壊れてしまったのは・・・







『烈兄貴はオレのだからな! 絶対誰にも渡さねーからな!!』

涙混じりのその言葉をふと思い出す。

抱き締めあい、互いの温もりを感じたあの日、

交わした誓いの言葉と共に、全てが狂い始めた・・・。













































・   ・










いつものようにマグナムを走らせながら、オレはブレットと楽しげに話す烈兄貴をちらりと横目で見た。
(ったく、何長々と話してるんだか!)
妨害作戦として、以前は笑う烈兄貴の頭にマグナムをぶつけた。結果としては成功だったが、態勢を崩した兄貴がブレットに抱きつく形になって、余計ムカついた。
自分には滅多に見せない優しい笑顔を浮かべて話す兄貴の姿を見て、自然と顔がむくれる。
「かっとべーーー! マグナーーム!!」
オレは八つ当たり気味に、怒鳴った。











インカム抜きでもよく聞こえる豪の声に、僕は小さくほくそえんだ。長い兄弟付き合い、声一つで豪の気分など手にとるようにわかる。
(ついでにさっきからこっちの事ちらちら見てたのもね)
心の中で舌を出す。
「そろそろ練習に戻らなきゃね。リーダーがあんま留守にするのも変でしょ? ―――君も含めて、だけど」
「そうだな。じゃ、マタナ」
そう言い背を向けるブレットの向こうに明らかにほっとした表情でこちらを見る豪を見つけ、わざと「なに見てるんだよ」とからかった。












・   ・










烈兄貴の気持ちが知りたい。
誰にでも見せる、優しく親しみの篭った笑み。
自分に向けられる冷笑と悪口。
どちらが本当の烈兄貴なのか。
知っているくせに、オレの気持ちを。
それなのにわざとじらす、
烈兄貴の気持ちが知りたい。











僕を見つめる豪を見るのは楽しい。
僕の表情、僕の言葉、僕の仕草、
1つ1つに敏感に反応してくれる。
蒼い瞳の中に、僕だけを映してくれている。
そう考えるだけで、体中がゾクゾクとする。











・   ・










一人になった烈兄貴の腕を掴み、オレは誰もいない廊下に引きずり出した。
壁に押し付け、問う。
「何話してたんだよ、烈兄貴・・・?」
「―――別に」
そっけない返事で目を逸らされ、体中に熱いものが沸き起こった。
熱く―――ドス黒い欲望が。
知りたいのは烈兄貴の気持ち。
オレノコト、ドウオモッテルノ―――?
口にする替わりに、腕に力を込める。
「なんで、何も言ってくんねーんだよ」
「関係ないだろ、お前には」
掴んだ手が、軽く振り払われた。











1人でいると、豪に腕を掴まれ、そして誰もいない廊下に連れ出された。
壁に押し付けられ、掴まれた両腕に微かに痛みが疾る。
「何話してたんだよ、烈兄貴・・・?」
「―――別に」
そっけなく答え、目を逸らす。だが瞳の中に豪の姿を映したまま。
僅かに強張る豪の顔に、昏い満足感を憶える。
こうやってまた1つ、鎖をかける。
自由に飛び回っていた翼をもぎ取り、体を無数の鎖で縛り付ける。
鎖の先に在[い]るのは、もちろん僕。
もう離れられない。
もう逃がさない。
掴まれた両腕に、更に強い痛みを感じた。
もっと強く掴んで。
その強さが想いの強さだと知っているから。
「なんで、何も言ってくんねーんだよ」
「関係ないだろ、お前には」
掴む手を軽く振り払う。傷付いた豪の顔に、またゾクゾクした。












・   ・










『関係ない』
その一言がまたオレを踏みにじり、
その一言がまたオレを打ち砕く。
関係ないんだったら、なんで話してくれない?
どれだけオレを傷付けたら気が済む?
口の中で呟く想いは絶対兄貴には届かない。
そう、絶対に。
「心配ないよ、大丈夫だから」
心の中で、何が大丈夫なのかと問いかけた。
くすりと笑う兄貴は何も答えてはくれず、唇に触れる程度のキスを一瞬だけ贈られた。











軽薄な言葉。
軽薄な笑み。
軽薄なキス。
1つ1つが確実に豪をいたぶり、
1つ1つが確実に豪を弄ぶ。
心配ない。
大丈夫。
全ては自分に向けたもの。
だけど欲望に終わりはないから。
だから豪に背を向けそのまま歩き出した。











・   ・










歩き出した烈兄貴を、後ろから強く抱き締める。
「―――!」
―――抱き締めた兄貴に、あの日の温もりは感じられなかった。
首だけで振り向く烈兄貴の口の中に自分の舌を入れ、片手で拘束したままもう片方の手でユニフォームのボタンを外していった。
口で云っても想いは伝わらない。
だから願い続ける。
烈兄貴に自分と同じ苦しみを与えたい。
烈兄貴に自分と同じ思いを抱いて欲しい、と。











口の中を這い回る舌。肌に直接触れる冷たい手。
だが豪はまだ気付いていない。
こうしてまた縛り付けられるのは烈[ぼく]ではなく豪[おまえ]なのだという事を。
全身の力を抜き、体は豪に預けるが、心は決して渡さない。
もっと僕を見て。
もっと僕を感じて。
欲望[オモイ]が満ちる事はなく、心はより深く豪を求め続けた。











