Destroy  Dreamer  
  Diseased Dream









 「は〜。大変だね、『幼馴染』っていうのは」
 「ん・・・。そんな事ないと思うよ・・・・・・」
 「『普通なら』?」
 「まあ、ね・・・・・・」
 キスの合間に頷く不二。顔にも雰囲気にも浮かべられた曖昧な笑みを見るような、そんな無粋な真似はせず―――
 「んあ・・・・・・」
 千石は不二の舌に己の舌を絡ませた。
 「まあ、おかげで俺はいい思いしてるけどね」
 「何それ? いい思いしてる?」
 「ん? 『不二くん』っていうおこぼれがもらえる」
 「おこぼれ、ねえ・・・・・・」
 腰を抱き、くつろげた襟元へとまるで犬のように潜り込もうとする千石。その後ろ髪を引っ張り、無理矢理上げた顔に近付き不二はくすりと笑った。
 「じゃあしっかり拾ってね」
 「もちろん」





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 「ん・・・あ・・・・・・」
 夢の中、自分は佐伯と話していて。
 「はあ・・・、ん・・・・・・」
 会話の内容は何だったか、でも凄く自分が楽しんでる事はわかる。実際はどうあれ、佐伯も笑っている。
 「あ・・・・・・!」
 そこに、跡部が来て。
 「ふ・・・、ん・・・!!」
 やっぱり少し話して、そしていなくなってしまった。佐伯と共に。
 (夢の中くらいいい思いさせてくれたっていいじゃないか・・・!!)
 「あ―――!!」



