極限状態の中起こった1つの『殺人』。それが俺達の運命を変えた








          生と死の狭間で I want to Be... with You








 「いたぞ! まだ生きてる!!」
 「よし! 直ちに保護だ!!
  ―――おい!! 応援を呼べ! ヘリで運ぶぞ!!」
 「了解!!」
 青い空の色が雪に反射して眩しい。眩んだ目を闇の奥へ向け、防寒具を着たレスキュー隊の男がそこへ手を伸ばした。
 「よし。もう大丈夫だぞ」
 男の腕が、小さな体を抱き締める。その胸の中で、彼はただ虚ろに目を開き、口をもごもごと動かすだけだった。
 「応答お願いします!! こちら第
28小隊!! 午前9時25分! 少年1人を保護しました!!」







ε     ε     ε     ε     ε








 『先月中学の部活仲間とスキー合宿に来て、悪天候により遭難、以降1ヶ月間行方不明となっていた少年が昨日午前9時
25分、奇蹟の生還を果たしました!! 少年は凍傷と栄養失調が心配され、現在病院で検査を受けております! 詳しい事はまだ判明しませんが、不思議な事に少年は重度の障害は一切なく、体力こそ落ちてはいるもののすぐに回復し、元の生活に戻れる程度だということです。また精神状態も極めて安定しており、記憶もしっかりしているそうです!!
  ―――あ! 今報告が入りました!! 検査が終わったようです!! 推測されたように少年は健康に近く、これより私たちの前に姿を現してくれるようです!!』
 病院の前に押し寄せた大勢のレポーターたち。その中の一人の言葉に合わせ、病院の入り口が開いた。
 まだ若い医師に支えられ、少年―――リョーマがゆっくりと歩いてくる。
 どこを見ることもない虚ろな眼差し。強烈なフラッシュを浴びても一切動かないその目に、本当に『心身ともに健康』なのか周りが疑う中―――
 「おチビ!!」
 「越前!!」
 記者たちの間をすり抜け、リョーマ同様スキー合宿に行っていた(元)レギュラーらが駆け寄った。
 「おチビ!! よかった〜生きてて!!!」
 「このやろう!! 心配掛けさせやがって!!!」
 「さすがだな。越前」
 「心配したよ。けど本当に生きててよかった」
 「うん。越前が道に迷ったって聞いた時すっごい驚いたよ」
 「よく戻ってきたな。越前」
 「まあ・・・・・・お前ならこの程度じゃ死なねーか・・・・・・」
 7人がかりでもみくちゃにする。その様子もまた、カメラに、ビデオに収められる。
 一通りそれらが終わったところで・・・・・・
 英二が尋ねた。
 「で、おチビ。不二は?」
 笑顔で、尋ねる、英二。
 今回の遭難劇、元は『スキーは得意だ』と言う不二に対抗心を燃やした(初心者の)リョーマが勝負を持ちかけた事にあった。最上級のコースをどちらが先に麓まで降りるかのレース。初心者ながら元々の運動神経のよさにより早くもかなり上達していたリョーマが、強気に攻めまくり不二の前を取る事に成功した。が、極度の方向音痴かつ地図を見る習慣を身につけていないリョーマ。一応スタート地点にコースは書いてあったものの、もちろんそんなものに目をやるわけもなく―――かくて一面真っ白な世界で見事にコースを外れていった。
 コースへ戻そうとした不二。だがかなりのスピードで突き進むリョーマの前に回り込むのはさすがの彼でも難しい。声をかけてはみたものの、聞こえていないのかそれとも何かの作戦だと思われたのか一向にリョーマの止まる気配はなかった。
 苦笑して、不二が持っていた携帯で手塚にその事を簡潔に伝えた。『少し遅れるから先に宿に行っててくれない?』、と。そして、『2人で帰るから心配しないでね』、と。
 そして・・・・・・直後から吹雪き始めた雪で遭難し、2人で救助を待っているはずだった。
 英二の質問に、他の者も自然と騒ぎを鎮め、リョーマの返事を待つ形となった。
 全員の視線の中、リョーマの目が始めて動いた。
 おなかに両手を当て、そこを見つめ、呟く。
 「周助・・・ここ・・・・・・」
 「え・・・?」
 何を言っているのか理解できず、誰もが呆気に取られた表情を向ける中―――
 リョーマが顔を上げた。
 虚ろな瞳のままで、唇を吊り上げ、嗤う。
 「俺が、食べた」
 場が、硬直する。
 目の前の少年が言っている事を、誰一人として理解する事は出来なかった。
 静かな中、リョーマの声だけが響く。
