「ほら、アルヴィスくん。逃げないで、ね?」
 「え・・・ちょ、待てファントム・・・」














 いきなりファントムに迫られ、慌てふためくアルヴィス。逃げようにもここは部屋の中。唯一の出入り口はファントムの向こうだ。
 後ろに下が―――ろうとして止まる。踵がイスの脚にぶつかった。
 その隙を見逃されるワケがない。さらにファントムが1歩前に進んできた。
 ほとんど触れ合った状態だ。助長するように、ファントムが包帯だらけの左手で腰を抱いてくる。
 「大人しくしてくれて、いい子だね〜アルヴィスくんはv」
 「違―――!!」
 にこにこ笑うファントムから少しでも逃れるように、アルヴィスは背を反らし―――
 「うあっ!」
 「え・・・?」
 ―――もちろんバランスを崩し、後ろに転倒した。腕を回していたファントムごと。
 どたっ!!
 「っ・・・!」
 来るべき衝撃に歯を食いしばる。が、それはほとんど来なかった。
 落としていた視線を上げる。最初に見えたのはファントムの顔だった。驚くほど近くにある。
 「お前・・・・・・」
 ようやく気付いた。ファントムが頭の下に手を入れてくれたから、床に打ち付けずに済んだのだと。
 逆に両手揃って打ちつけたファントムは、やはり痛かったか引きつり気味の笑みで問いかけてきた。
 「大丈夫かい? アルヴィスくん」
 「ん・・・・・・あ、ああ・・・」
 慌てて視線を逸らすアルヴィス。陶器のようなその顔は、薄く朱く色づいていた。
 (俺がファントムに・・・・・・。情けない)
 己に戒めをかける。決してこの腕の中が心地よくなどない。
 そんな彼の心情を察したか、ファントムは決して礼を促したりする事はなかった。
 代わりに続ける。
 「じゃあこのままさっそくvv」
 「絶対嫌だ」
 にべもなかった。
 ファントムがむっとした顔を浮かべる。
 アルヴィスの下から右手だけ抜き取り、左手はさらに引き寄せた。自然アルヴィスの腰が浮き、密着する形となる。
 「何・・・すんだよ・・・!!」
 脅えるアルヴィスの頬を、指の背で撫で、
 ファントムは酷薄な笑みを浮かべた。
 「あんまりワガママ言うと、無理矢理やっちゃうけど?」
 「―――っ!!」
 慌ててアルヴィスが逃げようと藻掻く。が、
 「ダークネスアーム“スィーリングスカル”」
 「なっ―――!?」
 ファントムの声に合わせアームが発動。アルヴィスの動きを完全に封じた。
 「なん、で・・・・・・!!」
 アルヴィスが驚きの声を上げる。当然だ。そのアームは自分のものなのだから。
 頬を撫でた手を、さらに彼によく見えるよう上げる。ゆるく握られた拳。手品師のようにわざとらしく手首を一回転させると、
 ―――拳の上端から、問題のアームが現れた。
 「倒れる時抜き取っちゃった」
 あっさりタネ披露。体も頭も硬直したアルヴィスの下から左手も抜き取り、ファントムは薄く微笑んだ。
 途端。
 「くっ・・・!」
 ファントムの笑みが歪んだ。呻きを喉の奥に殺し、左手を支えに崩れかけた体をなんとか立て直す。
 「結構キツいね、この代償」
 脂汗の浮かぶ顔にそれでも苦笑いを浮かべる。浮かべ、
 「けど、これも君のためなら心地いいかな?」
 指輪へ軽く唇をつけた。
 「変態が・・・・・・」
 アルヴィスが悪態をつく。それが精一杯だった。
 さすがファントム。頭の中身はともかく実力だけならチェスの
No.1ナイトだけある。完全に押さえ込まれてしまった。ホーリーアームでもあるならまだしも、単純な力押しで破れそうにない。
 (あるいは・・・アームを取り返すか)
 そんなアルヴィスの考えを読んだのだろう。ファントムは見せつけるように一度アームを掲げると、
 「な!?」
 ――――――口の中に含んだ。
 べっと舌を出す。その上にアームを乗せ―――
 引っ込める。
 「はいv 頑張って取り返してみよう!」
 「このヤロ・・・!!」
 怒りを胸に歯を食いしばるアルヴィス。先程と違う意味で頬を朱に染めた彼へと、ファントムは顔を近付けていった。
 「ん・・・!」
 唇に触れる。柔らかく冷たい感触が伝わり、アルヴィスがびくりと肩を震わせる。
 くすぐるように右へ左へ。ますます固く閉じた唇の端から、雫が滴り落ちた。
 「ほ〜らアルヴィスくん。硬くならないで口開けて」
 「んん・・・!!」
 痙攣に似た僅かな動作で拒否をするアルヴィス。
 ファントムはため息をつくと一度顔を上げ、
 「仕方ないなあ。あんまこういう手には出たくなかったけど」
 と、左手をアルヴィスの首の上へ置いた。
 「(何を・・・!?)」
 目線で問い掛ける彼に微笑み、
 力をかけ押し込んでいく。
 「っ!!」
 アルヴィスが一瞬だけ上を向き仰け反った。魔力が異常に増大する。生命としての生存本能。
 「ぐ・・・・・・!!」
 少しだけ力を抜くと、アルヴィスは憎々しげにこちらを見上げてきた。体が自由ならば、手を振り払う事も転がって逃げる事も出来るだろうに。
 それでも口だけは開かないらしい。そんな意固地な彼も愛しく思い、
 ファントムは抜いた力をもう一度入れた。
 「ん・・・・・・ふ、う・・・・・・あ・・・・・・」
 アルヴィスの体から力が抜けていく。理性の崩壊と共に口の戒めも解け、無駄だと悟っていながら酸素を取り込むため口を開き・・・・・・





























