The Nightmare


―――記憶喪失烈Presents『本能による「日常生活」の過ごし方』―――




Act3 放課後 〜生活マニュアル実践編〜






 放課後になった。事態は何も変わらなかった当たり前の事ながら。


 「放課後というと、見回りだけれど・・・・・・」
 「いくら何でも無理だろ、この烈じゃ・・・・・・・・・・・・多分」


 考え込むように俯くせなに、佐久許も同じように俯き呟き―――一言付け加えた。実のところせなもラスト2文字に同意したいのだが、やる事がやる事だけにさすがにその辺りは言葉を濁した。ただの生徒会業務ならともかく、命がかかる場合もあるとなれば。
 放課後行われる業務は、『私公的生徒会業務』と呼ばれこの学校にのみ存在する・・・この学校以外には間違いなく存在しない・・・ものである。いわゆる街のパトロール。見回るのが不良がたむろってたり怪しい店があったりする界隈だという点が違うだけの。
 人望というものによりヘタな警察以上の情報網と権力を獲得してしまった現生徒会。堅苦しく言っても、要は学校帰りにそこらを適当にうろつけというだけなのだが、それだけでもいろいろとお呼びはかかるのだ。特にしょっちゅう回りペット探しから人生相談、店の立て直し、果ては組同士の抗争まで解決する実績を持つせな・佐久許、そして烈は。


 「烈君に手を出そうなんて考えるほど根性のある人がまだ存在しているとは思えないけど・・・」
 「まあ、そういう事すらわからなくなったヤツも稀にいるからな」


 という事で、





 「烈君、お疲れ様」
 「また明日な、烈」
 「うん。また明日ね、せなさん、佐久」


 手を振り、弟と幼馴染と3人で出て行く烈を見送り・・・・・・


 「でも烈君の事だから―――」
 「こっちの心配全部無駄にする勢いでトラブル作り出すんだろうな」


 彼に対して微塵も期待を持たない程度には、この2人も『烈』という人間をよく心得ているようだった。





・     ・     ・     ・     ・






 そんな風に思われているとは露知らず、烈は豪・ジュンを伴って―――いや、2人に引っ張られる形で寄り道をしていた。
 買ったアイスをぺろぺろ舐め、商店街をのんびり歩き―――


 どん―――
 「きゃ―――!」
 「うお痛ってえ!!」


 目の前より少し先で、なかなか可愛いめの女子高生と、恰好が中身を物語っているヤのつく職業持ちがぶつかっていた。肩が軽く触れ合う程度だったが、
 「うおおおお!! 肩が! 肩が折れたあああ!!!」
 「兄貴ぃ! 大丈夫ですか!?」
 少女の上げかけた悲鳴を完全に殺してのた打ち回る。見事なまでの当たり屋っぷりだった。本当に肩が折れていたのなら、のた打ち回る間に折れた骨は粉砕しているだろうに。
 「うわ〜・・・・・・」
 「なんかまた、激しい連中だな・・・・・・」
 他に何とも言いようがなく、アイスを舐めながら率直な感想を洩らすジュンと豪。関わり合っても馬鹿が移るだけっぽかったのでさっさと去ろうとして、




 「あれ・・・?」
 「烈兄貴・・・・・・?」
 そう促そうとした先に、もう肝心の相手はいなかった。




 「おいおいどーしてくれんだよおねーちゃん。兄貴痛がってんじゃねーかああ?」
 「あ、あの・・・・・・」
 「自分のやった事にゃあ責任取らねえとなあ? だよなあ?」
 「そ、その・・・」
 「おねーちゃんがぶつかったんだよなあ? となると責任の所在はおねーちゃんにあり、だろ?」
 「そ、それは・・・・・・」
 ヤーさんにしては随分道理に溢れた台詞。これでわざとぶつけたのでなければ拍手程度は送るべきか。
 こんな風に、2人が意外と彼らに好意的に接するのは、
 ―――その後確実に起こる災害を予期していたからだった。




 姿が見えなかった相手は、のんびりとそちらに近付いていた。あまりにのんびり過ぎて特に誰にも注意を払われてはいない。
 のんびりしたまま、人混みを抜け彼らのテリトリーに堂々侵入し、


 
ぐしゃっ!