 「周助の・・・肉も、骨も、内臓も、脳も、血も。全部・・・全部・・・俺が、食べた」
 「な・・・何、言って・・・・・・」
 「そ・・・そーだぜ、越前・・・・・・」
 粘つく舌を無理矢理動かし、震える息を無理矢理吐き出し、河村と桃がそれを止めようと声をかけた。
 「ンな・・・冗談にだまされるわけないじゃん♪」
 にっこりと、明るく言い放つ英二。彼の『冗談』の言葉に、全員が納得して安堵のため息を漏らす。
 「ンな事言って、どーせそこらへんに不二隠れてんだろ? 2人ともイタズラ好きだしさv」
 「イタズラじゃ、英二も2人の事は言えないだろ?」
 普段のペースで話す英二に、大石も軽く笑って突っ込みを入れた。
 上滑りながらも、とりあえず普通に進んでいく会話。
 が・・・・・・
 リョーマの『嗤い』は止まらなかった。
 「仕方ないじゃん・・・。食べて、って言ったの、周助なんだから・・・・・・」
 ぼそぼそと呟くリョーマに、誰もが気付いた。いや、本当は最初の発言からわかっていた。それを否定したくてわざと目を背けただけで。
 リョーマの言っている事は本当だ。本当に、リョーマは不二を食べたのだ。と・・・・・・。
 だが、
 「まったまた〜v タチ悪いぞ、おチビv あんま続けると冷めちゃうじゃん。
  ほら、不二呼べって。不二のことだから、も〜ほんと完全無傷ばんばんざ〜い! って感じでとっくに退院してんだろ? ってかもしかして病院にも運ばれなかった? ほんっとアイツ人間離れしてるしさ」
 唯一それを認めたくない英二が、やはりこちらも笑みのまま言葉を重ねていく。まるで、このまま否定し続けていれば不二が帰って来ると言わんばかりに。
 「英二―――」
 止めようとした大石を、手塚が手で制する。
 「あんま言うこと聞かないとおチビも不二もご馳走抜きだぞ・・・!? せっかく戻ってきたからってお祝いしようってのに・・・肝心の2人がメシ抜きでどーすんだよ・・・?」
 英二の話すペースがだんだん緩くなっていく。笑みを浮かべる口元が痙攣している。もう目が笑っていない。
 それでも必死に続けようとする英二に―――
 さらにリョーマの独白が突き刺さる。
 「他にどうすればよかったのさ・・・・・・。止めたかったのに、止められなくって・・・・・・。
  周助一人でムダ死にさせるワケにはいかないじゃん・・・・・・」
 英二の笑みが―――消える。
 「な・・・にやってんだよお前!! 不二食った!? そんで自分だけ生き残って帰ってきたってのかよ!! お前不二の事好きだったんじゃねーのか!? それとも自分が生き残れりゃ他人[ヒト]なんてどーでもいい、なんて言うつもりかよ!!?」
 リョーマの襟首を掴んで、怒鳴りつける英二。さすがに回りもざわめいたが、英二の言葉に、何よりその事実を前に、彼を止められる者は誰もいなかった。
 「帰って来るっつってたじゃねーか!! 『2人で帰るから心配しないでね』って不二言ってただろーが!!」
 「だから帰ってきたじゃん。2人で
 しれっと言い切るリョーマ。反省も悔恨もない、いつも通りのその態度に、英二の中で決定的な何かが切れた。
 「ンな帰り方してきてどーすんだよ!! お前ンな帰り方するくらいなら不二と一緒に死んでくりゃよかったんだよ!!」
 「英二!!」
 行き過ぎた英二の罵倒に、大石が英二を後ろから羽交い絞めした。
 「放せよ!! てめーもコイツの味方か!? 俺が今すぐコイツ殺してやる!! 不二殺したコイツに生きる資格なんてねーよ!!」
 大石に拘束されながらもなおも暴れようとする英二を、桃・海堂・河村がさらに押さえつける。
 「大丈夫かい!? 越前君!!」
 ようやく英二から解放され、膝をついてげほ・・・と咳込むリョーマを、付き添っていた医者が支えた。いくらさして重症ではないと言ってもまだ安静にしていなければならない身だ。本来なら病室から連れ出す事も、ましてやこんな人前に出すような事もするべきではないのだ。
 医者に抱きかかえられながら、リョーマがやはり虚ろな目でさらに呟いた。
 「だって・・・、周助言ったんだもん・・・。
  『僕が死んだらリョーマ君僕の事全部食べてね』って・・・・・・。『そしたら僕は君の中で永遠に生き続けるから』って・・・・・・。
  ―――『だから「一緒に」みんなのところに帰ろう』って・・・・・・・・・・・・」
 ずっと、握り締めていた両手を開く。その手には、2つの懐中時計が握られていた。

