過去の清算〔跡部×周〕



Side跡部


 俺は身長の伸びや声変わりといった外見的なものはともかく、内面的な意味での二次『性徴』というのは人より遅かった。別にそれを恥だと思った事もないし、そもそも全くそっちの方面には興味はなかったからむしろ都合が良かったともいえる。
 逆にそういう事に興味津々な周りにはよく絡まれ、また性徴という事に関しては男子より早い女子どもに毎日といわず毎時間のように何らかのアプローチをかけられたりもしたが、はっきりいってウザいの一言だった。
 そこまで他人に固執する理由がわからない。もう少し自分の事を大事にした方がいいんじゃないのか? そう口に出しかけた事は何回か。
 変化はある日突然だった。





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 「やべぇ・・・」
 呻く。思いついたのはその一言に尽きた。
 慣れ親しんだベッドの中で、慣れどころか初めての感触。
 濡れたそこに手をやる。間違いなく、世に言う『夢精』というものだった。それ自体は別にいい。遅かれ早かれいずれ来るのだろうと漠然とは思っていた。
 問題は、その夢の中身だった。
 口を押さえ、半端な笑みで、呟く。
 「ウソだろ・・・・・・?」
 いっそ本当に笑いたい気分だ。何でよりによってアイツが出てくる?
 「つーかなんでアイツでイっちまってんだよ俺は・・・・・・」
 夢の中に出てきた存在、それはぱっと見、家の裏に住む不二家の長女・由美子に似ていた。だが違う。あくまで似ているだけだった。
 それが浮かべるは、柔らかな、それでありながら決して人を一定以上の距離に近付けない不可思議な笑みではなく、
 警戒心0で自分を心の底から慕う笑み―――それは、妹の周の笑みだった。
 ―――『景お兄ちゃ〜ん!』
 呼びかけ、自分に抱きついてきた周。夢の中の彼女は現実[いま]ほど年は離れてはいないで。
 それでもせいぜい
10歳程度だっただろうか。自分よりはずっと小さい体を全力でぶつけてくる周に押し倒される形で寝転び、
 えへへ〜と嬉しそうに笑いキスしてくる周を逆に組み敷き・・・・・・あとはまあ誰でも想像するであろう展開にもつれこんだのだが。
 「ありえねえ・・・。大体アイツ今何歳だよ・・・・・・」
 夢の中の
10歳程度から意識を現実に戻す。現実の―――4歳児の周に。
 意識を戻して・・・
 ・・・・・・やっぱり変わらない下半身の昂ぶりに、跡部は頭を抱えた。
 再度呻く。
 「ロリコンだってもう少し上狙うだろーが・・・・・・」





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 それから早幾年。本当に夢というか妄想というかその通りに成長していく周に、普通に接するフリをして遊んでやる合間にトイレに駆け込んだのは何度か。瞳をキラキラ輝かせキスだのセックスだのについて尋ねられた時は余程本気で押し倒そうかと思った。
 それまではどんなに美人だのプロポーションの良さだので定評のある女子に言い寄られたところで何も感じなかったのが・・・・・・それ以来ますます何も感じなくなった。どころか嫌悪感しか出なくなった。そして何より、そんな自分に一番嫌悪感を感じた。
 親の跡を継ぐというレールを放棄し教師を目指したのは一種の賭けだった。教員免許を取り卒業する時周は丁度中学入学。だがそのタイミングでたまたま周の入る中学の、それも自分が免許を取った教科の教師を募集している可能性など天文学的に低いだろう。元々自分の運勢はとことん悪い。これで『職』が見つからなかったら周の事は諦めようと思っていた・・・・・・のだが。
 (本っ気で運悪りいな、俺・・・・・・)
 まるでコントの如く。というかここまで来ると実は裏で誰か仕組んでんじゃないだろうかと疑いたくなるほどだ。
 あっさり『職』は見つかった。しかもなぜか中学1年から3年までずっと担任になったというほどの念の入れ様。その上ここの校長がどこからどんな情報を仕入れたか、なぜか手塚でも榊でも千石でも佐伯でもなく自分がテニス部の顧問として選ばれた。
 青学は一体何を考えているのか、毎日無防備に見せ付けられる、超ミニのスカートから覗く太腿に少し動けばまくれて見える腰やら腹やら背中やら。テニスウェアで慣れていなければ確実に鼻血を噴いていた。しかも目が悪いという事で毎度座席は中央手前の方。じ〜っと大きな瞳で見上げられて、冷静を取り繕いながら必死に目が合わないよう少しずつ視線を逸らしていた。面接場面ですら面接官を真正面から捕らえ続け、その眼力だけで相手をびびらせ通って来たこの自分が(実際にはもちろんそれ以外にも試験だの何だのをちゃんとクリアしたからなのだが、跡部当人含め彼を1度でも見た事のある者全員がそれで納得してしまうのは今更言うに及ばず)。
 (情けねえ・・・・・・)
 思いながらも、お互いいくつになったら
10歳という年の差が気にならなくなるだろうか、開き直ってそんな前向きな事を考えてしまったりもして。
 そんないろんな意味で荒んだ毎日が終わったのは、これまたどういう偶然か、意識し出して丁度
10年目だった。