 イチャモンつける舎弟は無視し、寝転がったままの兄貴の顔を、烈は容赦なく踏みつけていた。辺りが静まり返る。
 踏みつけてから、ようやく気付いたかのように烈の視線が下へと下ろされる。
 「あ、踏みつけちゃった」
 「ってオイ!!」
 「うおおおおおお!!! マジで痛てえ!! 鼻の骨折れた!!」
 微妙に引きつつ声をかけてきた舎弟。今度こそ本当に痛いらしくごろごろのた打ち回る兄貴。そして、
 「うわ烈・・・」
 「不条理暴力アップ、ってか・・・・・・」
 ジュンと豪が頭を抱えため息をつく。並の正義の味方なら、ここは口頭注意をした上で舎弟の方に仕掛けるだろうに。それを注意0で転がる兄貴の方に攻撃するとは。完全に狙ってやった時点で、見事なまでの卑怯っぷりである。・・・・・・元々そうだったという一説もあるが。


 「でも僕のせいじゃないですよねえ。だってその人が先にいたんですもの。でもって踏まれたんですもの。その人が悪いんですよねえ」


 「それはテロリストの理屈じゃ・・・・・・」
 ナイスなツッコミをする被害者少女。流される事前提で言ったのだろうが、
 「そんな事はないよだって僕テロリストじゃないもの。だから違うよそうだよねえ?」
 「は、はい!! そうでございます全くもって髪の先ほども疑いようもなく!! 私ったらな〜に勘違いしてるんでしょうねえははあはは!!」
 「うお・・・。烈兄貴様降臨だ・・・!!」
 「本来ならそこにあってしかるべきはずの理論とかその辺り抜きで気迫で押し切ったわ!!」
 ―――それは『脅した』というのだが、はっきりそう言わないからこそジュンは今日まで死線をくぐる事なく生き延びてきたのだ。
 自分たちがすべき最善の行動を考え、真っ青になってガタガタ震える少女を安全圏まで誘導する。これで輪の中心は3人となった。




 痛がる兄貴と、


 慄く舎弟と、


 ・・・なんだかごく普通の学生。今だ手に持ったアイスを舐めている。




 「という事で、その人が悪かった事でいいんですよね?」
 何の疑いもなく言い切られる。ここまで清々しく決め付けられるとつい頷きたくなるものだが、愚かな舎弟略して愚弟はそうしなかった。
 愚か極まりなく、烈へと立ち向かう。


 「オイてめー!! どーいうつもりだ!?」
 「何が?」
 「だから!! いきなり人の兄貴踏みつけやがって!!」
 「兄貴・・・?
  ・・・似てないですね。人の事はあんまり言えないけど」
 「そこじゃねえ!! ンなこたぁどーでもいいんだ!! ってか何で実の兄弟にするんだよ!!」
 「ああなるほど。お姉さんの旦那さんだから大切にしようと」
 「ちーがーう!! もーそこはいい!!」
 「他に何か問題ありましたっけ?」
 「あんだろーが訊き返してんじゃねえ!!」
 「ああそうか。治療費」
 「お・・・、おお・・・。まあ、そうだ・・・・・・」
 「じゃあさっそく
30万円ほど」
 「や、やけにあっさり言うな・・・。てめーどっかのボンボンか・・・・・・?」
 「はい」
 「って何でてめーが手を出す!? 俺らに払えっつってんだよ!!」
 「ああー大変ー。さっき踏んだ弾みで足が折れたー。痛いー。これは治療しないとー」
 「どこがだ!! しっかり立ってんだろーが!! つーかいい加減アイスから口離せ!!」
 「そしたら溶けて垂れるじゃないですか」
 「ま、まあ今日暑いしなあ・・・・・・」
 「納得してもらえたところで治療費」
 「してねえ!!」
 「・・・ワガママな人ですねえ」
 「何だよその腹の底から見下した目!! 『やれやれ、仕方ないお兄ちゃんだなあ』とか目で語るんじゃねえ!!」
 「その通りなんだから別にいいんじゃないんですか?」
 「よくねーよちきしょー!! 太陽なんか大っ嫌いだ〜〜〜〜〜!!」
 「―――ってこの馬鹿野郎!!」


 ばきっ!!