 <いつまでもあなたと共に在り続けられますように・・・>

 <この時計が時を刻み続ける限り、僕は永遠に君を愛することを誓います>

 蓋の裏にそんな英文の刻み込まれたその時計は、1つは去年の誕生日、リョーマが不二から贈られた物。もう1つは、おそろいになるように、と不二が自分で持っていた物。
 不二が『死んで』以来ねじを巻いた覚えがないのに、今だに正確に時を刻み続けるそれ。無意識で巻いていたのだろうか? それとも―――不二がまだ自分と共に『在り』続け、そして自分を『愛し』続けていてくれているからだろうか?
 再び両手を握り締めると、リョーマは自分の時計を胸に当て、そして不二の時計をおなかに当てた。同時に刻まれる秒針の振動が、まるで自分達の鼓動のように体中に響き渡っていく。
 (ねえ周助・・・。帰って来たよ・・・・・・2人で)
 英二の罵倒も聞こえなくなった無音の世界に―――
 静かな声が流れ込んできた。
 静かな―――そして、絶望的な。
 「言い過ぎだ、菊丸」
 「越前の判断も、そして不二の判断も間違いじゃない。現に不二の犠牲のおかげで越前はこうして助かった。極限状態において、誰か1人が死ぬ事でもう1人が助かったならば、誰もその助かった1人を責めることは出来ない。
  越前の言葉からすると不二は納得した上であえて自ら犠牲になることを選んだ。なら菊丸、お前の行為は不二への冒涜になるんじゃないか?」
 「だ・・・って・・・・・・」
 手塚と乾、2人の言葉にようやく怒気を鎮める英二。俯く彼の目から、涙がぼろぼろと零れた。
 拘束していた4人も、彼を解放し、複雑な思いを込めて英二とリョーマを順に見やった。
 リョーマが帰ってきてくれたのは単純に嬉しい。しかもまさに奇蹟と言わんばかりの無事な状態で、だ。心配性の大石の進言により、全員非常食を始めとしたサバイバルキットを持ってはいた。だがあくまで今回の合宿におけるスキーやスノボなどの雪遊びは『息抜き』だ。本格的な訓練をしているわけではないため、せいぜい持たせた食糧は3日分。装備だって本当に遭難したなら全くといっていいほど役には立たないほどの些細なものだった。その状態で1ヶ月遭難していたにも関わらず―――しかもリョーマが発見されたのは山小屋などではなくたまたまあった小さな洞窟でだった、というのに。これを喜ばないわけはない。
 だが・・・それが不二の犠牲の上に成り立っていたのだと知ってしまった今なら? 英二が最初に怒鳴らなければ、発狂していたのは自分達だったかもしれない。
 そんな彼らの視線の先で―――
 「なんなんスか、その言い方・・・・・・」
 「え・・・・・・?」
 俯いたままリョーマがぽつりと呟いた。
 「俺も、周助も、間違ってない・・・? 誰か1人が死ぬ事でもう1人が助かったならば、誰もその助かった1人を責めることは出来ない・・・・・・?
  誰っスか? そんな事言ったヤツ・・・・・・。
  誰っスか・・・? 誰も間違ってないなんて決められるヤツ・・・・・・」
 「越前・・・・・・?」
 リョーマの、笑みもまた、消える。
 持っていた時計を壊しそうな勢いで拳を震わせ、
 どこにもぶつけられない怒りを、放出させた。
 「俺は! 俺は本当に周助と2人で帰ってきたかった!! もしもそれが出来ないなら2人で死んでもいいって思ってた!! 1人にだけはなりたくなかった!! ずっと2人でいたかった!!
  なのに!! なのに周助は自分でいきなり手首切って!! それで出た血、俺に無理やり飲ませて言ったんだ!! 『君は絶対に生きてね』って!!
