1.屋上から飛び下り―――幸村らに遭遇


 とある高層ビルの屋上。本当なら出られないんだけど、扉のカギが壊れて自由に出られるようになってるの。友達から聞いた噂だけど、本当に出られた時点で真実だったと判明。
 冷たい風が吹きすさぶ。足を取られ、転倒しそうになりながらも何とか端っこまで到達。誰も来ない事を前提としているためフェンスも何もなく、水泳の飛び込み台のように一段高くなった端から飛び下りればほら一発。水の代わりにコンクリ道路に落下、そして私は永遠に沈み込んでいく、と。
 乗っかり、本当に飛び込むよう深呼吸。肺を固め―――
 「―――珍しいな。ここに人が来るなんて」
 「え・・・?」
 かけられた声に従い横を見る。制服姿の男子・・・中学生? 高校生? が、それこそプールのヘリに腰掛けるように座り脚をぶらぶら振っていた。少しついていたらしい土か何かが遥か下へと落ちていく。
 「あの・・・」
 どう返したらいいのかわからずためらう私を他所に、生気のあまり感じられない笑みを浮かべ彼は外側へと手を振った。
 「ああ、邪魔して悪かった。どうぞ」
 「いや、どうぞと勧められても・・・・・・」
 「見られて恥ずかしいんだったら背中向けてるから」
 「あまつさえそんな気まで使われても・・・・・・・・・・・・」
 「何だったら後ろから押そうか? これでも一応力はあるよ? 運動部員だから」
 「自殺の補助をするというのは決して『親切』だとは思わなかったりするんですがその前に・・・・・・
  ―――運動部員だったんですか?」
 「他に何に見えるんだい?」
 「それ以外のものに見えます」
 「ははははは。面白い事言うなあ」
 「あなたの面白さには負ける自信があります・・・」
 へなへなとしゃがみ込む。このままでは腰が砕けて落ちそうだ。落ちるために来たとはいえ、そんなくだらない理由で死にたくはない。
 「どうしたんだ?」
 「いえ、ただちょっと休憩を・・・・・・」
 他にどうも言いようがなく―――絶対この人に指を突きつけ「アンタはおかしい」と断言したところで事態は何も変わらないだろう―――不思議な理論を持ち出す私。彼も心得たとばかりに頷き、
 「じゃあ暇つぶしの話をしてあげるよ。聞いてくれるかい?」
 「・・・・・・・・・・・・はあ」
 などという事で訥々とされた話によると、この人は本当に運動部員で、しかも毎年全国大会でも優勝しちゃうほどの名門テニス部の人らしい。しかしながらそんな実績とは裏腹に、部員はクセのある連中ばかりでまったく制御も効かず、毎日ストレスにより悪夢にうなされ胃を痛めているそうだ。時々ノイローゼが限界を超え、真剣を振り回して暴れてしまったりするため、このまま誰か殺す前にどうにかしようとより思いつめているらしい―――副部長が。
 ちなみに彼は部長だそうだ。
 (・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ん?)
 何かがおかしい。何がかはわからないが、とにかく何かが。
 と、
 ばん!
 「あーいたいた」
 「幸村部長〜!」
 それを確かめる前に扉が開き、同じ制服の男子学生たちがなだれ込んできた。揃ってテニスバッグを担いでいるところからすると、彼―――幸村さんの話は本当だったらしい。
 私が目を点にしている間に、現れた少年らはわらわらとこちらに近づいてきた。こちらというか、もちろん部長の元へ。
 「やあみんな」
 「『やあ』ではない」
 「また貴方はこのようなところで何をなさってるんですか」
 「ちょっと涼みに」
 「それなら学校の屋上で充分だろ・・・・・・?」
 色黒で剃髪の学生の言葉に、私も思わず頷いた。てっきり同じ自殺志願者かと思って回想録とか聞いちゃった自分がバカくせえ・・・・・・。
 「このたわけ者が! お前はまたいらない騒ぎを引き起こし他の部員にまで迷惑をかけおって!」