 夕日に向かって走りかけた舎弟を、ようやく復活した兄貴が殴り飛ばす。それをじっと見て、烈が眉を顰めた。
 言う。


 「・・・この人あんまり向いてないですよ?」
 「・・・・・・。全くだな」


 こちらはうんうん頷いた兄貴。下げた頭に向かって、烈は学生鞄を振り下ろした。


 どごっ・・・・・・!!
 「うおっ・・・!?」


 硬い鞄の一撃遠心力付き。再び倒れ伏した兄貴へと、硬いブーツでさらに蹴りを加えていく。
 「ちょ、ちょっと待てお前何のつもり―――!!」
 「え?
  治療費を求められているようなので、必要になるようにと」
 「そんな・・・。無茶苦茶だ・・・・・・!!」
 「そんなに誉めないで下さいよ。照れるじゃないですか」
 「断じて誉めて・・・ね・・・・・・え・・・・・・・・・・・・」
 言いたい事は言い切ったらしく、兄貴は発言権を放棄した。


 入れ替わるように弟が復活し、
 「ああっ!! 兄貴!! しっかりしてください!!
  ―――てめーこの礼はぜってーしてやるからな!! 次は大勢仲間引き連れてだ!! 今更謝ったってもう遅いぜ!? 他のヤツ連れて来るまでの間、せいぜいそのアイス食ってろよ!! 最期の晩餐だからな!!」
 そんな台詞を残し去っていった。


 兄貴と共に取り残された烈。とりあえず言われたとおりアイスをぱりぱり食べ、




 「さって帰ろっか」
 「待たねえのか!?」




 ごく普通に驚く豪に、烈はきょとんと首を傾げた。
 「アイスなら食べ終わったけど?」
 「じゃなくって―――」
 「ああ、お前もういっこ食べたいのか? 駄目だろ? そんなに食べたら夕飯食べられなくなるぞ?」
 「・・・あ、ああ」
 こちらの方が背は高いのに身を乗り出しわざと腰を屈め、しかめっ面でめっと指を立てる烈。いくつになっても、そして記憶がなくても変わらない光景に、豪は条件反射で頷いていた。
 じゃあ帰るぞと手を伸ばされ、掴もうとして・・・




 「ああそうだ」
 すかっ―――
 ・・・っとかわされ、そのまま前に転倒した。




 烈は気絶した兄貴の方に近付き、
 「約束すっぽかす旨についてしっかり伝えておかないとな。トイレでも行ってるのかって待たせるのも悪いし」
 と、取り出したメモ帳に何か書き込んでいく烈を遠くから見やる。


 いつの間にか隣に来ていたジュンに、豪は倒れたまま言った。
 「ああ、几帳面な部分と混合してそんな考えになったんだろーなあ・・・・・・」
 「アンタが現実見れずに妄想に耽りこむのはいいけどね、
  ・・・・・・あの烈は普段とどっか違うの?」
 「違ったじゃねえか何か馬鹿っぽく接してただろ!?」
 「相手のレベルに合わせてあげるのはいつもの事でしょ?」
 「しっかり話に付き合ってやってたじゃねえか!!」
 「そうやって挑発してるんでしょ?」
 「ずっとアイス食ってたぞ!?」
 「溶けるからでしょ」
 「食ってるアイスがチョコミントってどういう事だよ!?」
 「はあ? 別に烈普通に食べてるじゃない」
 「ンな事ねーよ!! 兄貴はいつもラムレーズンとチョコミントを交互に食べるんだ!! だとすると今回食うのはラムレーズンのはずだったんだぜ!?」
 「アンタそんな細かいトコまで見てんの・・・・・・」
 「ったりめーだろ烈兄貴の事なんだからよ!!」
 「そういえば昨日退院祝いって生徒会のみんなで行ったそうよ? その時の手土産がラムレーズン」
 「う・う・う・う・う・・・・・・」
 だばだばと涙を流す豪。そこへ烈が戻ってきた。もちろん烈1人が。