  それだけじゃない!! 周助、自分の足まで切り落としたんだ!! そんなことしたら2度とテニスできなくなるってわかってんのに、ナイフで少しずつそいでいって俺に食べさせたんだ!!! 俺だけに食べさせて周助は何にも食べないで!! 食べさせるたびにおんなじ言葉言って!! 『もう止めてよ!』って何度も止めたんだ!! けど止めてくれなかった!! 周助の方がずっとつらくて痛いのに、俺が泣いたらその涙舐めて、抱き寄せて『ごめんね』って謝ってくるんだ!! 謝るくらいなら・・・・・・止めて欲しかった・・・・・・・・・・・・」
 一気に疲れが押し寄せる。頭が痛い。目元が熱い。鼻がつんとする。
 再び俯いて、リョーマが言葉を続けた。まるでそれが不二に対する懺悔であるかのように。
 「『僕が死んだらリョーマ君僕の事全部食べてね』って・・・・・・。
  『そしたら僕は君の中で永遠に生き続けるから』って・・・・・・。
  ―――『だから「一緒に」みんなのところに帰ろう』って・・・・・・・・・・。
  全部、周助が最期に言った言葉だった・・・。
  それだけ言ったら目・・・閉じて・・・。それっきり2度と開いてくれなくて・・・・・・。
  体すごく冷たくて・・・。息もしてなくて・・・。呼びかけても応えてくれなくて・・・・・・。
  ああ、周助死んだんだな、って・・・・・・。
  ・・・・・・そうわかったら怖くなった。
  『1人』になるのは嫌だった・・・。
  『1人』じゃ怖くて生きられなかった・・・。
  だから・・・・・・」
 手を口元に持って行く。中に突っ込んで、無理矢理掻き出そうとしても出てくるのは唾液と自分の血だけで。
 げほ! がは!
 「越前!?」
 跪いて、頭をコンクリートに擦りつけて咳込むリョーマを無理矢理起こす桃。全員の前にさらけ出された顔は―――
 血と涙でぐちょぐちょになっていた。
 「もう一度俺の事見て欲しくて周助の目食べた!!
  もう一度俺の事呼んで欲しくて周助の舌食べた!!
  もう一度俺の声聞いて欲しくて周助の耳食べた!!
  もう一度俺の事抱いて欲しくて周助の手食べた!!
  もう一度キスして欲しくて周助の口食べた!!
  肉も全部食べた!!
  骨も砕いて潰して食べた!!
  内臓だって抉り出して食べた!!
  脳もすすりとった!!
  雪に流れた血も雪ごと残さず食べた!!
  全部全部!! 絶対残さない様に!!
  周助と、ひとつになりたかったから全部食べた!!!」
 リョーマの激白に、聞いていた記者の何人かが耐え切れずにその場で吐いた。周りにいたレギュラーらも口を押さえ、顔を背ける。なまじ不二を良く知っている分より想像し易い。
 「全部食べ終わった時、俺は助けられた!! 助けに来たヤツ見てすぐにわかったよ!! ああ、周助が助け呼んだんだって!!
  全部食べ終わったらもうここにいる意味ないから!! 後はみんなのところに帰るだけだから!! だから『助け』が来たんだって!!
  周助の願い通り俺達は1つになった!! でもさあ・・・・・・」
 初めて、意識して涙が流れた。不二が『死んで』以来始めて。
 だが・・・・・・もうそれを舌で掬い取ってくれる存在はどこにもいない。
 誰にも拭われる事のない涙が、ぽたぽたと腿へ、地面へと落ちていく。
 「ねえ! 教えてよ!! 誰が『正しかった』の!? 本当に俺は周助を食べてよかったの!? それとも2人で一緒に死んだ方がよかったの!? ねえ!! 俺は本当はどうしたらよかったの!? 教えてよ!! 誰かぁー!!!」
 誰も、答えを持っていないその質問。
 ぶつけた主は、解放された体を再び地面へとうずくまらせ、ただ唯一全ての答えをもつ者の名を呼び続けた。
 その手には、今もなお時を刻み続ける時計が握られている。
 「誰かーー!! 教えてよーーー!! 周助―――――――――――!!!」