 後ろから現れた、やけにいかつい顔とそれに見合った口調の人(断じて少年とか学生とか言いたくはない)が幸村さんを怒鳴りつける。じろりと見られただけで私なんかは竦みそうだが、なぜか幸村さんは頬の肉1つ痙攣させず穏やかな笑みを保ち続けた。
 「やあ真田。そんなに怒ってばっかりだと血圧上がるよ?」
 「貴様が怒らせているんだろうが!!」
 ―――この瞬間、直感で悟った。この人真田さんが先ほどから話題に出ている『副部長』だろう、と。そして『クセのある連中』のトップを飾るのは幸村さん自身だろう、と・・・・・・。
 「まあまあ。じゃあそういう事で学校に戻ろうか。全国大会前にレギュラーが揃ってサボるなんて部員に示しがつかないからな」
 「誰のせいだと思っている!?」
 「落ち着きなさい真田君」
 「弦一郎が幸村にケンカを売り勝てる確率―――2%」
 「ならばその2%にかけこの場で貴様のたるんだ根性をたたっ斬ってくれるわ!!」
 「うわわわわわわ!!」
 「落ち着いて下さいって真田副部長!!」
 「つーかお前どっからその日本刀出したんだよ!?」
 「それよりも! このままでは銃刀法違反で警察沙汰になりますよ! 真田君もそのような事は校内でやってください」
 「ぐ・・・! む・・・、そ、そうか・・・・・・」
 「やっぱ真田が負けたとね」
 「さすが柳。正解だったね」
 「もちろん俺の出すデータに偽りはない」
 「にしてもじゃ、その2%にかけ攻撃とは・・・・・・お前もちいさい男じゃのう真田」
 「だよなー。いくら柳のデータだろうがああいう場合普通『それを覆して〜』とか言うモンじゃねーの?」
 「思い切りが足りないようですね、真田君」
 「まあ所詮真田副部長っスから。あんま苛めちゃ可哀想っスよ」
 「赤也・・・。お前の台詞が一番酷いぞ・・・・・・」
 「くそう・・・。負けるか・・・・・・。全国さえ終わればこの環境ともおさらばだ・・・・・・!!」
 「ああ真田、
  赤也除いて俺たちみんな立海高上がるから、これからもよろしくな」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 あ、真田さんノックアウト。確かに『クセのある連中』だなあ・・・。挫けた真田さんが一番正常に見える・・・。
 そんな真田さんをほっぽって、幸村さんは立ち上がり(もちろん中に)他の人と合流した。
 「真田、お前も早く来いよ」
 残酷な一言を残し、屋上から去っていく・・・・・・。
 数分後、ようやく立ち直ったらしい真田さん。目線を上げ――――――私と目が合った。
 「えっとあのその〜・・・・・・」
 幸村さんと遭遇した時以上に何と声をかけたらいいのかわからない。気まずさを打ち消すため何とか言葉を紡いでいく。
 何かを感じ取ったらしく、真田さんは私の元へと来ると、今だしゃがみ込んだままの私の肩にぽんと手を置いた。
 「人生辛い事は多い。苦しい事の連続だ。時に死ぬ事が最も楽に映る事もある。
  だが決して死は選ぶな。負けたまま人生を終わらせるな。常に勝利を信じ歩み続けろ」
 ・・・なんだか説得されてしまった。
 真剣な面持ち(この人のフザけた面持ちというのも想像つかないが)で語りかけてくる真田さん。私も頷きかけ、
 おずおずと手を上げた。
 「ちなみにそのように生きて、実際勝った経験は・・・・・・」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
 「っああ!! ごめんなさいすみません今の質問取り消しますからヘリに片足かけて深呼吸とかしないで下さい!!」
 「放せ!! 止めるな!! もう俺は人生に嫌気が差した!! この世には神も仏もおらんのか!?」
 「負けたまま死ぬのは良くないんでしょ!? 辛い事とか苦しい事とかそればっかなんでしょ人生って!? 自分が言った台詞に責任持ちなさいよ!!」





 そして場所を変えビル内のバイキングにて。2時間思う存分食べ喚き、私たちはすっきりと別れる事に成功した。



―――2.橋げたから身投げ