「ゲームセット! ウォンバイ六角! ゲームカウント6−4!」






Kitsch






  4.試合を終え 恐怖を乗り越え

 試合が終わった。6−4。佐伯の逆転勝利で。
 這い蹲りがくがく震える甲斐を実につまらなさそうに見下ろし、佐伯はネットに詰め寄りすらせず踵を返した。握手など向こうも望んでいないだろう。現に、抜けた腰で今すぐ逃げ出そうとしている。
 コートを出る。誰もが身を引き、道をあけた。俯いたまま、クッと小さく笑う。まるで大都会のど真ん中に出てきてしまった野性の獣のようだ。
 構わない。自分がどう思われようが。甲斐に復讐さえ出来れば。
 俯いたまま、
 佐伯は口の中で呟いた。





 (誰か・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)






























 周りと同じく無言で見送る中で、
 不二は佐伯の背中に手を伸ばしかけ、結局それを触れさせる事は出来なかった。その、震える手は。
 まるで彼に合わせるかのように俯く。そこへ、
 「今のが、アンタが俺に見せたかったモンっスか? 不二先輩」
 名指しで呼ばれ、不二は顔を上げた。見る。まっすぐな瞳を向ける青学期待のルーキーを。
 (いや・・・・・・)
 間違いなく自分を抜いて青学
No.2、どころかNo.1になるかもしれない、未知数の力を秘めた少年を。
 「そういえば、そんな話もしてたっけ」
 くすりと笑う。いつもの笑顔で。
 「それで―――





  ――――――君は行けそうかい? あそこまで」





 面白そうに訊く不二に、
 リョーマは、全く揺らがない目で宣言した。





 「行く―――じゃない。
  越えるっスよ。
  強くなるためだったら、俺はなんだって越えてみせる!」





 力強く言い切ったリョーマ。握り込んだ拳が震えているのは、恐怖かそれとも武者震いか。今はどちらでも構わない。ただひとつだけ確かな事。
 (君はきっと、そう遠くない未来に、超えてみせるんだろうね・・・・・・。恐怖を、絶望を・・・・・・。
  そして―――)
 幼馴染が去っていった方向を見る。もう姿は完全に見えないが、そちらを見て、不二は微笑んだ。





 (そしてきっと、君もいつかは越えらるんだろうね・・・。
  いつかきっと、本当に楽しいテニスが出来るようになるよ、サエ・・・・・・・・・・・・)






