ε     ε     ε     ε     ε








 それから、1週間が経った。それでも、今回の事件は風化せず、毎日毎日様々な場所で話題になっている。特に、人一人を食べて生き残ったというリョーマのあの告白は各方面へ波紋を呼び、彼の行為の是非を問う討論や投書が相次いでいた。
 が、
 当事者『たち』にとって、そんな事はどうでもいいものだった。







ε     ε     ε     ε     ε








 病院で診断された通り、異常個所は全くなく、3日後には退院したリョーマ。落ちた体力の回復を優先しているが、もう部活にも参加していた。
 妙に優しくする教師、敬遠する生徒。不二のファンだと言う少女らには面と向かって「ひとでなし!」とののしられた。だがそれらがリョーマの心に届くわけもなく、彼は今でもただ1つの疑問を解いてくれる人を探し、それが見つかる事を願い、毎日を過ごすだけだった。
 そんな彼に、変化が訪れたのは1週間後。







ε     ε     ε     ε     ε








 キィ―――
 その日図書委員で遅れたリョーマは、部室で一人で着替えをしていた。部活はもう始まり、今は全員練習の最中。
 にも関わらず、彼の後ろでドアがゆっくりと開いた。風の仕業、ではない。ドアはきっちり閉めた。
 振り向く―――より早く、声がかかる。
 「おチビ。生きてて、楽しい?」
 よく知る先輩の声に、漠然と察する。この人は、『答え』を持っている、と・・・。
 「全然」
 振り向き、リョーマが正直に答えた。笑うその顔には、涙が線を伝っていた。
 「だよな。俺も、全然、楽しくない」
 入って来た英二もまた、笑い、そして泣いていた。
 ぱたりと、後ろ手にドアを閉める英二。そのままどこを見るともなしに―――いや、不二のロッカーを見ながら、ゆっくりと中へ足を踏み入れる。
 まるで本人にそうするかのように、愛おしげに不二のロッカーを撫で、
 「お前さ、言ってたよな。誰が『正しかった』のか、って。自分は本当はどうしたらよかったのか、って」
 こくりと頷くリョーマに、向き直る。
 「俺が『答え』、教えてやるよ。
  ・・・じゃねーな。
  ―――俺が答え知ってるヤツのところへ連れてってやるよ」
 呟く英二の手には、ナイフが握られていた。逆手に持ち、大きく振り上げている。
 神の啓示を受けたかのように、恍惚とした表情でそれを見上げるリョーマの、白い喉元へ照準を合わせ、
 「1ヶ月間ずっと見てたお前ならわかるよな。これがなんなのか
 ナイフからは目をそらさず、首だけで頷くリョーマ。わからないワケがない。不二の体を切り裂きつづけたそのナイフを。それでありながら全く汚れのないそれ。不二の『汚れ』は全てリョーマの体の中に入っている。
 「不二を、1人にすんな」
 笑顔のまま、英二が刃を振り下ろす。