 「さ、帰ろっか」


 「あ・・・・・・・・・・・・あ。そうだな」
 烈が来た方向を見て、豪がかくかく頷く。ジュンは完全無視にかかった。
 「じゃ、帰りましょっか」





・     ・     ・     ・     ・






 さてこちらは逃げた愚弟。
 「そんなこんなで、俺らに歯向かうガキがいたんですよ!!」
 「そりゃ許せんなあ。世の道理ってモンを教えてやるのが大人の役目だ」
 大分事実を曲解した愚弟の説明に、貫禄のある目つきの厳しい男―――早い話が組長がゆっくりと頷いた。


 「それで、その子どもというのは―――」
 「よくはわかりませんが高校生らしくって学ランで、なんと赤毛なんスよ! アレあきらかに校則違反っスよね!? しかも顔だけやったら可愛いクセに態度はクソ生意気で―――!!」
 「待てお前!! それまさか―――!!」


 いきなり立ち上がる組長。立ち上がるなり、愚弟を思いっきり殴り飛ばした。
 「どおおおおおお!!!???」
 ずざざざざざざざざ!!!
 3mほど滑り、それでも愚弟は健気に身を起こす。
 「な、何を・・・!?」
 「お前一体誰に手を出した!?」
 「え・・・? ただのガキ―――」




 「その方をどなただと心得る!? 分不相応にも手を出そうとした隣の禿山組は一晩で壊滅させられたんだぞ!? 生物には絶対逆らっちゃいけない相手ってモンが存在する!! 俺たちにおいてのそれがあの方だ!! いいか!? 今すぐ謝って来い菓子折り包んで! ただしそん中にヘンなモンは混ぜんなよ!? 賄賂なんぞ送った日には資金全額没収されるぞ!!」




 「な・・・? そ、そんなに・・・!?」
 自分の組・怒髪組といえばこの街最大規模。長年争っていた禿山組も取り込み、最近ますます拡大してきた。そしてそれらを人望と力で収める者こそ目の前の男だというのに。
 その彼が、本能から怯えている・・・・・・。


 「わかったら早く行け!!」
 「はい!!!」





・     ・     ・     ・     ・






 そして来た。件の商店街に。ちゃんと
1500円の水羊羹セットを持って。


 「あ、兄貴ぃぃぃぃぃぃぃ!!!???」


 そこで待っていたものに、愚弟はたまらず菓子折りを放り出して叫んだ。
 素っ裸血まみれで商店街入り口のアーケードに吊り下げられた兄貴分を見て。
 唯一履いている下着に、メモが挟み込まれていた。
 流麗な字で、






 ≪申し訳ありませんが夕食の時間となったため帰らせていただきます。
  再戦を申し込まれる際は済ませる事を済ませた後、下記の場所までお越しください≫






 「・・・・・・・・・・・・殺す事決定か?」


 借りは返すのがこの手の職業者の意地といったものだろう。が、
 ―――貸されたものがあまりに大きすぎれば返す気も失せるのが人というものである。借金の連帯保証人になりある日いきなりサラ金が襲ってきて5億8千万円返せと言われたりしたら、人生諦め一家首吊りでもするしかない。


 好奇の目にさらされる中いそいそと下ろし、兄貴を担いだ舎弟は爽やかに額の汗を拭った。
 「さて、帰るか」


―――本編4










・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・

 超久々にてマニュアル生活第3弾は、予告どおりの最強烈兄貴です。久々のため兄貴の性格が何かおかしいような・・・。そして本気で組潰してたんかいアンタは・・・・・・。
 いよいよ残るは結果報告! もう結末は見えている事確定でしょうが、果たして烈の記憶は・・・・・・というか、この烈が記憶喪失だと憶えていらっしゃる方はどれだけいるのやら・・・・・・。

2005.7.148.4