5.富士の樹海で首吊り―――烈・不来・せなに遭遇


 今度こそ今度こそ、私は人気のないところへ来た。入り口には自殺を止めるためボランティアの人がいたりもするけど、それからもちゃんと身を隠して侵入成功。
 首吊り用ロープを肩に担ぎ、道なき道っつーかそもそも道じゃないトコをずがずが進む。迷っても別に構わないから楽なものだ。
 適当に暗くて静かなところに到達。丁度いい木を見つけロープを縛ろうとして・・・
 『何やのこの道? めっちゃ歩きにくいわ〜』
 『ていうか道じゃないだろ誰がどう見ても。何でこんなところ歩いてるんだろうな僕ら?』
 『ホンマ何でやろーなあ?』
 『お・ま・え・のせいだ疑いようもなく!!』
 『何でや!? なして俺の責任になるん!?』
 『お前が「こっちの道が近そうや」とか言い出したからこうなったんだろ!? 何だよ「そう」って!! 推測で動くなよな!?』
 『お前かて反対せんやったやん!!』
 『ああ賛成したさ! 方位磁針見て地図と見比べて!!
  ―――何でお前地図逆さまに持ってたんだよ!?』
 『そら進む方上に向けるモンやからやろ!?』
 『違うだろ!? 地図っていうのの基本は北が上だ!! その上なんで方位書かれてたトコ手で隠してたんだよ!?』
 『あない端っこに描かれとったら隠れてまうやろどー持ちおっても!!』
 『だから隠れないよう上の端に描かれてるんだろ!? 隠れた時点で怪しめよ!!
  あーもー方位磁針効かないし、太陽も見えないし、どーすんだよ・・・・・・』
 『何や烈? ついにお前も俺頼るようなったんか?』
 『問題起こした責任取って解決しろって言ってるんだよ!!』
 『なら・・・
  ――――――こっちや! こっちが正しい方向やで!!』
 『あー! お前今ロクに悩みもしないで選んだだろ!! どーいう根拠でそっちが正しいんだよ!?』
 『アホか!! ハチがぎょうさん来おってるから早よ逃げえ言うとるんや!!』
 『それを最初っから言えええええええ!!!!!!!!』
 ずだだだだだだだだ・・・・・・だ。
 『なんでいきなり崖なんんんんんん!!!!????』
 『うわああああああああああ!!!!!!!!』
 ひゅ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜・・・・・・・・・・・・
 「・・・・・・・・・・・・」
 何だろう。今遠くから聞こえてきた寸劇は。
 ロープをかけたまま固まっていると、
 暫ししてそちらから人が出てきた。
 登場人物らしい2人―――ではなかった。少女だった。森林での行動のためだろう。夏ながらジャージの上下を着込み、長い髪をポニーテールにしている。
 少女は、こちらを見つけるなり困ったような笑顔を浮かべ、
 「あの、すみませんがそのロープを少しお借り出来ないでしょうか?」
 「え・・・? ロープ・・・?」
 「一緒にいた知り合いが崖から落ちてしまって。引き上げるのに必要なのですが・・・・・・」
 「崖から落ちてって・・・・・・死んでない? その知り合い」
 「いえ。幸運にも下が底なし沼で、おかげで現在ずぶずぶ沈んでいます」
 『どおおおおおお!!! もー胸まで来おったでえええ!!!???』
 『せなさ〜〜〜〜ん!!! 頼むから早くしてええええ!!!!!!』
 まるで図ったように聞こえる声。寸劇だ。寸劇で決定だ。
 それでも万が一という事態を考慮し、急いでロープを外しそちらへ向かう。向かいながら、私はせなさんと呼ばれた彼女に尋ねた。
 「あの〜・・・、差し支えなければでいいんだけど・・・
  ―――あなた達、何しにこんなところへ来たの?」
 ほいほい言える事情で来た人は少ないだろう。かくいう私も、問い返されたら答えようがない。
 が、
 「部活の夏合宿です」
 せなさんは、あっさりそう答えてくれた。
 「樹海で夏合宿・・・・・・?」
 「ああ、合宿地は少し離れたところです。ここへは練習の一環として足を運んだだけです」
 「樹海で出来る練習・・・? サバゲー倶楽部とか?」
 「いえ? 普通にテニス部ですけど?」
 「いやだからそれと樹海は・・・・・・」
 「テニスプレイヤーとしての総合値を上げようと、1日がかりで障害物競走をやっています」
 「まあ、障害だらけではあるわよね・・・・・・」
 「地図と方位磁針を持たされ指定地まで辿りつけた人が優勝です。道に迷っても大丈夫なように、遭難キットも用意されてます」
 「ねえ、だから何でテニス部の合宿でそんなサバイバル合戦・・・?」
 「部長が変わった方だからでしょう」
 「うわ言い切った!!」
 いくらその部長さんがいなかろうが、この発言は大問題だろう。特に笑顔のまま言われては。
 これ以上掘り下げないよう慎重に迂回し、
 「で、あなた達は今迷ってる組、と・・・」
 「いえ?」
 「・・・違うの?」
 だって迷ってるからさっきからその責任の押し付け合いをしてるんじゃ・・・。ていうか正しい道でハチに追われて崖から落ちたらダメでしょ。
 いろいろ思う私に、彼女はやはり笑顔のまま、
 「私は違います。地図の上下は間違えませんでしたから」
 「いくら地図の見方は正しかろうが方角わからなかったら迷うでしょ・・・」
 「大自然での生活は慣れているもので。この程度でしたらただの庭先ですから」
 「あなた一体何者・・・・・・?」
 密林から保護された狼少女だろうか? それにしては言葉は普通だし動作も洗練されてるし・・・・・・。
 「・・・まあそんな疑問はともかく、
  じゃあその2人に正しい道教えてあげたら良かったんじゃないの?」
 「私はあくまでマネージャーですから。教えてしまっては彼らのためになりませんし」
 「だからそのせいでハチに追われたり崖から落ちたりするんじゃ余計ためになんないでしょ・・・・・・」
 今度はさすがに声に出た。しかし彼女は笑うだけだった。
 説得は諦め現場へ。見下ろせば、確かに下の泥から人間の手らしきものが4本突き出ていた。
 「・・・・・・・・・・・・って、顔は?」
 「沈んだようですね」
 「っはわあああああああああああ!!!!!!!!!!!!」