 それが、喉に到達する寸前に、
 「ねえ、英二先輩」
 「?」
 ふと、口を開いたリョーマに、英二の動きが止まった。
 皮を薄く切り裂くナイフは気にせず、リョーマがさらに続ける。
 「英二先輩、周助のこと、好きだったんじゃないっスか?」
 さらりと言われたその言葉に―――
 英二の目が少し見開かれた。
 「よく・・・わかったな。乾にも、大石にだって訊かれた事なかったのにな」
 「何となく、ね。前俺の事怒った時、『食べたから』怒ったんじゃなくって、『周助一人にしたから』怒ったんでしょ? 一人になるの、嫌いだもんね、周助・・・・・・」
 「な〜んだ。もー最初っからバレバレって感じ?」
 おどけて、英二がリョーマからナイフをどけた。刃を指でなぞり、リョーマがあの洞窟でそうしたように英二もまた、刃を口元に持っていった。
 切れるのも構わず、キスして、舐めて、咥えて、しゃぶる。
 唾液と血液でナイフをベタベタにして、ロッカーに寄りかかった英二が上を見上げた。
 「中学に入ってすぐに、好きになったよ。今でもずっと、愛してる」
 「周助に、言わなかったんスか?」
 「俺は、不二の笑顔が好きだから。アイツが笑ってくれればそれだけでよかったから。だから言わなかった。言わないで、寂しい時とか一緒にいてやったりしてた」
 「周助が、俺と付き合い始めてからも?」
 その質問に、英二が苦笑いする。
 「そりゃ素直には受け入れにくかったけどな。けどさ、
  ―――おチビと一緒にいる時、不二スッゲー嬉しそうだったから。だったらいいかなって。それにホラ。俺だって『親友』って座、手に入れてたし」
 「今でも・・・・・・そう、思ってるんスか・・・・・・?」
 ぽつりと呟くリョーマ。今回の遭難劇、発端はリョーマが恋人の不二に対抗心を燃やした事に始まる、といえた。さらに不二とリョーマがが単なる先輩後輩同士なら、不二は電話で手塚らに応援を求めたかもしれない。
 英二もまた、それをわかっていた。
 だから、暫く悩み―――結論を出した。
 「ああ。思ってる」
 と。
 驚き見上げるリョーマが見たものは、清々しい英二の笑顔だった。今まで、ずっと観てきたのと同じ。英二が不二を見つめる時と同じ笑顔。
 「俺はお前の言う『答え』なんて知らない。けどさ、大事なのって『正しいかどうか』じゃなくって、『自分がどうしたいか』、それに『相手にどうして欲しいか』じゃねーのか? それだったら俺にもわかる。不二はお前に食べて欲しかった。でもってお前はそれを叶えた。
  確かにお前と不二が恋人じゃなかったらこんな事起こらなかったかもしんない。けどもし不二の恋人がお前じゃなかったらアイツの願いは叶えられなかったと思う。お前じゃなきゃ、多分・・・・・・」
 多分、他の誰にもリョーマと同じ選択は取れなかっただろう。自分も、含めて。
 再び、ナイフを構えなおす。
 「そんなお前ならわかるよな」
 「当り前デショ?」

