「アラ、モモシロ君」 「お? 橘妹じゃねーか」 夜杏子見物
「どうしたんだ? こんな夜遅く」 「ストリートテニス場行ってただけよ」 「ああ、なるほどな。それでテニスウェアか」 「そういうモモシロ君は?」 「俺は部活」 「こんな遅くまで? 青学ナイター設備あるの?」 「―――の後に越前とハンバーガー食ってたからな」 腹減っちまって〜、と情けない声を上げる桃を、杏はくすくす笑いながら見上げた。日もとっぷり沈んだ夜、道端でばったり会い、「女の子がこんな夜遅く1人出歩いてちゃ危ねーよな、危ねーよ」という桃の言葉で、こうして一緒に帰る事になったのだ。 ゆっくりと夜道を歩きながら、杏もよく知る今流行りの歌を口ずさむ桃。その肩にはテニスバッグが2個、下げられていた。 1つは桃の。もう1つは杏の。 一緒に帰ると決めた時点で有無を言わさずバッグを取り上げられた。女の子だからと格下に見られるのは嫌いだったが、 (たまにはこういうのもいいかもね・・・) 「何やってんだ? 橘妹。置いてくぞ〜」 「あ、は〜い」 ぼんやりとそんな事を考えている内、ペースがさらに遅くなっていたらしい。3メートルほど前で、笑いながら振り向く桃に、軽く走って追いつく。 「ンなぼ〜っとしてたらさらわれちまうぞ?」 「そんなワケないでしょ?」 こん、と握り拳で軽く頭を叩いてくる桃を軽く睨んで、杏も笑った。 と――― 「お?」 こちらを見ていた桃が、杏のさらに後ろを見て軽く目と口を開いた。 「何?」 それを見て、杏もまた後ろを向いて桃の視線を追った。そして、やはり桃同様軽く驚く。 「へえ・・・・・・」 道端にある1件の家、その塀から薄紅色の木が1本突き出ていた。 いや、木ではない。 「すごい。綺麗に咲いてるのね・・・・・・」 それは無数の花だった。昼間見たらはかなささそうに見える小さな花たち。それらが夜の闇の中で艶やかに輝いている。 「ホント、すげーな・・・、この桜・・・・・・」 隣で桃が呆然と呟いた。それを聞いて―――杏は思わず吹き出した。 「何だよ。俺が感動しちゃおかしいってか?」 むっとして杏を睨みつける桃。 「違うって」 なおもおかしそうに笑いながら、杏が手をぱたぱたと振って否定する。 自分を指差し、 「?」 そしてその『花』を指差す。 「桜じゃないわよ、モモシロ君。あれは杏子。杏子の花」 「へ・・・・・・?」 やはりボケではなく本当に間違えていたらしい。きょとんとする桃に、杏は堪えきれずに肩を震わせ大爆笑した。 「あはははははは!! オカシー!!」 「し・・・仕方ねーだろ!? 似てんだからよ//!!」 「ハイハイ。わかったから真っ赤になって怒らない」 「全然わかってねーじゃねえか!! わかってんだったら笑うの止めろよ////!!!」 「まあまあ。こんな夜遅くに騒いだら近所迷惑よ、モモシロ君v」 「だから―――!!!」 なおもひとしきり『近所迷惑』を続けた後―――とりあえず落ち着いたところで、桃がぽつりと呟いた。 もう一度、杏子の花を見上げ、眩しそうに目を細め、 「春の花っていったら桜くらいしか知らなかったけど、杏子ってのもいいもんだな」 その言葉に、杏が先程の笑いとは違う意味で僅かに目元を赤くした。 慌てて、顔を擦る。 (夜だし、見えないわよね・・・) 火照った頬に手をやり、桃をそっと見上げる。と、 その視線が桃とばっちり合った。 いつの間にか視線を戻していた桃が、杏を見下ろしにやにやと笑う。 「どうした〜橘妹? 何か顔赤いぞ〜?」 「う、うるさいわよ////!!」 「けどなあ〜・・・」 再びひとしきり騒いで。 「じゃあモモシロ君、桜が咲いたら今度は本物の花見にでも行きましょうか」 会話のノリで―――それを口実にして誘う。 が・・・ 「お? いいな。みんな誘ってどんちゃん騒ぎ、か」 「みんな・・・・・・」 「ん? どーした? お前も騒ぐの嫌いじゃねーだろ?」 「え? 別に? 何でもないわよ? ああ、うん。みんなね。じゃあ私も不動峰のみんな誘わなきゃね」 「そうしろそうしろ。大勢の方が楽しいからな!」 (まあ・・・、いいんだけどね・・・・・・) 心の中で、杏はそっとため息をついた。 そこに、さらに声がかかる。 「けど・・・・・・」 神妙なその声に、顔を上げる。 「とりあえず今は『夜杏子見物』とでもいかねえか?」 「よあんずけんぶつ?」 「『夜桜見物』じゃねーけどさ,せっかくなんだし」 見上げる杏に、桃が笑って手を差し伸べた。 その手を取り、 「そうね」 杏もまた、微笑み返した。 ―――終 ―――――――――――――――――― うわ〜爽やかカップル〜。 いやそれはいいとして、以上、『爽やかカップル見物記』―――だから違って、『夜杏子見物』でした。う〜ん桃杏。友達以上恋人未満って感じの2人が好きです。 さて画像。企画で言いましたとおり庭に咲いてた杏子の木です。昼と夜、撮ってみて画像重ね合わせてみました。いやあ、ザ・袋小路初心者。何でもやってみたくてたまらない! 途中で間違って一面ただの灰色になった時はどうしようかと思いましたが。 では次は、今度は桜でいきたいですなあ。 2003.3.31