 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!???」

























 「・・・・・・あ、白目剥いた」
 「口から泡吹いとんで?」
 「生きてるっスかアルヴィス〜〜〜!?」
 「スノウ! 早く治療だ!!」
 「うん!!」
 慌てふためいたのは、周りで見物していたメルのメンバーだった。
 そんな彼らに、ファントムが笑みのまま怒るという器用な芸を発揮する。
 「失礼だなあ。僕はただアルヴィスくんに僕の手作りパンを食べさせただけじゃないか」
 などというファントムの手には、確かにフォークが握られている。その先には、今はないがアルヴィスの口に突っ込んだものが突き刺さっていた。
 『・・・・・・・・・・・・』
 全員の目が、お供―――というか世話係のペタへと集中する。『これでもちゃんと嫁に行けるように片手で炊事洗濯はばっちりなんですよ!?』と、かつてそうのたまった本人に。
 ペタも腕を組み困ったように唸り、
 結論付ける。
 「技術はちゃんと教えたのですが・・・
  ・・・・・・どうもファントム様は、そもそもの感性に問題があるようで」
 「さらっと一言で片付ける問題か!?」
 「紫色の汁が滴り落ちるぐじゅぐじゅのそれを何のためらいもなく『パン』とか言い切ってるんスけど!?」
 「噛みもせず口に含んだだけで卒倒したわよアルヴィス!?」
 「ですので、アルヴィス殿も早く生ける屍になって頂ければと。
  そうすれば死ぬ危険性はなくなります」
 「そない理由なんか!?」
 「それ、全然問題の解決になってないんじゃ・・・」
 「その前に、もう少しファントムの方の教育頼めねえか?」
 「駄目―! 駄目―!
  絶対こんなのにアルヴィスは渡せないわ!!」
 「そーだそーだ!!」
 「うーん・・・。このまんまだと毒殺ならぬ『事故死』させかねないしね」
 「俺も保留に1票、やな」
 「私も・・・」
 「オイラもッス・・・」
 両手でバッテン印を作り激しく飛び回るベル。同じく両手を上げ激しく抗議するギンタ。
 教育推進を促すアランも含め、どうやら旗色は悪そうだ。
 「わかりました」
 頷き、
 ペタは言った。
 「では、《ファントム様はアルヴィス殿の嫁になれそうか》第127回議論は、今回もまた満場一致で《否》という事で、よろしいですね?」
 「いいっつーか・・・」
 「《なれそう》になる日って・・・・・・来るの?」
 『さあ・・・?』
 首を傾げる全員の前では、
 未来の夫(希望)を死一歩手前に追い込んだ犯人が、泣き叫びながらそこだけはやけに手早く甲斐甲斐しく介抱をしていた。正に良妻といった様だが、原因を己が作り出した時点でポイントは全く稼げそうになかった。
 食堂中を、ファントムの慟哭だけが木霊する・・・・・・。
 「アルヴィスくん! アルヴィスくん! アルヴィスく〜〜〜〜〜ん!!!」



―――Fin






 今朝起きて、一番に考えついたのがこんな事でした。こんな自分もどうかと思いました。
 そしてもうちょっと色っぽい展開を期待されていた方、申し訳ありません。ファントムがアルの口にずっと付けていたのは『名称だけパン』です。
 なおペタの「お嫁に〜」発言は【3馬鹿トリオ】よりです。ホントにやってたんだペタ・・・。

2006.5.7