 ―――『不二を、1人にすんな。/一人になるの、嫌いだもんね、周助・・・・・・』

 「けど、俺殺すんスか?」
 「ホントは殺したくねーけどな。お前がいると邪魔だし」
 「じゃあ殺さなきゃいいのに」
 「っていうワケにもいかねーだろ? 俺だけ行ったって不二ため息つくだけっしょ」
 「上手いっスね。先輩」
 「嬉しくねえ」
 くっくっく、と。
 これから行なわれる事に対し、あまりにも似つかわしくない笑い声が部室に響いた。
 笑いを収め、不敵に笑う、2人。
 「周助は渡さないよ」
 「『親友』舐めんなよ」
 そして―――










































ねえ、見てるんでしょ?

だったらわかるよね、俺達の『願い』。

俺を、

俺達を、

食べてください。

肉の一片、骨の一かけ残さず。

全て、食べてください。

そしたら俺達は、

お前の

アンタの

元に・・・・・・











































 「あれ・・・・・・?」
 部室に行ったきりなかなか戻って来ない英二を心配し、部室に来た大石。
 誰の姿もないその部室を一通り見やり、頭を掻く。
 「入れ違ったのかな・・・・・・?」
 それきり、ぱたり、と閉められたドア。その中では、使用前同様綺麗な刃をもつナイフが隅に転がっていた。







ε     ε     ε     ε     ε








 『話題の少年が先輩共々今度は神隠し』
 そんな話題が世間を賑わす中・・・・・・。







ε     ε     ε     ε     ε








 「これで、よし、と」
 ラストに英二のラケットを入れた大石が、そう呟いて手塚へと頷いた。
 手塚も頷き返し、
 そして全員で『棺おけ』の蓋を閉じた。
 ここは青学の裏手にある丘。不二の死、そしてリョーマと英二の失踪と騒ぎの続く中、青学の元レギュラーらは警察やマスコミを完全に無視して1つの結論を出していた。
 これが、その答え。
 3人の家族に掛け合い、遺体のないまま、英二とリョーマに至っては生死の確認すら取れていない状態で『墓』を作り上げた。3人共同の墓。遺体の代わりに、3人のラケットといつも来ていたレギュラージャージを入れ、土を被せた。
 元レギュラーらの後ろには、3人の家族もいる。
 全員で短い黙とうを捧げ、
 それぞれに、短いはなむけの言葉をかけた。
 「よかったな。不二、越前、菊丸」
 「向こうでも幸せに・・・って言っていいのかな・・・・・・?」
 「えっちぜ〜ん! 向こうでも先輩たちにメーワクかけんじゃねーぞ!」
 「てめーじゃあるまいし・・・」
 「んだとコラ〜〜〜!!!」
 「まあまあ2人とも。これでも一応お葬式なんだから、ね」
 「いいんじゃないのか? 3人ともそういった形式に拘るのは嫌いだろうからね」
 「は〜あ、しっかしあのバカ息子もンなに見送りがつくようになったか・・・」
 「これだけいれば周助も寂しくないでしょうね」
 「英二もね。あのコ明るいのが好きだから」
 などなど。
 丘の上に植えられた1本の木。少年3人の想いを湛えたその木は、丘を流れるそよ風に煽られるまままだ小さな葉を揺らしていた。
 「もうすぐ春、か・・・・・・」
 風に髪を揺らした誰かの言葉に合わせ、全員が空を見上げる。この空のどこかで、3人が幸せに暮らしているのだろう。そんな事を考えつつ・・・・・・。