△     ▽     △     ▽     △






 奇声を上げ、私は全力で彼らを引っ張り上げた。人生がんばった記録ベスト3に入るくらいの頑張りぶりが実ってか、彼らはかろうじて生きていた。
 「助けていただき本当にありがとうございました」
 泥一号が丁寧に頭を下げる。見た目はなんだが中身は普通の少年らしい。
 同じく泥だらけになりながら私も笑って応える。
 「いえいえ。困ったときはお互い様。次は気をつけてね」
 これも泥に汚れたロープを担ぎ歩き出そうとして、
 「あの、もし差し支えなければですが・・・
  ――――――もしかして死ぬ気でここへ?」
 「まあ、ね・・・」
 人の命を助けたにしてはえらく皮肉な答え。しかしながらその通りなため否定のし様はなく、私は曖昧に笑ってみせた。
 「でしたら―――」
 ここで、今まで黙っていた泥二号が顔を上げた。
 しっかりした目で私を見つめ、言う。





 「死んだ暁には肉食わせて下さい」





 「・・・・・・はい?」
 「一昨日から彷徨い続けて俺らめっちゃ腹減ってるんですわ〜!!」
 「あの、この訓練は今日だけじゃあ・・・」
 「いえ、一昨日からです。辿り着けなければ永遠に続きます。捜索のし様もありませんし」
 「ちなみに遭難キット、って・・・」
 「ナイフや各種薬、マッチに水のろ過装置など、生きていくための道具ですね」
 「食糧と水は・・・・・・?」
 「自分たちで調達しろという事ですね。応用力を鍛える訓練でしょう」
 「ちゅーワケで」
 「さっそく食糧を調達しようかと」
 「ぜひ宜しくお願いします」
 キラキラして私を見つめる3人。マジだ。この目は今の自分の言動に対して絶対の自信を持っている。こういう輩に何かを教え諭すのは完全に無駄な行為だ。
 じりじりと下がる。彼らもじりじりと詰め寄ってくる。
 そして!
 ダッ―――!!
 『待てえええええええ!!!!!!!!』
 「い〜〜〜〜〜〜〜や〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」
 寸劇の登場人物に成り下がり、私はただひたすらに逃げていった。





△     ▽     △     ▽     △






 神の奇跡か天使のご加護か、はたまたせなさんがさりげなく誘導してくれたおかげか、私たちは何とか入り口まで戻れ―――そして私は何とか人肉化を免れる事が出来た。



―――6.リストカット