 心の叫びと共に、躰を跳ねさせ不二の意識は真っ白に染まった。





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 「お目覚めいかが?」
 「サイアク」
 千石の部屋にて、お盆を手に入って来た彼へ、不二は枕に顔を埋めたまま小さく答えた。
 本当に言葉そのままの声。多分青学メンバーでも不二のこんな声は聞いた事がないだろう。
 サイドテーブルへお盆を置きつつくっくっと笑う千石。
 頭の中に千通りの台詞を思い浮かべ―――
 ―――とりあえず極ありきたりにして不二の機嫌は損ねない類の揶揄を飛ばす事にした。
 「気持ち良くしたと思ったけど?」
 「何気に自慢したいの? それだけテクニックあるよ、って」
 「わあ。不二くんってばロッコツ〜v
  ま、君仕様に出来上がったテクには自信あるけど?」
 「はいはい。もういいよ」
 気だるげにぱたぱたと手を振る不二。それを許可と受け取り、千石はベッドへ腰をかけた。
 ぼすん、と揺れるベッド。それにまかせて2人の体が軽く跳ねた。
 ちらりと不二の視線が走る。だがとりあえず直接反論はない。
 肩を竦め、そこ越しに振り向くと千石はにっこりと笑った。
 「―――落ち着いた?」
 佐伯が跡部に尋ねたのと同じ台詞。奇遇にもそれは、佐伯と千石、2人の口から同時になされていた。
 同じ意味で吐かれた同じ台詞。『落ち着いて』いなかった理由も同じ。ただその対象者が違うだけで。
 不二と自分を見て落ち着きを失くした跡部。佐伯と跡部を見て落ち着きを失くした不二。対象者が違っても、やっぱりやってる事は同じ。
 「落ち着いた、かな? まあ、じゃなかったら何なんだっていう質問には答えられないけどね」
 「それだけ返せれば充分っしょ」
 枕に頭をつけだらだらとしていた不二の頭を撫で、ベッド脇に設置されたワインセラー(商店街の福引にて
Get)から適当な飲物―――つまるところワインを取り出し、グラスに注ぐ。
 「ありがと」
 うつ伏せのまま受け取り、不二はワイングラスではなく通常のガラスコップに入れられていたワイン、
200mlほどを一気飲みした。いきなりのハイペースだが、不二に関してはこれが普通だ。というか彼相手に小さめのワイングラスなど持たせようものならお猪口で水を飲む並のせわしなさで何度も注ぐハメになる。
 「で? 今回はまた何やってたの?」
 「跡部へのささいな嫌がらせ」
 「そんな事したらサエくんますます跡部くんのトコ行っちゃうよ?」
 「・・・だからやるんだよ」
 「間、開いたよ? 今」
 「・・・・・・。
  キミ誰かに『嫌味ったらしい』って言われた事ない?」
 「誰にでも」
 しれっと答える千石に、不二がため息をついて2杯目を煽った。いつの間にか空だったはずの中が紅い液体に満たされていた。話の間に入れたのだろう。こちらの行為を先読みしたかのような手際のよさ。この辺りも『嫌みったらしい』の評価をさらに上げるのだろう。
 千石と不二は『恋人同士』だ。自分達以外の周り―――跡部と佐伯の認める。
 不二が飲んだのを確認し、千石がようやく1杯目にありつけた頃―――
 もう飲み終わっていた不二が目の前に置いたコップを人差し指で弄んでいた。
 とろんとした目で怪しい呪詛を紡ぎ出す。
 「そ〜ら苦しめ。もっと苦しめ。うりうり」
 「不二くん・・・。その言動、なんっか観月くん入ってるよ?」
 「ホント?」
 「『んふふふふ・・・』とか言っちゃったりしたらもー完璧」
 「うわぁ。サイアク」
 千石の半眼の突っ込みに、身を起こすと今度は一転ケタケタと笑い出した。酔っている―――フリ。素面なのにこうして人格を壊しハイテンションになるのはいつもの事。むしろ千石がワインを出すのはその手伝いをするためだ。
 (あ〜あ。跡部くんとサエくんの前だったら不二くんももーちょっと可愛らしく『落ち込ん』だりするんだろうなあ・・・・・・)
 いろんな意味で泣けてくる。つまり不二にとって自分と跡部・佐伯の間には明確な一線が存在するわけで。でもその『落ち込み』が実際に落ち込んでるのかは不明である以上どちらのサイドの方がマシかはわからない。もしかしたら素面であり、そして素であるこちらの方が本当に落ち込んでいるのかもしれない。
 (結局何が泣けるって、本当に落ち込んでないと不二くんが俺のトコには来ないってことでしょ)
 そして笑えるのはこれこれそういう理由で自分は不二が落ち込む手助けをもまたしていること。
 今日行なわれた5校合同練習試合。合同とはいってもどうしても各校で固まってしまうものだ。他校の生徒と特に親しかったり(あるいはその逆だったり。ちなみにこちらの代表例はもちろん観月)しない限り。
