別れ
・・・る際の状況について考察してみようというのが正式タイトルの話
「白石・・・」
「ん? なん佐伯? 改まりおって」
ぼそぼそと、近寄ってきた佐伯。
指を絡めながらなおも言い篭り・・・
「あのさ・・・・・・、
――――――別れないか? 俺たち」
「・・・・・・・・・・・・。
ん?」
たっぷり30秒ほど経ってから白石が首を傾げた。ぽんぽん返す彼からすれば異常といえるほどに長い間だ。
その間もずっと泳ぎ続けていた佐伯の眼差しが、ようやっと定まった。
はっきりと言われる。
「だから、俺たち別れよう、って・・・・・・」
「なして?」
聞き間違いでもなければ冗談でもなかったらしい。
確認すると同時に訊き返す。別に怒った口調ではない。ただ、自分が知らないまま事を進められるのが嫌だというだけだ。
白石はそういう人間である。気まぐれに生きているようであって、決して周りに流されない。
そういった自由さが好きなのだ。幾十もの鎖でがんじがらめに縛られた自分とは対照的な様が。
だからこそ引かれたのかもしれない。地を這う事しか出来ない人が大空を舞う鳥に憧れるように。
だが・・・・・・。
再び佐伯の視線が泳ぎ出す。
「悪い・・・。これは俺の我が侭だ・・・。お前が嫌いになったワケじゃない・・・・・・」
「なして?」
「軽蔑してくれていい・・・。友達としては仲良くしようなんてそんな事も言わない・・・・・・」
「なして?」
「こんな俺の事は嫌って―――」
「言い。なして」
ピシリと空気に亀裂が走った。震えて佐伯が見上げれば、白石の顔からはいつもの笑みが抜け落ちていた。
本気で怒っている。別れを持ち出した事よりも、こうやって1人で全て被ろうとしている事に。こうやって・・・・・・逃げようとしている事に。
降参したように、佐伯は目を合わせた。
それでも気まずげに時折逸らしながら、
「――――――好きなヤツが出来た」
「誰や?」
即問う。
佐伯は酸欠を起こした金魚のように口を開いたり閉じたりするばかりで。
決して逃がさず平坦な瞳で縛りつける。
根比べは白石に軍配が上がった。
覚悟を決めたらしく、ひとつ頷くと佐伯は拳を握りしめた。
胸元まで上げ、
言う。
「金」
スパ―――ン!!
白石が、無言のまま手で弄んでいた冊子―――≪Jr.選抜合宿心得≫とやらで佐伯をはたき倒した。
「痛ったいなあ!! 何すんだよ!?」
「そらこっちの台詞や!! 何の話題しとんね自分!!」
「だって俺たちもう無理なんだよ!! 交通費かさむし市外電話は高いし!!」
「どっちも俺しか負担しとらんわ!! 俺ん方が悲鳴上げたいわ!! どんだけカツカツでやらせんね!!」
「そうだろお前だってそう思うだろ!?」
「思うわ自分に対してめっちゃ!! 恋人やったら半額負担しいや!!」
「嫌に決まってんだろ!?」
「結局自分俺より金か!?」
「そう言ってるじゃないか!! 俺はお前より金が好きだ!!」
「威張って言うなやあああああああ!!!!!!!!」
? ¿ ? ¿ ?
「結局何をやってるんだあの2人?」
「ただのノロケじゃん?」
「馬鹿馬鹿しい。先行こうぜ?」
「そうばいね」
以上、Jr.選抜合宿初日の事である。
―――2人の付き合いは否Fin
―――「好きなヤツが出来た」。すっごく良い言葉ですよね。「好きな人が出来た」とも取れ、同時に実は「好きな物が出来上がった」という意味でも使えます。もちろん今回のように、その中間に属する意味合いではいくらでも。「聞いてくれ! 俺好きなヤツが出来たんだ!!」「えええええ!?」と言って実はそれが育てていたスイカの話だったというリョガサエもいいような気がしてきました。
ちなみに補足の私的設定として、Jr.選抜合宿は主催者:中学テニス連盟。なので交通費含む諸費用は全て連盟持ち。選ばれた選手は1円も払う事無く2週間衣食住確保。だからこそサエは実力を隠しつつもこれの常連です。それを知っていた白石も。もちろんそんな彼らに冷めた目を送った幸村・千石・跡部・千歳は違います。
2006.8.16