 「―――とまあ、こういうプレイヤーとね佐伯は」
 試合終了。いつまでも黙り込んでいても仕方ないので、千歳は適当に言葉を紡いだ。
 「どうだったばいね? 金ちゃん」
 話題を振る。ついでに横を見れば―――
 ―――金太郎は目も口も開けきって固まっていた。見ようによっては甲斐と同じような状態か。
 「金ちゃん?」
 呼びかける。と、
 「す――――――――――――――――――――――・・・・・・」
 「『すー』?」
 「アレとね。
  ≪スースースーダラダッダッスラスラスイスイスイ〜♪≫」
 「お前も古いとね仁王」
 「ピヨ」
 礼を言いたいのか謝りたいのか不明な詐欺師に苦笑し、千歳は金太郎へと視線を戻した。今だ「すー」と言い続けて・・・・・・
 「―――――――――――――――――――――――――――――――――――っげえ!!!!!!!!」
 「なんじゃ?」
 いきなりの怒鳴りはさすがに予測不能らしい。仁王は(これでも)珍しく驚きを露にし、そして千歳は、
 「すっげーすっげー!! 今ん試合見おった千歳!? 佐伯めっちゃすっげーーー!!」
 「そうとね金ちゃん?」
 ジャージにしがみつきぴょんぴょん跳ねる金太郎を必死になだめていた。金太郎に力を入れて振り回されたりすると、長身の千歳でも体勢を崩す。
 努力が実ったようで、何とか金太郎は千歳を解放してくれた。代わりにその場駆け足どころかぐるぐる回ってみたりして。
 「ほん〜っま! 全国ちゅーんは広いわあ!! こない相手がおるんか!! 早よ試合したいわーー!!」
 「だげんなあ金ちゃん。六角ここで終わりばい」
 「じゃな。いくら佐伯が勝とうが既に4敗しちょる。六角はここで敗退じゃ」
 「っえ〜〜〜〜〜!!!??? 佐伯と試合出来ひんの!? 殺生や〜!!
  ―――せや!! やったら今んから学校破りや!! 行くで千歳!!」
 「金ちゃん! 俺らこれから試合とね!! 佐伯と試合したいんやったら、多分今日ので今年の
Jr.正式参加するようなるやろうし、そん時でええんじゃなか?」
 「う〜・・・。それまで待てん〜・・・」
 「そない言わんと。ホラ、越前君が待っとるばい」
 「え!? どこやどこや!? あいたっ! お〜い越前〜!!」
 いきなり大声で知らないヤツ(毎度恒例忘れたらしい)に呼ばれ、リョーマがぎょっとしていた。
 気にせず(むしろ気付かず)ぶんぶこぶんぶこ手を振る金太郎。その顔は、興奮で赤らんではいるものの全く怯えは見えない。テニスに対する純粋な思い。持っているからこそ、金太郎は恐怖の奥に隠された佐伯の真の実力を感じ取った。一人のプレイヤーとして、畏怖と敬愛を抱かざるを得ないほどの実力を。
 強い選手を怖く思うのは当然だ。怖いほどに・・・憧れ、惹かれていく。美しいもの、綺麗なものを見て大多数の人が恐れを感じるのと同じ事。
 今この場にいる彼らも、感じたのは同じもの。ただ少し、その意味を取り違えただけだ。きっと、今ならもうわかっただろう。





 ―――あの時の恐怖の正体は、恐れるほどの憧れだったのだと。





 「今んお前の考え当てちゃろう千歳。佐伯と試合したいでっしゃろ」
 「六角が負けてよかったばい。当たったら、誰がやるかで揉めるとね」
 「立海[ウチ]もじゃな。まあ―――





  ――――――ウチは幸村がやるか」






























 試合が終わった。審判がそう判定を下した時、幸村は深く深く息を吸った。まるでこの試合の空気を封じ込めるかのように。
 吸いきった息を、ふ〜っと吐く。
 充実した笑顔を見せる幸村に、
 「良かった? この試合は」
 そんな問いかけがなされた。
 横を見る。問いた主―――千石は、にこにこと笑っていた。何と答えるか、わかっているのだろう。
 期待通り、幸村は微笑んだ。
 「良かったよ。見ててどきどきした。こんな感覚は久しぶりだ」
 いつもより、少しだけ早口だ。言葉どおり、興奮しているのだろう。
 「そりゃーよかった」
 千石はうんうん頷き、
 「どきどきするんなら、きっと君の心は死んでないんだよ。忘れちゃってただけだ。
  けどね幸村くん。
  今のテニスも―――俺たちも、君が絶望するほど悪くはないと思うよ? きっともっとみんな強くなる。こんなの見せられたら、ならないワケにはいかないっしょ。
  特に、





  ・・・・・・サエくんの一番の『ケンカ』相手はね」





 言葉に合わせ、2人で横を見る。
 そこには、誰もいなかった。















・     ・     ・     ・     ・
















 人ごみを離れ、水道へと向かう。そこには、先客が1人いた。
 「景吾・・・・・・・・・・・・」
 仁王立ちでこちらを見る跡部。視線を合わせる事、ましてや歩み寄る事が出来るはずもなく、佐伯は足を止め俯いた。
 ザッザッと、靴でコンクリートを擦る音が聞こえる。
 ぴたりと止み、俯いた視界に運動靴の端が映り、