 4人が幼馴染だとは山吹の誰にも言っていない。いや、山吹に限らず誰にも。知っているのはせいぜい小学校(厳密には幼稚舎)が同じだった氷帝メンバーか、不二の弟にしてやはり小学校が同じだった裕太程度だろう。さらに不二と千石の関係については完全に4人しか知らない。
 ―――何も自らアクションを起こさなければ千石が山吹から離れる必要性はなかった。離れなければ、不二もわざわざ山吹陣に乱入してまで跡部へ見せ付けをしようとは思わなかっただろう。
 なのに自分はチームメイトから離れた。不二が接触しやすいように。跡部の目にもつきやすいように。
 狙った通りに転がる事態。自分は千石と仲がいいのだ恋人なんだと不二は跡部に見せ付け、跡部は見かけ上平然とそれを受け入れ、
 ―――そして佐伯を呼び寄せた。
 現れた佐伯に不二はそれはとても嬉しそうな笑顔を振り撒き、
 佐伯が去った途端据わった目で千石に『慰め』を要求してきた。
 見ようによらなければ可愛そうなのは跡部か。好きな相手には冷たくされ、挙句ダシ扱いされ。
 だが見方を変えれば・・・・・・・・・・・・結局可哀想なのは跡部だった。唯一望みが満たされない。
 (相変わらず運悪いね。跡部くん)
 幼い頃からそうだ。実力は充分、誰よりもあるのに肝心なところで全てを左右する運がない。だからずっと貧乏クジを引き続ける。
 (まあ、そのおかげでラッキーになっちゃってる俺の言う台詞じゃないか)
 だからこそ自分の言葉に苦笑は含まれていても哀れみは篭っていない。恐らく不二にも。さらには佐伯にも。
 跡部一人の不幸で自分達3人の『幸せ』を買っているのだ。哀れみなど皮肉以下の代物だ―――さすがにそこまで割り切っているのは自分ひとりであろうが。
 「ねえ不二くん。
  ―――跡部くん、嫌い?」
 「好きだよ」
 即答。
 「確かに好きだよ。そりゃ態度は悪いしナルシーだとは思うけどね」
 「うわあ。はっきり言うね」
 「誰もが認める事実でしょ? でもそんな所も嫌いじゃない。それに優しくしてくれる。一緒にいて凄く安らぐ」
 「なら、さ―――」
 「でも違うんだ。僕が跡部を好きなのはあくまで幼馴染として、友人として。そういう意味じゃないんだ。
  そういう意味で好きなのは、
  愛してるのは―――
  ――――――――――――サエ1人だよ」
 「なのにサエくんと跡部くんラブラブの応援?」
 「仕方ないじゃない。サエは跡部が好きなんだから。跡部だって悪くは思ってない」
 「悪くは、ねえ。つまり不二くんが跡部くんに想ってる気持ちとおんなじって事?」
 ワインを注ぎながら尋ねた千石に、不二がきょとんとした。
 きょとんとして―――そして笑う。
 「そうなのかもね」
 (1L・・・・・・)
 入れた途端無くなる中身。通算5杯目。ぼんやりと考え事をしていた自分はまだ3杯目。
 (今日俺遅いなあ・・・・・・)
 完全にどうでもいい事を考える。どうでもいいようで―――その実最重要な事。本当に大事だという意味ではなく、ただこれよりも大事だと思える事を今考えていないだけ。
 そして中学生のアルコール摂取以上に意味の無い会話が続く。
 「だとしたらなおさらいいね。より恋愛感情に変わりやすい」
 「それはつまり何かな? 不二くんもきっかけ―――とか何とか、とりあえずそんな感じのものがあれば跡部くんを好きになるかもしれない、と?
  うわあ。大変だ。さっそく跡部くんに知らせておかなきゃ。ますます頑張っちゃうよ」
 「ふふ。せいぜい頑張ってもらおうかな。そうすればそうするほどサエに傾くでしょ?」
 「不二くん・・・。
  君誰かに『性格悪い』って言われたことない?」
 「面と向かって言ってきたのはキミが初めてだよ」
 「それは光栄だね」
 つくづく意味の無い会話だ。『好きになるかも』どころか間違いなく既に『好き』なのだから。
 (言葉ってムズカシイねえ・・・・・・)
 佐伯は跡部を、跡部は不二を、そして不二は佐伯が好きである。これは誰でも―――少なくともここにいる2人は知っている事。この『好き』はもちろん恋愛感情であり言い換えれば『愛している』。
 ―――のだが。
 (片恋トライアングルってやつ? でもトライアングルっていうのは両側にちゃんと響き合わないと上手く鳴らないんだよ)
 実際のトライアングルの仕組みがどうだったかはともかく、この3人に関してはきちんとそれを満たしている。お互いに響きあい、綺麗に鳴り合っている。本人たちがそうだと知らないだけで。
 この逆―――跡部は佐伯を、不二は跡部を、そして佐伯は不二を・・・・・・



