Deep Dark Dreams








 窓越しの硬質な月明かりに照らされる中、その晩も跡部は静かに身を起こした。肌に直接触れていたシーツが垂れ下がる。さらりとしたその淡白な感触は月明かりと―――そして今も隣で眠る男そのものに似ていて。
 無言のまま、サイドテーブルに置いてあったケースを持ち上げる。とんとんと底を叩き、飛び出た中身を軽く咥えてやはりサイドテーブルに置いてあったライターで火をつける。淀みのない慣れた手つきはそれが彼の『日常』である事を示した。
 立てた片膝に手を置き、虚空を見上げ紫煙を吐く。その耳へ、からかいと取れなくもない一言が飛び込んできた。
 「―――灰、布団に落ちたら火事になるぞ」
 「ンなヘマしねーよ」
 気だるげに呟き、跡部が視線を下ろした。目から入る情報が、ただの虚空からもう少し意味のあるものへと変化する。
 うつ伏せのまま肘だけで体を起こしてきた人物。隣の隣にいた佐伯が髪を掻き上げつつ、その影で薄く笑った。
 「俺にも1本くれ」
 「てめぇの方が寝タバコになんじゃねーか」
 「下に敷いてたか上に被ってたかの違いだけだろ? なる時はどっちでもなる。なにせシーツはどっちでもよく燃える」
 「屁理屈ヤローが・・・・・・」
 「おしゃべりは俺の性分だからね。むしろお前がしゃべらなさ過ぎるだけだろ?」
 「お前がしゃべりすぎなんだよ」
 「大物はしゃべらずとも周りが語ってくれる? はは。生憎と俺らは小者同士だからね」
 「てめぇらがそーやって俺の3倍以上はしゃべりまくるおかげで俺が話せねーんだよ」
 「へえ。それは意外だな。天下の跡部様は実はしゃべり魔だった、か」
 「言ってねーよンな事。つーかむしろお前ら俺の話聞け」
 「俺はまだ聞いてるつもりだけどね。多分『コイツ』も聞いてるとは思うよ。無視してるだけで。
  ついでにそれなら俺も言いたい。さっきっからお前の要望に応えてわざわざ体起こしてやってるんだからお前こそ無視しないでタバコ1本くれよ」
 「無視したら意味ねーだろーが。
  ったく・・・・・・」
 いつも通りの軽口をいつも通りのため息で終わらせて、跡部は空いた手でシガレットケースを差し出した。1本だけ口から飛び出た棒に、佐伯は手ではなく直接口を近付けた。
 咥えたのを確認し、跡部の手が下へと下がる。完全に抜き取られた時には、その手の真ん中に握られていたのはライターだった。
 鼻でも焦がしそうな至近距離で燃え盛る炎。鼻の代わりにタバコの先端を燃やしつつ、佐伯が僅かに開いていた唇を吊り上げた。
 「奇術師か、さもなきゃホストかよ?」
 「どっちにも興味はねーよ」
 ようやく手を伸ばして口からタバコを外した佐伯に、素っ気無く答える跡部。サイドテーブルに置くべきものを置くと、互いにタバコをもった片手除き手持ちぶたさとなった。
 間を埋めるように2人同時に息と煙とその他諸々を吐き―――
 結局2人の間を埋めたものもまた同じであった。
 2人の間で今だこんこんと眠り続ける不二。幸せそうな―――幸せになったようなその寝顔を見下ろし、
 佐伯は起き上がったせいで少し捲くれてしまった布団を直し、そして跡部は顔にかかった髪を梳いてやる。
 ゆったりとした時が流れる。2人にとってその時は至高の瞬間であり、2人の見護る中眠り続ける彼は至上の宝物であった。
 ―――たとえ彼本人にとってはどうであろうと。
 「そういや―――」
 「あん?」
 「理由、訊いてなかったな」
 「ああ・・・・・・・・・・・・」
 佐伯の言葉に、もう一度口にタバコを含みながら跡部が頷いた。
 跡部家にて、自分達2人を呼びつけ開口一発「抱いて」と言い出した不二に対し、2人は何も言わずそれに従った。確認を取り合う道理もない。3人の間でこれは『いつもの事』だ。
 何かと情緒不安定になりやすい不二を包み込み、立ち上がらせるのが幼い頃からの2人の役目。膝を抱え蹲る不二を抱き締め、涙を舌で拭い取り、落ち着かせるように顔中にキスをして―――
 ―――気が付けばこんな関係となっていた。
 この関係を、どう表すればいいのだろう。決して恋人ではなく、でも
sexフレンドというものでもなくて。
 あえて分類するならば―――いや、どう遠回りしようと最終的にはここにしか落ち着かないのだろうが―――幼馴染付き合い。それ以上でもそれ以下でもない。
 「だが、どっちにしろ同じだろ? 理由を聞いたところで俺達に出来ることなんて他に何にもねえよ」
