
「あちょっとそれ酷くねえ? 佐伯も泣いてんだしよお。昼飯も食わずに来たんだからせめてその位は―――」
「知るか。
―――ああリョーガ」
「やっぱ奢ってくれる?」
えへvと笑うリョーガに、跡部もまたにっこりと笑った。
「帰るんだろ?」
「う・う・う・う・う〜・・・・・・」
「勝手に泣いてろ。
すぐ裏に佐伯ん家があるんだし、そっちで食ってきたらいいじゃねえか」
「よくねーよ!! ンな佐伯連れてってみろ!! ぜってー何やったって攻められてむしろ俺が何されるか・・・・・・!!」
「クッ。自業自得だな」
「何を〜〜〜!!」
「ところでリョーガ」
「今度はなんだよ?」
「佐伯がお呼びだぜ?」
「へ?」
いつの間にか後ろを向いていた首を戻す。今泣いていたカラスが何とやら。見下ろせば、佐伯もにっこり笑っていた。
「リョーガv」
「はひ・・・・・・」
「泣いてる俺放って他のヤツ見向きしてんじゃねえ!!!!!!」
ど・ごっ・・・・・・!!!
必殺の左であっさり倒れ伏すリョーガ。ぱんぱんと手を叩き、佐伯は極上の笑顔で多分跡部に言った。
「ああっ! リョーガが倒れた! 大変だ!
看病するから暫く置いといてくれ! ついでに昼飯もよろしく!」
「・・・・・・病院でも付き添いに飯は出ねえだろ」
なあリョーガ、俺は信じていいんだよな? お前が俺の事を本当に愛してくれてるって・・・
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
なお、(現世に)帰ってきたリョーガに待っていたのは、
佐伯命名『破局への狂死曲』だった・・・・・・。
「えっとあのさ佐伯・・・。
―――何だこの布?」
2人部屋のど真ん中に、カーテンの如くかけられた布。実際は本当にカーテンだった。古くて完全に色あせしたカーテン。
「ご近所さんに貰ってきた。もう捨てるからって。リサイクルは大切だぞ?」
「いやそりゃいいけどよ。なんでンなモン部屋のど真ん中にかけんだ? 窓はあっちだぜ?」
「そんな、せっかくの太陽の恵みを遮るなんて真似するワケないだろ?」
「植物かお前は・・・?
じゃなくてな、なんで部屋にンなモンつけるんだ?って訊いてんだけどよ」
辛抱強く問いかける。佐伯に付き合う上で必要なのは、1に忍耐2に忍耐、以下100くらいまで全部忍耐だ。それと最初していた話題を忘れない頭とそこに戻す強い精神。
リョーガの努力が身を結んだらしい。佐伯は意外と早く答えをくれた。
答えにして、より謎の言葉を。
「一緒に住むとはいえプライバシーは大切だろ」
「つまり―――」
嫌な予感に駆られるリョーガの前で、佐伯がカーテンをシャッと閉めた。部屋が完全に二分される。ご丁寧に入り口も真っ二つだ。扉を開け放ち、のれんでも下げておけばどちらからでも出られるという寸法だ。
もう一度カーテンを開け、
「コレよりそっちがお前、こっちが俺な」
「何で分けんだよ!?」
「赤の他人が一つ屋根の下で暮らすとなるとこんなモンだろ。さすがに部屋は別々に出来なかったが、まあこの位で我慢してくれ」
「俺たちは恋人だろ!?」
「つまり別れたら赤の他人だろ?」
「だからそれに関しては謝ったじゃねえか! ありゃ冗談だ、って!」
「冗談でも言ったからには潜在意識でそう望んでいたからだろう」
「ンな解説つけて納得すんなよな!? 俺はンな事塵芥一片たりとも思ってねえ!!」
「ムキになって否定するのはそれが事実な証拠だな。まあ元気で暮らせよ元恋人の赤の他人」
「・・・・・・」
こっち方面での説得は無理らしい。方向を変える。
「い、一緒に暮らすんだったら仲良くした方がよくねえ? ホラ俺らルームシェアになるんだし」
「カタカナ英語で誤魔化そうが所詮は同居。あるいは居候。特に仲良くする義理もないな。たまたま同じ空間に一緒にいるだけだ」
「だったら! 日本のことわざにもあるじゃねえか! 袖擦りあうも〜って!!」
「擦ってないだろ?」
「・・・・・・・・・・・・」
10秒ほど黙考し、
「じゃあ今から―――!!」
「不法侵入禁止」
がん!!
飛び掛ろうとしたリョーガを、座ったままの佐伯の足の裏がとどめた。
ずりずり崩れ落ちる。もちろん自分側に。
カーテンをシャッと引き、
「次から勝手に入ったりカーテン開けたりしたら制裁加えるからな」
「次から・・・って、今のは?」
「今のは警告だ」
「・・・・・・・・・・・・さいですか」
頷き、
こんこんと、カーテンの代わりに壁を叩く。
「何だ?」
「不法じゃなけりゃいいんだよな? 入れてくれ」
「やだ」
「隣人と親しくしろよ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!」
「五月蝿いぞ赤の他人。近所迷惑だろ?」
がん!!
「〜〜〜〜〜〜〜!!!!!
お前今勝手に開けて入ってきたじゃねえか!!」
「俺は開けてないし入ってない。入り口からやかん投げつけただけだ」
「んじゃ俺も入り口から入りゃ―――」
「ああ、俺の方の入り口、板立てておいたから。ぶちぬいたら器物破損な」
「どーしろってんだよ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!」
この罰は、今度はリョーガが泣いて謝るまで続いたという。
―――Happy End
≠ ≠ ≠ ≠ ≠
はい。またまた【せんじょう〜】の続きでした。【線上〜】の前に来るか後に来るかはたまたそれとは別物か。別物として捉えていたりするのですが(なにせ展開似てるし)、あえて言えば前だと思います。だから【線上〜】ではまた冗談だと言って戻ってきてくれるのではないか、とかなり長期間動かず待ってます。
それはともかくこの話。【せんじょう〜】では結局ほとんど触れられなかった跡リョの方も今回多めに入れてみたり。おかげでどっちが主役かよくわからんぞv まあ、2組に分かれて上手くやっているうちは問題ないけど、ちょっとトラブルが発生したりするともの凄く微妙な関係になるんじゃないかなあ・・・とこの4人。
2005.5.31〜9.2