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 (ん・・・?)
 教室に向かう途中。ふと鼻を突く妙な臭いに気付き立ち止まる。
 (焦げ臭い・・・?)
 当り前だが教室に火器などない。タバコを吸うのならもっと別の臭いがする筈だが・・・。
 足早に向かい、扉を開けようとして―――
 (周・・・?)
 中に見えた光景に、思わずその手が止まった。
 自分の机に横たわっている周。貧血でも起こしたのかと思ったが、
 ご丁寧にこちらとは逆を向く躰。それこそ短いスカートの下はこちらからは丸見えで。
 下着より、さらに下に埋め込まれたペン。そこから推測される事はもちろん1つ。
 「(はあ!?)」
 上がりかけた声を、かろうじて堪える。手をやるまでもなく、そこは問答無用で形を変えていた。
 (マジかよアイツ・・・。クソッ! 俺がどれだけ日々我慢してやってると思ってんだ!!)
 泣きたい気分で叫ぶ。もちろん心の中で。
 今すぐ逃げたいが足も頭も動かない。あるいは理性とは別に周のそんな姿を見たいと本能が願っているのか。
 周りを見回し、人がいないことを確認する。いっそいてくれて方がよかったかもしれないが。
 本能にあっさり負け、下へ手を伸ばしつつ唾を飲み込み―――
 (そういやアイツ・・・、誰想ってヤってんだろうな・・・・・・)
 ここは女子校で休日も部活が忙しくかつ全寮制で。はっきりいって『出会い』など皆無に等しい。だがそれでも0ではない。他校からわざわざ来るヤツ然り、教師の分際で生徒に手を出すヤツ然り、いっそ百合でオッケー! という変態然り。
 周に手を出しそうな者をピックアップし、
 覚えるのは当然嫉妬。
 泣きたい気分で、呟く。
 「なあ・・・。誰なんだよ? お前にンなに想われてるその幸せモンってのは・・・・・・」
 答えは、
 すぐに返ってきた。
 『景・・・お兄ちゃん・・・・・・』
 「―――っ!!??」
 中から聞こえてきた声に、跡部は目を見開き硬直した。
 (今・・・、なんつった、アイツ・・・・・・?)
 目の前の光景にイカれた頭が聞かせた妄想だろうか―――今まで通りに。
 それとも・・・・・・
 凍りついた脳のまま、しかし体は行動を開始していて。
 扉をスライドさせる。音ひとつなく開く扉に中の住人は気付くこともなく。
 「や・・・だ・・・・・・!」
 何を考えたかがむしゃらにペンを動かす周へと手を伸ばし―――
 「―――念のため言っといてやるが、そうやって傷付けて出た血を『処女の証』とかホザくのは思いっきり間違ってるからな」
 「―――っ!!」
 がしり、と手ごとペンを掴む。
 ようやっと気付いたらしい周が、こちらを見上げ目を見開く。
 「け・・・跡部先生!?」
 「何やってんだ? てめぇはわざわざ人の机の上で」
 あえて詳しくは訊かない。興奮する自分を見られたくない。ヘタに期待したくはない。どうせしっぺ返しを喰らうのだろうから。
 「あ・・・・・・」
 実際、周は自分の体を、自分の様を見下ろして、
 「こ、これは違・・・!」
 (ほらな・・・・・・)
 必死で否定しようとする周にため息を深くする。想いなど伝わるわけもなければそれが実るなどあさはかな夢も描いてはいない。
 (なら、このため息ってのもなんなんだろうな・・・)
 心の中だけでの苦笑。これこそ落胆の証ではないか。結局自分は期待していたということだ。周が―――周もまた、自分を想ってくれているのではないか、と。
