Chocolate Kiss
〜side R〜
5
柔らかいものに全身を包まれて目が覚める。
ベッド。
体中に残るだるさに、さっき―――もうどれだけ経ったのかはわからないけど、とりあえず覚えてる限りではさっきの事を思い出す。
不二先輩に・・・・・・抱かれた。
赤くなった顔を隠すように手を顔に当て、気付いた。
黒い袖。
制服のYシャツでも、部活で着るポロシャツでもなくて。
先輩の・・・服・・・?
体を起こして、下を確認する。
下は、俺の着ていたハーフパンツ。
ついでに周りも見回す。
壁にかけられた写真。
今じゃ骨董品級のステレオレコード。
棚の上にはサボテンがあって。
他の先輩に聞いた、不二先輩の部屋の特徴そのままで。
「じゃあ、ここって・・・・・・」
意識せずに、声が出る。
考えてみれば当り前だけど。
ここは不二先輩の部屋で。
上だけだけど不二先輩の服を着て。
・・・不二先輩のベッドで寝て。
更に顔が赤くなる。
ごしごしと手でこすって、
「何やってんだろ、俺・・・」
呟いて、俺は部屋を出た。
ケーキは完成させられなかったけど、
渡して、
驚くアンタに、
今度こそちゃんと、
『アンタが好きです』
って、言うために。
Χ Χ Χ Χ Χ
台所で何かやっている先輩に、
「・・・あ、先輩・・・」
後ろからぼそぼそと声をかける。
「ああ、越前君、起きたの?」
何事もなかったかのように笑顔で聞いてくる先輩に、恥ずかしくて視線を逸らす。
「はあ・・・まあ・・・・・・」
「よかった。
―――そうそう、ケーキ、少し崩れちゃったところは直しておいたよ。
せっかくよく出来たんだしね」
「え・・・・・・?」
呆ける俺に、よく見えるようにと持ち上げられる。
先程の事など、微塵も感じさせない普通のケーキ。
何の問題もない、綺麗なケーキ。
見て、
絶望する。
まるで、
先ほど行なわれた全てを。
なかった事にするかのように。
やっぱり、さっきまでのは、先輩にとっては、
ただの遊びだったのか・・・・・・。
「・・・・・・そうっスね」
感情の篭らない声で頷く。
そうでもしないと、気持ちが溢れ出しそうで。
先輩は・・・・・・全てを水に流し、なかった事にしてこのケーキ作りを終わらせるつもりで。
そして、何も『知らない』まま、明日からも先輩と後輩として接するのだろう。
「―――じゃあ、パックに入れるね」
パックを探して後ろにある棚の方を向く先輩。
先輩に見られないように、俺は涙を拭った。
Χ Χ Χ Χ Χ
「はい。こんな感じでどうかな?」
「いいんじゃないっスか?」
さすがにホールのままではパックに入らず、
適当な大きさに切って入れられた。
蓋を閉じて、手に取る。
「で、包装はどうする?」
「別にいいっスよ」
「あれ? けどその方が見栄えも良くない?」
「別に・・・。あげるつもり、ないし」
あげられるわけ、ないんだから。
目を合わせず、言う俺に先輩が不思議そうに訊いてくる。
「え? じゃあどうするの、それ?」
「家で捨てます。こんなの、誰も食べられませんし」
嘘。
本当は、多分、
家で、1人で食べるのだろう。
この想いと共に、
全てを食べ尽くし、
全てを自分の中だけに取り込み、
自分の心に墓標を立てて、
1人、泣くのだろう。
「じゃあさ、僕にちょうだいv」
「え・・・・・・?」
「どうせ捨てるんでしょ? だったら全部家で『処分』してあげるよ。持って帰る手間が省けるでしょ?」
「でも・・・・・・」
平然と、そう言う先輩。
『処分』
先輩にとって、
このケーキはその程度のもので。
俺の想いごと、
何も感じず、
ゴミ箱に、あっさり捨てると言う。
先輩にとって、『これ』はその程度のもの?
そんなの・・・イヤだよ・・・・・・。
顔を上げた俺の前で、
先輩はケーキの切れ端を指で摘んで、
食べていた。
「あ・・・・・・」
その行為に、声が洩れる。
何で、食べるの・・・?
汚いのに。
食べられるものじゃ、ないのに。
なのに、何で?
なんで・・・
なんでアンタは食べながら泣くの?
「おいしいよ・・・凄く・・・・・・」
どこも見ずに食べる先輩の放を伝う涙。
先程の事が幻ではなく事実だったのだと、
唯一伝えてくれるケーキ。
ねえ、俺は、期待していいの?
先輩が俺のことを好きだって、
馬鹿げた勘違い、していいの?
教えてよ。
不二先輩。
切れ端に、何度も何度も手を伸ばす先輩の腕を掴む。
「やめてよ不二先輩!!」
「何・・・で・・・・・・?」
怯える子どものように、目をカタカタ震わせ、そう呟く先輩。
掴まれた手を、それでもケーキに伸ばし。
「食べたいんだ・・・。
チョコ・・・食べさせてよ・・・・・・・・・・・・」
麻薬中毒者のように、ケーキだけに目を向ける先輩を、
その腕ごと引き寄せ、キスをした。
「―――!」
唇を押し付け、
無理矢理口をこじ開け、
舌でチョコを全て掻き出し、
代わりに俺の全てを注ぎ込む。
「ふ・・・ん・・・・・・」
「は、あ・・・・・・」
長く長く続くキス。
先輩も応えてくれて。
掴んでいた手を握り返され、
先輩に、全てを注ぎ込まれた。
嬉しくて、更に激しく先輩を求めた・・・・・・。
Χ Χ Χ Χ Χ
どのくらいそうしていたのか、息苦しくてゆっくり顔が離れた。
「何・・・で・・・・・・?」
呆然とした先輩の、さっきと同じ質問に、
泣きながら、叫ぶ。
「チョコなんかで・・・満足してないでよ・・・!
チョコなんか食べるんだったら・・・!
俺のこと、食べてよ!!」
「越、前・・・君・・・・・・」
初めて合った目。
驚く先輩の目から、さらに一筋涙が流れた。
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Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ Χ
2003.2.18
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