 ――――――――――――愛している。



 たとえ本人たちがどんなに否定しようが、周りから見ていれば一目瞭然だ。『好きな相手』と、『ライバルであるはずの相手(いや跡部は知らないだろうが)』。なのにその接し方には全く差が無い。もちろん本人たちは意識して、それでも対象者含め周りにはわからないように変えている。注目ポイントは本人たちの意識していない部分。
 僅かな目線の動き・表情の変化・身振り手振り・声のトーン。そういった部分だ。他の者とは違っていて、なのに『幼馴染』3人の間ではいつも一定であるもの。
 ならばなぜ3人とも1人しか愛そうとしないのか。答えは簡単。想われる側にして『愛していない』側がそう望んでいるから。正確にはそう望んでいると思っているから。
 『幼馴染』は3人で一つの個体だ。だからこそ『両想い』になるわけにはいかない。なってしまえば残る1人が外れてしまう。
 (『エゴ』っていうんだよ、それは。『自己犠牲』じゃあない。決して、ね・・・・・・)
 『相手を愛する事』をイコール『相手を拘束すること』としよう。『愛した』相手のそばにはずっといたいものだ。必然的にそれは相手への束縛へと繋がる。
 となると逆説的に『愛された側』はその相手によって拘束されることになる。
 さて、3人が何よりも望む事は『幼馴染』という関係の永続だ。愛する愛さないなどというのはそれの前には本当にささいな―――あるいは無と等しいものと化す。つまりは3人にとって『恋愛感情』などというのは幼馴染関係存続のために邪魔なものであり・・・・・・同時に存続のための魅力的な道具である。
 ―――幸か不幸か、それを『道具』として使用する術を学べるだけの頭脳を持ってしまっている3人は、ためらいなくそうすることを選んだ。
 相手を『愛せ』ば繋ぎとめられるのだ。そして相手に『愛され』れば繋ぎとめられるのだ。
 前者は可能性。後者は受動態。受動とは対になる能動があって初めて成立するものにして―――受動サイドは務めて何かする必要はないもの。
 だから、自分を『愛する』者を愛さないのだ。
 既に拘束されているのをさらに拘束してどうする? ならば拘束されていない『3人目』を拘束するのが先決だろう?
 賢い3人は同じ答えに辿り着いた。そして生まれた片恋トライアングル。恐らくこの3人でしか成り立たないであろうこの関係。
 佐伯が跡部を慰める傍ら決して不二を否定しないのも。
 跡部が不二を想いつつも佐伯の差し出す手を跳ね除けないのも。
 不二が佐伯を愛していると言っていながら跡部の幸せを願うのもまた。
 全て全て、3人で一緒にいるために造られた狡猾なシステム。
 それはとても強固で、とても不二一人に壊せるものではない
 (本当はわかってるのかな? それともこれもシステムをもっと強くするスパイス?)
 この三角関係、実は現在成立していない。気持ちの上ではともかく、見た目上は不二からの矢印は佐伯ではなく自分―――千石へと向かっている。そうする事によって、佐伯・跡部・不二間の終わりのないループを佐伯と跡部、千石と不二、2つに断とうとしているのだ。
 確かにこれはこれでいいのかもしれない。先程の話に戻るがこうすればそれこそ見た目上、跡部以外の3人は『幸せ』となるのだ。佐伯は跡部と両想いになれ、千石は不二を手に入れる事が出来、そして不二は己の願いが叶う。一見まるで犠牲になっているのは不二のようだがこれの犠牲者は跡部だ。不二への想いを切断されることになる。
 ―――そして逆に言えば跡部さえ崩してしまえば不二の思惑どおり事が進むのだ。だからこそ不二は跡部に『冷たく』する。そうすれば跡部は佐伯をより頼るから。
 だが・・・・・・・・・・・・
 現実はそこまで機械的には動かない。いくら天才とはいえ物事全てを自分の思い通り動かす事は不可能だった。
 (本当は・・・・・・動いてるんだよね。ただ不二くんがそれを壊してるだけで)
 「あ〜あ。ほんっとサエってば酷いよねえ。『他のヤツにも会って来るから』だってさ。サエがわざわざ単独で会うのなんて誰さ? 裕太除いたらあとは跡部くらいしかいないじゃないか」
 あはは、と笑いが響く。佐伯のその台詞はもちろん千石も聞いていた。そして今笑う目の前の相手と同じ結論に辿り着いていた。まあ後いるとすれば忍足くらいか。とりあえず小学校のテニスクラブで跡部に気安く声をかけていたのは自分達3人を除けば彼程度だ。自然と忍足とも仲良くなろう。
 (・・・なんて、まあそれこそ考えてもムダだね)
 最初から除外されていた選択肢に対しその可能性を論じても無駄な事。佐伯は間違いなく跡部の元へと行った。
 ―――不二視点で見れば、佐伯は不二ではなく跡部を選んだ。それこそ不二の思惑通りに。
 笑う不二の目元が赤い。酔ったせいではない。必死に泣きたいのを堪えているのだろう。引きつった口元から放出される笑いが途切れ途切れになり、時折痙攣するようにしゃくりあげるのが―――むしろ逆か?―――それを証明している。
 元が白いから余計に目立つ。それを隠すように不二はさらにグラスを煽った。
 (2L・・・・・・)
 ぼ〜っと考え以下の事に耽り込みつつもカウントはしていたらしい。
11杯目を注ごうとして、
 (あれ?)
 千石はビンを軽く振ってみた。空っぽだ。これで4本目。1本
750mlだからとりあえず自分も1Lは飲んでいたという事か。
 (ああ、どうりで腹膨れてるわけだ)
 運動直後でしかも深夜。つまみもないのになんで腹が鳴らないのかと思ったら、ただの水ぶくれだったらしい。一応アルコールだから少しはエネルギー補給になってるだろうが。
 ワイン―――で続けるとさすがにいくらなんでもそろそろ不二が別の意味で限界になりそうなので、ウイスキーのオン・ザ・ロックに変えて入れる。ちなみにワインセラーの隣にはこれまたくじ引きで当てたミニ冷蔵庫があったり。
