narcissist
「偽善者」
言われ、読んでいた雑誌から目線を上げる。
上げて―――
「いい人ぶりっこ」
―――また戻した。
目の前で―――いや今目の前にあるのは雑誌だが―――、続けられる最短トーク。
「ナルシー」
「・・・・・・それは言う相手が違うだろ?」
「サエ以外に誰がいるのさ」
ようやくなった『会話』に嬉しそうに卑屈げな笑いを浮かべる不二に、佐伯は読書を諦め雑誌を閉じた。
ため息を付くその耳に、完全棒読み台詞が届く。
「サエってほんと、『イイヒト』だよねえ」
「―――なんの嫌味だ?」
「やだなあ。本気だよ。僕の本気」
「さっきまでの数言を聞いた後だと嫌味以外に解釈するのが難しいんだけど」
「まあ、本気イコール嫌味じゃない、なんて決まってないしね」
「そりゃそうだな。全くの別問題だし。というか不二の場合『本気で嫌味』なんて朝メシ前だろ?」
「ひどいなあ。何でも全力投球してるって証拠じゃないか」
「・・・・・・。で? 結局何が言いたいんだよ?」
「いや? 別にさあ・・・・・・。
サエもとことんお人よしだね、って事。ムカつかない? 毎度毎度跡部に悩み相談なんだかノロケなんだかワケわかんないことされちゃって」
「別に? いんじゃん? つまりそれだけアイツに心許されてるって事だろ?
アイツがンなのする相手なんてどれだけいる?」
「『俺はお前のことが好きなんだからンな話持ってくんじゃねえ!』って言いたくなったりしないの?」
「なんでいきなりンな口調に・・・・・・?
なんないよ? それこそいいじゃん。お前の幸せが俺の幸せってヤツで」
「そうやって『不幸』に陥れた自分に酔いしれる。だからサエはナルシストだって言ってるんだけど?」
「う〜ん・・・。まあ確かに見様によってはそうかもしれないけど・・・・・・」
「気にならないの? 跡部が好きな相手―――」
「別に?」
「返事早いよ? 乾風に言えば『普段の返答開始タイミングより0.32秒早かった』ってトコ?」
「実際計ってた?」
「まさか。そんなに都合よくストップウォッチは持ってないよ」
「ならいいんだけどさ―――」
のろのろと続けられていた会話がようやく途切れる。
覗き込むようにテーブル90度向かいから顔を寄せていた不二。させるがままに任せて、深いキスをする。
離れた口から涎が垂れる。ぬらりと光る唇を見せつけるように不二が笑った。
「跡部の味はした?」
がたん!
鳴ったのは不二の躰ではない。不二は先に自分から倒して安全圏に逃げていた。
一番の安全圏―――佐伯の突いた手の間に。
不二をカーペットの上へと押し倒す。『偽善者』の仮面は完全に剥がれていた。
表情のなくなる顔。その中心で目だけが爛々と照り輝く。
「いいねその目。ゾクゾクする」
それこそ背中に冷たいものを流し込むような不二の目を無視し、佐伯は不二の着ていたブラウスを引きちぎった。
・ ・ ・ ・ ・
元は綺麗だった部屋も全てが終われば凄惨たる状態と化していた。
ちらかされた服。飛び散った精液だの血液だのその他諸々だのに侵されたカーペット近辺。
でもってそれらの中心で寝転んだまま笑い合う2人。
「切れちゃった。こんなの見たら跡部怒るね」
「『切れ痔だ』とでも言っといたら?」
「やだなあ。どっちにしろ謹慎?」
「自業自得じゃん。それにソコ使わない事やったら?」
「つまり僕が跡部をヤれと?」
「・・・・・・言わないから。それはさすがに。
触ってもらうだけでも良し。跡部這いつくばらせて舐めさせても良し。逆にたまには不二が奉仕してあげるも良し。
何とでもやりようはあると思うけど?」
「他にもあるよ?
―――誘ってよ。また」
「いいね。治った頃にまた誘おうかな。
そしたらまた跡部の悩みが増える」
「欲求不満の悩み相談・・・・・・って、何やるのさ?」
「そりゃ解消だろ?」
「佐伯が? 跡部を?
まず跡部がたたないんじゃない?」
「『勃つ』? それとも『達つ』?
どっちにしろ所詮SEXにおける快感なんて生体反応そのまま利用しただけだろ? それさえ知ってれば気持ちなんていらない」
「愛なんてなくても気持ち良くはなれる。
―――たとえば僕みたいに?」
「そんなもんかもな」
「いい皮肉だね。今日一番の皮肉だって取っておくよ」
「今日一番の皮肉は不二の『ナルシスト』だろ?
俺は『ナルシスト』じゃない」
「そうかな?
・・・・・・サエくらい自分の事しか考えてない人間も珍しいよ」
「けど俺は自分に酔ってるわけじゃない。自分以外を切り捨ててるだけで」
「それを『ナルシスト』って言うんだよ」
呟く不二に、適当にベッドからひっぺがしたシーツを被せる。被せるだけ被せて、藻掻く不二を他所に佐伯は閉じていた雑誌を開いた。
不二がようやくシーツを捲り上げて顔を出す。その時には、もう次の言葉は消えていた。
「シャワー浴びてくる」
半端にシーツを被ったまま不二が部屋を出て行く。
その寸前で―――
「―――好きだよサエ。Loveの意味で」
言われ、再び読んでいた雑誌から目線を上げる。
上げて―――
「俺も好きだよ。Likeの意味で」
―――佐伯は『ナルシスト』の笑みでそう返した。
Fin
・ ・ ・ ・ ・
すっごいわかり難い話ですみません。とりあえず2人曰くの『ナルシスト』=『自分の事しか考えていない』ということで。
2003.12.13