―――Fin









ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε

 というワケで、ハッピーエンドで終わらせました。まあ私の書く話は大抵暗めでもハッピーエンドで終わるのが定番なのですが。
 序盤からかなりエグイことやってしまいまして、苦手な方ごめんなさい。なお発見時にリョーマが口モゴモゴやってたのは―――ラストまでくれば何やってたかはわかるでしょう。もちろんレスキュー隊に礼を言おうとしていたのではありません。まだ予定ですが、この前段階に当たる話をやっぱ書こうかと思ってます。遭難してから助けが来るまでの話ですね。
 ああ、そうそう時計の話。あれは表の不二リョ話『
clock』から続いてます。けどあれは単純に不二リョほのぼのです。英二は特に絡みなし、という事で。なんとなくいいネタがあったので続けてみただけですから(爆)。
 しかし菊→不二←リョ。なぜかこの三角関係だと『水面下にて』『血よりも深く・・・』もそうであるようにシリアスになりぎみなようです。メイツ→リョーマなら思いっきりギャグなのに・・・。なんでだろ・・・・・・。
 ではラストに、やっぱ私はシリアス
onlyダメでした。なので全てを崩すギャグにて〆ます。イメージ崩したくない方はこの下には行かない事をオススメします。

2003.4.265.4















































おまけ―――『向こう』にて。




 「重い!!」
 「あっはっは。ちょっとみんな配慮が足りなかったね」
 「ってゆーかわかってんだったらはやくどいてよ!! 2人とも!!」
 「俺もかよ!? 言っとくけど俺のせいじゃねーからな!? 大石がラストに入れたのが悪いんだからな!?」
 ―――などなど。こちらも騒がしい3人。『棺おけ』に物を入れられた順序が下からリョーマ・不二・英二だったおかげで、現在リョーマは2人に押しつぶされた格好でどこかに寝そべっていたりする。地面、ではない。確かに下ではあるが、それは彼らのよく知る土やコンクリートなどといったものとはかけ離れている。と、いうか感触ではわかっているものの、どこが『下』だか3人にもわからない。
 が、まあそれはどうでもいい事として、
 「けど・・・」
 「どくってどうやって?」
 「ゔ・・・・・・」
 2人の質問に、結局リョーマが詰まって意見の取下げを行なうハメになった。『棺おけ』の上に植えられた木。乾あたりがよっぽど変なものを植えたのか、それともこの世界(?)の影響か、なぜかやたらと速く伸びたそれの根に絡めとられ、3人は一塊のまま動けない状態になっていたりする。
 「あ・・・・・・」
 「なになに? 不二いーこと思いついたん?」
 どうやったか木の根からあっさり両手を抜いた不二がぽんと手を叩く。
 上から尋ねて来た英二ににっこりと微笑み返し、
 「せっかくなんかいい感じに縛られてるんだし・・・・・・」
 心底嬉しそうな彼を見て、2人の頬を冷たい汗が流れた。
 その嫌な予感に違わず・・・・・・
 「さ〜ここは触手プレイといってみようかvv」
 『触手プレイぃぃぃ!!!???』
 叫ぶ2人に木の根が群がる。叫び声に反応したのか、それとも―――
 「って不二! お前なんで1人だけ逃げ出してんだよ!?」
 「え? やだなあ。僕まで絡まれてたら出来ないからでしょ?」
 「てことは何!? この木の根、周助が操ってるわけ!?」
 「う〜ん。どうだろう? なんとな〜く僕の意思通りに動いてくれてるような気がするんだけど」
 「人間業じゃねえ!!」
 「まあもう死んでるしv」
 「そーゆー問題じゃない!!」
 「大丈夫v 優しくするからvv」
 『うぎゃあああああぁぁぁぁぁ
あああああ・・・・・・・・・・・・!!!!!!』
 地上で一同が思っている通り、その後もここで3人は『幸せに』暮らしたらしい。





―――えんど。









ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε     ε

 ふう。すっきりした。やっぱギャグがないとダメだわ・・・・・・。まあついでに一応裏なので(大笑い)そっちの方面にも突っ込んでみました。しかし・・・菊→不二→リョーマのはずが何故不二様総攻状態? なんだか珍しいなあ・・・・・・。
 では、今度こそ終わりにします。

2003.5.4