 ――――――跡部の腕に、抱き締められた。





 「ご苦労だったな。よくやった」
 温もりに包まれ、佐伯はようやく体の強張りを解いた。解き放つようで、より己を縛り付けた鎖を、今ようやく。
 胸に縋りつき、自分を取り戻していく佐伯。抱いたまま、落ち着くまで待ち、
 跡部は離れようとする佐伯を、さらに強く抱き締めた。
 「景、吾・・・?」
 「佐伯・・・」
 腕に篭る力の強さは思いの強さ。揺るがない決意をそのまま、言葉にする。



































 「俺はもっと強くなる。もっとずっと。どこまでも、誰よりも。

  俺は必ず、お前に恥じねえ強さを手に入れてみせる」



































 「・・・・・・・・・・・・。
  ああ・・・・・・」
 4年前には聞けなかったその誓い。そう言ってくれるのをずっと、待っていた。
 泣きそうな笑顔で微笑み、佐伯も跡部を抱き締め返した。
 告げる。



































 「待ってるよ。ずっとここで、いや・・・

  ・・・・・・・・・・・・もっともっと、高いところで」


































 「言ってくれんじゃねーの。
No.1は俺様だぜ?」
 「ボロ負けしたクセに」
 「あ・・・//!! アレはガキん時の話だろ!? 今なら―――!!」
 「『今なら』?」
 「今なら――――――!!
  今なら〜・・・・・・
  
・・・・・・・・・・・・・・・・・・まあ、半分くらい取れりゃいいなあと(ぼそり)

 「
はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

 「うっせえ笑うな//!! 仕方ねーだろ今はまだ!!」
 「それにしたって!! せめて啖呵くらいは大げさに切ったっていいんじゃないのか? 必ずしもその通りにやる必要もないんだし」
 「どーせてめぇそれで負けたら結局笑い飛ばすんだろ!? 俺だって自分の実力くらいよーーーくわかってんだよ悪かったなあまだ勝てなくって!!!」
 「まあまあそんな自暴自棄起こすなよ。可愛いなあ景吾はvv」
 「慰めんじゃねえ!!
  てめぇなんて大っ嫌いだあああああああああああああああ!!!!!!!!!!」
 だだだだだだだだだ・・・・・・・・・・・・
 結局何をやりたかったのか、逃げ去っていく跡部をしっかり見送り、
 『卑怯者』から『爽やか好青年』に戻った佐伯は、確かに間違いなく爽やかに額の汗を拭い好青年の笑みを浮かべてみせた。
 笑って、言う。










 「やっぱ苛めは景吾が最高だな」





―――Fin













・     ・     ・     ・     ・

 ―――ちなみにこの話、サエが―――もとい六角が負けたというのを聞いただけで書き始めたもので、詳細ほとんど不明状態でした。いろいろ周りに教えて頂きまあぎりぎりかろうじてなんとか・・・・・・すみません展開はともかく全てにおいて原作とかけ離れた内容で。そしてこれの裏話。最初サエと当たるのは木手だと思っていました。甲斐にしてもなお会話文変えてません割と気に入っていたもので。なのでけっこーおふざけ感のある甲斐が初っ端やったら真面目に話してます。しっかし甲斐。サエが負ける回ばっかり読んでいたおかげでめちゃくちゃに悪印象ですが、他の回見るとけっこーいいヤツだったり可愛かったり!? 全てサエ基準だからおかしく見える!?
 そして、おかげで(?)手塚が帰ってきていた事を忘れてました(爆)。なので青学サイドでの会話が不二とリョーマばっかです。無意識下で不二リョか・・・!?
 そうそう、実は肝心の縮地法の説明の回を読み逃がしていたため、サエの破り方がおかしいです(爆)。まっすぐ前後に動いて遠近感を狂わせるのかと思ったら、まさか頭動かしてなかったとは・・・。

2005.1.189.14


* タイトルの『
Kitsch』は、ドイツ語で『低俗・悪質』そして『本来の目的とは違う用途で使う事』などを意味するそうです(英語だと『低俗な芸術』)。さて誰のどれが一番悪質だったでしょう? とりあえずこんなものをタイトルとした時点で本来のものとは大幅に違うような・・・。