 開いた両腕で笑顔を覆いつつ今度は後ろに倒れる不二。脚は曲げたままストレッチ風に。ついでに腰を浮かせて誘ってるみたいに。
 背中からかけていたシーツ。後ろに倒れれば当然それを下に敷くことになり。
 ―――一糸纏わぬその肌が露になる。
 両側の鎖骨についた、2つの所有印と共に。
 「はい不二くん。今度はウイスキー」
 「ああ、ありがとう」
 上に手を伸ばす不二に、千石は小さ目のグラスをそのまま渡した。この状態で彼はどうやって下に置き、さらには飲むのだろうなどという素朴な疑問を抱きつつ。
 本人もそう思ったらしい(かもしれない)。結局逆手に持って頭の上に置き、飲むのは保留にした。
 酒に遮られない間に、不二の肌に手を滑らせる。胸に、首に、そして、鎖骨に。
 「不二くんうっわき〜?」
 笑って、千石がその跡を軽く突付いた。珍しい。わざわざ跡を残したとは。
 たとえ何をしようと不二の躰には決してその痕跡を残さない。知らぬ間に出来上がった暗黙の了解。だからこそ3人の男に抱かれつつも不二の躰は随分と綺麗なものだった。
 違うヤツにやらせた―――わけではないだろう。それこそ先程佐伯が跡部以外のところに行ったのではないかと考えたのと同程度に無意味な議題だ。1つは不二が躰を許すヤツなど他にいないからであり、2つは―――
 完全な嫌がらせだから。
 確認するまでもない。他の場所には一切ついていなかった。他にも不二の快感ポイントはいくらでもあるのに、わざわざ目立つ―――そして実は彼にとって一番の快感ポイントである鎖骨にだけ。
 (不二くん、よっぽど『知ってる』ヤツじゃなきゃ無理だろうね・・・・・・)
 自分の心の呟き、わざと入れなかった助詞だか助動詞だかは・・・・・・不二“を”ではなく不二“が”。
 鎖骨にされるのが好きな理由。している相手がよく見えるからだ。不二が一番好きなのは視姦。それも視られる事ではなく視る事。その上対象者は佐伯と跡部限定。なにせ内情[キモチ]はどうあれ見た目的には2人に『愛されている』何よりもの実感になるのだから。
 自分に抱かれている間、一切目を開かぬ彼がその瞼の裏で『視』続けるものなど他にはあるまい。結局のところまたしても自分がしているのは手伝いだ―――自慰の。
 なのに『している相手』―――佐伯もそして跡部もその事実を知らない。ポイントであることは知っていても、その理由は絶対に。
 ―――そこに顔を埋める間、僅かに呻く不二の視線がどこを向いているのか、その顔に何を浮かべているのか。もし見た事があるのならばその瞬間に悟るだろう。不二の気持ちがどこにあるのかを。
 (う〜ん。『所有』印か〜・・・・・・)
 頬を掻いて、千石は苦笑した。
 普通のヤツなら自分のものではないそれを見せられれば怒るだろう。そう思って彼らもつけたのだろうというのに。
 普通の―――『恋人』なら・・・・・・。
 それでありながら、千石はその期待を裏切り苦笑を深めるだけだった。
 果たして所有されているのはどちらか。これを最初にやったのは
1010間違いなく跡部だろう。彼はそういう目に見えるものを慮る。
 だが跡部をして、そしてそれに便乗した佐伯までをもそういう行為に走らせる事、それは即ち2人こそが不二の所有物たる事を示しているのではないだろうか。
 顔を近づけ、跡を舌でなぞる。普通の『恋人』ならやるだろう―――『書き換え』を。
 ぺし。
 「もちろんやりませ〜んvv」
 「結構」
 頭を軽くはたかれ、千石はおどけてそう答えた。満足したか不二がにっこりと笑う。これでもしも本当に消そうとしていたのならば問答無用で殴られ蹴られ張り倒されていただろう。
 不二にとって、これはそれだけ大切なもの。
 離れる事を望んだのに、それでも離れられない矛盾した彼の行為の象徴。
 ふと思う。彼は自分と『恋人』になってから彼の2人に何度抱かれたのだろう? もしかしたら―――もしかしなくともいや絶対間違いなく自分より多いだろう。なにせ丁度いい『落ち込み口実』が出来たのだから。
 「じゃあ代わりにここに付けちゃえ〜v」
 「つ・・・っ!!」
 鎖骨のど真ん中に付いた第3の跡。三角形[トライアングル]となったそれを見下ろし、
 千石が薄く笑った。
 「い・や・が・ら・せ〜♪」
 「『所有の証』じゃなくて?」
 不意に訊いてくる不二。その言葉に、表からはわからないよう心臓がびくりと跳ねた。
 (スルドイ・・・・・・)
 厳密には不二の揶揄は違う。千石は不二を所有したいのではない。3人を所有したいのだ。
 3人の強固な関係に食い込みたい。三角形を四角形に―――いや、三角錐にしたい。他の3点全てに触れられる三角錐に。
 それが千石の本当の願い。
 そしてそれの最大の障害はこの『スルドイ』彼。皮肉にも彼の肌に刻み込まれた3つの跡は現在の関係を明確かつ正確に示していた。
 跡部と佐伯とは繋がっているのだ。向こうからの想いは『愛情』ではなく『憎悪』だろうがそれでもとりあえずは。愛情に価値のないこの『幼馴染』関係。重要なのは如何なる理由であろうと繋がっているか否か。
 だが不二とは何の繋がりも無い。互いに利益を貪り合っているだけ。愛情とかそういうもの以前に感情が挟まれない。そう―――
 ―――この三角形の『所有印』に不二のものがないように。
 「じゃないね。だってまだ不二くん所有してないも〜ん」
 笑顔を崩さず吐き出す言葉。冗談の中に本気は
100%。
 「ふーん」
 それきり興味を失くし、不二がごろりとうつ伏せになった。隠される跡3つ。伝わらぬ感情1つ。
 ようやくウイスキーに手を付ける不二。露になる綺麗な背中を抱き締め、前を向いたままの耳を舐め。
 (ま、まずは躰から
Get、ってね)







