Chocolate Kiss
〜side F〜
5
自分のベッドで眠る越前を見て、ふと思う。
気を失った彼を自分が清め、
皺にならないように上だけは自分の服を着せ、
そして自分のベッドで寝かせる。
―――普通なら恋人同士がやる事だ。
そんな幻想。
『こんなの・・・やだ・・・・・・。
俺は、不二先輩が・・・欲しい・・・。
ちゃんと・・・・・・抱いてよ・・・・・・・・・・・・』
彼の口から間違いなく出たその言葉に、
僕は・・・・・・越前を抱いた。
だがこの言葉はどこまでアテになる?
ただ快感を得るための、間接的な自慰行為か?
それとも・・・越前の本心か?
自嘲する。
つくづく自分に都合の良い解釈だ。
眠り続ける越前の首に手を伸ばし、
着せたブラウスを少し開く。
いろいろなところについた『傷』。
鎖骨に顔を近づけ、
更に1つ増やした。
「こんな事やって、何になるんだろうね・・・?」
苦笑して、僕は部屋を出た。
ケーキを完成させるために。
完成させたケーキで、
君の恋を壊して、
嘆き悲しむ君に、
『君を愛している』
と、言うために。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
台所で作業を続けていると、
「・・・あ、先輩・・・」
後ろからためらいがちな声がかけられた。
「ああ、越前君、起きたの?」
気まずげに視線を逸らす越前に、何事もなかったかのように笑顔で問う。
「はあ・・・まあ・・・・・・」
「よかった。
―――そうそう、ケーキ、少し崩れちゃったところは直しておいたよ。
せっかくよく出来たんだしね」
「え・・・・・・?」
呆ける彼に、よく見えるように持ち上げる。
先程の事など、微塵も感じさせない普通のケーキ。
これなら堂々と渡せるでしょう?
渡して、
笑顔で受け取る相手を見て僕を思い出して。
先ほど行なわれた全てを。
『想い人』ではなく僕に抱かれた君を。
僕の前でさらけ出した痴態を。
さあ、それでも君は『想い人』とこれを食べられる?
君の欲望と屈辱、全てが詰まったこのケーキを。
「・・・・・・そうっスね」
普通に頷く越前。
その声にも態度にも、動揺は一切ない。
彼は・・・・・・全てを水に流し、なかった事にしてこのケーキを渡すつもりだろうか?
そして、何も『知らない』まま、その相手と愛しあい続けるのだろうか?
「―――じゃあ、パックに入れるね」
今にもあふれ出そうな気持ちを押さえつけて、
越前に見られないように、僕は後ろを向いた。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
「はい。こんな感じでどうかな?」
「いいんじゃないっスか?」
さすがにホールのままではパックに入らず、
適当な大きさに切って入れた。
蓋を閉じて、越前がそれを手に取った。
「で、包装はどうする?」
「別にいいっスよ」
「あれ? けどその方が見栄えも良くない?」
「別に・・・。あげるつもり、ないし」
あげないの・・・?
ため息をつくように肩を落とす越前に、ついつい尋ねる。
「え? じゃあどうするの、それ?」
「家で捨てます。こんなの、誰も食べられませんし」
捨てる?
その、ケーキを?
先程のことが全て詰まったそれを。
この想いも、
全てが込められたそのケーキを。
君はあっさり捨ててしまうと言う。
君にとって、『これ』はその程度の存在?
なら―――
「じゃあさ、僕にちょうだいv」
「え・・・・・・?」
「どうせ捨てるんでしょ? だったら全部家で『処分』してあげるよ。持って帰る手間が省けるでしょ?」
「でも・・・・・・」
ためらう越前。
どうせ捨てるんでしょ?
だったら僕にくれたっていいじゃない。
そしたら全部食べるから。
この想いごと、
全て食べ尽くして、
全てを自分の中だけに取り込んで、
自分の心に墓標を立てて、
はなむけとして、1人、泣くから。
そう思うと自然と手が伸びて、
僕はケーキの切れ端を摘んで、
口に、入れていた。
「あ・・・・・・」
越前の声を無視して、それを舌で砕く。
口の中に広がる、チョコと、越前の味。
思い出す。
先ほどの行為と、
自分の気持ち。
ぐちゃぐちゃになったのは――――――越前ではなく、僕。
そう思うと、自然と涙が溢れてきた。
「おいしいよ・・・凄く・・・・・・」
虚空を見て、言う。
先程の事が幻ではなく事実だったのだと、
唯一伝えてくれるケーキ。
おいしくない・・・わけがない・・・・・・。
また一切れ、手に取り食べる。
濃厚な甘さ。
過去、現在、未来。
全てを封じ込め、たった1つだけ手に入れたこの甘さ。
切れ端を、いくつもいくつも食べていると越前に止められた。
「やめてよ不二先輩!!」
「何・・・で・・・・・・?」
この甘さですら、
味わう事は許されないの?
「食べたいんだ・・・。
チョコ・・・食べさせてよ・・・・・・・・・・・・」
越前を振り切ってケーキを食べようとして、
掴まれた腕ごと引き寄せられ、越前にキスをされた・・・。
「―――!」
唇を押し付られ、
無理矢理口をこじ開られ、
舌でチョコを全て掻き出され、
代わりに越前の全てが注ぎ込まれた。
「ふ・・・ん・・・・・・」
「は、あ・・・・・・」
ケーキよりも、遥かに濃厚な甘み。
長く長く続くキス。
終わらせたくなくて、
掴んでいた越前の手を握り返して、
僕も越前に全てを注ぎ込んだ。
更に激しくなる越前が嬉しくて、僕もひたすらに越前を求めた・・・・・・。
‡ ‡ ‡ ‡ ‡
どのくらいそうしていたのか、息苦しくてゆっくり顔が離れた。
「何・・・で・・・・・・?」
呆然と呟く僕に、
越前が泣きながら叫んだ。
「チョコなんかで・・・満足してないでよ・・・!
チョコなんか食べるんだったら・・・!
俺のこと、食べてよ!!」
「越、前・・・君・・・・・・」
初めて合った目。
そう言ってくる越前の目を見て、さらに一筋涙が流れた。
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2003.2.18
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