過去の清算〔跡部×周〕



Side両方


 「痛っ!」
 背中に疾る痛み。跡部が周の肩を掴み、無理矢理倒し直している。
 「何するのさ!!」
 押さえつけられ、閉じ込められた腕の中でそれでも瞳の強さは変わらずに。
 睨め上げる周を逆に跡部は睨め下ろした。
 「ざけんな! 中途半端に期待させた挙句にやった途端『いらない』だあ!?」
 「え・・・・・・?」
 周から怒りが霧散する。今の言葉、そして先ほどからのものと合わせればそれが意味するのは・・・・・・
 きょとんとする周。しかし跡部はそれに気付かず言葉を重ねる。言葉を―――『逆切れ』とも呼ばれるそれを。
 「いきなり態度ひるがえしやがって!! どーせ俺はお前と違って初めてだし気持ち良くないとか言うつもりだろーが悪かったな!! 俺にゃこれが精一杯なんだよむしろ気持ち良くなりたかったらお前がレクチャーしろよちきしょう!!」
 「は・・・・・・?」
 今までの人生全てにおいての『頼れるお兄ちゃん像』以前に彼の人格を木っ端微塵に打ち砕く子どもじみた喚きに、さらにその口から語られる内容に・・・・・・というかもう目の前で繰り広げられている事象全てに呆けた声を上げる周。
 なおも一通り喚きちらし・・・・・・
 ようやっと落ち着いたらしい跡部が、今度は違う意味で顔を真っ赤にした。
 「えっと、その・・・・・・」
 「だから・・・だな・・・・・・。これは・・・・・・」
 非常に間抜けな空間が広がる。
 学内でもトップクラスの成績を誇る才女と、教員免許を持っていない科目においてすら講師を頼まれるほどのオールマイティな頭脳を持つ教師が。
 自分が一体何をすべきか何からすべきかむしろどうするべきか、それすらも全くわからなくなるほどに脳みそを凍らせること暫し。
 周が、肩を押さえられたままオズオズと小さく手を上げた。あたかもそれは先生に質問する生徒の如く。
 「なんだ、周」
 だから、跡部もそれに従い生徒を指す先生のように尋ねた。
 「コレ訊くのも何だと思うけど・・・・・・。
  ――――――『初めて』?」
 「〜〜〜〜〜〜////!!!」
 「ストップストップ!! ごめん!! 訊くの止めるからお願いだから机引っくり返そうとしないで!!」
 周の説得(?)に何とか踏みとどまる跡部。ふいと周から顔を背けると、
 仄かに赤い顔で、ぼそりと呟いた。
 「悪かったな初めてで。セックスどころかキスすらした事ねえよ。お前が小せえ頃ふざけてやった分除きゃ」
 「ウソ・・・・・・」
 そんな事はない筈だ。跡部といえば見た目良し頭良しスポーツ万能で家柄も完璧。これだけ兼ね備えてまさかモテないワケもないだろうし、実際今日のように彼宛のプレゼントだのなんだのを頼まれるのは毎日の事。間接的にすらそうなのだから本人に直接言い寄る者などそれこそ山のようだろうし、それらの相手がことごとく肉体関係を拒絶するというのも考えにくい。性欲がないわけではないというのは今自分の中にある彼の欲望が証明しているし、プラトニックラブ信仰者だったなどという話を聞いた事もない。
 (そういえば・・・・・・)
 ふと思い出す、彼との会話。いつも自分の質問には何でも答えてくれる跡部。唯一彼が答えてくれないのがそういった話でだった。
 ―――『ンなのお前はまだ知らなくていい』
 一瞬のためらいの後返される言葉。常にはない素っ気なさに、もしや自分の気持ちがバレているのではないだろうかなどという考えを巡らせた事もあったが・・・・・・。
 ・・・・・・・・・・・・まさか問われた跡部本人がまず知らなかったとは。
 「だ、だってそれなのにやったら手馴れてる感じで普通に・・・・・・」
 「自分のモン扱うのはそりゃ手馴れてるだろうよ。他にゃ誰もやんねー以上自分でマス掻くしかねえんだし」
 「ち・・・ちなみにさっき『処女の証』云々って冗談飛ばしてたのは・・・・・・」
 「忍足がこの間そういう女見たっつってたからてっきりお前もそのクチなのかと思ったんだよ」