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 窓越しの硬質な月明かりに照らされる中、その晩千石は一人静かに身を起こした。肌に直接触れていたシーツが垂れ下がる。さらりとした清い感触が、今日は各々の寝床で寝ているであろう彼らによく似ている。
 (表面[みため]は、ね・・・・・・)
 無言のまま、サイドテーブルに置いてあったケースを持ち上げる。とんとんと底を叩き、飛び出た中身を軽く咥えてやはりサイドテーブルに置いてあったライターで火をつける。淀みのない慣れた手つきはそれが彼の『日常』である事を示した。
 窓枠に肘を付き、紫煙を吐く。その耳に届くは自分の笑い声。
 低く笑い、千石は楽しそうに呟いた。
 「いいけどね。俺はみんな大好きだから」
 だから、付き合おうじゃないか。



 ―――みんなが壊れる、その日まで。









狂い乱れる交響曲 [コンチェルト]。全員で乱してしまえば誰も正しいオトなどわかりはしない。


―――Fin









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 は〜。終わりました。そしてよ〜やっと出ました不二の『恋人(エセ)』。結局千石さんで落ち着いてみたり。おかげでなぜかこの章で触れるハズだった不二視点がことごとくなくなってます。む〜・・・。こうなったら番外編でも書くか・・・・・・。不二が2人の元を離れようとするあたり中心に。
 『D4』。今回はなぜか2文。さすがに1文でD4つ入れるのは無理でしたね。
 意味不明の話を締めるは意味不明のあとがきにて。それでは。

2003.10.1318