 「―――痛っ!」
 跡部のとりとめのない思考は、突然の周の悲鳴で途切れた。身を起こそうとしていた周が再び寝転ぶ。
 (『痛』・・・?)
 今痛い場所と言えば―――
 (あ・・・・・・)
 思い当たった場所を見下ろす。固い異物の刺さった場所。
 予想通り傷付いたようだ。白い腿を真っ赤な血がつー・・・と流れていく。
 顔を顰め、呻く。ボヤくともいえるが。
 「だから注意したじゃねえか」
 「今のは景お兄ちゃんのせいじゃないか」
 小さい頃から変わらない態度。『教師と生徒』ではなく『兄と妹』のそれ。む〜っとむくれる周に、少しだけタガが外れる。
 「はいはい悪かったな俺のせいだよったく」
 「あっ・・・!」
 頭を掻き上げつつ棒読みで呟き―――一気にペンを引き抜く。血と液でぐちょぐちょになった自分のペン。そんなものにまで嫉妬してしまう自分には最早笑いしか出てこない。
 笑う代わりに周の肩を押さえ仰向けにし、下着まで脱がせ―――
 「ンなモンで満足してんじゃねえよ」
 跡部はペンを放り捨て、小さく呟いた。
 「え・・・?」
 きょとんとする周を無視し、開いた脚の間にしゃがみ込む。
 初めて見る最奥部。そういえば周の世話をする中で、なぜか2つだけ止められていたのが風呂とおしめ替えだった。「男の子には刺激が強いから」と読めない笑顔で笑っていた由美子は果たしてどこまで『知って』いたのか。
 「ひゃっ!!」
 誘われるままそこへ舌を伸ばすと、周が可愛い声を上げてきた。
 「け・・・お兄ちゃん・・・、何・・・・・・?」
 「消毒だ」
 そう答える事にためらいはなかった。罪悪感など持てるほどもう理性は残っていなくて。
 本能が求めるままに、何度も舐める。流れるものは全て甘い。そこまで甘いものが好きなワケでもないのにそれは止められない。麻薬のような、不思議な誘惑。
 「あっ・・・、そん、なの・・・いい・・・・・・」
 上の方で何か聞こえたようだが、痺れる頭で内容の判別は無理。どころかその泣きそうな声すらも興奮剤にしかならない。
 頭を掴む周の手。離したいのか、引き寄せたいのか。
 都合よく引き寄せたいと解釈し、さらに口を開け愛おしくキスをする。
 「うん・・・ん・・・・・・
  ―――あっ!」
 びくりと跳ねる周の躰。しなり、反らされる喉に齧りつきたい、胸に顔を埋めたい、腰を力強く抱き寄せたい。
 ぐちゃぐちゃに壊したい。そんな、欲望。
 全力でぶつければ、本当に周のこの小さな躰はあっさり壊れてしまうだろう。
 だからこそ、セーブする。欲望よりももっと根源にあるもの。大事な大事な『妹』を守るため。
 「欲しいんだろ? だったらくれてやるよ」
 ただ一言、挟むのにどれだけの擬似[エセ]理性を動員したか。
 極力感情は殺す。反して行為を進めようとする躰は本能に忠実だった。
 言い終わる頃にはもう欲望の中枢は周の躰に突き刺さっていて。
 ある種の感動。それだけで達してしまいそうなほどの快感。
 かき集めた理性を完全に吹っ飛ばす高揚感に包まれる中で、
 「・・・・・・いらない」
 弱々しいが、しかし力強い拒絶の言葉が突き刺さる。
 「あん?」
 「いらない・・・・・・」
 確認を取る。返されたのはやはり同じ言葉で。
 跡部の中で、
 今までとは違う何かが、木っ端微塵に砕け散った。
 だん―――!!
 教室を、鈍い音が支配する・・・・・・。



―――Next