 「多分それ相当に変わった人だと思うよ。いや僕も知らないけどさあ・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・」
 なんだかすっごく情けなくなってくる。1人へなへなと萎えかけ・・・
 「ってちょっと待って!! 念のため否定しておくけど僕『そのクチ』とか言う前に正真正銘処女だからね!?」
 「ああ? どこがだ。思いっきり自分で突っ込んでやがったクセに」
 「そ、そりゃ自分でヤってたのは認めるけど! だって景お兄ちゃんやってくれな―――!!」
 言いかけ―――
 ばっ! と口を塞いだ。
 手の向こうで、そっと跡部を見上げる。いつの間にかこちらに戻されていた視線。彼もまた目を見開いていた。
 「・・・・・・もうヤダ」
 「奇遇だな。俺も人生全部が嫌になってきた」
 消え入りそうな周の声に、跡部もまたがっくり肩を落とし同意した。
 本当に人生全てに疲れ果てたように机に両手をつく。挙句に肘までつくと、ほとんど密着状態になるのだが。
 それすらも最早気付かないほどの疲れっぷりで周が尋ねた。
 「じゃあもう開き直って訊くけどさ、だったらなんであんな突き放したみたいな言い方したのさ?」
 「はあ? どこでだよ?」
 「だからさっき。『欲しいんだろ? だったらくれてやるよ』とかって。
  なんか物凄く冷めた扱いされたから、だから僕・・・そんな扱い受けるの嫌で・・・・・・」
 語尾が小さくなっていく。恥ずかしいからか、それともその時の悲しさを思い出してか。
 瞳を俯かせていく周に、
 跡部が送ったのは深いため息だった。
 「・・・・・・なにさ」
 「あのなあ・・・、
  だからさっきっから言ってんじゃねえか。セックスもキスもした事ねえって。ンな時の誘い方なんて知ってるワケねえだろ」
 「・・・・・・・・・・・・根本的疑問なんだけど、もしかしなくっても景お兄ちゃんって、
  ――――――――――――恋人いない?」
 「いた事ねえな。生まれて此の方」
 あっさり告げられた真実。今度の硬直は1分ほどになったか。
 「・・・・・・なんで?」
 ようやく立ち直り問う。そんな周に、
 「ンなのお前は知らねえでいいんだよ」
 跡部はふいっと顔を背けた。
 かつてキスやセックスはどんなものか尋ねた時と同じような返事。しかしながらあの時とは何となく違うような気がする。
 違う理由は―――
 「ねえ、何で?」
 にっこりと周が笑った。
 「・・・てめぇ、わかってて訊いてんだろ」
 「ねえ、何で?」
 「聞けよ人の話・・・・・・」
 「ねえ、何で?」
 「おい」
 「ねえ、何で?」
 「・・・・・・」
 「ねえ―――」
 「だああ!! うっせーなあ!! そういうのに興味持った時にはもうお前の事好きだったんだよ!! これで満足か!? ああ!?」
 「うんv 大満足vv」
 大きく頷き、
 周は跡部を思い切り抱き締めた。
 実は今だに繋がりっ放しだった躰が、奥底まで一気に貫かれ痛みと気持ち良さで意識が飛びそうなのだが、それでも構わず手に力を篭める。
 顔を引き寄せ、耳元に囁く。
 「大好きだよ。景お兄ちゃん」
 「・・・・・・!」
 跡部も同じだったのだろう。苦しげに呻く中で、他の誰よりも平凡な、だが他の誰よりも聞きたかった告白に、
 「俺も。愛してるぜ、周」
 優しく抱き止め、彼もまた、そう囁いていた。



―――Happy End






☆     ☆     ☆     ☆     ☆

 周はともかく・・・・・・24歳にてようやっと童貞を捨てた跡部・・・・・・。ま、まあ周が生まれた頃は10歳だったわけだし、その頃から狙っていたとなればあながち無茶とも言い切れない――――――代わりに世間一般ではこれを『青田買い』と言い立派な犯罪ですが(爆)。
 そしてどうでもいい事として跡部の呼称。『けーおにーちゃん』と周が口で言うと何だか可愛らしい感じですイメージとして。『景お兄ちゃん』と漢字で書くとおかしいだけで。

2004.7.258.28