 紫煙を吐き、瞳を閉じて軽く肩を竦めて。総合的におどけと取らせたいそのシグナルを正確に感じ取り、
 「出来る事も―――やれる事もな」
 佐伯はこう返した。
 出来る事とやれる事。同じなようで違う2つ。『出来る事』に選択は必要ない。可能か否か。求められるのはそれだけ。
 一方『やれる事』に必要なのは決断。やりたいか否か。やりたいなら出来ない事でもやればいい。
 逆に―――やりたくないのなら出来る事でもやらなければいい。ただそれだけだ。
 そんな佐伯の真意を捕らえ、跡部の目に浮かぶものが僅かに、しかしはっきりと変わった。
 「どーせこの色ボケの悩みなんざあのヤローとケンカしただのなんだのくっだらねえモンだろ? つくづく馬鹿だなコイツら」
 「凄い言い振りだな」
 「どうせならケンカの種でも増やしてやるか。キスマークの1つでも付けといてやりゃ一発でブチ切れんだろーな」
 クックッと喉の奥で嘲い、体を捻らせた跡部が不二の左鎖骨へと顔を落とした。
 「ん・・・・・・」
 小さな呻き声と、僅かに中央へと寄る眉。再び元の寝顔に戻った時には、跡部が顔を近づけていた部分に今までなかった紅い跡が出来ていた。
 「ほら。この位付いてた方がやっぱ生えんだろ」
 くつくつと、喉の奥から口元まで湧き上がってきた笑みに任せるまま跡部の口端が持ち上がる。
 ロクにその役目を果たせないまま燃え尽きたタバコを灰皿に押し付け、今度こそ空いた両手で不二の躰を弄繰り回す跡部。それは愛撫というよりただ安心材料として求めてでもいるかのようで。
 ―――『てめぇらがそーやって俺の3倍以上はしゃべりまくるおかげで俺が話せねーんだよ』
 彼としては皮肉で言ったつもりだろう。だがこの台詞は図らずも的を的確についていた。今の跡部の口数は間違いなく多い。
 『てめぇら』が―――不二がいつものように明るくよく話す限り跡部はここまで話さない。少なくとも自ら無理矢理話題をひねり出すような事はしない。
 跡部は気付いていないだろう。そして不二もまた。知っているのはいつも見ている自分のみ。
 だからこそ、佐伯は体を寝かせて自分の付けた印を舐める跡部を見ても特に何も言わなかった。
 実際知らない限り誰も信じられないだろうが、跡部は不二以上に情緒不安定になりやすい。しかもさらにタチの悪いことにそれの発散のさせ方を知らない。
 発散できないから押し殺すしかない。誤魔化すしかない。
 だからこそ―――沈んだ時ほどハイテンションとなり口数が増える。
 そして跡部と不二の情緒不安定周期とは得てして重なりやすい。当然だ。落ち込む不二が跡部を追いつめるのだから。
 (幼馴染、か・・・・・・)
 そんな綺麗な言葉はもうどこにも存在しない。不二の穢れなき幻想か、それとも跡部の純粋なる妄想の中かにしか。
 そんな綺麗な関係は・・・・・・
 ―――『恋愛感情』という余計なものが入り始めた時点で壊れていた。
 2人が不二を初めて抱いた時―――不二に『恋人』がいたと初めて知らされ、そして初めて跡部が不二への気持ちを無意識下にもはっきり形成してしまった時。
 プライドの高すぎる彼は完璧しか望まず、それ故に弱い彼は砕ける事を覚悟の上で挑む事は出来なかった。
 出来るのは―――ただこうして落ち込む不二を慰めるのを口実に縋り付く事だけ。
 極めて汚い関係だ。
 1人は相手の気持ちに気付く事無く利用するだけ。
 1人は自分の気持ちと向き合う覚悟もなく与えられる一瞬の快楽に全てを忘れ去るだけ。
 そして1人、自分は全て知っていながら修繕もさせず、曖昧に続く毎日の中で今この瞬間が壊れない事をひらすら祈り続けるだけ。
 このままだといずれこの関係だけでなく自分達は全員壊れるだろう。少なくとも跡部は確実に。
 壊れた跡部が不二を壊し、そして壊れた2人を抱えて自分もまた壊れるのだろう。
 幻想でも予言でもなく確定された未来を思い描き―――
 クッ・・・と佐伯は笑った。
 不二は大事だ。跡部も大事だ。たとえその先に破滅しかなかろうと今を楽園だと思う自分に何が出来る?
 跡部が押し付けたカスに重ねるように佐伯もタバコを灰皿に置き、再び寝転んだ。
 先程の跡部同様、今度は不二の右鎖骨に跡を付ける。
 「・・・何のつもりだ?」
 「1人で独占はズルいだろ?」
 「つくづく屁理屈ヤローだな、てめえは」
 「誉め言葉として取っておくよ」
 「勝手にしろ」
 今だ目を覚まさない不二を挟んで、男2人は今この時を存分に楽しんでいた。











































