佐伯虎次郎という人間を一言で表すと、
――――――人の努力をとことん無にするヤツだ。
無
〜怪奇の回帰現象〜
caseA.跡部―――
今日は佐伯とのデートである。付き合い始めて最初のデート。
2人はお互い少々そばにい過ぎた。『幼馴染』という免罪符により、一緒にいるのが当たり前の関係だった。
だからこそ、相手に対して何か想う事―――想ったと意識した事も、する必要性もなかった。
ようやくその気持ちに気付いたのがつい先日。15年弱という長い時間をかけ、2人はやっと結ばれた。
だがその時間も決して意味のないものではなかった。想いを自覚してしまえば、そこから先の行為は実に素早くて。
心が結ばれたその日、2人はまた躰も結ばれた。
幸せな気分で、本日。
鏡の前で髪を整え服装を整え。ボサボサ頭の寝起きシーンだって飽きるほど見せ合った仲だが、それでも少しでも格好つけようとしている自分に、跡部は小さく苦笑した。
さらに歯を磨き薬品でうがいをし。佐伯は人工の香りを嫌うため香水等はつけないが、口臭予防くらいはしておかなければ。
「出掛けんだからセックスはねえとしても、キスくらいはするかもしんねえしな」
というか、これだけ準備をしているのだからむしろ進んでするが。
準備万端で出かける。待ち合わせ場所に到着すると、先に来ていた佐伯は嬉しそうに手を振ってきた。
こちらも軽く手を挙げ、心持急いで近寄り・・・
「景吾! 駅前の餃子店で今一皿100円セールだって!! 食いに行こうぜ!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。ああ」
caseS.千石―――
今日は千石とのデートだ。とはいっても練習試合の帰り、お好み焼き屋で食べるだけだが。
「んじゃ俺はここで」
「じゃーなサエ。千石によろしくな」
「そっちこそ、気をつけて帰れよ」
六角のみんなとは駅でバイバイ。理由を知っているみんなは明るく見送ってくれた。
身を翻し、店へと向かう。背中で揺れるテニスバッグが、まるで高鳴る鼓動のようだ。
「お待たせ千石」
レトロな引き戸を開け笑顔で店に入り・・・
「私好きなんですよ」
「うん。俺も大好きだなきみ」
先に待っていた千石は、アルバイトらしき若い子と楽しげに話をしていた。そんな、話を。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・!!!!!!
―――千石の馬鹿ぁぁぁ!!!」
「ええ!? ちょっとサエく〜〜〜ん!!」
千石の制止を振り切り、佐伯は店を飛び出した。
掲げた手の先、遠ざかる佐伯の姿を捉えながら、
「お好み焼きの具材相談も不可!!??」
千石は、ただそう嘆くしかなかった。
caseR.リョーガ―――
今日は、氷帝と六角の練習試合である。勝ち負け様々ながら双方良い試合を繰り広げ、いよいよ残すはエース対決。跡部対佐伯・・・・・・
「・・・あちょっとタイム。腹痛い・・・・・・」
・・・の試合をしようとしたところ、佐伯がそんな事を言い出した。
「大丈夫か?」
跡部が声をかける。他の者も心配げに集まる。
それ程、今の佐伯は酷そうな状態だった。青褪めた顔で、いつもの笑みすら浮かべられず苦しげに腹を押さえている。
「保健室、案内しましょうか?」
跡部に代わり、鳳が手を差し出す。練習試合中につき、ホスト校の部長がいなくなってしまえば収集がつかなくなる。
「ああいや、大丈夫だ・・・。
それよりちょっと、トイレ行ってくる・・・・・・」
心配させまいとかろうじて笑みらしきものを見せ、佐伯はゆっくりと校舎へ向かった。
やはり心配げに見送る一同。の後ろで。
跡部はリョーガをきつく睨み付けた。
「あのなあ、お前らのやる事に対して俺は特に何も言うつもりはねえ。
だがな、
―――やるべき事はちゃんとやれ。そんな程度も出来ねえようじゃ、これ以上一緒にいてもお互い堕落するだけだろ?」
佐伯とリョーガの付き合いに反対はしていないし、こんな小言を言うつもりもなかった。
だが言わなければならないだろう。人にはそれぞれの役割がある。ただひとつではないのだ。佐伯だって、『リョーガの恋人』であると同時に『六角レギュラーの1人』なのだ。ただの練習ならまだしも(いやそれも普通は駄目だろうが)他校との練習試合を疎かにするほどとなれば、少し釘を刺しておいた方がいい。
が、
なぜか跡部の注意に、リョーガは苦笑いを浮かべ頬を掻いた。
「いや〜君がそう言うのはわかるけど・・・
―――出来ればそれは、俺じゃなくって佐伯に言ってくれねえか?」
「ああ? ンなの連帯責任だろ? つーかむしろてめぇの責任だろ? 試合前日のセックスもだが中出しなんて―――」
「ちょっとタイム跡部クン!! 今ここ部活中!! お綺麗なその顔で下ネタ炸裂はマジいだろ!?」
慌ててリョーガが口を押さえるが、時既に遅し。周りで会話を聞いてしまった一同は、恐ろしく気まずげに視線を逸らした。
こほんとわざとらしく咳払いをし・・・
「とにかくだ。確かにてめぇはがっつくだけで佐伯が歯止め役してるんだろーが―――」
「うわ酷でえ。ってかモロ単がないだけで内容余計にヤベえし」
「ちょっと位は自制しろ。ちゃんと労わってやれ。
ただヤるだけの関係じゃねえんだろ? 『恋人』なんだろ?」
「まあ、心に染みる説教ありがとな」
「なら―――」
「そんな君にこんな事言うのも何だけどな、
―――――――――昨日俺らヤってねえ」
「・・・・・・・・・・・・あん?」
「今日試合だし。相手君となれば佐伯だって余裕で勝てはしねえし、手ぇ抜いて負けたくもねえだろ? 俺だってそうだし。
一応俺らもこの程度は考えてるワケだ」
「んじゃあ・・・・・・」
呆然と呟く跡部に、リョーガは向こうの方を指差した。整備された花壇に生える、なぜか明らかに存在の浮いたキノコを。
「まさか・・・・・・・・・・・・」
さらに呆然と、だが引き攣った笑みで跡部が問う。
リョーガも重々しく頷き、
「空腹に耐え切れずに、さっきソレ食っちまってな」
「馬鹿野郎!! ありゃ異常気象で生えちまった毒キノコだ!!」
手当たり次第何でも採って食うんじゃねえ!!と戻ってきた佐伯に怒鳴りつける跡部を見やり、
リョーガは肩を竦めて呟いた。
「ホラ、だから俺じゃなくってアイツに言うべきだろ?」
―――Fin―――
―――何かと上手く(?)いかない佐伯との付き合い。誰に原因があるのか考えてみれば・・・・・・当然のように全ての原因は佐伯にありましたね。まあキヨサエは半々でしたが。
そしてリョーガ編。元ネタはアレですね。総理官邸に生えた。サエなら喜んで全部採ってきて食いそうな・・・・・・。
2006.3.4