・   ・










荒い息を無理矢理細く抑え、烈兄貴を解放する。壁に寄りかかりずるずると座り込む兄貴を視界に捕らえたまま、呟く。
「今度同じコトやったら、殺すよ?」
言いながら、自分でもよくわからなかった。
同じ事?
また、ブレットと楽しく話す事?
また、自分を冷たくあしらう事?
また―――
小さく頭を振って、オレは中に戻った。











体中に付けられた無数の跡を指でなぞる。口の中にその指を入れると豪の味がするような気がした。
「『今度同じコトやったら、殺すよ』か・・・・・・」
最高の告白[プロポーズ]。
体中が悦びに震えた。











・   ・










悲鳴が上がった。
驚きに彩られた瞳の蒸れが、オレを―――オレの手に握られたものに向けられる。
大降りのナイフ。余計な痛みを与えないよう、一晩かけてじっくり研ぎ上げた。
その重さに耐えるように、ゆっくりと歩く。
目標はただ一つ、目の前でまたブレットと楽しく話す烈兄貴。
また・・・?
理由なんてどうでもいい。
理由なんていらない。
欲しいのは烈兄貴だけだから。
振り向く兄貴の腹部にナイフを突き立て、そのまま全体重をかけて押し込む。
じわじわと兄貴の体に潜り込むナイフが、兄貴の命をもぎ取っていく。
けど、オレは何も感じなかった。











聞こえたのは周りの悲鳴とブレットの警告の声。
やったのはただ振り向く事。
見えたのは豪の無表情な蒼い瞳。
感じたのは金属の触れる冷たさ。そして満足感。
命を司るどこかに達しようとするナイフの向こうに見える豪の顔。
何も浮かばないその顔から、
目が離せなかった。











・   ・










ナイフを伝わり手に血がつく。
赤い血。
烈兄貴の赤。
自分とは違う赤。
自分とは―――決して交わる事のなかった、赤。
ナイフを引き抜くと、兄貴の体が寄りかかってきた。
ユニフォームが血を吸い、碧が紅く染まる。
オレ[あお]が烈兄貴[あか]を取り入れる。











ナイフを介して豪の手に血がつくのがわかった。
赤い血が。
僕の赤が。
表情よりも、言葉よりも、動作よりも、
豪を縛り付ける。
ナイフを引き抜かれ、反動で豪に寄りかかった。
血がユニフォームに吸い取られ、紅が碧を染め上げる。
僕[あか]が豪[あお]を支配する。
どうせなら、首を切って欲しかった。
そうしたら、豪の全身に血[ぼく]を付けられたのに。











・   ・










崩れる烈兄貴を見ながら、
「だから言ったじゃん。『今度同じコトやったら殺すよ』って」
血のついた指を舌で舐める。
口に咥え吸い付くと、微かに甘味が伝わった。
「だけど・・・」
無表情のまま、笑みを浮かべた。
「最初からこうすりゃよかったんだよな」
そうすれば、こんなに苦しむ事はなかったのに。
そうすれば、烈兄貴はずっとオレのものだったのに。











赤く染まった豪を見ながら、
僕は豪と同じ笑みを浮かべた。
もう一生、逃がさない。
鎖は重い十字架となって、
豪を縛り続けるだろう。
これが僕の願い。
これが僕の祈り。
そして―――これが僕の誓い。


















































・   ・





薄れ行く意識の中、笑いが止まらなかった。



―――ねえ、教えて


















































壊れちゃったのは豪? それとも僕?























―――
fin―――

















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 求めすぎた者と、求められる事を求めすぎた者と。すれ違う2人。交わらぬ想い・・・・・・などと大ウソの煽り分をつけてみたりして。書いているうちに自分でもワケわかんなくなりましたが、一応この話、ドロドロではありますがハッピーエンドだと、少なくとも私はそう思います。想いは通じていたわけだし、お互いに。
 一応これでもこれは豪×烈(ただしそうなるように煽り立てたのは烈兄貴)、なので最後の刺しは豪君の役目に致しました。烈兄貴に刺させても(でもって崩れ落ちる豪を見てにっこりと、「これで完成だね」なんてぶっこかせても)よかったのですが、烈兄貴の場合、殺人よりもむしろ心中(すぐに自分も刺して流れる血を混ぜ〔注! いまや懐かし『リング
&らせんTV版』ではありません〕「これで一生、僕達は離れられないんだね」ってな感じで)になりそうだったのでやめました。
話の中での一人称について、微妙に統一してませんが意味はありません。というかあえて言うなれば統一に失敗しただけです! はあ、一人称で書ける人って羨ましい・・・・・・。
 この話、書き途中に映画『バトル・ロワイヤル』(2回目)観に行きました。首をカマで斬られるシーンで、「やっぱ首の方が血はよく飛び散るよな・・・」なんて静かに考えている自分がちょっぴりイヤになりました。
 しかしこの話、書くのに2日かかったのですが、書き上げた今もう一度最初から書き直したら、文章は随分と代わるのでしょうなあ・・・

 ―――などと思いつつ、結局一人称の使い方以外はほとんど手直ししませんでした(パソ書き込み時)。

2002.8.2write2001.3.何時か)