ζ     ζ     ζ     ζ     ζ






 「ねえ、跡部、佐伯。

  ―――今日ヒマ?」



 不二が自分達を誘う回数が増えてきた。










 「ちっ。仕方ねえなあ」



 跡部の口数が増えてきている。










 そして―――










 「まあいいじゃん」



 まるで『恋人』のように親しげにする2人へと、佐伯もまた笑いかけていた。
















破滅への輪舞曲[ロンド]。それでもまだ自分達は踊り続けている。



―――Fin









ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ     ζ

 だからどこが誕生祭企画よ!? と自己ツッコミをしつつ、跡部様デビューアルバム<破滅への輪舞曲>を4時間垂れ流ししながら書いた話でした・・・・・・おお。僅か4時間で書き終わっていたのかこの話! 書きながら毎度恒例泣きまくってペースダウンしていたためもっとかかったのかと思ってたら・・・・・・!!
 はい。そんなどうでもいい事情は置いておきまして、さて<破滅への輪舞曲>。曰く『これまでのキャラクターアルバムの爽やか路線とは一味違う、クールな仕上がり(某・・・雑誌? パンフレット? 参照)』のため歌詞を見ると割とそうでもないのに妙に跡部様がナーバス気味に感じられ、『
CROSS WITH YOU』のような激しいノリを期待していた私としては予想外かな? と思いましたが―――とんでもないですね! めちゃめちゃいいです!! ヤバいです。さらに跡部様にハマっていきそうですたい!!
 そして今回はナーバス気味の跡部様。跡部&佐伯→不二にする筈がなぜかラストには佐伯→跡部→不二になっているような・・・(無理矢理戻そうとした結果結局誰が好きだったんだよサエ!! 的展開になってしまいましたが)。なので最初と最後でノリが違います。ちなみに明らかに矛盾した事が出てきますが、地の文が最初近辺は跡部視点、終わり近辺は佐伯視点のためです。跡部は不二が好きだと最後まで自覚していません。
 ところでこの話のキーポイントになるんだか完璧脇役扱いなんだかよくわからん不二の『恋人』。特に誰かは決めていなかったりします。ただし跡部の口ぶりよりなぜか男である事は決定のようですが。最初は手塚にしようとして、でもさりげにリョーマでも合うような気もして・・・・・・そして佐伯→跡部→不二形式になった時、千石でもいいなあというかこれで千石だと笑えるなあ、などと思ったり。なおこの場合設定はパラレル『天才〜』のになるといいかなあ、と。後から乱入した千石さんがみんなを引っ掻き回しています。
 なんっだか長いですねあとがき。では、またしても2人の誕生日を祝えないまま(爆)終わりにさせていただきます。

2003.10.5